09.秘めた心の在処
「わ、天啓って本当なんだね」
ラウダが目を丸くしている。
俺とアリオーソは、違う意味で目を丸くする羽目になった。
「そうだね。あのふたりはよく入れ替わってる。授業以外の部分で、悪ふざけで入れ替わる、のが主だったんだけど……なんだろう。
最近は授業自体がそもそも休講祭りになってる上に、どうも授業担当が逆になってるみたいなんだ。薬学がジェズアルド先生、医学がクレメンティ先生って感じで」
——それは一体、何故だろうか。
「……」
明里さんが、少し顔色を青くしている。
それを見て、ラウダは苦笑した。
「だから、あのふたりなら大丈夫だって。直接何かしら危害加えられたわけじゃないし、それどころか怪我の手当てをしてもらったこともあるんだよね。
変な言い方したら、ふたりとも平民出身だからさ。まず跳ね除けられないし、オレが反撃できない理由も理解してもらえるし」
「ですが……」
話を変えようとした、いや、思うところがあったんだろう。ラウダは、すっと目を細めた。
「その反応、オレの予想が合ってたっぽいね。研究室行っても会えないどころか研究室がずっと閉まってるから、気になってたんだ。……だとしたら」
そうして彼は俺に、オルフェウスに視線を向ける。
「むしろヴィオレッタ様が気にするべきなのは、オルフェウス殿下の方じゃない?」
大丈夫かな、と伺うような表情を見て、俺は理解した。
理解したからこそ——答え合わせをする。
「僕に盛られた毒薬を作ったのが、ふたりなのかな?」
言いながら、俺は隣に座っていたアリオーソの服を掴んだ。
椅子がガタンと音を立てる。明らかに苛立った様子の彼を、強引に座らせる。
そしてここで、明里さんではなく俺がブラフ混じりで話す。
「多分、僕が天啓で見たのが先生方なんだね。あの人たちは、事実を知ってショックを受けていたように見えた。何らかの形で、作った薬を悪用されたんじゃないかな?」
明里さんが頷き、話を合わせてくれた。
「厳密に言うと、クレメンティ先生が試薬していた薬と、ジェズアルド先生が育てていた薬草が盗まれたのです。
それらをベースにしてできたのが、オルフェウス殿下に投与された毒薬です」
「……」
「薬に使われていた原材料、さらに薬草自体が希少な素材だったことを考えると……恐らく、いざという時にスケープゴートにするため、でしょうね。純粋に素材が手に入らなかったのも理由でしょうが」
アリオーソとラウダが息を呑む。
勘頼り、しかも明里さんに丸投げすること前提にはなるが、先生たちが責められすぎることがないように——俺はここで、“真実”を混ぜた。
「見つかったのが早かったから助かったんだけどさ。本当は僕って、後遺症が残るか死んでたっぽいんだよね」
それは本当。
実際、ゲームにおけるオルフェウスは後遺症を抱えていた。
「……」
勝負に出た俺を見て、明里さんは静かに目を伏せる。
「毒だということは、誰の目にも明らかでした。ですので、真っ先に駆け込んできたのが薬の専門家であるクレメンティ先生です。
そして彼が即座に毒の種類を見抜いて、適切な解毒薬を投与しました。そして、ジェズアルド先生が医学的な処置を行ったのです」
……ああ、そういうことか。
双子の教員が病んでしまう原因に気づきつつも、俺は笑う。
「そうそう、僕ってクレメンティとジェズアルド先生がいないと助かってないんだよ。確かに毒薬の元を作っちゃったのはふたりなのかもしれないけれど、責められないよ、こんなの」
責める気は微塵もない。
管理が甘かったことは事実なのだろう。
それでも、毒を作ったのは彼らじゃない。
相変わらず不機嫌そうな様子のアリオーソは、テーブルに頬杖をつく。
「……で、オルフェの件の責任を感じて、互いの専門分野の授業ができなくなっちまってんのか。つまり、トラウマって奴か?」
「まあ、そうだろうね」
本来、オルフェウスは後遺症を負う。
コラーレ兄弟が薬と薬草が盗まれていることに気づく頃には、それらが使われている事実に気がつく頃には、手遅れだった。
結果論とはいえ、自分たちが王太子筆頭候補のオルフェウスに重い後遺症を負わせてしまった。
自首する選択肢もあっただろうが、相手が悪すぎる。それこそ、死刑宣告をされてしまう可能性がある。
いや、ラウダ曰く、彼らは平民出身の教師だ——この国が貴族社会であることを考えると“可能性”では済まないだろう。
「トラウマもあるんだろうけど……罪悪感、だろうな」
正直に名乗り出た彼らを待っているのは、“確実な死”だ。
その恐怖で動くことができず、彼らは自責の念に苛まれることとなった。
しかし、穏やかな性格をしていたオルフェウスは荒れ、彼の隣にいたアリオーソは歪んでしまった。
匿っていた、恐らく可愛がってもいたラウダへの虐めは過激化してしまった——そして、後々入学してくるバセットおよびシベリウスも、事件の影響で明らかにおかしくなっていた。
これで「病むな」という方が無茶だ。
……だとすれば、
「んー、僕がふたりのとこ突撃して「後遺症無いでーす」って、踊ったら解決するかな?」
「やめてくださいまし!?」
「人の心が無いのかよお前!」
「流石にどうかと思うよ!?」
——駄目だった。
「い、いや……踊るのは駄目だとしても、僕の無事を見せつけるのが早いと思うんだよね。褒章の類を渡しても絶対に喜んでくれないしさ」
それはそう、と思っているのか、3人は頭を抱えてしまった。
ほら、実際問題としてそうじゃないか!
「……。お前に言う気は無かったんだがよ」
深々とため息を吐いた後、アリオーソが顔を上げる。
「罪悪感ってのは、そう簡単に無くなるもんじゃねぇんだよ。俺だってそうだよ。あの日、休暇なんか取ってなければって。……本当は、今でも思ってる」
あの日。
毒殺未遂事件があった日。
アリオーソはたまたま休暇を取っていて、護衛役を担っていたのはリュートの方だった。
つまり、アリオーソはその場にいなかった。
——いなかったせいで、オルフェウスを守れなかった。
「いや、君は……!」
「そう言うだろ? お前なら、そうなるだろうよ。だから、言う気はなかったんだよ」
「……」
「忘れてくれ。……だが、罪悪感ってのは、そういうもんだよ」
今のアリオーソですら、これだ。
ゲームにおけるアリオーソが別人化してしまうのは、当然だ。
沈黙が、辺りを包む。
そうして、手を挙げてくれたのは明里さんだ。
「すぐに解決しようとするのは、無理なのではないかと」
彼女は、静かに笑う。
「積み重ねましょう? オルフェウス殿下が何の後遺症もなく、元気に過ごせていることを、そのお姿を。ふたりに何度も見せていれば。きっと安心してくださりますわ」
「ヴィオレッタ……」
「それこそ、隙を見て感謝の言葉を伝えても良いかもしれませんね。……というより、よく考えると助けてもらったお礼を伝えることができていませんよね?」
俺、というよりはオルフェウスは意識が無かった。
そして元々接点が無かったせいでコラーレ兄弟が誰なのか分かっていない。
しかも彼らが平民出身だからだろうか。
コラーレ兄弟に助けられたことさえ伝えられていない。
……だから、お礼を言えていない。
そのことに、今さら気づいた。
今度は俺が、罪悪感を抱えている。
それに気づいた明里さんは、困ったように微笑んだ。
「まあ、おふたりともオルフェウス殿下から逃げている気はしますわね。だから、まずはお礼を言うために彼らを探すことから始めるのが早い気がしますわ。逃げるなら追わず、落ち着くのを待ちましょう」
ラウダの件と同じだ。
案件が重すぎる以上、すぐに解決するはずがない。
「そうだね。……そうするよ」
だが、少し。
少しだけ、胸が痛む。
そういうシナリオだから仕方がないとはいえ、長々と苦しめたくはない。
そんなことを考えていると、アリオーソにわしゃわしゃと髪を撫でられた。
何かを返す暇も与えられず、彼は俺に向かって、ニヤリと歯を見せてくる。
「オルフェ。次の剣術演習、覚悟しとけよ?」
「え……存分に暴れろって? ははっ、楽しみだね」
自分は元気だと、もう大丈夫だと。
コラーレ兄弟に本気で見せつけてやれ。
アリオーソの行動と発言の意図をすぐに察した俺の目の前で、今度はラウダが親指を立ててみせる。
「あ、オレもオレも。また魔法演習で暴れようよ」
「君に関しては楽しそうで何より。でも君の新しいクラスは脳筋養成所みたいなとこだから、あんまり洗脳されないようにね。……それはそれとして、全力で暴れさせてもらうよ」
「オルフェウス様も大概に脳筋だよね。隣にいる人のせい?」
「お前らは俺を何だと思ってんだ!!」
先日ラウダが編入したクラスは、偶然にもアリオーソがいるクラスだった。
あのクラスは学力もだが、武術の類や魔法が得意な人間が多く在籍しているせいなのか、ちょっと圧が強い。
それでものびのびと過ごしているようで、何よりだ。
俺たちが賑やかに騒いでいると、明里さんが少し離れた場所を見つめて微笑んでいる。
そうして、彼女はゆっくりと唇を動かした。
「……大丈夫、ですよ」
か細く、間違いなく届いてはいない声。
誰がいるのかは、分かった。分かっていた。
だけど——まだ、そのタイミングじゃない。
俺はあえて振り返ることなく、アリオーソたちとの話に集中した。




