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lonely lier  作者: 佐古間
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小鹿3

 光犯課の普段の業務と言えば、細々とした光化症患者についての相談事・クレーム対応であったり、過去に逮捕した光化症患者の経過観察であったり、光化症能力の訓練や検査であったりとそれほど目立ったものはない。世の中に犯罪が絶えずとも、光化症患者による犯罪がひっきりなしに起こっているわけではなく、実働的な活動は月に二、三度あるかないかだ。

 その代わり、犯罪レベルの差が大きいのも特徴だった。万引きレベルの軽犯罪が続いたかと思いきや、突如無理難解な殺人事件がきたりする――光化症患者による犯罪の捜査、を一手に担っているために、通常であれば一課、二課、と分野分けされるものが全て舞い込んでくるのだった。

 「触れたものを透明化できる」能力による万引き犯の引き渡しを行った帰り、小鹿はふらりと商店街を歩いていた。

 署内に戻っても報告書の作成くらいで、あとは緊急の事件もなければ捜査途中の案件もない。他課からの捜査協力もなかったので、定時までどうやって時間を過ごそうか悩んでいた。やらねばならぬ仕事はあったが、優先順位としては低くやる気を出すには些か足りない。少しくらい寄り道しても良いだろう、と、そんな魔が差したのである。

 逃げる犯人を追いかけるのに走り回ったせいで汗を掻いていた。着ていたジャケットを小脇に抱えて、見つけたコーヒーショップに入り込む。平日のそろそろ夕方になろうかという時間、中途半端な時間だからか、店内に人は少なく、すんなり席を見つけることができた。

 何を飲もうか悩んで、キャラメルフラペチーノを注文する。背の高い男が女性受けの強い商品を頼むのは少しだけ抵抗があったが、それよりも冷たくて甘い飲み物が欲しかった。

(今日は天気がいいな)

 雨季を通り過ぎ、いよいよ夏が迫ってきている。日差しは強く、薄着で歩く人を見る頻度も増えてきた。

 パラソルの陰を見つけてテラス席に座る。ぼう、と歩いていく人を見るのは中々に面白かったし、小鹿の癖でもあった。

 町おこしに力を入れているらしい、この商店街は平日でもそこそこ人で溢れている。ベビーカーを押すご婦人や、営業途中のサラリーマン、年配の女性など、のんびりと、時に忙しなく通り過ぎていく。向かいに愛想の良い女主人が経営する八百屋があって、ゆっくり歩く女性は皆その八百屋に捕まっていた。安いよ、新鮮だよ、旬のものが入っているよ、と景気よく声を上げる女主人の小気味良いこと。店頭に並ぶ野菜も、確かに色つやが鮮やかで、太陽の光を受けてきらきら輝いて見えるのだ。

(別に自炊もあんましないけど、俺も見てみたくなる)

 店を出たらチラ見してみようか、いやいや、見たら何か買わなきゃいけなくなるよなあ、とつらつら考えていた時だった。

 真っ白なワンピースを来た女性が、ふと八百屋の前で足を止めて、果物を物色している。白いワンピースの上に白いカーディガン、鍔が広い白い帽子を被っていて、雰囲気はまるで芸能人のようだ。背が高く、細いヒールのミュールを履いていて、艶やかな黒髪は腰につくほど長い。背中をこちらに向けているため顔は見えなかったが、きっと美人だろうな、と、小鹿はぼんやり考える。

(ああいう人でも八百屋をのぞくんだなあ)

 別に芸能人のようないでたちだからと言って食事を作らないとは限らないし、八百屋だってのぞくだろうけれど。何となくそんなくだらないことを考えてしまって、つい目で追っていた。

 女性は何事か店主と言葉を交わし、リンゴを二つ購入したようだった。真っ赤なリンゴを受け取って、振り返る。

(あ)

 瞬間、女性の大きな瞳と視線が合った。じっと見つめていたから、というのもあるだろう。

 予想した通り、整った顔つきの女性は小鹿の視線を見とめると、きょろりと一度周囲を見渡し、それから小さくはにかんだ。え、と小鹿が声を上げる間もなく、まっすぐとこちらにやってくる。あまりにも迷いのない動きに一瞬知り合いだっただろうかと記憶を探るが、出てくるのは必要のない他人の記憶ばかりで、自分の記憶がいまいち整理できていない。

(いや、こんな美人知り合いに居たら忘れないはず、はず……)

 やはり見覚えはない。知り合いではない。気が付いたら女性はすぐ目の前に立っていた。

「こちら、お隣にお邪魔しても?」

 綺麗な声だった。耳に馴染みやすいソプラノの声、若い女性特有の、キンキンとした鋭さはなく、まろやかで透き通った声だ。女性の大きな瞳に見つめられてしまえば断る理由もなく、小鹿は小さく頷いた。

 それで、女性は買ったばかりのリンゴが入った袋を席に置いた。ひとつ微笑んでから、レジの方へと向かってしまう。ここは男としてご馳走するべきか否か、小鹿が迷う暇もなく、小鹿と同じキャラメルフラペチーノを抱えて彼女は戻ってきた。

「すみませんね、突然。目が合ってしまったから、つい」

 女性は穏やかに笑うと、荷物を避けて座り込んだ。陰に入ってますますよく見えるようになって、小鹿はまじまじと彼女を見つめる。「いえ、べつに、」なんてぶっきらぼうな返事しか出来ない自分を悔やむ。別に、自分からナンパをしたわけではないのだけれど。

 肌の白い女性だった。服の白さもあってなお引き立っている。透き通るような白さだったが、血管が浮きそうな程の白さは少し病的にも見えた。大きな帽子やカーディガンは日焼け防止だろうか。その帽子は陰に入ったことで今は脱いで傍らに置かれている。肌の白さと黒々とした髪が対照的で、童話の白雪姫はこんな人を言うのだろうか、と、小鹿は一瞬考える。

「お兄さんが美味しそうに飲んでいたから、私も飲みたくなってしまったの」

 一人より二人で飲んだ方が美味しいでしょう? と、彼女は笑ってみせる。

 正直に言えば、他人とのコミュニケーションがあまり得意ではない小鹿にその精神は理解できかねたが、こんな美女が言うなら頷かないわけにもいかない。「はあ、そうですか」と曖昧な返事をして、ずず、と残りのフラペチーノを啜る。この場にとどまっていたい気もしたが、早急に逃げたいような気分でもあった。

(なんというか、作り物を見ているような気分だ)

 それほどに彼女は美しかったが、それゆえに、何故自分の前に座っているのか不思議でならなかった。小鹿のような音はたてず、彼女は静かに、上手にフラペチーノを飲んでいる。彼女が飲むと洒落た飲み物がますます様になる、とは口には出さないで、小鹿は急な居心地の悪さに身じろぎをした。話題を提供しようにも、突然何か思いつくわけでもないし、知り合いになりたいとも思わない。

「お兄さん、光化症患者の方?」

 はずだったのだが。

 不意に問われて動きを止める。まじまじと彼女を見ると、視線の先が左手に向いていることに気が付いた。なるほど確かに、小鹿は左手にだけ手袋をはめている。不用意に他人の記憶をのぞかないためで、冬場は両手とも手袋をはめてしまうが、この時期は暑くて左手しかはめていなかった。少し光化症について詳しい人が見れば、それだけで左手に光化症を患っていると推測できただろう。

「……そういうあなたはどこが光化してるんです?」

 となれば、彼女自身が光化症患者、と考えるのが手っ取り早かった。大狼のような、自身は光化症患者でなくとも光化症の研究をしている、なんて人材はそうそういない。光化症と診断を出す医者側の人間と考えられなくもなかったが、例の墜落事件からまだ七年しか経っていないのだ。光化症診断を行う医療機関はどこも連日混雑しており、人手不足が深刻な問題となっている現在、平日のこんな時間にふらふらと外を歩いているとも思えない。

 となれば、彼女自身が光化症患者である、か、身内に光化症患者がいるか、のどちらかだ。身内にいるのであれば、光化症についての余計な気遣い……配慮が現れてもおかしくないから、無遠慮な物言いは当事者だろう、と目星を付けた。

 はたして、彼女は驚いたように目を見開いて、「どうしてわかったの?」と意外そうに首を傾げた。

「聞いてきたということは、あなたもそうなのだろうと思っただけですよ」

 小鹿はざっくりとそう説明すると、左手をひらりと振って見せた。

「おっしゃる通り、左手が光化しております」

 見せることはしなくとも、それだけで彼女には十分なようだった。

「やっぱりそうだったのね。暑いのに片方だけ手袋なんてしているから、私と同じだと思ったの。日中でもやっぱりぼんやり光ってしまうでしょう、服を着て隠すしか出来なくて」

 そう言って困ったように苦笑を浮かべたので、成程彼女の光化はカーディガンで覆われている部位のどこかか、とあたりを付けた。それ以外に特別着込んでいるところはなかったし、服を着て隠す、と言っているからにはワンピースで隠れるような場所でもない。あるいは、光化が強すぎるのかもしれないが。

(強すぎる光化は、布越しでも光って見える)

 考えれば、ワンピースの上に着込んだカーディガンの下、に、光化部位があるのが自然だろう。

 言及はせずに、小鹿は「全くですね」と曖昧に笑った。口ぶりから察するに、光化深度の高い患者なのかもしれない。脳裏にふと八生の姿が浮かんだ。

「隕石の光線を浴びてから七年……少しずつ光化症患者の数も増えてきたと言いますけど、自分以外で光化症にかかっている方を見たのは初めてで。少しお話をしたくなってしまったんです」

 ご迷惑でしたらすみません、と、彼女はもう一度謝った。小鹿は慌てて首を振ると、「別に、迷惑では、」と言葉を区切る。

(迷惑と言えば、迷惑だけれど)

 真正直に伝えるわけにもいくまい。話をするくらいならば問題ないだろう。光化症患者の声を聴くのも光犯課の仕事の一つだ、と言えば、小鹿の上司は無言で許可印を押してくれるに違いない。第一、署に戻ったところで待っているのはつまらない報告書の作成くらいだ。

「ええと、では初めの頃からずっと?」

 とりあえず、と問いかける。彼女は小さく頷いた。

 医学的な証明はされていないため、現状「個体差による」としか言いようのない光化症は、発症時期にも大きな差が生じていた。隕石墜落時の光線を浴びた直後から身体の一部に異変を感じ、やがて光り始めた者もいれば、隕石墜落後数年経ってようやく光り始める者もいる。現在光化症が発症していないのは、あらゆるタイミングがぴったりかみ合った偶然にすぎないのであり、逆もまた然りだ。

 小鹿は最初期からの光化症患者である。隕石墜落後、一週間ほどでぼんやりと左掌が光始め、十日たてば「記憶を読み取る」という特異な能力も発現していた。もっとも、能力の効果と代償を正確に理解し、使いこなせるようになったのはそれから一カ月あとのことだったが。

「ええ。光線を目にした数時間後には光化が始まっていたのだと思います。あの日の夜、眠ろうと思い部屋の明かりを消したら、ぼんやり光っているんですもの」

 驚きました、と、彼女は言った。確かに驚くだろう。小鹿も相当驚いた。

「あの当時は……今みたいな光化症外来は存在していないくて、どこの病院に罹ったら良いのかも全く分かりませんでした。私はとにかく恐ろしくって、光を隠すために厚着をして、人と滅多に会わなくなってしまって」

 今じゃ考えられないですけれど、と、彼女の言葉が終わる。小鹿は一つ頷きながら、「その」現象に光化症という名前が付けられた時の事を思い出した。

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