14.オフィクレイド男爵家
「明里さん! バセットについて教えて欲しい! ほら、ヒロイン磔刑男!」
もう放置しても大丈夫だろうと思っていたバセットが、斜め上の方向に向かっていった——。
温室コンサバトリーの中で、目の前で、明里さんが頭を抱えている。
アレを放置してチャラ男化でもさせようものなら、本当にヒロイン磔刑男になりかねない。
その関係で、現在アリオーソがバセットを追っている。
無理矢理連れてきたとてどうにもならないと判断したため、ひとまず「ある程度話を聞いてやって、気持ちを落ち着かせてやって欲しい」と指示を出した。
そしてアリオーソの代わり、ということで今はラウダが頑張って人払いをしてくれている。
いつの間にかアッシュブラウンの髪を適当にまとめた、やたらと顔の良い双子が現れた——コラーレ兄弟だ。どうやら人払いを手伝ってくれるらしい。
ありがとう攻略対象者たち。
ごめんね攻略対象者たち。
少なくとも、アリオーソがバセットを落ち着かせて帰ってくるまでに話をまとめるべきだろう。
俺は明里さんから、バセットに関する基礎情報を聞き出すことにした。
「まずですね、バセットは母親が浮気相手との間に作った子どもなんです。本人は既に察していますが、確証はないというか……本心では信じたくないと思っているというか……」
……いきなり、壮絶な話が出てきてしまった。
あの可愛らしい少年になんということを。
俺は顔を覆った。
「金髪銀目って目立つじゃないですか。言い方を選ばなければ、あれは100%浮気相手の遺伝子です。しかも浮気相手って元々男爵家に仕えていた庭師なんですよね。その庭師、ヤバいと分かった時点で逃走するんですけど」
「嫌だー……」
「父親からすれば妙に自分に似ていない子どもな上に、色彩に見覚えがあるんですよ。絶対に自分じゃなくて庭師の遺伝子入ってるだろって思うんです。……まあ、可愛いはずがなく」
「あー……」
「これで男子がひとりしかいなければ多少可愛がられる可能性はあったのですが、バセットは三人兄弟の末っ子なんですよね。だから、その……そんなに大切にしなくても、支障は無い、というか……」
「……」
泣きそう。
確かに、確かにここまで出てきていなかった。
家庭環境がマジで終わっている系の攻略対象は出てきていなかった。
そういえば、明里さんはバセットについても元から割とアレと言っていた。
要するに、物語開始時点で既に病んでしまっているパターンでは……?
「何ならバセットは息子が旦那ではなく浮気相手の子どもだと気づいた母親からも酷い扱いをされます。旦那から疑い倒されて嫌になってしまったので。あとそうすれば、バセットを夫婦共通の敵にできるので」
「五億歩くらい譲って父親の方は良いとしても、母親が許せなさすぎるんだけど」
「ですよねー……」
辛い。でも泣きそうになっている場合じゃない。
俺は首を横に振るい、口を開いた。
「その上で、オルフェウスに対して何かしらあるんだよな?」
「そうですね、バセットは両親から暴力を振るわれながら、『何でも完璧にこなすオルフェウス殿下を超えろ』と言われ続けていたんです。
ストーリーを進めていくと、入学前の段階では『打倒オルフェウス!』ってずっと言っていたっていう情報が出ます。最初は優等生だったって」
「まあ、新入生代表挨拶任されるくらい、入学時点では優秀だったわけだしな。確かに、見るからに優等生だったね」
「でも……そもそも『オルフェウスを超えろ』っていうのが無茶振りなんですよね……」
現在進行形で、俺はオルフェウスの才能に苦労させられている。
だから明里さんの言いたいことは、痛いほどに理解できた。
「まあね。オルフェウスの能力は努力の賜物でもあるんだけど、間違いなく才能でもある。特に魔導士適性なんかは完全に才能の領域だ。超えようとして、超えられるものじゃない」
オルフェウスは剣術なら現時点で既にアリオーソに負けてしまっているし、恐らくは魔法も最終的にはラウダに勝てなくなるだろう。
だが、あくまでもこのふたりにだけだ。このふたり以外には、余裕で勝てる。
そのため勉学などを含めた全ての分野の成績をまとめてしまえば、オルフェウスはぶっちぎりの学年首位だ。
勉学のみならず剣術にも魔法にも特化している時点で、オルフェウスは王族であることを抜きにしても『学園の歴史に残るような存在』だと言われている。
——これは努力だけで、どうにかできるものではない。
「あー……何となく分かった。オルフェウスが病んじゃうと、いくつかの分野が論外になるのか。少なくとも剣術は100%駄目になるし、多分、人望的な概念も終わっちゃうし。
他にも何かしら影響は出てるんだろうけど……要するに、『オルフェウスを超える』っていう目標が消えちゃうわけか」
目標が消える。
普通ならラッキーで済むのだろうが、バセットの場合はそうはならない。
「オルフェウスを超えることができたら、両親に愛して貰えるかもしれない。……そんなところ、か?」
「……ですね」
「チャラ男化するのは愛に飢えてるから。要するに「この際、もう誰でも良いから愛して欲しい」ってなっちゃったからだろし、目標を見失ったのが病みの原因な時点で磔刑エンドもまあ納得と言えば、納得……なんだけど」
俺は、頭を抱えた。
本気で頭を抱えた。絶望した。
「オルフェウスが物理的に消えてる時点で、それを見抜かれてる時点で、詰んでね……?」
詰んだ。
控えめに言っても、詰んだ。
どうにかこうにか「俺はオルフェウスです」って納得させないと、本格的に終わる。
こうなったら攻略対象たちに全面協力してもらって、気合いで納得させるしかない。
このまま詰むわけにはいかない。あの子をチャラ男にしたくない。
明里さんは、どこか淀んだ瞳を紅茶に向けていた。
「その、すみません。バセットって嫌な言い方したら『愛情でぶん殴れば落とせる』攻略対象なので、正直、今までと同じ路線で行けると思ってました……」
シベリウスもアリオーソもラウダもコラーレ兄弟も、一切傷つけない立ち回りをしてきたつもりだ。要するに、大なり小なり『愛情でぶん殴ってきた』と言えるだろう。
確かに、バセットにもそれが有効打だったと思う。
有効打に、なるはずだったのだろう。
「そういう言い方するってことは、もしかしてバセットって本来は一番攻略しやすいキャラだった感じ?」
「ですね。初心者向けのキャラクターです。とはいえ油断すると軽率に磔にされますし、オフィクレイド男爵家とオルフェウスも一緒に終わるんですけど」
「男爵家と一緒にしれっとオルフェウスが死んでるのは聞かなかったことにして」
今までずっと思っていたが、このゲームの制作チームは一体何を考えていたのか気になって気になって仕方がない。
俗に言う曇らせに一定の需要があるのは分かっているが、全攻略対象をド派手に曇らせてどうするんだと問いたい。もはや制作チームが病んでいたとしか思えない。
外が少し騒がしい。
どうやらアリオーソが戻ってきたようだ。
「とりあえず、アリオーソがどこまでバセットの情報を掴んでいるのかを把握しておこうと思う。アイツはゲームに出てきてない情報吐く可能性あるからな」
「あの人、結構優秀ですよね。ゲームだと全然喋らないのに」
「……だから喋らなかった疑惑が急に出てきたぞ」
「う、うーん……」
男性陣が増加していることを考えると、今回は図書室会議だろうか。
俺たちはアリオーソたちを引き込み、図書室へと向かった。
◇
——このタイミングでついに、ついに原型を留めすぎている攻略対象が前進した。
クレメンティ・コラーレとジェズアルド・コラーレ。
人払いを手伝ってくれていた双子教師が、そのまま一緒に来てくれた。
「おふたりが来て下さるとは思いませんでした。本当に、ありがとうございます」
事前に明里さんから『泣きぼくろの位置が右目か左目か』という、双子テンプレすぎる見分け方を聞いていた俺は、まずは泣きほくろが琥珀色をした瞳の右にあるクレメンティ先生の方へと視線を向ける。
「わたしたちが役に立てるかどうかは非常に怪しいですが、ちょっと思うところがありまして……まあ、憶測交じりで個人情報を流すような形にはなりますが」
コラーレ兄弟はどちらも平民だが、学園で教員として活動している。
その理由は『王国騎士団において、医療関係で大いに貢献しているから』というものだ。
騎士団で医療班として活躍できるほどに優れた医療知識を学園の生徒に広めるとともに、学園の恵まれた設備を利用して新薬の開発に取り組む。それが、彼らの役割だ。
それなのに作った薬品を盗まれ、しかも王族であるオルフェウス相手に最悪な形で使われてしまったのだから、さぞかしショックが大きかったことだろう。
とりあえず、俺はコラーレ兄弟に告げる。
「お願いですから、普通にしてください。僕とおふたりは生徒と教員。この校内においてはむしろ、僕の方が格下です」
「えっ」
「お願いですから」
校内から出れば話は変わるが、学内ではきっちり分けて欲しい。
そうでなければ困るのはコラーレ兄弟の方だ。他の生徒に舐められてしまう。
ふたりは顔を見合わせた後、おもむろに頷いてこちらを見てくれた。
「なら……普通にする、というよりは言葉を崩す。不快になったら言って欲しい」
クレメンティ先生は、言葉を続ける。
「バセット君は他の騎士と比べても医療班のところに来る回数が尋常でなく多いんだ。訓練の最中に負傷したと訴えているが、あれはどう考えても家でやられているだろう、というのがジェズアルドの見立てだ」
「家、ですか……」
「薬学を専門とするわたしが見ても、そのように感じた。傷を負ってから時間が経ちすぎているんだ。だが指摘しようものなら、
偽装するために上から別の傷を自分で付けかねないと判断している。……だから、何も言わずに処置だけしている状態だ」
そうして左目の下に泣きぼくろがある方、ジェズアルドが話し始める。
「そこまで分かっておきながら、我々の立場では口出しができなくて困っていた。何なら、バセット君自体がそれを理解して、
我々が出勤しているタイミングを見計らって来ているように感じていた。それどころか貴族階級出身の医療班員の元には行きたがらないくらいだ」
つまりは、何もできない。
彼らも好機だと思って、この場に来てくれたのかもしれない。
そうだよなぁ、とアリオーソがぼやくように呟く。
「どうも虐待まがいのことをされてんだろなってのは俺も把握してた。その割に懐っこくて可愛らしい奴だから、騎士団の人間はバセットのことを可愛がってたよ。普通に優秀だしな。
親父と兄貴がオフィクレイドに圧を掛けたこともあるんだが、水面下で状況が悪化してたのが後々判明して、関係者全員で頭を抱える羽目になったんだよな……」
やっぱり、彼はバセットの情報を持っていた。
アリオーソはコラーレ兄弟の方を見て「申し訳ない」と軽く頭を下げた。
結局のところ貴族階級、それも侯爵家であっても何もできなかった。
……そう、言いたいのだろう。
「そんな感じだったもんで、結果的に学生寮に引きずり込めたから安心してた。馬鹿親と物理的に離した上で、学園在籍中にバセットをオフィクレイドから完全に引き離す手段を考える気でいた。
立場を利用するようで本当に申し訳ないが、俺はオルフェにも相談する気でいたよ。とにかく、どうにかアイツの境遇を何とかしようって思ってた……ん、だけど、よぉ……」
アリオーソは頭を抱えた。
何ならバセットを気に掛けていたコラーレ兄弟も同時に目頭を押さえた。
——どうしよう、登場人物たちですら困惑するような事態になっていた。




