89.どうしよう
「……」
腹立たしいほどの青空の下。
俺はひとり、草原に寝転がっていた。
思い出すのは、昨夜のこと。
(確かに……確かに、俺に非がある、けど……)
……まさか、あんなことになるとは思わなかった。
どうしたものか、と寝返りを打つ。
そうして、どれぐらい時間が経っただろうか。
サクサクと草を踏む音がして、身体を起こす。
「ラウダ……」
珍しい。ラウダの単独行動だ。
ただ、それが意図的なものだと理解するのは容易かった。
何となく気まずくなって、俺は両膝を立てて、腕で抱え込む。
「……」
縮こまった俺の姿を見たラウダは、深々とため息を吐いて俺の横に座った。
そして、露骨に嫌な顔をして俺の顔を覗き込む。
「オレは嫌だって言ったよね?」
「う……」
そうなんだよ。
俺はこの件で派手にラウダを泣かせている。
そりゃ、この子は嫌な顔くらいするよな。
ラウダからしたら「何も聞いてなかったのか」ってなるよな。
「ごめ——」
「謝罪とかいらない」
「う……」
怒ってる……というより、呆れてる?
ラウダはもう一度ため息を吐いて、呆れたように目を細めた。
「透の中で『譲れない』っていうのは分かったよ。問答無用で退場する気じゃなくなってるだけ、かなりマシ。オレとしては、そこは安心したよ、そこは。そこだけは」
「はい……」
「百歩譲って奏音はともかく、明里に話してなかったのは呆れたけど」
「そう、思います……」
◇
——昨夜。
原作の存在を知るチームで前世設定を作ったわけだけど、これをコラーレ兄弟とバセットに伝えるかどうかっていう話になった。
原作の話はできないにしろ、置き去りにし過ぎるのはよくないんじゃないかっていう会議だ。
伝える場合はどうやって伝えるか、そもそも意図的には伝えるべきじゃないんじゃないか……って話をしていて、俺は唯一『伝えるべきじゃない派』にいたから、当然、理由を言うことになった。
『言わない方が良いだろ。もしかしたら俺はいなくなるかもしれないわけだし。そうなったら話が違うってならないか? 混乱を招かないためにも、聞かれるまでは黙っといた方がいいって思ってて』
——すべては、ここから始まった。
条件反射でラウダが噛みつこうとしてきたんだけど、それよりも先に明里さんが声を発した。
『いなく、なる……って、どういう、ことですか……?』
これにはラウダどころか、全員の動きが止まった。
そこで、俺は思い出した。……明里さんに、事情を説明していない。
『その、俺だけは転生者じゃないっていう自覚があって……ほら、最初に話しただろ? 俺は、この子の身体を乗っ取ったんじゃないかって』
『……はい』
『諸々の状況考えたら、もう前世とかじゃなくて、乗っ取りで確定だろうなって思ってて。何なら、オルフェウスの魂的な奴は、今でも俺の中にいると、思ってて』
『それで?』
明里さんに睨まれた……え、怒ってる?
でも、ここまで話した以上、続きを言わないわけにはいかないよな……?
『全部が終わったら、身体は持ち主に返すのが筋だって思ってて……交渉は、するけど……』
『消えるって? オルフェウスが返せって言ってきたら、あなたは、消える気だってことですか?』
『まあ……言葉を選ばなければ、そうなるね』
積極的にいなくなる気はないけど、求められる可能性としては十分にあるわけで。
俺も消えたくはないけど、その代償にオルフェウスを問答無用で消し去るのは違うというか。
……そもそも俺たちの意思に関わらず、自動的にそうなる可能性だってあるわけで。
『君や奏音ちゃんと状況が違うからこそ、前世の話は積極的にしない方が良いかなって。俺だけは、途中で入れ替わる可能性が……って』
話の途中で、気づいた。
明里さんが、ぼろぼろと涙を流している。
奏音ちゃんも半泣きだけど、明里さんがそれどころじゃない。
『あ、明里さん?』
『なんで……』
『なんでって……』
『なんでっ! そんなこと言うんですか!? どうして残される側の気持ちを考えてくれないんですか!?』
『いや、その……仕方ないところも、あるんじゃ……』
この返しは良くなかった、と。
俺は言葉を発した後になって気づいた。
『私は透さんと一緒にいたいのに! 透さんじゃなきゃ、嫌なのに!! どうして……っ、どうして……っ!!』
『明里さん……』
泣かせてしまった。
俺のせいだ。
その事実に胸が痛くなりつつ、俺は彼女に一歩近づく。
……でも、
『もう知らない! 透さんの馬鹿!! 嫌い!!』
彼女は最後に俺を睨みつけて、走り去ってしまった——。
◇
一夜明けたら、どうにかなるだろうか。
いや、絶対どうにかならない。絶対に引きずってる。……俺もだけど。
そんな俺の心境なんてガン無視で、講義っていうものは普通にあるわけで。
行かないわけにはいかないから、そっちに顔を出しつつ、俺は明里さんを探した。
……困ったことに、明らかに避けられてる気はした。
いつも休み時間にいる場所——もはや待ち合わせ場所みたいになってる場所に、明里さんがいない。
でも俺たちの教室自体はそう離れてないし、クラスを跨ぐ講義も存在する。
そんなこんなで、ちょっと苦戦したけど普通に会えた。会えた……んだけど、
『……っ』
『あ……』
俺の顔を見るなり、明里さんは涙を流し始めてしまった。
その悲しそうな顔を見て、俺は近づくどころか話し掛ける勇気すら持てなかった。
周囲にいた生徒たちが『えっ、嘘、喧嘩?』だの『あの理想のカップルが!?』とか騒いでたけど、もうどうでも良い。俺の心はめちゃくちゃだった。
——それこそ、その後の講義をまともに受けられなくなるくらいには。
何人か心配して話し掛けてくれたけど、王太子とかどうでも良い。
会話する気になれない。明里さんのことが気になりすぎて無理。辛い。会話とかしたくない。
噂話がえらいことになってるのは分かってるけど、もうそこら辺もどうでも良い。
……もはや講義どころじゃないから、俺は脱走して草原に寝転がっていた。
◇
そして放課後。
ラウダが来てくれて、今に至る。
「辛い……」
「透が悪いと思う」
「分かってる……」
オルフェウスが望むなら、この身体を返す。
申し訳ないけど、ここだけは譲らない。いくら周りを泣かせようと、これだけは駄目だ。
俺の我儘で、オルフェウスを問答無用で殺すような真似はできない。
だから意見を曲げる気はないけど、あの子に一切事情を説明していなかったのは事実だ。
……そりゃ怒るし、悲しませると思う。
俺が逆の立場なら、絶対に同じような状況になった。それくらいのことをやった自覚はある。
「謝りたいけど、話がしたいけど、向こうが、あの状況じゃ……」
奏音ちゃんには事情を説明する機会を貰えたから、彼女に対しては話せた。
話せたんだけど、あの子はあの子で、かなり辛そうだった。
『どうして話してくれなかったの、どうして勝手にそういう結論になってるのって、あたしでさえ思いましたよ……明里さんが大パニックだったので、一周回って冷静になりましたけど』
ごめんなさい。
『まあ、結論に関しては心底嫌ですけど、透さんらしいなって思いましたし、オルフェウスのことを考えてあげたいっていう主張自体は、理解できなくはないです』
そこに関しては理解してもらえた。
もらえた、けれど、
『でも、一番付き合いの長い明里さんに不意打ちみたいな形で告げるのは本当にどうかと思います』
『明里さんが透さんのこと、どれだけ大切に想ってるか、考えたことありますか? 透さんにずっと支えてもらってるからこそ、透さんを支えたいんだって何度も聞きましたよ、あたし。それこそ『分かった、それはもう分かったから』って言いたくなるくらい』
『それくらい大切に想ってる人に急にあんなこと言われたら、処理しきれなくなるのは当然だと思います。いくらなんでも、酷すぎます』
……めちゃくちゃ、怒られた。
そして奏音ちゃんにも距離を取られた、というか明里さんのフォローに回ってくれてる。
そりゃ俺のとこに来る余裕なんかないよな。申し訳なさしかない。
「ねえ、ラウダ。シベリウスとアリオーソに会えないんだけど、事情知ってる?」
「あの人たちは明里の方に行ってるよ。ていうか、自分たちが透に近づいたら、透は余計に元のオルフェウスのこと考えるから近寄れないって話になって、こうなった」
「だから……ラウダが俺のとこ来てくれたんだね……」
「そうだよ」
どうも、ラウダたちに裏で対策会議をさせてしまったらしい。
情けないことしちゃったな……。
「あと、問題のバセットが『何があったんですか?』って顔してオレを見てたから、そっちのフォローも必要になったんだけど。どうしてくれんの?」
「ごめん……」
ラウダは明確に明里さん寄りの立ち位置なのに、俺の意思も汲んでくれている。
それが分かってるから、心が痛い。バセットのフォローが必須になってること含め、心が痛い。
「バセットに関しては……どうしようか……」
「下手なこと言ったら明里二号になるよ」
「うん……」
そうですね。
流石にその自覚はあります。
ていうか、あの子に関しては明里さん二号というか、ラウダ二号……いや、ラウダの強化版になると思う。
「バセットはあなたに『依存気味』っていう自覚があるみたいだから、あなたを依存先じゃなくて『目標』にしようと頑張ってるみたいだよ。元の『オルフェウスを超えよう』って奴とは違う方向性で目標にしようと、今は絶賛努力中。そんな子に下手なこと言ったら……分かるね?」
「はい……」
——本当に、どうしよう。
コラーレ兄弟は変なことにならないでくれそうだけど、もはやそこしか救いがない。
彼らの大人の余裕に救いを見出すしかない時点で、俺は終わっている。明らかに、間違えた。
ラウダは心底呆れかえった様子で口を開いた。
「考えをまとめる作業でもする? あなたひとりでモヤモヤ考えてたら、勝手に詰みそうだし」
「ありがとう……」
情けないとか、そんなこと考えてる場合じゃなさそう。
俺は肩を落としながら、ラウダの優しさに甘えることにした。




