05.もしかして:鬱ゲー
俺たちが学園への登校を再開して、しばらく経った。
遅れを取り戻すべく走り回ったり、毒殺未遂事件に関するあれやらそれで忙しくする羽目になっていたが、それに関しては万能すぎるオルフェウスの力で何とかなった。
これからは、毎日昼休みを利用して明里さんと会話する暇ができそうだ。
つまりは、情報収集の機会が増えた。助かる。
密会場所は、温室のコンサバトリー。
人が来ないように、入口付近でアリオーソに立ってもらっている。
……というより、彼はとにかく俺に付いてくる。一緒に入ってこなかったのが奇跡だと言いたいくらいだ。
どうやら時が経てば経つほどに毒殺未遂事件が気になって仕方がなくなっているようで、学内で俺を誰かとふたりきりにするのが耐えられなくなっているようだ。
そんなアリオーソの変化に気づいているのかいないのか。
目の前で上品に紅茶を飲んでいる彼女の目を見ながら、俺は口を開く。
「明里さん……俺、気づいたんだよ」
「? 何に……?」
オルフェウスとヴィオレッタという絶望的な特異点が生じてしまったのは目を瞑るにしても、シベリウスとアリオーソのキャラもド派手に崩壊してしまった。
なるべく本来のゲームから展開を変えたくはなかった。
だが、今さらシベリウスとアリオーソを強引に病ませる気は微塵もない……と、考えたところで俺は気づいた。
「この乙女ゲーム、もしかしなくても攻略対象が全員病んでる?」
まずオルフェウスは毒殺未遂事件によって後遺症を負い、嫌いな婚約者にベッタリまとわりつかれる羽目になり、何なら犯人すら分からないせいで四六時中疑心暗鬼状態に陥って不安定になってしまう。
次にシベリウスはとにかく慕っていた兄から疑われてしまい、さらには周囲の人間から酷い仕打ちを受け、あげく大切にしていた婚約者から婚約破棄されてしまい、精神を崩壊させてしまう。
そしてアリオーソは親友であるオルフェウスから疑心暗鬼の眼差しを向けられたことによって『親友を守れなかった』という事実を嫌でも突きつけられてしまい……盛大に、病む。
この時点で既に、3人も病んでいる。
リュートのことは置いておくとしても、メインの攻略対象が3人も病んでいる。おかしい。
「そうですね……」
明里さんは、深々とため息を吐きながら顔を覆った。
「あとは……元から割と病んでるんですけど、毒殺未遂事件の実行犯だろって冤罪掛けられて虐められてさらに病む人と、結果的に毒薬の製造元になってしまって、自分を責めに責めて病む人たちと、元からアレではあるのですが、目標にしていたオルフェウスが病んだの見て病む人がいますね……」
「全員毒殺未遂事件に関連して病んでる、だと……?」
オルフェウスと、既に俺がやらかした2人組だけじゃなかった。
全員が毒殺未遂事件に何らかの影響を受けて病んでいた。
というよりオルフェウスの影響が強すぎた。
「ヴィオレッタがどのルート行っても殺される原因ってこれなんです。攻略対象のうち5人はヴィオレッタがリュートと結託するような真似したせいで余計に病んでるんです。残り2人も毒薬が関連してる時点で無関係ではないですし」
「そ、そうだなぁ……」
攻略対象たちからしてみれば、迷惑この上ない。
明里さんには申し訳ないが、これはヴィオレッタに破滅ルートしかないのも仕方がないと思う。
「詳細は知らないって話だったけど、リュートルートに至っては罪なすり付けなんだろ……?」
「ですね……」
せめてリュートに関してはヴィオレッタと一緒に捌かれるべきだとは思うが、国外逃亡してしまうのだからどうにもならない。ため息を吐くしかない。
だいぶ俺の前で素顔を見せるようになってくれた明里さんは「あー……」と声を漏らしてテーブルになだれ込んだ。
「こんなことなら、リュートルートのネタバレ全部見とけば良かったなぁ……そもそも、どこでリュートルートに分岐してるのかすら分からない……」
「これ想定して動けるわけないから、それ考えるのはやめとこうな……? それを言われたら俺も『鳥セレ』プレイしとけば良かったなってなるからな……?」
明里さんが本格的にどうしようもないことを言いだした。
心を開いてくれたこと自体は嬉しいが、本格的に病んでいるんじゃないかと心配になるからやめて欲しい。
「リュートルートについては結局ヴィオレッタが死ぬのかどうなのかが気になって、ヴィオレッタの生死についてのネタバレ知ってるだけなんです。とりあえずハッピーエンドでもバッドエンドでもヴィオレッタは死にます」
ハッピーエンドでもバッドエンドでも死ぬ。
そこまで徹底しなくても……。
「ま、まあ……確かに他の全ルートで律儀に死にまくってたら気になるよな……」
「ヴィオレッタが生き延びる手段はあるのかなーって……無かった……」
ずーんという効果音が付きそうなくらいに、明里さんは机になだれ込んでいる。
ヴィオレッタの知り合いがこれを見れば、相当に驚きそうだ。
いや、外に立っているアリオーソが明里さん、というよりはヴィオレッタの様子が気になりすぎるみたいでチラチラこっちを見てる。
俺はそれとなく明里さんにちゃんと座るようにと訴えた。
「すみません……」
「いや、アリオーソが心配性すぎるだけで……あー、なるほど。オルフェウスが病んだら連動して病むって、そういうことかー……」
「アリオーソってもう生まれた瞬間からオルフェウスを守る義務を与えられたようなものなんです。オルフェウスと同い年で、しかも騎士家系の侯爵家出身ってだけでも大きいのに、彼は次男なので」
アリオーソのフルネームは、アリオーソ・グノ―・リチェルカータというらしい。
偶然オルフェウスと同じ年に生まれた関係で一緒にいる時間を増やしやすく、侯爵家ということで家柄的にも申し分ない。
しかも次男ならリチェルカータ家の後継ぎは長男に託すことができる——ゆえに彼は、数々の英才教育を受けた上でオルフェウスの側近として育てられた。
「定番どころとしては『能力が低すぎて病む』なのですが、アリオーソは普通に英才教育についていけたタイプの人間です。……だからこそ本来の彼は自身の高い能力を生かしてオルフェウスを守る。それ以外は何も考えなくなっています」
「病んでる……」
「ちなみにアリオーソルートでバッドエンドに行くと結構ガチ目の監禁されます」
「監禁!? アリオーソが!?」
「猛獣用の檻に入れられます」
「檻!?」
仮に失恋したとて「そっか、幸せになれよ」とか何とか言いながら、傷ついた顔さえも見せずに手を振って送り出してくれそうなイケメンが!?
俺が驚いていると、明里さんは「ふふ」と笑った。
「攻略対象全員病んでるので……そういうエンドにしかいかないんです……何ならトゥルーでも怪しい人います……」
「オルフェウスとシベリウスのバッドエンド、聞いても良いか?」
……怖い物見たさで聞いてみることにした。
「オルフェウスルートのバッドエンドも監禁です。でもまだマシです。オルフェウスの部屋の中でなら自由にさせてもらえるので」
「猛獣の檻がヤバすぎるだけで、それもヤバいけどな」
「シベリウスルートだとヒロインは剥製にされます。さらに言えば、オルフェウスも一緒に剥製にされます」
「剥製!?」
「……まあ、ハッピーエンドでもシベリウスルートはちょっとホラーなんですけどね。結婚式のスチルが入った後、暗転して「ずっと、ずうっと、一緒だよ。絶対に……離さないから」ってシベリウスの声だけ入ってエンドロール入ります」
「シベリウス——!!」
可愛い弟の闇堕ちが怖すぎる。
ハッピーエンドも大概に怖いが、バッドエンドが怖すぎる。
監禁の方がいくらかマシに思えてきた。さらっとオルフェウスが死んでいること含めて怖かった。
明里さんは、綺麗に笑って首を傾げる。
「ここで『鳥セレ』の正式名称を思い出してください」
「えーと、何だっけ? 『鳥籠のセレナーデ ~君に捧げる愛の誓約~』だっけ……あ」
聞いた時は綺麗なタイトルだな、と思った。
——このタイミングで、一気に怖くなった。
「攻略対象はみんな、病んでるので……各キャラのバッドエンドがことごとく監禁されたり殺されたり無理心中に巻き込まれたりって感じなんです。
見ていませんけど、リュートルートも間違いなくそうだと思います。全部まとめて『鳥籠エンド』って言われてます」
「『鳥籠のセレナーデ』も大概だけどさ、急に『君に捧げる愛の誓約』の意味が変わって見える」
「ハッピーエンドなら結婚式なので、ストレートな意味になってくれるんですけど、バッドエンドが致命的に病んでますからね」
俺は静かに、静かに手を挙げた。
「……明里さん」
「はい」
「俺さ、本来のゲームからこれ以上展開を変えたくなかったんだけどさ」
シベリウスとアリオーソという名のやらかしを爆誕させたからこそ、これ以上シナリオを変えたくなかった。
だが、攻略対象がことごとく病み散らかしているとなると、ちょっと話が変わってくる。
「たぶん正常な判断ができてないからこそ、衝動的にヴィオレッタに手を掛けちゃう奴もいると思うんだよ。どうかな?」
「あ、はい。います。……それこそ現時点で崩壊してる三点セットは全員そうだと思います」
「だよな。だったら、もう答えはひとつだ」
なら、ここで取るべき手段は『逆転の発想』だ。
「攻略対象が病む前に、この時点で全員光落ちさせない?
冤罪のせいで、これまで大切にしてきたものをすべて失って精神崩壊してしまう可愛い弟の姿も、自分の人生を全否定された挙句に親友が壊れていく姿を見せつけられて病む親友の姿も見たくない。
そういうゲームなのは分かっている。
けれど俺は、彼らが『本来そうだった』という事実さえも、認めたくない。
——これ以上、可哀想な奴を増やしてたまるか!




