06.虐められっ子救出大作戦
「光落ち……ですか」
明里さんは目線を軽く動かす。
嫌がっているわけではなく、何かを考えているようだ。
「個人的な意見なんですけど……そういうことなら真っ先に行きたい子がいるんです。エンカウント率が低いっていう大問題を抱えてますが」
「おっ、そういう子がいるのか。だったらその子から行こうか」
助けてあげたい、ということは現段階でかなり可哀想な目に遭っているのかもしれない。
ならば最優先で行きたいというのも納得だ。
とりあえず、その子の情報を聞かせて貰おう。
「ラウダ・マドリガル。オルフェウスたちと同じ1年生なのですが、彼は平民出身の特待生です。その関係でクラスの貴族出身生徒に目をつけられて、既に虐められています」
「助けに行こうか」
「なのにオルフェウス毒殺未遂事件が起きた時にたまたま近くにいたせいで、さらに酷い目に遭うようになって……」
「今すぐ助けに行こう」
要するに毒殺未遂事件をきっかけに虐めが過激化して可哀想なことになる攻略対象だ。
明里さんが「真っ先に行きたい」と言うのも納得だ。
俺と明里さんは席を立つ。
そして、少し冷静になった。
「あー……駄目だ。俺は原作知識がない。もうちょっと情報貰っとこうかな」
許せなさすぎる。
だが、確実に救いたいからこそ、落ち着く必要がある。
「エンカウント率が低い理由は虐めっ子から逃げ回っているから、かな?」
「それもありますが、ラウダはオルフェウスに対しても怯えるんです。「きっとこの人もオレを疑っているに違いない」って。……だからオルフェウスと接点があるヒロインからも逃げてしまうんです」
「なるほどね」
そうなるとオルフェウスの姿でラウダを見つけ出すのは無謀なのではないかという気持ちもでてきたが、こればかりは仕方がない。どうにかこうにか見つけ出すしかないだろう。
明里さんは「あはは」と目線を逸らしながら、乾いた笑い声を漏らす。
「ラウダルートもバッドエンドだとオルフェウスに影響が出るので、そういう意味でもさっさと抑えておきたいんですよね……」
「オルフェウスにも……?」
可愛い弟に剥製にされる以外にもあったのかと思いつつ、俺は明里さんに発言を促した。
「ラウダルートのバッドエンドは無理心中エンドなんですけど、魔法使って暴走しちゃうので、オルフェウスとヴィオレッタを含めて名無しのモブがいっぱい死にます。その関係で、心中前にぶっちぎりで死人が出ます」
「人命を軽々しく扱わないで欲しい」
流石オルフェウス。
看板攻略対象かつ他の攻略対象全員に間接的に関わってしまっている男——特別対応にもほどがある。
そもそもバッドエンドに行くと高確率でオルフェウスも死ぬと考えた方が良いかもしれない。
まあ、ハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうがヴィオレッタが死ぬ以上、そういう問題ではないんだけど……。
「あのさ」
俺はちらりと、外にいるアリオーソの存在を確認する。
相変わらず中を気にしている。普通に気にしている。
「ラウダの件もそうだけど、ここから先はアリオーソに協力求めるのが良いんじゃないかなって思うんだけど。
あの子、ずっと俺の近くにいるから引き離すのも難しいし……万が一怪しまれたら、俺たちどっちも『天啓を得た』って設定で行くとして」
「良いと思います。そして『天啓』っていう言い訳も良いですね……! 適当に世界が破滅することにしましょう。そしてラウダは世界を破滅させないための重要人物のひとりってことにしましょう」
「少なくとも俺たちの生命が破滅するのは間違いないしね」
そして明里さんは、胸の前でパンと両手を叩く。
「そうだ。私は『世界が破滅する天啓を見た。オルフェウス様も同じ天啓を得ていた。つまり事実である可能性が高い。ワガママ言ってる場合じゃないから心を入れ替えた』って設定にします」
「あ、良いねそれ。しかも両方とも毒殺未遂事件関連のタイミングだから説得力がある」
そんなこんなで、割と雑なノリでアリオーソを巻き込むことが決定した。
◇
色々と心配だったんだが、アリオーソの説得は普通に通った。
主に明里さんという名のヴィオレッタの態度が原因だ。
あのレベルだとむしろ何も言わない方が不自然な気がするし、結果的に良かったのかもしれない。
とはいえ下手にアリオーソを警戒させるのもどうかと思い、一応、明里さんには単独行動を取ってもらっている。
「しかっし、天啓なぁ……」
背の高い彼は俺の顔を上から見下ろしながら、何とも言えない顔をしていた。
「俺もお前と一緒に天啓を受けてりゃ、もっと協力できただろうにな」
病んでいないアリオーソは、普通に頼れる兄貴分だ。
ラウダだけでなくアリオーソも重要人物だ、という間違ってはいない話をでっち上げた関係で、相当に思うところがあるのだろう。
どこか不満げな彼を見上げて、俺は口角を上げる。
「僕とヴィオレッタはこうでもしなきゃ仲良くしないからじゃない? 僕と君だったら普通に協力し合えちゃうから、天啓は必要ないって思ったんじゃないかな?」
そう言えば、アリオーソは少し嬉しそうに笑う。
「それもそうか。ま、お前はともかくヴィオレッタ嬢の方は天啓でぶん殴んなきゃ動かねぇだろうしな」
「でしょ?」
明里さんを悪く言うようで嫌だったが、彼にはこう返すしかないだろう。
早いところ彼女が認めて貰えれば良いなと思いつつ、俺は近くにあったゴミ箱のふたを開ける。
「……。そこには、いないだろうよ……」
「み、見つからなさすぎて……つい……」
そう、本当に。
冗談抜きでラウダが見つからないのだ。
学園自体が相当に広いとはいえ、ひとつの敷地内だ。
本気で探せばどうにかなるかと思っていたのだが、本当にいない。
もう意味が分からない場所にいるのではないかと思うくらいには、いない。
「ラウダ・マドリガルなぁ……オルフェとも俺とも、何ならヴィオレッタ嬢ともクラスが違うからなぁ……」
「そうなんだよねぇ……講義が終わったらダッシュでどこか行っちゃうみたいだし……」
オルフェウスもそうだが、ヴィオレッタもアリオーソも俗に言う上位クラスだ。
ラウダが誰かしらと同じクラス、せめて隣り合うクラスなら講義が終わった瞬間に捕獲できただろう。
しかし明里さん曰く、彼は特待生であるにも関わらず「平民だから」という理不尽すぎる理由で底辺クラスに入れられているようだ。
そして同じ底辺クラスにいる貴族のボンボンたちは、彼の優れた能力を妬んで虐めているらしい——基本的に講義はクラス単位で行われているせいで、最近はラウダが講義を受けることすらままならない状況と化しているとのこと。
あまりにも、腹立たしい。
こうなったら王族権限を使ってでも学園内の平民差別をどうにかしてやる。
だから早いとこ出てきてくれ。頼むから出てきてくれ。
——だが、
「いない!!」
どうにもこうにもラウダの捜索が終わらない。
もう1週間は経った。その間、俺は3回くらいゴミ箱を開けた。
「おい、マジでどこにいるんだ……ラウダって奴、寮生なんだろ? いっそ寮の前を張り込んでやろうか」
ずっと捜索に付き合ってくれているアリオーソはげんなりとした様子で呟く。
良い作戦だと思う。というより、俺もそうしようと思った。
……そうしたかった。
「ラウダって子、同室の子にまで虐められるせいで……どうも学内のどっかで野宿してるっぽいんだよね……」
寮の部屋を聞き出そうとした結果がこれだ。
さらに腹立たしいことこの上ない情報が出てきてしまった。
どうやら平民出身の生徒自体が他にいないらしい。
つまり同室の生徒は貴族だ。無事でいられるはずがなく。
幸いにも平民差別意識は皆無と思しきアリオーソが、低く唸る。
「……。俺が許せねぇから別の意味で張り込むか」
「付き合うよ」
「駄目だろうよそれは……」
ただただ腹立たしい。とにかく腹立たしい。
アリオーソ共々、苛立っていた……その時だった。
「まあ! 名誉あるモンタギュー子爵家にヴィンザリー男爵家、そしてベルモン男爵家の人間が揃いも揃って何をされているのです?
今はそのような下賤な遊びが流行っているのですか? わたくしも、その下賤な遊びの中に混ぜて頂くべきかしら?」
——テンプレ悪役令嬢っぽい台詞が、窓の外から聞こえてきた。
中庭だ。どうやら中庭にいたらしい。
3人の男子生徒たちは眼前で窓枠を飛び越え、逃げ出すように廊下を駆けていく。
その様を見ていたアリオーソは、「うわ」と声を漏らした。
「ヴィオレッタ嬢、全員の名前呼びやがった……そりゃ怖いだろうよ……」
「あはは……」
あの顔はどう見ても『モブ』だ。
俺はモブの名前を憶えている明里さんの記憶力が怖かった。
中庭に出る扉は存在しない。
男たちが入ってきた窓枠を乗り越え、俺とアリオーソは明里さんの声が聞こえてきた場所へと急ぐ。
「あっ! 気づいて下さったのですね、ありがとうございます!」
「そこそこの声量でやってくれたからね。近くにいて良かったよ、反撃されたらどうするの……って、君。窓を乗り越えたの?」
「つい?」
「無茶しかしないね……」
制服が汚れるのも厭わず、明里さんは茂みの中で縮こまっていた少年——ラウダに手を差し伸べている。
元は綺麗に整えられていただろうに、滅茶苦茶になった茂み。
そして全身泥に塗れたラウダの状況を見るに、どうやら彼は髪を掴まれて茂みに放り込まれた挙句、ひたすら蹴られ続けていたようだ。
……皮肉な話だが、かなり派手にやられていたからこそ、明里さんは中庭にいた彼を見つけ出すことができたのだろう。
「……すみません」
ラウダは一言呟き、ぼさぼさになっていたブライトネイビーの髪を適当に整えてから茂みの中に転がっていた眼鏡を拾う。魔法の類が掛かっているのか、レンズは無事なようだ。
汚れていても分かるくらいには、やたらと顔が良い。
彼はモブじゃない。間違いなく攻略対象だ。
「……」
そうして彼は俺の顔を認識すると同時に、「かひゅ」と、声にならない悲鳴を上げた。
「お、オルフェウス殿下……! 違うっ、違うんです! お、オレは……オレは、何も……!」
ひどく怯える黒い瞳を見て、俺は深々とため息を吐き出した。
もう本気で、どうしようもないほどに……許せなかった。
「モンタギュー子爵家、ヴィンザリー男爵家、ベルモン男爵家だっけ? ……どうしてやろうかな」
「お前は先にラウダを何とかしてやれよ。可哀想だろ」
いけないいけない。
うっかり三馬鹿に気を取られていた。
アリオーソに至極真っ当なツッコミを入れられた俺は、ラウダの前にしゃがみ込む。
「毒殺未遂事件のことかな? 安心して。君が何もしていないのは分かってる。証拠だってある。あの3人組に何か言われたんだと思うけれど、僕は敵じゃないよ」
「殿下……」
「それはそれとして、あの3人に何したい? 希望ある?」
「え!? えっと、あの……!!」
「お前……」
……希望を聞く前に、俺はアリオーソに首元を掴まれてラウダから引き離されてしまった。




