08.残りの攻略対象
……ラウダに、バレた。
彼を助けに行った理由は、攻略対象である彼をこれ以上病ませないためだ。事情を知れば知るほどに「許せない」という感情は湧き上がったが、それはあくまでも後付けにすぎない。
表向きの理由は『世界救済のために必要な重要人物だったから』だが、これに関しても自尊心が底辺に落ちてしまっているラウダが良いようには受け取るとは限らない——それこそ「世界救済のために必要だから、仕方なく、嫌々助けただけ」だと受け取ってしまうかもしれない。
だからこそアリオーソには伝えても、ラウダに伝えるつもりはなかった。
「なるほど? オレはそういう理由で助けてもらえたのか」
「あっ」
……のに、爆速でバレてしまった。
「隠れて何を始めたのかと思ったら、そういうこと」
「……」
ラウダにばれないように、全員帰ったフリをして戻ってきて、図書館の影でコソコソと情報をまとめていた。
本来は絶対に誰も来ない別の場所で作業ができれば良かったのだろうが、男性2人に対して女性が1人という状況は醜聞に繋がる可能性がある。
そのため、図書館で作業を進めていた。
これなら傍から見れば勉強会をしているようにしか見えないし、メンバーがメンバーなだけに、近づいてくる人間は間違いなくいない。ラウダにバレずに、作業を進めることができる。
——それなのに、本人が後ろに立っていた。
「え、えっと……ラウダ……」
いつから後ろにいたのか分からない。
虐められて逃げ回るうちに、人に気づかれないように移動する癖でも身についてしまったのだろうか。
明里さんは机の上に広げていた人物相関図を、慌てて隠す。
「ラウダ様、その……これは……」
これはアリオーソへの情報共有と現時点での状況をまとめるために作っていたものだ。
オルフェウス・キリエ・バルカローレ。
シベリウス・パルス・バルカローレ。
アリオーソ・グノー・リチェルカータ。
——そして、ラウダ・マドリガル。
世界を救うために、仲間に引き入れなければいけない者たちの名前。
その一覧の中に自分自身が、含まれている。
俺たちが口をパクパクさせていると、ラウダはわざとらしく肩をすくめてみせる。
「気にしないで。オレは利用されただなんて思ってないから」
俺たちが何を考えているのかは分かっている。そんな様子だった。
そうして、彼は少しだけ照れ臭そうに笑った。
「むしろ『世界に必要とされてる』って思えて、嬉しかった」
「ラウダ……」
「だから、オレも話し合いに混ぜて。集まってるってことは、オレ以外にもまだ誰かしら引っ張りこまないといけないんでしょ? ちゃんと計画立てないと」
空いている椅子を近くから引っ張ってきて、彼はストンとそこに座る。
だが、それを見てオロオロしているのは明里さんだ。
「ヴィオレッタ様?」
「えーっと、えーっと……」
どうやらラウダの前では名前を言いづらいらしい。
そうして、俺は察した。
次の攻略対象は、アリオーソやラウダ同様に現時点で校内にいる人間だ!
つまり、ラウダを傷つけた人間かもしれない! 名前を出すだけでダメかもしれない!
「へえ?」
困ったことに、頭が良すぎるラウダも察してしまった!
「生徒? 教員? どっち?」
「きょ、教員、ですわ……」
「良いよ。オレのことは気にせず。教員なら協力できるかもだし」
「協力できるかも……?」
ふう、と息を吐き、ラウダは明里さんから視線を逸らす。
「生徒なら難しかったけど、教員なら誰がどの時間帯にどこにいるか。大まかになら全員把握してる」
——その理由は間違いなく「逃げ回っていたから」だ。
情報提供をしてもらえるのはありがたいが、ある種の自傷行為はやめて欲しい。
「……で? 誰?」
俺たちがあまり聞かないで欲しいと思っていることに気づいているのかいないのか。
ラウダはこれでもかと、容赦なくズケズケと踏み込んでくる。
観念した明里さんは、おもむろに口を開いた。
「く、クレメンティ・コラーレ先生……そして、ジェズアルド・コラーレ先生ですわ……」
攻略対象の姓が一緒!?
まさかの事態に声を出しそうになったが、オルフェウスとシベリウス同様に兄弟だ。
……ということは双子か?
メタ読みだが、乙女ゲームがキャラ被りをさせてくるとは思えないため、双子で間違いないだろう。
そして、オルフェウスの記憶が「知らない」と言っている。会ったことがないのかもしれない。
その時点でちょっと変わった立ち位置の教員であることが確定した。
「わ……まさか、そのふたりだとは思わなかったな」
ラウダも出てきた名前に対して少し驚いた様子を見せた。
「かなりの特殊どころ付いてきたね。2人は薬学と医学の先生だよ。授業以外は、とにかくセットで動いてる。
基本的には研究室にいるけど、晴れてたら正面玄関の花壇とか庭園にいることも多いね。植物が好きなんだと思う」
「ら、ラウダ様……」
「大丈夫。あのふたりなら全然平気。……ありがと」
そう言って、ラウダは少しだけ痛みを感じさせる笑みを浮かべた。
……とりあえずラウダに不当な扱いをしていた教員を片っ端から暴いて片っ端から吊るし上げる必要があるような気がしてきたが、一旦それは置いておいて話を聞くべきだろう。
こうなった以上、アリオーソに対して使った手法をラウダにも使うべきだ。
明里さんは軽く深呼吸をした後、ラウダの目を真っ直ぐに見つめる。
「信じがたいかもしれませんが、わたくしとオルフェウス殿下は『天啓』としか言いようがないものを得ているのです。
ただ、どうやらわたくしの方が多く情報を得ているようなので、こうして情報共有を行っています」
「ん、信じる。続けて?」
ラウダが本当に信じているのかはさておき、そうでなければ話が進まないと考えてくれたようだ。
その頭の回転の速さを少し羨ましく思っていると、明里さんはちらりとアリオーソを一瞥し、再び口を開く。
「このままアリオーソ様にもお伝えしておきますわね。世界を救う上で必要な人物は、あとふたりいらっしゃいます。
ひとりは来年ご入学されます。バセット・アリアダ・オフィクレイド。天啓の通りなら、代表挨拶を担う生徒です」
ラウダが現れた関係で、俺の知らない情報が事前打ち合わせ無しで飛び交う形になってしまった。
仕方が無いので、細かいところは後で聞くことにしよう……バッドエンドの場合はどうなるか、とか。
オフィクレイド、という言葉に反応したのはアリオーソだ。
「おー、バセットか。……オルフェ、覚悟しとけ。アイツ、多分お前に滅茶苦茶突っかかってくる」
「え……?」
またしてもオルフェウスの記憶が「知らない」と言っている。
役に立てることが嬉しいのか、アリオーソはニヤリと歯を見せて笑った。
「知らなかったのか? まあ、オフィクレイド男爵家自体が社交の場にあんま出てねぇし、バセットは一切出てないからな」
「社交の場に出ないのは君もだろ」
「合わねぇんだから仕方ねぇだろーよ、どうせ俺は家を継ぐ必要もねぇんだ」
軽く弄ってやると、アリオーソは分かりやすく眉間にシワを寄せる。
そうして、コンコンとテーブルを叩いた。
「バセットは何故か、お前を追い抜くことを人生の目標にしてんだよ」
「ど、どうして……?」
「知らん。まあ、適当に戦ってやってくれや。バセット自体は悪い奴じゃねぇ、割とお子ちゃまだけどな」
少なくとも、代表挨拶を担う程度には優秀な生徒だ。
あと数か月は先の話だが、少し楽しみだ。
消去法で行くと『オルフェウスが病むと連動して病む』という得体の知れない爆弾を抱えているのは間違いなく彼だが、そこに関しては全力で見なかったことにした。
そして明里さんは「一応お伝えしておきますが」と零す。
「もうひとりは投獄されているので放置します。犯罪者が不在で世界が滅ぶなら諦めましょう。そもそも投獄された人間を仲間になんてしたくないです」
投獄されている。
突拍子もない発言に、流石のラウダが狼狽えた。
「え、それ大丈夫!? 一体、誰な——」
「口に出したくもありませんわ。汚らわしい。本当は存在すら認めたくないのです。この件に関しては、わたくし、心の底から神を恨んでおりますの。どうしてそんな汚らわしい人間を指定したのかしら。あり得ませんわ」
「……」
「そもそも重要人物を集められるだけ集めろ、というのが天啓です。ひとりくらいいなくてもどうにかなりますわ」
絶対に名前を口にしてたまるものかと、明里さんが渾身の悪役令嬢をぶちかました。
それもそのはず、リュートの名前はラウダどころかアリオーソにも刺さる可能性があるからだ。
不意打ちで投獄者が仲間だった、と聞かされて動揺しないようにという意図で教えたのだろうが、今の時点でリュートの名前を言う必要はない。というより言ってはいけない。
「さて、ラウダ様」
そうして明里さんは盛大に話題を変えてきた。
「話を戻しますが、教員に関する情報をお持ちなのですよね?」
「う、うん……」
「ならば、ラウダ様に天啓の内容が間違っていないかを確認したいのです。にわかには信じがたい内容なので」
にわかには信じがたい、と言っているが、明里さんは間違いなく答えを知っている。
それでもラウダに聞くのは、彼の心を守りつつ、天啓を信じさせるためだ。
「……オレが知ってることなら」
「ありがとうございます」
ペコリと軽く頭を下げ、明里さんは、口を開く。
「コラーレ先生方……どうやら定期的に入れ替わる悪癖があるようなのですが……合っていますか?」
きょ、教員が定期的に入れ替わるだと!?




