88.ノベルゲームもどき
——図書室で、ラウダがバセットに妙なことをさせているらしい。
そんな謎情報を入手した俺は、足早に図書室へと向かった。
いざ行ってみると、ラウダは椅子に座らせたバセットにA4サイズくらいの薄い板を持たせて、その様子を横で眺めていた。
妙なこと、とは聞いたけど平和な感じではあるね。
……バセットの手元を色んな子たちが覗き込んでるのが、すごく気になるけど。
ちょっと離れた位置で眺めてる子もいれば、ガッツリ見てる子もいる。
「ラウダ? 何してんの……?」
「あ、オルフェウスだ」
「オルフェウスだ、じゃなくて……」
なんなんだ、その板は。
俺は嫌な予感しかしないぞ。
とりあえず俺はバセットの手元を覗き込んだ。
見た目は木枠に収まったガラス板。ぱっと見は大きめの写真立てみたいだ。
……見た目は。
問題はガラス板に文章が浮かび上がっていることと、バセットがちょっとたどたどしい様子でその文章を指で上に流していることだ。
指で、すいすいっと。要はスワイプだ。
「……」
——アルペジオ商会、やりやがったな!?
叫びたくなったけど、それはいけない。俺は王太子。
深く深く息を吸い込んで、吐いた。
叫びたい衝動をどうにか耐えた。他にも人がいる。
ここは図書室。叫んではいけない。
「えーと……?」
落ち着くためにも、バセットが流している文章を読むことにした。
【魔物を討伐しながら、あなたは先へ先へと進む。
——旅の最果て、魔王城。
おどろおどろしい空気が、あなたたちの肌を刺す。
ふいにカチリ、と何かのスイッチが入るような音がした。
リリス「きゃあああぁ!!」
その悲鳴を聞き、あなたは慌てて振り返る。
見ると、後方からアンデッドの群れが迫っていた。
リリス「……っ!」
アンデッドが苦手なリリスは、グッと杖を握りしめている。
腐敗臭が、空間を支配する。そしてリリスは、叫んだ。
リリス「勇者様! ここは私に任せて、先へとお進みください!」
あなたは、リリスを残して先に進みますか?】
【はい】
【いいえ】
「……」
これは本格的にアルペジオ商会がぶちかましてくれた。
あくまでも文章だけで絵とかそういうのはないけど、読者に選択肢が与えられてる。
画面にタッチしたら、【はい】か【いいえ】かを選ぶことができるようになってる。
表示された選択肢を見て、バセットは固まってしまった。
「嘘でしょう? リリス残すの、嫌なんですけど……」
そりゃそうだろうね。
俺にはよく分かんないけど、リリスって多分聖女的な奴だし、それ以前に、ずっと一緒に旅してきた仲間的な奴だろうし。
「でも……勇者はあと、1時間で死んでしまう……どうすれば……」
どんな話!?
どういうこと!? 勇者に時限爆弾か何か仕掛けられてるの!?
「……」
バセットはしばらく悩んで、【いいえ】を選択した。
「駄目な気しかしませんが、勇者が1時間以内にアンデッドと魔王を倒せると信じます」
それは……無理じゃないかな……?
そう思って眺めていると、勇者は聖女と協力してアンデッドを倒すことには成功したが、魔王の元に辿り着くまでに死んでしまった。
——ゲームオーバーだ。
「ですよねー」
バセットは真っ暗になってしまった画面を見つめながら、悔しそうに目を細める。
「これは多分、勇者を延命させるための装備か施設がどこかにあって、おれはそれを落としてしまったんでしょうね。選択肢、どこだったんでしょうか……?」
素だよ! バセット、さっきから完全に素が出てるよ!!
でも俺からすればそこまで大きく変わってないって思うし、個人的には「そのままでいたらいいんじゃないかな」って思う。周りにいる子たちも一切気にしてなさそうだし。
……ていうか、揃いも揃ってなんか考え込んじゃってるし。
バセットの素とかそういう話じゃなさそう。
「あのさ」
第2学年の男子生徒が集団の中から顔を出して、バセットに話し掛けた。
「僕は15個前の選択肢が怪しい気がしてるんだ。ほら、行き先を選べただろ? 【魔の森】と【魔の海】で。正解は魔の海の方だった可能性が」
「なるほど……? 確かに、行き先が変わるのは大きい気がしますね……」
バセットが男子生徒の言葉に頷いていると、そこに第1学年の女子生徒が割り込んできた。
「私! 私はそこだけじゃなくて、8個前の選択肢も怪しいと睨んでます!」
「15個前……8つ前……そういうおれも、実は13個前の選択肢が気になってるんです。どう思いますか?」
「そうですね。あれ、その後に追加分岐ありそうでしたし……」
……とか何とか言ってたら、第3学年の図書委員長っぽい女子生徒が乱入してきた。
やばい、これは「図書室はお静かに」って言われ——
「私、バセット君が選んだ選択肢、およびその直後に発生するイベントのあらすじをすべてメモしておりました。みんなで精査しましょう」
違った。
研究者みたいな子だった。
「……! ありがとうございます!」
そして……考察が始まってしまった……。
「……」
攻略本とかネットとか、そういう類のが無かった時代のゲーム攻略って多分、こんな感じだったんだろうな……有志が集まって細かく検証してたんだろうな……。
楽しそうだからバセットたちは放置するとして、俺は盛大にやってくれたアルペジオ商会の長男と話すことにした。
「細かい仕組みとかそういうのは置いといて。あれは『テストプレイ』って奴かな?」
「うん、バセットって本読むのが好きみたいだから、協力してもらったんだよね。そういう子なら、楽しんでもらえるかなって」
なるほどな、それでテストプレイやる場所に『図書室』を選んだのか。
学年が違うから教室ではやりにくいっていう理由はあるんだろうけど、バセットに限らず、本が好きな子なら食いつくだろうしね。
純粋な物語としても楽しめるのに、自分が選んだ選択肢に応じて展開が変わっていく読み物。
人は選ぶかもしれないけど、好きな子にとっては、とにかく魅力的に映ると思う。
つまりターゲット層は『読書家で、新しい文化に対する抵抗感が薄い若者』ってことか。よく考えてるな……。
「販売予定なの?」
普通に気になるから聞いてみると、ラウダは「しばらく先かな」と言って苦笑する。
「まだ外側の強度が怪しいし、デザイン考えなきゃだからね。入れてる話も今はオレと姉さんが考えた奴を仮で入れてるんだけど、本気で売りに行くなら人気の小説家さんとコラボした方がいいだろうし。そうなってくると、執筆依頼が必要だし」
「本格的なこと言い出した……」
「そりゃね。嫌なこと言うけど、良いもの作ったって売れなきゃ意味無いんだよね」
「それもそっか」
でも、多分行けるよ。
値段設定にもよるだろうけど、この感じだと一定の需要はあるよ。
「初手でどういう話を出すかっていうのも大事かなーって思ってて。板を何枚か一気に出すか、一枚だけにするか……」
うっかり知識無双しちゃったけど、別に悪い方には転がらなさそうだからよしとしようか。
ノベルゲームもどきだけなら変なことにはならないと思う。国を滅ぼしようがないし。
「そうだな……」
知識無双ついでに、この手の助言くらいは許されるかな。
「『ハードウェア』と『ソフトウェア』の概念を教えようか。……出所に関しては察して。詳しく聞きたかったら後でまたおいで」
ラウダはこくりと頷く。
流石にこれだけ人がいる場所で『前世の記憶』とか言えないからね。
「あの板の部分。ベースの部分をハードウェア、どうやって入れてるのかは知らないけど、物語が入った何かをソフトウェアって呼ぶんだ。まずはハードの方を買ってもらって、ソフトを別で買ってもらう」
「なるほど……?」
「そしてソフトを入れ替えたら、違う物語を読める設計にするんだ。どんな物語を買っても、ハードは使い回しできる仕様で」
多分なんだけど、四隅に入ってる石にデータが入ってるんじゃないかって思うんだよね。
この世界はファンタジー作品によく出てくる『魔石』っていう概念があるみたいだし。
魔石の中には情報を記録する効果を持つものがあったはずだから、物語のデータが入った魔石を取り外し可能な状態にしてしまえば、行けるんじゃないかって思うんだよね。
軽く提案してみたら、ラウダはキラキラと目を輝かせた。
「それ良いね! あれの最大の問題って、買えば買うほどに家の中に板が溢れかえることだったから……!」
だよね。
君、さっき板を何枚かって言ったからさ。それがとんでもなくネックになると思ったんだよ。
「でしょ? それならハード部分にはそれなりにお金掛けれるはず。デザイン特化で装飾凝った高価版と、シンプルな廉価版出したら、色んな層取り込めると思う。仕様さえ合わせてしまえばソフトは共通で行けるから、ハードを高くする分、ソフトの値段を抑えられるだけ抑えればいい。それならハードを買わせれば、次を買ってくれる可能性は上がるはずだよ」
——俺は一体、何を言ってるんだ。
俺は本当に何を言っているんだ。
アルペジオ商会に何を売らせようとしているんだ。
でもこれに関しては変な方向には転がらないだろうし、どこまで行くか見てみたいんだよな。
考察で盛り上がってるの見てると、正直、俺もやってみたいなって思っちゃったし。
「それなら複数作品の同時展開も無茶じゃないかも! さっそく母さんに話してみるね!」
あ、作ったのお母さんなんだね。
まあ、どうせ作り方さえ分かれば、魔力さえあれば全員作れるようになってるんだろうけど。
ラウダはこの学園に魔導士団候補生として入ってて、さらに言えば商業系の講義はほとんど受けてないから、実家の後継ぎはお姉さんの方なんだと思う。
けど、この子はこの子で家業に興味を持ってるみたいだね。
殺戮魔王の印象が強すぎるから忘れがちなんだけど、こういうとこを見てると商人の息子だな。
「後は、初手で何を売り出すか考えなきゃなぁ……バセットに意見聞いてみようかなぁ」
「ちなみに僕はさっきみたいな冒険系、好きだな」
「ありがとう、参考にする」
とりあえず冒険系、というかRPGは出るだろうな。出しますって顔してくれたし。
日本産のRPGって結構世界進出してたから、これは間違いないと思うよ。
……ノベルゲームでどこまで再現できるか分かんないけどさ。
「僕は退場しようかな。悪いことしてるわけじゃなさそうだし」
「えっ、オレ、何か疑われてたの!?」
「君がバセットに妙なことさせてるって情報が入ったから来たんだよ。妙なことさせてるのは間違いなかったけど、面白い試みだから邪魔したくない」
「あはは……とりあえず、バセットがゲームクリアできたら教えるね。オルフェウスもやる?」
「やりたい。勇者が1時間で死ぬ意味が分からなさすぎるからやりたい」
——数日後。
俺は明里さんと奏音ちゃんにコンサバトリーに呼び出された。
「あの、透さん。ラウダ当てに『推理系』とか『ホラー系』とか、作品ジャンルを指定するような手紙がいっぱい来るようになったのですが、心当たりありますか?」
「あたしのとこには、クロイゼル先生から分厚い小説が届いたのですが……ざっと読んでみましたが、冒険小説だと思います」
「……」
俺は顔を覆った。
最近落ち着いてたのに、またかよ。また始まったのかよ。
「心当たりはある。ラウダのところがノベルゲームもどきを生み出したんだ」
「えっ」
「初手で出す作品ジャンルは何が良いかなーって話をしてたんだよね。……他の人間がいる場所で」
それを聞いてた子がいたんだと思う。
クロイゼル先生の奇行は今に始まったことじゃないから放置で良い。
問題は、そこじゃない。
そんなことよりも、だ。本当にいい加減にしろよ。
「劇団監督たちをポストにするな!!」
【Tips:ノベルゲームもどき】
アルペジオ商会内では『ライトノベル』という名前で開発が進んでいる。
(どっかで聞いたことがある)名前の由来は、ライトノベルは黒、もしくは白に塗られたガラスを光らせて文字を浮かび上がらせる仕組みになっているから。軽いノベルじゃなくて光るノベル。
透は気づいていないが、アルペジオ商会は通信機の技術を生み出しているため、やろうと思えばスマートフォンに近いものを生み出せる可能性が高い。
どう考えても悪用されるため、気づいたとしても特許権を利用して制限を掛けると思われる。国の組織と近しいだけあって、アルペジオ商会はその辺は抜かりない。
ちなみに王国騎士団と魔導士団に対してのみ売っている通信機能付き宝石は存在を秘匿しているだけでなく、仕組みさえも完全に企業秘密としている。
実際のところは国内の至る所に打ち上げた見えない魔石(実質通信衛星)を利用している。
そして「どこまで行けるかな」的な雑なノリで代々魔石を打ち上げ回ったせいで大体の場所は繋がるようになってしまった。なんということでしょう。




