10.頼れる奴がいなかった
慌ただしい日々、そしてこの世界のことにも次第に慣れ始めた。
そうして俺は、休日にまとまった時間が取れるようになってきた。
今まではありとあらゆる意味で勉強に追われていたせいで休日に休日らしい時間を取ることができなかったのだが、この3日間の連休は普通に休めそうだ。
——ということで、連休初日。
俺は庭園のガゼボでシベリウスと紅茶を飲んでいた。
シベリウスは紅茶を一口飲んだ後、青い瞳を細めてニコリと笑う。
「久々にゆっくりできてるんじゃない? 王太子殿下」
「んんんん、慣れない……」
とにかくその呼び方はやめて欲しい。急に偉くなったみたいで嫌だ。
そんな意図を込めてシベリウスに訴え掛けるが、彼の笑顔は崩れなかった。
「そんなことないでしょ。兄さんは王太子としていきなり法案出して、いきなりそれを通したってとこまで、私は知ってるんだから」
先日、オルフェウスは『王太子筆頭候補』から『王太子』に格上げされた。
どうやら16歳での立太子自体は確定だったようだが、毒の影響が残っていないことが完全に証明されるまで待っていたらしい。
正直、思うところは相当にあったが、国王と正妻の息子で長男。
しかも目立った問題もないとなれば確定なのだろう——ゆえに俺は王太子になると同時に、その立場を利用して『ある法案』を出した。
シベリウスは少し前のめりになって、話を振ってきた。
「兄さんが出した『告発者庇護令』、すぐ通ったよね。正当防衛だったり、誰かの命を救ったり、事件の解決に繋がったりしてたなら、身分を理由に罪を重くしたり、親族だからって連座させたりしないって奴」
「毒殺未遂の件を出したからね。だってアレ、第一発見者がヴィオレッタだったから良かったけど、リュートが侯爵家な時点で、発見者が『不敬罪になる可能性があるからリュートが犯人だと告発できない』っていう異常事態が起きかねなかったわけで」
「まあ、そうだよね~」
俺の話は完全な嘘ではない。
でも実際のところはラウダが貴族からの理不尽な暴力によって心身を追い込まれるような事態を二度と起こしたくないだとか、コラーレ兄弟がすべての罪を擦りつけられて殺されるような事態を起こしたくないだとか——要は、完全に俺の私情に基づいて作った法令だ。
ただ、それをそのまま言っても通るはずがない。だからこそオルフェウスの立場を利用した。
第一発見者が平民だったら僕の件は詰んだぞ、という話の持って行き方をしたら、すぐに通った。
数年とはいえ、サラリーマンという名の営業マンをやっていた経験が生きた。
そんな話をしているうちに、何かに気付いたようだ。
シベリウスはきょろきょろと周囲を見回し、首を傾げる。
「今日はアリオーソがいないね?」
「ああ、そうだね。無理矢理休暇取らせた」
「無理矢理休暇取らせた」
「そうじゃないと、永遠に僕を守る任務をこなし続けるから」
アリオーソはコラーレ兄弟の件で「罪悪感はそう簡単に消えるものではない」という話をさらっとしてくれた。
だが、実際のところ彼が抱いていた罪悪感は壮絶なものだったのだろう。
彼は何が何でも俺を護衛しようとする。
段々どうしようも無くなってきたため、とりあえず街の外に放り出した。
もう今日は夕方まで城には帰さない。
アリオーソは敷地内に入れない。
「……」
強い風が吹く。
シベリウスの柔らかい髪が、ふわふわと揺れる。
「……分からなくはないかもなぁ」
そうして彼は、ぽつりと呟いた。
「ん? 何が?」
「なんでもないよ。……それより兄さん、ヴィオレッタ嬢と随分と親しくなったよね。最近は凄く楽しそう」
話をはぐらかされてしまった。
これは突いたとて、何も話してくれない気がする。
そう思った俺は、『ヴィオレッタ』の話をすることにした。
「ヴィオレッタは優しくて、思いやりのある子だよ」
「あ、あんなに……あんなに、横暴な人だったのに……?」
「君も話してみれば分かるよ。この後来るし、ちょっと話してみなよ」
「え……? えっと、うん……」
実際問題として、明里さんとシベリウスは今の時点でまともに対面しておいて欲しい——何故ならシベリウスは、『鳥セレ』屈指の病みキャラだからだ。
だが、現状シベリウスは年齢的な理由で学園に通っていない。
どうにかこうにか自然にふたりが会う機会ができないかと画策したが、上手く行かなかった。
……そうしているうちに、数か月経ってしまった。
もはや自然発生エンカウントは無理だと判断した俺は、明里さんが来るまでシベリウスをこの場に引き留める作戦に入った。
そのための議題は、既に考えている。
「シベリウスこそ、フローレンス嬢と上手くやってるの?」
「!?」
フローレンス・アニー・エマーソン。
エマーソン侯爵家の長女であり、シベリウスの婚約者。
本来であれば、シベリウスとの婚約を破棄してしまう女性。
そのためゲームでは名前が数回出てくる程度で、一切、画面には出てこない。
ゆえに、明里さんはフローレンスに関する情報をほとんど持っていなかった。
乙女ゲームだからと言われたら、それまでだ。
でも俺としては、シベリウスが大切に育んできた彼女との時間のすべてを否定されたかのようで、悲しかった。
オルフェウスの記憶の中には、弟がどれだけフローレンスと親しくしていたか、深く深く刻まれていたから。
「も、もちろんだよ! なんでそんなことを……?」
突然の質問に、シベリウスは動揺していた。
彼自身も「自分とフローレンスは親しい」という認識をしていたみたいだ。
だからこそ、俺は笑う。
「婚約者の話題になったからだよ。僕に婚約者の話を聞くなら、君も答えないとフェアじゃないだろう?」
「それは……そう、だね……?」
「どうして疑問形なんだよ。でさ、情けない質問なんだけど……」
そして、事実上の本題に入る。
「街にデートのアドバイスが欲しくて……具体的に言えば、行き先のアドバイスが欲しくて……」
「私に!?」
俺は「静かに」と人差し指を立てる。
流石に……恥ずかしい。
「君も分かってると思うけど、僕らの関係性が改善したのって、ここ数か月の間の話だから……」
「あ、なるほど……」
「昔はとてもじゃないけど外になんか出たくなかった。でも、今は……ね」
明里さんとは学園内かこの場所、庭園のガゼボでしか会っていない。
そろそろ違う場所でも、彼女に会いたい。
誘えば応えてくれるだろうかという悩みもあるが、前提事項として行き先を考えなければ話にならないだろう。そのための材料が欲しい。
……というのもオルフェウス、この手の知識はまさかの皆無だったからだ。
よほどヴィオレッタと出かけたくなかったのだろうが、露骨すぎてもうちょっと何とかならなかったのかと笑ってしまった。
だが問題は、現オルフェウスこと俺の周りに『誰ひとりとして助言者がいない』ということだった。
アリオーソは本当に色恋沙汰に興味が無さ過ぎて絶望的に頼りにならないし、まだまだ心の傷が癒えていないラウダにそんなことは聞けない。
そして、ようやく会話“は”できるようになったコラーレ兄弟は論外だ。
乙女ゲームの世界だというのに、誰も頼りにならない。
一方の俺は、このゲームは攻略対象が病み散らかしているせいで、ヒロイン側から誘わないとデートイベントが一切起こらないゲームなんだろうなと失礼なことを考え始めた。
本編開始2年前時点で既に病んでいるラウダとコラーレ兄弟は仕方ないとはいえ、頼れる兄貴分アリオーソがまったく頼りにならないのは割と本気で悲しくなった。
そこで俺は、本来であれば論外最前線になっていたはずのシベリウスが普通に戦えることに気づいた。
「君しか……聞ける相手が、いないんだ……」
可愛い弟は何度も、何度も婚約者とデートに行っている。
つまり彼は、この手の知識に長けている。
「うーん、どういうところが良い? お茶しに行きたい? それとも、買い物? アクセサリーとか?」
「とりあえず、お茶しに行こうかなって……」
「それなら最近、南の噴水広場付近にお洒落なカフェができたみたい。ちょっとだけ裏通りに入るから、今は『知る人ぞ知る名店』って感じらしいよ。
でも学園付近の名門カフェで修行していた店員さんが開いたお店だから、間違いはないんじゃないかな。あ、裏通りに入るとは言ったけど、南町だから治安は良いよ。安心してね」
……生成AIもびっくりな勢いで情報が出てくる。
婚約者のフローレンスを喜ばせるために、相当にアンテナを張っているのかもしれない。
俺が目を丸くしていると、シベリウスは嬉しそうにニコニコと笑っていた。
「うん、あとでお店の場所教えるね。地図用意しとくよ。周辺のおすすめスポットも書きこんどく」
「ありがとう……」
適当なモブに聞いてみることも考えたが、恥を忍んででもちゃんと名のあるキャラに聞いてみようと判断した俺の判断は間違っていなかったらしい。
とんでもなく良さげな店をピンポイントで言えてしまうあたり、流石は乙女ゲームのキャラクターだ。
「役に立てて、良かった!」
俺の目の前でどこか誇らしげに笑っている素直で可愛い弟、シベリウス。
微妙に勉強は苦手っぽいんだけど、それ以外ではとんでもない有能っぷりを発揮するのはオルフェウスの記憶で分かってる。
本格的に信じられなくなってきたが、彼は本来であれば引きこもりになるし、『鳥セレ』屈指の病みキャラと化す。ギャップがありすぎて、辛い。
「どうか君は、そのままで居てね」
「え? あ、うん……」
——オルフェウスの可愛い弟を、絶対に剥製製造機にはさせない。
きょとんと首を傾げているシベリウスを前に、俺は固く固く決意した。




