12.お忍びデート
原型を留めていない攻略対象代表、シベリウスがとんでもない『しごでき』だった——。
「……」
弟に全力で感謝しつつ、俺は目の前で楽しそうにアクセサリーを眺めている明里さんの姿を見て、ひそかに癒されていた。
年頃の女の子って感じで、可愛い。
ふたりきりだからこそ、緩みそうになる気持ちをどうにかこうにか律する。
全く視界に入らないとはいえ、オルフェウスとヴィオレッタの従者が目立たない場所にいるのは分かっているからだ。あまり無様な姿は見せられない。オルフェウスに申し訳ない。
正直誰にも来て欲しくなかった。でもそうはいかない。仕方がないから、人を選ばせてもらった。
具体的に言えば、アリオーソを全力で護衛任務から外した。……理由は『恥ずかしいから』だ。
「あ……っ」
俺が見ていることに気づいた明里さんは、振り返るとともに少し頬を染めて、恥ずかしそうに笑った。
「すみません。まさかデートに誘っていただけるだなんて思わなくて、つい……」
制服でもドレスでもなく、ただの町娘のような素朴な姿。
そういう俺も、隣に立っていても違和感のない服装を選んでいる。
三連休の最終日。
俺は明里さんを誘ってお忍びデートに来ていた。
「いや、いつもお世話になってるし……」
「うふふ」
首から下げた会話遮断用のネックレスを触りつつ、本気で情けなくなりつつ、俺はシベリウスのことを考える。
怒涛のバッドエンドトークをした後、明里さんをデートに誘った。
もはやムードなんてものはない最悪な流れだったが、それでも彼女は嬉しそうに笑って頷いてくれた。
そうして——夜。
シベリウスが部屋にやってきた。
『兄さん、カフェ変えた方が良いよ。昼に紹介したカフェはフレーバーの多さを売りにしてるみたいだから、ヴィオレッタ嬢には合わなさそう』
『え?』
彼は「合わないとこ教えちゃってごめんね」と困ったように笑ったあと、テーブルの上に持ち歩きやすい小さな地図を置いてくれた。
『近くに少し古いんだけど味にこだわり抜いた店があるから、そっちに丸をつけたよ。ここはチーズケーキが評判だから、紅茶と一緒に頼むと良いと思う』
『え……?』
『でね、これは少し意外だったんだけど……ヴィオレッタ嬢って多分、素材を生かしたシンプルなのが好きだと思う。だから、ここと、あとはこの店に行ってみて?』
『う、うん……分かった』
返事が、上手くできない。
だんだん、苦しくなってきた。
そうしてシベリウスは、綺麗な青い石が付いたシンプルなペンダントを2つ置いてくれた。
『それから、これを貸しとくね。これ着けて話すと、周囲の人間が聞き耳を立てるような真似ができなくなるんだ。このペンダント、特殊な魔法が掛かってるから会話内容が雑音にしか聞こえなくなるんだよね』
『……』
『ねえ……そんな悲しそうな顔しないで欲しい……』
そんなこんなで本日のデートプラン。
——すべて、シベリウスが考えたものだ。
一昨日のとりとめのない、他愛のない会話だと思っていた会話は全部、明里さんの好みを知るために行っていたものだった。
間違いなく彼は、兄は何も知らないと想定して動いていた。
……悲しかった。
せめてここからは自力で挽回したい。
明里さんが見ているアクセサリーを、横から覗き込んでみる。
「何か良いの、あった?」
「ひゃうっ!?」
「あっ、あっ、ごめん!」
顔を真っ赤にして、距離を取られてしまった。
オルフェウスの顔の良さを、忘れていた。
確かにこの顔でいきなり至近距離に行ってしまえば、驚かれてしまうのも当然だろう。
明里さんは、明らかにもじもじし始めてしまった。
「え……ええと、その……」
……とても楽しそうにしていたのに、申し訳ない。
ひとまず俺は、並んでいたアクセサリーに目を落とす。
確かに素材を生かしたシンプルなデザインをしている。
そして俺は、改めて明里さんの——ヴィオレッタの顔に視線を向けた。
流石は悪役令嬢、とでも言うべきだろうか。
彼女の顔立ちは華やかで、とても美しい。
アクセサリーはむしろ、これくらいシンプルなデザインの方がその美を引き立ててくれるような気がする。
「明里さん、ごめん。こっち、おいでよ」
「は、はい……」
素材を生かしたシンプルなデザインは純粋に明里さんの好みだとは思うが、結果的にヴィオレッタにも似合っている気がする。
シンプル=安物、というわけではなく、なかなかに可愛くないお値段をしていた。
それこそ、公爵令嬢が身に着けていても特に問題なさそうな価格だとは思う。
流石に社交の場に着けていくには安すぎるだろうが、普段、学園で身に着ける分には悪目立ちもしなさそうだ。
良い店を教えてくれたな、と頼りになりすぎる弟に感謝しつつ——また、ちょっと落ち込んだ。
「……」
いつの間にか傍に寄ってきてくれた明里さんが、髪飾りに目を落としている。
彼女が見ているのは青紫色の宝石が付いたバレッタ。付属する白いレースのリボンが可愛らしい。
華奢なデザインで控えめだが、華がある。彼女の深い藍色の髪を引き立ててくれそうだ。
俺はそれを手に取り、明里さんに見せる。
「これ?」
「え!? えっと……そ、そうです……」
「……。ド定番演出で悪いんだけどさ。これ、俺に買わせて欲しい……」
何故ならこれくらいはしないと本格的に終わるからだ。
百歩譲って俺は良いとしても、これ以上、オルフェウス“を”残念にしたくない。
……が、よくよく考えると「俺に買わせて」と聞いてしまうこと自体が果てしなく終わっていることに気づいて発狂しそうになった。
発狂しそうになった、が。
どうにかこうにか、耐える。
店員とは最低限のやり取りをしただけで終わった。何も、言ってこなかった。
ド定番演出だと「彼女かい? 可愛いね」くらい言ってきそうなものだが、俺が本格的に駄目だから何も触れてこないのかもしれない——触れて、くれないのかもしれない。
「あの……明里さ……じゃなくて」
綺麗にラッピングしてもらったバレッタを明里さんに渡す……んじゃなくて、「カフェに行け」とシベリウスから助言を受けていたことを思い出す。
「はい、なんでしょう?」
「近くにさ、紅茶が美味しいカフェがあるんだ。次はそこに行こうか」
正しくは紅茶が美味しいと聞いたカフェだ。
本当に情けない。各所に申し訳ない。
嬉しそうに目を輝かせている明里さんを見ると、なおさら申し訳なくなる。
そして、俺は気づいた。
『朝比奈 明里』という女性の死因は、『病死』だ。
彼女は、若くしてこの世を去っている。
一体いつから病院にいたのかは分からないが……もしかすると、幼い頃から、ずっと。
……そうだと、したら。
「初めてが、こんな……」
つい、言葉が零れ落ちてしまった。
慌てて口を覆う。
幸い、明里さんは気づいていなさそうだ。
それを安堵しつつ、俺は彼女の手を引こうとする。
……そのタイミングで、俺は彼女が『何』を見ているのかに気づいた。
「わ、可愛い……」
彼女が呟いた言葉で、俺はハッとした。
その視線の先には、随分と目立つ色彩を持った少年だった。
短く切りそろえられた煌びやかな金髪に、淡い銀の瞳。
適度に鍛え上げられた、すらりとした体躯。
騎士団員の制服を着た彼は、腰に2本、短めの剣を携えている。
遠くにいる彼は、まだ俺たちの視線には気づいていなさそうだ。
それなのに彼の容姿が分かるのは、金と銀の派手な色彩が原因ではない。
きっと彼が『攻略対象』だからだろう。何らかの補正が入っているとしか思えない。
——バセット・アリアダ・オフィクレイド。
まだ会ったことは無かったが、分かる。
彼が、最後の攻略対象だ。
「……」
どうやらバセットは必死に何かを探しているらしい。
捕まえて交流してみたいところだったが、とても話し掛けられる雰囲気ではない。
随分と慌ただしく動き回っている彼の姿を、明里さんは黙って、じっと見つめている。
そこで俺は、この世界が『乙女ゲームの世界』であることを思い出した。
乙女ゲーム。
プレイヤーは自分の分身であるキャラクターを操作し、ひとりの攻略対象を選んで親睦を深めていく。
明里さんはリュート以外のルートは一通り巡っているようだが、それでも誰かしら本命のキャラクターはいたのではないだろうか?
それはきっと、
「明里さ——」
「オルフェ!!」
背後から、アリオーソの声がした。
慌てて、振り返る。
鍛えているはずの彼が、酷く息を切らして駆け寄ってきた。
彼も騎士団員としての制服を身にまとった上で、腰に剣を携えている。
——これは、間違いなくただごとではない!
「な、何があったんだ!?」
人目を引いてしまう。
それでもオルフェウスの名前を叫ばなければならない緊急事態。
アリオーソは明里さんの姿を一瞥した後、俺たちを手招きした。
「透さん、ネックレスを外しましょう。アリオーソさんとの会話に支障が出ます」
「そうだね」
ネックレスを、外す。
それはデートの終わりを意味していた。
……だが、こればかりは仕方がないのだろう。
アリオーソは大通りへと向かう道を指さし、俺たちに先を歩くように促した。
彼はどうするのかと思えば、剣のグリップに手をかけ、いつでも抜けるように構えている。
俺たちが背後を取られないようにと、警戒している。
大通りには騎士たちが待機していた。
豪勢な馬車の前に立っていた彼らは、俺たちの姿を見るなりほっと胸をなでおろす。
「オルフェウス殿下、そしてヴィオレッタ様も……ご無事で、良かった」
「何があったの?」
その問いに対して動いたのは、アリオーソだ。
彼はその場に片膝をつき、酷く他人行儀な様子で、下を向いたまま口を開く。
「詳しくは馬車の中でお話しいたします。どうか、まずはお乗りくださいませ」
彼の口調および態度そのものは全く問題ない。
オルフェウスと俺が「普通にして欲しい」と言っているだけで、彼の立場ならば本来これが普通だ。
アリオーソ自身もそれを理解した上で、瞬時に言葉と態度を使い分ける能力を持っている。
……つまり今、気にするべきは、
「ヴィオレッタ、早く乗ろう。中途半端なことになって申し訳ないけれど、仕方ないね」
「そうですわね。……どうか、お気になさらないでくださいませ」
自分たちの側には、少人数とはいえ従者がいた。
悲鳴の類が上がっていないことを考えると、従者たちは無事だろう。
しかし『彼らだけでは足りない』と判断されたことは明らかだ。
騎士団のうち、アリオーソを含む何人かは王太子と公爵令嬢の保護、そして何人かは別の目的で動いているのだろう——発生した脅威の排除、辺りが妥当だろうか。
「……」
明里さんが、明らかに怯えている。
それだけでこれは、本来起こるイベントの類ではないのだと、思い知らされた。
ムードも何もない。だが、そんなことを言っている場合じゃない。
俺は明里さんの手に先ほど買ったバレッタを握らせて、微かに震える小さな白い手を両手で覆う。
無言で「大丈夫だよ」と訴えかける。
「アリオーソ。……何が起こった?」
そして俺は、そのままアリオーソへと視線を移した。
親友は俺と目を合わせないまま、従者として重々しく言葉を紡ぐ。
「先ほど——王城付近にて、リュート・ベリーニ・ラヴェルと見られる男が確認されました」
……もはや「ありえない」としか言いようのない、言葉を。




