87.謎のスクエアチャレンジ
演習場に行って、アリオーソと会う。彼ひとりだけだった。
ちょっと珍しい光景だなって思った。アリオーソって絶対に誰かしらと一緒にいる印象あるし。
「お待たせ。じゃあ、やろうか」
「ん、頼む」
一言二言話してから、約束通りに練習という名の打ち合いを開始する。
剣じゃなくて細長い棍を振り回す姿は見慣れないけど不思議と様になって見えた。
元々、それなりに訓練を重ねているみたいだ。初心者の動きではない。
だからしばらくは普通にやれたんだけど、やっぱり本来得意とする武器じゃないっていうのはキツいらしい。
「……っ」
疲労が出たタイミングを見計らって、下から掬い上げるように棍を払う。
その瞬間、アリオーソが持っていた得物が手から離れた。
「うわっ!?」
「はい、一本。君に勝てる日が来るとは思わなかったよ」
普通に、強い。
棍には刃が付いていないから両断されるようなことはないけれど、アリオーソはかなりの長身だし筋肉も付いている。勢いをつけて振り下ろされればひとたまりもない。
俺が使っているのはレイピアだから、まず普通には受け止められない。受け止めずに、躱すしかない。
そんな感じだから、ラウダじゃ相手にならなかったってのは分かる。……申し訳ないけど。
オルフェウスの身体能力をもってしても、油断すれば確実にやられる。
逆に言えば、油断さえしなければ勝てる。
得物が違うとこうも変わるか、という印象だった。相手が俺じゃなくてシベリウスだったら、瞬殺だったと思う。でも剣術に長けた彼が、わざわざ棍を握っている意味が分からない。
「なんで急に棍なの……? 剣で良いんじゃ……?」
そう問えば、アリオーソは簡易収納魔法から長い棍……というよりは、魔導士が使いそうな長いロッドを取り出した。
「魔法を発動する時の補助用にってことで、今朝、魔導士団の人間から渡されたロッドだ。ロッドって言っても棍に近いデザインにはしてもらっているし、実際に棍としても使える物になってる」
彼は器用にくるくるとロッドを回す。
ちょっと大きめの石が付いてるから先端が重そうなんだけど、器用に動かせてる。
これなら、棍として振り回すことは普通にできるだろう。練習内容に関しては納得できた。
「隠密魔法……じゃなくて、対人強化の方かな?」
隠密魔法に関しては多分、補助とかいらないレベルで強い。
そうなると、対人強化魔法の方だと思う。こっちは強ければ強いほど良いってやつだろうし。
オルフェウスの記憶を覗き見た感じ、珍しい素質なのは分かってる。そもそも彼以外の使い手に遭遇したことがないし。
アリオーソは頷いて、ロッドを動かすのをやめた。
「俺が使う対人強化魔法は『魔法陣の上にいる対象全員の力を底上げする』ような感じでな。発動時に魔法陣の上にいてくれれば、俺から離れても効果が続く。だから、この前の一斉捜査の時なんかも捜査前にやった。……とんでもない人数を相手に」
「お、お疲れ様……」
そう返せば、アリオーソは何とも言えない顔をして苦笑する。
「いや、多分俺より、必死に魔法陣の範囲に入ろうと戦ってた両団の団員たちのが大変だったと思う。とはいえ結界魔法の類とは違って対人強化は効果が続いてる間ずっと魔力吸われっから、とんでもなく疲れはするな。規模と時間にもよるが、再展開は不可能ってレベルで」
「そうなんだ……」
「だから、何が何でも魔法陣の上にいてもらわねぇと駄目なんだよ。複数回展開もやったことあるんだが、展開すること自体に負荷がかかるから効率が悪いんだ。だから、デカいのを一発展開した方が、同じ負担で強化できる人数を増やせるってのは分かってんだよな」
要するにスクエアチャレンジみたいなのが発生したのかな? 強引に中に入り込む的な。
王国騎士団も王国魔導士団も人数多いから、『アリオーソが展開した魔法陣の上に頑張って乗る』っていう意味の分からない戦いを強いられたんだろうな……。
アリオーソは苦笑しつつ、簡易収納魔法にロッドを戻して棍に持ち替えた。
「素でもそれなりに範囲広げられるんだが、発動範囲を拡大しようと思ったら補助が欲しいんだよな。ロッドはそれ用に使えって渡されたんだ。その、前に使ってたのは一斉捜査の時にもみくちゃになって、折れたというか」
「あー……それで今日なんだ……」
これは間違いなく、騎士団員も魔導士団員もアリオーソを中心にしたスクエアチャレンジを強いられた奴だ。
一斉捜査前に怪我人が出たんじゃないかって心配になったけど、本題から逸れるし、気にしないことにしよう。
「こいつは前に使ってた奴より強度上げて、効果も上げて、棍として使いやすいようにってデザインも変えてくれたみたいなんだが……まあ、慣れねぇというか……それで、付き合ってもらったわけなんだが」
「魔法を使う時だけロッドを持って、それ以降は剣に持ち替えるような真似ってできないの?」
「できないんだよなー、それが。お前はレイピア以外を使わねぇからピンと来ないんだろうが、発動補助に何かしら使った場合、得物を持ち替えた瞬間に魔法の効力が切れる。得物から手を離した瞬間にアウトって感じだ。……ってことで、大規模な対人強化魔法を使うと、必然的に俺は剣を使えなくなるわけだ」
「うーん……」
「周りを強化したとて自分を守れねぇと話にならねぇんだよな、俺が潰れたら魔法も切れちまうから。革命案件に備えて、親父からはロッドありきで立ち回れるようにしといてくれって頼まれてんだよ」
アリオーソが、水を奪われるどころか砂漠に放り込まれた魚みたいになってる。
本人もそうだけど、騎士家系のリチェルカータ侯爵も優秀な息子に「万が一の時は剣諦めてロッド持て」なんて言いたくなかっただろうに。
「他に対人強化魔法使える人、いないのか……?」
「絶望的なレベルでいねぇから、ゲーム作った奴に意図的にそういう『設定』組まれてるんだと思う」
「メタ観点で判断しないで欲しい」
「珍しい素質なのは分かってるんだけどよ。いくらなんでも魔導士団側にもいねぇってのは妙だし、これは俺の特殊性を上げるための作為的な『設定』だと思う」
「そうだとは思うけど、自分で自分の置かれてる状況を『設定』って言わないで……」
——まあ、残念ながら、本当に残念ながらそういうことだとは思う。
天という名の制作チームが二物を与えた結果、相性が悪すぎて困る羽目になったんだな。
とはいえスクエアチャレンジ案件になるのは、制作チームも想定してなかった可能性あるけど。
下位貴族を対象とした一斉捜査自体が原作に登場しなかったイベントだろうし、原作だと退団してるアリオーソが変な立ち回りをすること自体が想定外だろう。
昨夜、リチェルカータ侯爵家はショーム地区と呼ばれるスラム街を制圧したらしい。革命第二派と思しき人間が集まっていた場所だ。
こんな感じで革命第二派を少しずつ潰せてはいるみたいだけど、そもそも元の規模がまだ分からないって話だ。
その時点で、万が一に備えて準備しておく必要性は確かにあると思う。
アリオーソはバトンのようにぐるりと、長い練習用の棍を回す。
「お前やラウダみたいにレイピアを使うっていう手もあったんだがな、俺の立ち回りとレイピアの相性が悪すぎんだわ。絶望的なレベルで折っちまうというか……そうなると、ロッドを使うっていう選択肢しか残んねぇというか」
確かに正統派な長剣と細長いレイピアじゃ同じような戦い方はできないと思う。
レイピアは斬りつけるというより、刺しに行くための武器だしな……。
「つーわけで、もうしばらく頼むわ」
「了解。頑張ろうか」
「慣れてきたら魔法使いっぱなしで暴れてみる」
「あー……そっか、それもあるよね……」
「結局はその状態で耐久戦ができねぇと話にならねぇからな……」
できれば棍で戦える人間が相手になった方が良いんだろうけど、身近にいないからどうしようもないよな。そもそも接近戦をするなら、棍じゃなくて剣前提になるだろうし。
打ち合う、
棍を飛ばす。
打ち合う、
棍を飛ばす。
しばらくそのやり取りを繰り返すことになったけれど、アリオーソは元々の身体能力が高い。
だから、棍を弾き飛ばされるまでの間隔は、ちょっとずつ長くなっていった。
それでも「剣だったら、もっと上手く立ち回れてるはずなのに」って思うような状態ではあるけれど……。
「やっぱ上手くいかねぇな……」
アリオーソは苛立ちを隠せない様子で髪をわしゃわしゃと掻く。当然だけど、髪が派手に乱れてしまった。
髪をひとつにまとめていた紐を解いて、そのまま額に浮かんでいた汗を拭う。
「付き合わせて、悪いな。今日のとこは解散すっか……」
そう言って、アリオーソは苦笑する。
悔しそうだな。結構、負けず嫌いなんだろうな……まあ、だからこそスパルタ教育を乗り切れた部分もあるんだろうけど。
「無理し過ぎないようにね。体調崩したら元も子もないんだから」
「あー……まあ、うん……」
何とも歯切れの悪い言葉が返ってきてしまった。
これ、油断すると無理しそうだな……。
「潰れちゃうと効果切れちゃうんでしょ? そういう意味でも休み休みって大事だよ」
それこそ、スノウフィラアレルギー騒動みたいなことになっちゃうと危ないってことだろうし。
無理して変な症状を出してしまえば終わるってことなんじゃないの?
俺がそう指摘すれば、アリオーソは目を丸くしたあと、困ったように笑う。
「……。まーな」
これは……無理はしないでくれるの、かな……?
ちょっと見張っといた方が良いかもしれない。心配になる。
俺は残って自主練しそうだったアリオーソを演習場から引っ張り出して、学生寮へと戻った。




