07.本来の姿を取り戻して
三馬鹿への対応は後回しにするとして、とりあえずラウダを茂みから出した。
油断すると茂みに引っ込んでいきそうな状態だったせいで、それとなく明里さんが茂み側に回る。
「……っ」
明里さんが動いた結果、彼はびくりと肩を震わせた。
確かにこの子は既に、かなり病んでしまっている。
俺たちが怖くて怖くて仕方がない様子だ。
よく考えてみると毒殺未遂事件によって虐めが悪化してから2ヶ月以上は経っているし、そもそも入学当初から虐められていたと仮定すればもう10ヶ月は経っている。
——この状況下で、落ち着けるはずがない。
だからこそ、圧を掛けてはいけない。
小柄な少年が話し始めるのを、少し待つ。
ラウダははくはくと口を動かしたあと、ようやく口を開いた。
「え、えっと……あの、皆さんは……オレ、を……た、助けに……?」
状況が変わりすぎて、軽いパニック状態に陥っているのだろう。
どうにかこうにか言葉を発したが「間違っていたらどうしよう」と言わんばかりに震えている。
「……」
あの三馬鹿を今すぐ追い掛けてど突き回してやりたい気持ちを必死に抑え込んで、俺は少し腰を落とす。
そしてラウダの潤んだ黒い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「僕がいない間に、ひとりの学生が変な冤罪を吹っ掛けられてるって噂を聞いたんだ。ずっと酷い目に合ってたって話も聞いた。……今まで気づくことができなくて、ごめん」
いっそのこと頭も下げたいくらいだったが、そこまでするのはオルフェウスの品位に関わってくる。
身分が下の者に対して謝るだけでもグレーゾーンになる気がするが、そこに関しては許して欲しい。これに関してはむしろ、俺がオルフェウスに頭を下げるべき案件な気がしてきた。
「と、とんでもない……! ありがとうございます……本当に、本当に……感謝しています……」
今度は土下座しそうになっていたのをアリオーソが阻止した。
少し大きな制服を掴まれ、ラウダは宙に浮きかけた。
「うわっ!?」
「少なくとも学内において、俺らとお前の立場は対等だ。アイツらが終わってるだけだ。いちいち土下座なんかするな、オルフェが悲しむぞ」
その行動でラウダの制服にところどころ目立つ修繕の跡があることに気づいてしまったが、そこを言及してはいけない。この制服に関しては後でどうにかする。
アリオーソの言葉に頷き、俺はラウダに向き直る。
「そうだね、変にかしこまられる方が悲しい。君の家族も、息子が頭を下げて回る生活を強いられているだなんて知ったら、悲しむよ。王族相手だろうが公爵家相手だろうが、堂々としていて欲しいな」
特待生とはいえ、ここは本来貴族を対象とした学校だ。金銭的負担は相当だろう。
ゲームに登場するラウダが3年間必死に耐え続けたのは、自分を信じて学園に送り出してくれた家族のことを想っていたからだ——結果、絶望的なレベルで病むのだが。
「さて……」
関係者に片っ端から圧を掛けて回っても良いのだが、それではすぐに解決しない気がする。
それどころか、油断すると悪化する可能性さえある……彼のためには、何をどうすれば良いか。
少し考え、俺は結論を出した。
「君さえ良かったら、僕らの近くにいる?」
「え……?」
「自分で言うのもなんだけど、それでも君に手を出してくる馬鹿がいたとしたら、逆に称えなきゃいけないと思うんだよね」
王太子筆頭候補の側にいる人間に、危害を加える。
オルフェウスを抜きに考えても、ヴィオレッタは公爵家かつ王子の婚約者、そして王子の使い走り状態ではあるが、アリオーソは侯爵家の次男だ。
揃いも揃って、三馬鹿より上の階級。
この三人衆と親しいラウダに手を出してきたとしたら、一周回って英雄としか言いようがない。
「僕も君と話してみたいんだよね。あ、でも息が詰まるっていうなら定期的に、みたいな形でも良い。もちろん断ってくれても構わない。……どうかな?」
ラウダは、黒い瞳からポロポロと涙を流している。
紺色の髪に絡まった葉っぱを取ってやれば、彼は上着をぐっと握りしめて、口を開く。
「よろしいの……ですか?」
「もちろん」
信じられないと言わんばかりの態度。
もう少し、ラウダの背中を押す。
「あとは、嫌味みたいになっちゃうけど……平民である君の実力を知りたい」
オルフェウスの記憶を経由して把握しているが、この国は、どこまでも『貴族社会』だ。
ゆえに虐められてしまってはいたが、ラウダはその壁を突破してこの場所にたどり着いた人間だ。その時点で、半端な実力ではない。
「だから特待生の力を、僕に見せてよ」
攻略対象とかそういう問題ではなく、純粋に彼の能力が気になった。
「……」
どこまでも不安げだったラウダの瞳に、光が灯る。
まだ涙の残る彼の瞳から「舐めるな」という強い意志が、ほんの少しだけ滲み出た。
「ふふ、そうですね。あなたの期待は、決して裏切りません。約束します」
「おっ、良いじゃないか。ついでに敬語は使わないで欲しい。学園の中だしね」
「そうですか? ……なら遠慮なく、行かせてもらおうか」
その瞬間に、俺は理解した。
——この子は本来、相当に勝気な性格の子だ、と。
しかし三馬鹿に……否、彼が誰にも庇われていなかったことを考えると、そういう問題ではない。
クラスメイトどころか、複数の教師たちにも人格を否定され続けたのだろう。
そうして心を蹂躙され続けた結果、刻まれてしまった傷は相当に深そうだ。
もう大丈夫だと言わんばかりの態度を見せてくれてはいるが、かなり無理をしている様子はある。
それには気付かないフリをして、俺は歯を見せて笑った。
「あははっ、楽しみだな。明日から、よろしくね」
「……。初日から、飛ばしてみせるよ。ちょうど明日は、クラス合同の魔法演習だ」
微かに、声が震えている。
それでも、彼は『やってくれる』だろうと俺は確信した。
「もう手は抜かないでよ。容赦なく、ぶちかませ」
「任せてよ。何度も言うけれど、期待を裏切る気はない」
オルフェウスの記憶の中には、魔法演習で好成績を叩き出す平民の少年はいない。
つまりラウダは、これまでの魔法演習では目立たないように、これ以上、目をつけられるようなことがないようにと手を抜いていたのだろう。この子が本気を出せば、どうなってしまうのだろうか?
そうして一言二言と会話をしてから、ラウダと別れる。
ほんの少しだけ活力を取り戻した様子の彼の背を見送っていると、アリオーソに肘でつつかれた。
「どうすんだ。アレは絶対にやるぞ。お前、追い抜かれるんじゃないか?」
「何を言ってるんだよ、僕が負けるわけがないじゃないか。まあ、良いライバルにはなってくれそうだけどね」
オルフェウスが負けることは、まずありえない……多分。
ちょっと自信が無くなってきたが、負けるような事態になった場合はどこにいるか分からない彼に全力で謝罪しようと思う。
それはそれとして、努力はする。
今回勝てたとて、次回以降が分からないからだ。
「そんなことより、君こそ頑張ってくれよ? ……まあ、君は普通に負けそうだけど」
「俺には剣術があるから良いんだよ!」
アリオーソの実家は、優秀な騎士を輩出し続けているリチェルカータ家だ。
確かに、彼は魔法でなら負けてしまっても良いのかもしれない。
あの華奢な身体では確実に無理だが、何かの間違いでラウダが剣術にも秀でていたらどうしようかとは思った。
俺たちが話す様子を見て、明里さんはクスクスと笑っている。
その表情を見て、そして彼女の様子を見て。アリオーソは呆れたように笑う。
「お前、制服ドロドロじゃねぇか。大丈夫か?」
「あら? 心配して下さるの? お優しいのですね」
「……、別人が入り込んだみてぇだな」
本当に別人が入り込んでいるのだが、それを今、アリオーソに告げる必要はない。
見事なまでに『ヴィオレッタ』を演じる明里さんは、首を傾げて不敵な笑みを浮かべてみせた。
「うふふ、アリオーソ様にそのように言っていただけるだなんて、嬉しいですわね。ラウダ様と、同じですわね。わたくしもあなたのご期待に応えられるよう、頑張りますわ」
「へいへい。楽しみにしてるよ、お嬢さん」
——ラウダ・マドリガル。
翌日の魔法演習でいきなり本気を出した結果、彼は普通に暫定トップのオルフェウスと張り合えてしまった。
その結果、彼は最終的に前代未聞の『学年途中での上位クラス編入』という異常事態を引き起こす。
まだ不安定さは相当に残っているが、間違いなく彼が大勢の命を奪うような真似はしないだろう。
心の傷はゆっくりと治していけば良いし、失った自信は少しずつ取り戻していけば良い。焦る必要は、どこにもない。
オルフェウスが普通に負ける可能性が生じたことに頭を抱えつつ、俺は彼の成長を楽しみに感じていた。




