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【やり直し】王区 ~東京二十三区には二十三人の王が居る~  作者: 白川 透
第一部

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4/25

幕間 一周忌の夜、豊島

豊島の屋敷は夜になると音がなくなる。


近所の住人は日が落ちると声を落とす。「いらない」という言葉を口にしないためだ。言えば消える、と信じられている。消えたという話を、久世冬真は一度も聞いたことがない。それでも住人たちはその決まりを守り続けている。


久世は縁側に座り、右手を見ていた。朝、坂の下で同じように見ていた手だ。


坂の下まで下りきったとき、指先がおかしかった。いつもなら指の腹にはかすかな張りがある。素手で相手の肌に触れれば外せる、という手応えだ。誰にも触れていないときでも、それは指の内側で待っている。


それが、薄くなっていた。


手そのものが半分ほど自分のものでなくなったような感覚だった。右手を開いて閉じた数秒のうちに、黒瀬を見失った。手応えはそれから少しして、ふっと戻った。理由は分からない。


朝、黒瀬の手首を素手で掴んだときに白くなった人差し指は、もう元の色に戻っていた。一時間もすれば戻る。いつものことだった。


懐の電話が震えた。画面に出た名前を見て、久世は一度だけ息を吐いた。


「綾瀬か」


『黒瀬玲司に、会いましたね』


綾瀬の声はいつもどおり平らだった。挨拶も前置きもない。


「会った」


『どうでしたか』


「目を覚ましていた」


電話の向こうが少しだけ黙った。


あの朝、坂の上の屋敷で、久世はそれを聞いた。音ではなかった。胸の奥の自分のものではない何かが、どこかで鳴ったものに一度だけ震えた。一年前のあの夜から、そんなことは一度もなかった。今日が何の日かは知っていた。黒瀬が目を覚ましたのなら、いる場所はあの坂しかない。


気づいたときには、もう坂を駆け下りていた。


『殺さないでください』


「なぜだ」


『理由は、言えません』


「なら、聞けない」


『久世』


綾瀬の声が初めて硬くなった。


『あの人を殺したら、取り返しがつかなくなるかもしれない。私にも、まだ全部は分かりません。だから、待ってください』


「待たない」


久世は立ち上がった。縁側の板が短く鳴った。


「あいつが目を覚ましたら、全部が崩れる。そう思ったから、俺は坂を下りた。お前が分からないことのために、俺は止まらない」


『――久世』


「殺す」


通話を切った。


久世は電話を懐に戻し、もう一度右手を握った。手応えは戻っている。指先は触れれば外せる。


触れたときには確かに外れた。指がそれを覚えている。次は、もっと深いところまで外す。


朝は手の違和感に数秒足を止めた。それで黒瀬を見失った。次は、手がどうなろうと止まらない。


一度踏み出したら、止まらない。


あの夜も、そうだった。

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