11.攻略対象たちの原型
「ヴィオレッタ様、久しぶり。元気だった?」
「シベリウス殿下も、お元気そうでなによりです」
向かい合った明里さんとシベリウスが談笑している。
……互いに、何かを探り合いながら。
ふたりとも、ニコニコとよく笑っている。
学園での勉強がどうのこうの、近くにできたお店がどうのこうの。
とりとめのない、他愛のない会話に見えるが、俺にはふたりの心の声がよく聞こえてくる。
要するに、要するにふたりともこう考えている。
——お前は一体誰だ!?
明里さん目線だと超絶ヤンデレを通り越して狂気としか言いようがない第二王子がぽやぽや可愛いプリンスになっているわけで。
シベリウス目線だと顔は良くてもワガママ過ぎて手のつけようが無かったお嬢様が、今や穏やかな微笑みを浮かべる淑女と化しているわけで。
もう困惑するなと言う方が無茶だろう。
こればかりは仕方がない。慣れてくれ。
「なるほど? そうなんだ。あまり香りの強いものは好まない、と」
「わたくしは紅茶自体が好きなので、何が出てきても嬉しいのですが……そうですわね、香りが良いものより、どちらかというと甘みを重視します」
そんなこんなで、何故かふたりは紅茶に関する話を始めてしまった。
実はコーヒー派な俺は全くついていけない。
身体も「知らない」と言っているせいで何も分からない……って、さてはオルフェウス、出てきたものを何も考えずに飲んでいたな!?
そんなことするから毒盛られて死にかけるんだぞ!?
「兄さん、兄さん」
俺がオルフェウスに対してとんでもなく失礼な感情を抱いていると、シベリウスにトントンと肩を叩かれた。
「私は邪魔になると思うから、そろそろ退場するね。さっきの件は、また夜に」
「あ、ああ……稽古の合間に呼び出しちゃってごめんね。じゃあ、また」
心底失礼な感情をそこそこ長く抱いていたらしい。
シベリウスが立ち去った後、俺は深く息を吐き出した。
「ごめん、オルフェウス。流石に今のは無かったな……」
「えっ?」
「あ、ごめん。その、オルフェウスに語り掛けるのが趣味で」
相変わらずいるのかいないのか分からないが、どうしてもやめられない。
苦笑いする俺を見て、明里さんもまた苦笑いを返した。
「私の前以外ではしないでくださいね? とんでもなく危ない人になっちゃいますから」
「うん、分かってる。今のはちょっと、気が抜けた……」
「その……幻覚の類だと思われちゃいますから……もうそこそこ経ったとはいえ、オルフェウスが毒を盛られたことに変わりはないので……」
来月、俺たちは進級することが決まっている。
とりあえず俺は、オルフェウスの名誉を守り切った。
少しずつ彼の知識無双が通用しない気配を感じていたため、先周りして怪しくなりそうな部分を徹底的に補いに行けば何とかいけた。
オルフェウスの基礎的な部分が完璧だったこともあるけれど、彼の学年首位をキープできた。……本当に、良かった。
剣術に関してはどう足掻いてもアリオーソに勝てないが、それに関しては昔からだったらしい。
だから、せめて上位層に食い込むようには努力した。アリオーソを始めとした騎士団員の皆に協力してもらった。
ただ、魔法に関してはそろそろラウダに負けそうで胃が痛い。
明里さんに聞いたところだと『成績はオルフェウスの方が圧倒的に上』らしいんだけど、本編のラウダはとてつもなく手抜きをしていたことが想定されるせいでゲームが参考資料にならない。
「ヴィオレッタも成績上位層ではあったんだよね? 君は勉強、どうにか追いつけてる?」
「本当にどうにかって感じです。……その、申し訳ないですが私は透さんほど気にしていないので、厳しくなったら手抜きしちゃうかもです」
「俺が気にしすぎな気もするんだけどね。王太子の身体を預かってる以上、下手な真似はできないだろって思っちゃってさ。
でも魔法演習の首位はキープできないかも。ラウダが強すぎる……ごめん、オルフェウス……」
「だから人前でオルフェウスに話し掛けちゃ駄目ですってば」
明里さんは「前世の記憶を持っているだけ」だと思っているし、彼女に関しては間違いなくそうだとは思う。けれど俺は、やっぱり身体を乗っ取った可能性を捨てきれない。
だからこそ、努力は続ける。
いつ、オルフェウスに身体を返しても良いように。
「……」
——何故か少し、胸が痛んだ。
「透さん?」
明里さんに顔を覗き込まれて、俺はハッとして首を横に振るう。
誤魔化せ、と自らの心に訴えかけた。
「そのー……とりあえず。とりあえずバッドエンド分岐について考えていこうと思う」
「今の流れで!?」
「ほら、魔法に関してはラウダに抜かれそうで困ってるんだけど、よくよく考えたらラウダルートのバッドエンドって実質、殺戮魔王爆誕って感じだろ?
オルフェウスが抜かれるのって自然な気もしてきたんだよね。殺されるってことは、まともに抵抗できなかったんだろうし」
「あ、ああ……なるほど……?」
「だから全員分のバッドエンドを把握しとけば、今後の動きも大なり小なり分かるんじゃないかなって」
言い訳が苦しい。苦しいのは、分かっている。
明里さんも多分、言い訳をしているのは分かっていた。
それでも彼女は「ふふ」と穏やかに笑う。
「確かにアリオーソ、ラウダ、コラーレ兄弟に関しては大なり小なり原型は留めているので参考にはなるかもしれません。……オルフェウスとシベリウスは諦めるとして」
「あっ、シベリウスも駄目? 原型留めてない?」
さっきの談笑で見定めてくれたようで、明里さんは『困惑』以外の何物でもない、何とも言えない表情をしていた。
「びっくりするくらい原型留めてませんが、無理もないです。……その、あくまでも私の解釈なのですが、ゲーム本編におけるシベリウスは『変化』を恐れているのだと思ってて」
「だから変化しないようにって、剥製製造機になっちゃうのか……で、トリガーになる事象が完全に消えていると」
「そうです。オルフェウスとの関係悪化もなければ城内で居場所を失うこともない、さらにフローレンスとの婚約破棄も起きていない。
現段階でシベリウスが病む要素が消滅している以上、彼はどう足掻いてもゲームの状況には陥りません。何も変化していないので」
「そっかぁ……」
少なくともオルフェウスの中に俺が入っている状況が続いている以上、確かにシベリウスに関しては『諦めるしかない』という結論に至るだろう。
「あと、オルフェウスが鳥籠エンドになってしまうのは疑心暗鬼の重症化だと思っています。自室監禁、とは言いましたけど、実質座敷牢みたいなものですし、彼が少しでも『ヒロインを害するかもしれない』と感じたら、その瞬間に該当人物は断頭台送りです」
「怖いなオルフェウス!?」
「しかもオルフェウスって足の麻痺が原因で、本来は本編開始段階でも『王太子筆頭候補』のままなんです。だからこそ権力握らせた瞬間に大暴走、というか……」
「んー、まあ、少なくとも俺が入ってる限りは無いな」
「無いですね」
「よし、アリオーソの解釈を聞こうか」
俺がオルフェウスの病み要素の要、疑心暗鬼を拗らせていない以上はどう足掻いても原型は消える。
そうなってくると、気にするべきは残りの攻略対象だろうか。
「アリオーソは大切なものを傷つけられるのを恐れているんだと思います。だから猛獣用の檻なんです。強固な檻から出さなければ、その小さな空間だけを守り抜けば。ヒロイン本人ですら自分自身を傷つけることはできないので」
「あー……確かに原型はちょっと残ってるな」
実際のアリオーソは無口どころかうるさいくらいだが、それでも原型は残っている。
油断すると年中無休の24時間営業でオルフェウスの警護をしようとするくらいだし、振る舞いのひとつひとつに警戒心の強さが滲み出ている。
彼の明るく、頼り甲斐のある姿は決して演技ではないだろう。
だがかなり大人びているせいで忘れそうになるが、彼はまだ16歳の若い少年だ——毒殺未遂事件のトラウマで、強迫観念のようなものが根付いてしまったのかもしれない。
「ちなみにアリオーソのバッドエンドはオルフェウスも檻に入れられます」
「よし、もう大体分かってるんだけどラウダ行こう」
兄貴分の奇行という名のオルフェウス監禁の詳細を聞くのが嫌で嫌で仕方がなかったので、ちょっと強引に次に行くことにした。
「ラウダは……自分自身を含むすべてに絶望した結果、とでも言えば良いでしょうか」
「絶望……」
「3年間隠し続けていただけで、本来のラウダは攻略対象の中でも屈指の実力者です。でも彼が無力感を覚えるようなイベントがあって、そのイベントを発生させた時点でアウトなんですよね。
絶望の果てに彼は学園関係者を全員殺害して、それどころか国も壊滅状態にして……そして彼に対する恐怖心を隠せなかったヒロインも殺害。そして最後は自分自身を殺します」
「……。オルフェウス、ごめん。殺戮魔王に勝つのは諦めることにする」
——怖すぎる。
何が怖いかというと、ラウダに関してはかなり原型が残っているのが怖すぎる。
ゲーム本編との違いは「実力を一切隠していないこと」と「素の姿を見せるようになったこと」だろうが、逆に言えばそれだけだ。
彼は未だに微かな物音に反応するし、大声、特に罵声の類には本気で怯えてしまう。
もう全力で守るしかない……色んな、意味で。
「さて、ダントツで原型留めているコラーレ兄弟行こうか」
コラーレ兄弟に関してはまだバッドエンドルートについて聞けていない。
そして事情が事情だから仕方がないとはいえ、彼らの原型の留めっぷりは誰がどう考えてもダントツだ。……何なんだこの国は。平民に厳しすぎる。
とはいえ最近は講義の休講率がかなり下がっているし、エンカウントしても普通に会話は成立する。
大きな問題としては彼らが普段こもっている研究室のドアがどう足掻いても開かないせいで、積極的に交流を深めにいくことができないくらいだろうか。
明里さんは視線を泳がせ、意を決したように口を開く。
「私も正直、理解不能なんですけど……どうしてそういう行動を取ってしまうのか、本気で理解に苦しむんですけど……コラーレ兄弟のバッドエンドは、共通で『ヒロインホルマリン漬けエンド』です」
「……は?」
「そしてホルマリン漬けにしたヒロインをずっと眺め続けて、結果的にふたり揃って餓死します」
「……は?」
——シベリウスを上回る恐怖案件が出てきてしまったかもしれない。
「一応、ですね。ハッピーエンドの流れに入っているとクレメンティとジェズアルドのどちらかを選ぶような形になります。ちゃんと分岐します。でも、バッドエンドだと……」
「共通展開でホルマリン漬けにされた上、目の前で餓死されんのかぁ……」
——嫌すぎる。
「ヴィオレッタ的な意味だと一番マシなんですけどね。その、毒薬打たれて死ぬだけなので」
「それはそれでどうなんだよ」
明里さんが毒薬打たれて死ぬだけと言い切ってしまうのが怖いが、とりあえず怖すぎるし嫌すぎるから、もう全力で阻止したい。
問題は誰よりも原型が残っていることだが、恐らくここから挽回できる。
「シベリウスは原型留めてない、アリオーソとラウダもこれ以上病ませない……で、まだひとり出てきてないよな? バセットだっけ?」
「ああ、そうですね。バセット……って、そうか! バセットは病まない!」
「だろ? 俺がオルフェウスをきっちり光らせとけば、バセットが病むことはない!」
何がどうなってそうなるのかは分からないが、バセットが病む原因はオルフェウスが病んでしまったことに起因する。
つまりオルフェウスが病まなければ、彼も病まないという理論が成立するはずだ。
「一応お伝えしておきますが、バセットはとんでもない遊び人キャラとして登場します。彼は『打倒オルフェウス!』って感じで入学してくるのですが、その時点でオルフェウスが駄目になってるんですよね。
だから目標を失って、どうしたら良いのか分からなくなって、自暴自棄になって遊び人化してしまった、みたいな背景を持つキャラです。割とろくなことしないんですけど、困ったことに憎めないって感じのキャラです」
「それなら俺がちゃんとオルフェウスやりきれば、どうにかできそうだな」
よく考えれば俺はバセットを病ませないためにも手を抜いてはいけなかったらしい。
自分の判断が合っていたことに安堵しつつ、俺は明里さんの言葉に耳を傾け続ける。
「えーと……バッドエンドだとヒロインが磔になります。その、目標を失ったことが病みの起因になるから……ヒロインが、よく見えるように……」
「よく見えるように」
——学年主席進級を決めて良かった。本当に良かった。
でも変なところに『オルフェウスの成績』で変化が生じる伏兵が潜んでいた。
そのせいで俺は、何が何でもオルフェウスの有能さをキープし続けないといけないことに気づいて、顔を覆うことしかできなかった。




