13.異常事態
——捕縛されたはずの、それどころか処刑されたはずのリュートの姿が王城付近で確認された。
動揺する俺たちに対し、共に馬車に乗り込んだアリオーソが淡々と告げる。
「現在、真偽の確認を急いでおります。しかし、万が一を考慮し、王城へお戻りいただくわけには参りません」
当たり前だ。
オルフェウスは一度、毒殺未遂に遭っている。
王城付近に現れた人物がリュートである可能性を孕んでいる以上、戻ることはできない。
「まあ、妥当な判断だろうね。そこに対して何かを言う気はない。むしろ、厳戒態勢を敷いた上で僕たちを迎えにきてくれた。そのことに対して礼を言うべき場面かな」
ただ、俺と一緒にいたせいで明里さんを巻き込んでしまった。
それが、心の底から申し訳ない。
「……ヴィオレッタ」
謝罪の言葉を、口にしようとした。
けれど明里さんは、震えそうになる声を抑え込んで、笑う。
「殿下が責任を感じる必要はございませんわ。ご心配には及びません」
彼女は——ヴィオレッタは、笑う。
「わたくしは第一発見者ですのよ? 最初から殿下ではなく、このわたくしが狙われていた可能性もございます。我がカデンツァ公爵家は、王城の至近にございますもの。『王城付近』と申しても差し支えございませんわ。そう考えますと、むしろありがたいことですわね」
堂々たる、気品溢れる姿。
それでも、ほんの少しだけ申し訳なさを滲ませた表情で、彼女はアリオーソに視線を落とす。
「アリオーソ様?」
「はっ」
ヴィオレッタは頭を垂れた状態の彼に、驕るような眼差しを向けた。
「もちろん、わたくしもオルフェウス殿下とご一緒に連れて行ってくださいますわよね? まさか、未来の王妃を、その辺りへ放り出すような真似はなさいませんわよね?」
「勿論でございます」
「うふふ。それなら、何も問題はありませんわね」
前々から思っていたが、原作を知っているせいなのか明里さんの悪役令嬢ロールは見事だ。
とはいえ、流石に辛くなってきている頃だろう。俺が間に入ることにした。
「……で、アリオーソ。どこに行くんだ?」
王城に戻ることはできないとなると、一体どこに連れていかれるのか。
俺たちがここにいるからか、外の風景を映す窓は完全に閉鎖されてしまっている。
だが、何となく王城とは真逆の方向へと向かっているような気がした。
アリオーソは姿勢を変えずに、言葉を発する。
「学園へ」
「学園!?」
——毒殺未遂事件の現場じゃないか!?
ゲームの強制力か何かが働いているのかと思いきや、明里さんも驚いている。
やはり彼女が知らない事態が発生しているらしい。
ひとまず、アリオーソに語らせるしかない。
「オルフェウス殿下の毒殺未遂事件以降、学園では水面下において警備体制の全面的な見直しが実施されております。まず、学園に関わる全ての人員について改めて精査を行い、名簿の再整備および身元確認を徹底いたしました」
「……」
「加えて、学園全域を覆う結界につきましても再構築を行い、その強度を従来より大幅に引き上げております。さらに、外部からの物理的侵入を想定し、外周の塀や門扉等の防備についても改修を実施いたしました」
「……」
「そして——」
「アリオーソ! 王太子命令だ!!」
「!?」
すごく頑張ってくれてるのは分かってる。
真面目に仕事してくれてるのも分かってる。
でも、ごめん。
「アリオーソ・グノ―・リチェルカータ! その堅苦しい話し方を辞めろ、これは命令だ!!」
「殿下!?」
俺が全力で耐えられなくなった。
色んな意味で耐えられなくなった。だから、王太子権限を使う。
「堅苦しすぎて分かりにくい。頭に入らない。だから崩して」
「あ、あの……」
そもそも、これは王太子と公爵令嬢の護衛任務だ。
アリオーソがイレギュラー的に混ざっているだけで、彼以外は熟練の騎士しかいないはずだ。
要するに、彼にとっては上官に当たる人間しかいない——事実上の『公の場』に等しくなっているのだろう。
「……で、周囲にいる者たちにも命ずる」
だから、続けて王太子としての権限を使う。
「アリオーソは僕の命令で喋り方を変える。だから、これは不敬でも何でもない。彼を責めるような真似はするな。良いね?」
俺の発言を拒む者はいない。
拒みようがない。
拒みようがないせいで、アリオーソがすごく困っている。
「善処は、しま……する」
「はい、もっと崩して。君はまだやれる。まだ行ける。まだ崩せる。王太子命令、追加で出せば良い?」
「分かった! 崩す! 崩すから!!」
申し訳ないな、とは思う。
許して欲しい。
「そもそも異常事態だからさ。ゆるい感じの喋り方する人間に居て欲しい。それがやれるの、君しかいないし……頼むよ」
「……。おう」
「でもって、僕らの前で膝つきっぱなしなのやめて。向かい側に座って。顔も上げて。話しにくい」
「……」
相当に、周囲を気にしている——ちょっと可哀想な気がしてきた。
でも、後々彼が責められないように声を張り上げたし、さらに追加の命令も出したんだ。
だから、気にしないで欲しい。
普通に喋って欲しい。ありのままの君でいて。
アリオーソが席に着く。
それを見計らって、俺は口を開いた。
「……ってことで、改めて説明お願い。僕が毒殺されかけたにも関わらず、避難先に学園を指定。そこには理由はあるんだろう?」
「ああ、当然ある」
さっき話しただろ、と言いたげに眉をひそめられたが、知らん。あれじゃ分からない。
天啓を受けたという設定はつけたが、明里さんならともかく俺はこの世界のシステムを完全には理解してない。
ということで、アリオーソに改めて詳細を語るように促した。
「先に結論を言う。本来、あの学園は王族やそれに準ずる上位貴族を匿うための要塞として機能するようにできている。その機能を復活させたから、問題ないって話だ」
「なるほど?」
「ここ数十年は何もなかったせいで、完全に役割を失っていたそうだ。特に寮制度は完全に機能していなかった。もはや誰も使っちゃいなかったが、敷地内には通常の寮以外にも高位貴族専用の寮がある。
登下校で襲撃事件なんかが発生するリスクを考えて、学園入学後はオルフェも、何なら俺やヴィオレッタ嬢は学園の敷地内にある寮に入るのが普通だったんだと……大昔は」
俺はオルフェウスの記憶を漁る。
どうやら、そこそこ前の時代の王族は皆そうしていたらしい。
——乙女ゲームとはいえ、役割崩壊にも程があるだろ。
明里さんに話せば「ゲームなので」と言われそうだが、アリオーソの言い回しを見るに、俺の感性は間違っていないと判断して間違いなさそうだ。
「んー、そっかぁ……」
ひとまず俺は本気で「呆れてます」という態度を見せた。
完全に同意見だったようで、アリオーソは苦笑する。
「つーわけで……さっきのを、砕けた感じで話すわ」
「結論先に言ってくれてありがとね。分かりやすかった」
この世界では恐らく『結論を先に言う』という文化はあまり浸透していない。
早急に浸透させるべきだろうと思いつつ、俺はアリオーソの話に集中することにした。
「まずは学園に関係している人間は、ありとあらゆる手段で全て洗い出した。誰がどこから通ってきているか、誰が誰と関わっているか……それこそ、ラヴェル侯爵家との関わりが深かった人間が混ざってねぇかどうか、とかな」
「まあ、それが初手だろうね」
「実際問題、遠縁の人間が警備兵に混ざってやがった。マジで関係ねぇ可能性もあったが、念には念を入れて追い出した。そういうことを繰り返した」
ふう、とアリオーソは息を吐く。
どうやら相当に情報を叩きこまれているらしい彼は、言葉を続ける。
「さらに言えば、学園全域を覆う結界。あれも念のため強度を上げている。具体的に言うと、今まであった旧式の結界を張り直した上で、上から追加で二重にも三重にも結界を張った」
あの学園の上部には、見えない結界があるらしい。
オルフェウスはうっかり魔法を上部に飛ばしてしまったことがあるようだが、それでもびくともしなかった。その結界を二重にも三重にも張ったのであれば、確かに安心だろう。
「とはいえ結界は基本的に上部特化だからな。物理的に突破されねぇように外周設備は全面改修。でもって、学園防衛を担う常駐騎士もメンバー盛大に変わってるぞ」
「なるほどね? 確かに、学内の方が安全かもしれない」
まさか、そんなことになっているとは。
そしてアリオーソは、どこか苦しげに微笑んだ。
「お前、なかなか学園に戻れなかったろ? これが理由だよ」
「……そうだったんだね」
「学園側も騎士団側も急ぎはしたが、あれが限界だったって話だよ。……申し訳ねぇ話だが」
確かに、オルフェウスの学園復帰には2か月も掛かっている。
純粋に過保護されていた部分もあるが、騎士団はその間に全力で走り回ってくれていたようだ——少しでも王太子筆頭候補を、早く学園に戻せるように、と。
「いや、全力を尽くしてくれて感謝、かな。ていうかむしろ、学園に戻れたことが奇跡だと思ってるよ」
確かにあの件は、普通に城に軟禁されてもおかしくはなかったとは思う。
何の後遺症も残らずに済んだとはいえ、それくらいの事件だった。
「……」
とんでもなく真面目な話をして疲れたのだろう。
アリオーソは椅子の背にもたれ掛かり、深く息を吐き出した。
「……とまあ、長くなっちまったが、そういう事情だ」
「うん、ありがとう。よく分かった」
そして彼は、一切話さなくなってしまった明里さんへと視線を向ける。
「ヴィオレッタ嬢も安心してもらっていい。今の話は、お前にも遠からず関わってくる話だからな」
そう言ってアリオーソが笑いかければ、明里さんは再び斜に構えたような態度を取る。
「少なくともあなたは、わたくしたちのために仕事をしてくださるのでしょう?」
「勿論ですとも、未来の王妃様?」
「気味が悪いのでやめてくださいまし」
「ひでぇな!?」
もはやゲームの強制力としか思えないような、怒涛の展開だった。
だが明里さんが把握できていない時点で、恐らくこれは本来のルートを大きく外れてしまっている。彼女の原作知識は、もうほとんど役に立たないと考えて良いだろう。
——だからこそ、これ以上は異常事態が起きないことを願う。
そう祈りながら迎えた、第2学年。
幸いにも学年が変わるまでの間は特に問題は起こらなかった。
定期的にシベリウスと手紙で連絡を取り合いつつ、学内で平和に過ごした。
そうして新入生が、バセットが入学してきた。
やはり、あの日見た派手な色彩を持つ少年が彼だった。
しっかりと代表挨拶をこなす後輩の姿を、俺は近くで見守った。
彼を病ませないために、俺も頑張らなければ。
……と、思っていたのだが。
「あなた……! 本当にオルフェウス殿下ですか!?」
入学式は特に何もなく終わった。
何事もなく、解散する流れになると思っていた。
……バセットが、わざわざ俺たちの前にすっ飛んでくるまでは。
「そ、そうですけど……」
そうとしか返せない。
近くにいた明里さんやアリオーソ、ラウダも困惑している。
しかし、バセットは首を横に振るった。
「なんか違う! 自分の本能が、なんか違うと言っています!!」
「ええ……?」
——困ったことに、バセットが合っている。
俺はオルフェウスじゃない。そう、違う。違うのだ。
けれど、それを攻略対象に見抜かれるのは非常に困る。嗚呼、一体どうして。
「……」
黙って、横に立っていた明里さんを見る。
「……」
黙って首を、横に振られてしまった。
アリオーソとラウダの顔も見てみる。
彼らもひたすらに、動揺していた。
だが、バセットは変わらずに叫ぶ!
「自分の本能が! 『なんか違う』って言ってるんです!! どうしてですか!?」
「僕に聞かれても困るんだけど!?」
これはいくらなんでも失礼がすぎると判断したのだろう。
アリオーソとラウダが黙って間に入ろうと、動こうとしてくれた。
……が、バセットが淡い銀の瞳に涙を滲ませたのを見て、彼らは止まった。
「どうして……?」
バセットの綺麗な瞳が、俺を映している。
涙がこぼれおちる瞬間だけは見せまいと思ったのか、彼は踵を返して走り出してしまった。
「えっ、ちょっと……えっ!? えぇっ!?」
いやもう、本当になんでだよ!!
君は絶対に病まないと思ってたのになー!?
いつもありがとうございます。
もしよろしければ、評価など入れて頂けると嬉しいです。




