85.独占欲剥き出しの王太子殿下
流石に貴族の御息女が社交界デビューする大切な舞踏会、デビュタント・ボールに行かないわけにはいかない。俺は必死に王太子スマイルを浮かべて、会場を歩く。
……帰りたい。
一昨年は毒盛られててそれどころじゃなかったから不参加だったんだけど、去年は参加した。学園軟禁中ではあったけど普通に行った。
ていうか行かされた。
行った上で、ヘトヘトになった記憶がある。王太子って大変だね。
……帰りたい。
俺の心境なんて知ったこっちゃないと言わんばかりに、目をキラキラ輝かせた若い女の子が声を掛けてきた。
「王太子殿下! わたくしとファーストダンスを踊って頂けませんか!?」
——ねえ!? 俺の真横にヴィオレッタって名前の明里さんが居るの、見えない!?
ちょっと引きつりそうになりながら、俺は明里さんの手を取り、彼女の存在をアピールする。
「申し訳ないけれど、僕には先客がいるんだ」
「そんな……!」
この国の貴族の御子息と御息女が必ず学園に通っているかと言われると、実はそうでもないみたいで。
だから、オルフェウスの仮面被った俺とヴィオレッタの仮面被った明里さんが常に行動を共にしているってことを知らない子もいるみたいなんだよね。
何なら情報戦に疎すぎて『ふたりは仲が悪い』って未だに思い込んでる家も一定数いる。
つまりヴィオレッタの性格がおしまいって思いこんで、付け入る隙があるって思ってる子がいて……結果が、これだ。
なんか今年はデビュタントの子自体がすごく多くて、ひたすら心を無にして挨拶して回ってたら、10人くらいヴィオレッタに喧嘩売ってくるタイプのご令嬢を引き当てた。
……シベリウスの方は、そうでも無いっぽいのに。
ていうか、シベリウスは婚約者のフローレンスを引き連れてなくても良い感じに回れてるのに。あの子は平和に挨拶回りできてるのに。羨ましい……。
「オルフェウス殿下! 私と踊っていただけませんか?」
「……」
俺は心を無にした。
◇
「お疲れ様です」
「はぁ……」
必要最低限の人数を捌いた後、俺は明里さんと一緒に、そっとバルコニーへ抜け出した。
行儀が悪いなとは思いつつ柵にもたれ掛かって、王都を見下ろす。
「……」
本当に広いな、この王都。
どこまでも広がっている夜景が綺麗だ。
鳥セレの作品内で描写されるのは王都だけっぽいんだけど、それで済むのも納得かもしれない。
俺は深く息を吐き出してから、愚痴をこぼした。
「罪深い顔面だなぁ、本当に……」
「あはは……」
王太子っていうのもあるんだろうけど、オルフェウスの顔面が美しく整いすぎているのも悪い。俗に言う『初恋泥棒』になっちゃってるんだと思う。
シベリウスも多少は声掛けられてたし、顔が良い攻略対象を会場内のあちこちに散らばらせて俺だけに殺到するのを防ぎたいんだけど、攻略対象たちって半分は平民なんだよね。この場に来れるはずがない。
平民って言っても、一応アリオーソが革命軍対策で隠密魔法使ってバセットを隠して連れ込むっていう話は聞いてる。
メタ読み的な理由でデビュタント・ボールが襲撃されることは無いだろうって判断はしてるけど、念のためだね。
俺に連れ回され続けた明里さんは少し疲れた顔をしつつも、王都ときらびやかな会場を見比べるようにして、微笑む。
「こういうのを見てると、異世界に来たんだなって思います」
「……そうだね」
少なくとも、今の日本では見ない光景だしね。
特にヨーロッパの方では、昔はあったんだろうけど。
「あ、あの……透さん」
「ん?」
「その、えっと……ドレス、ありがとうございます……」
そう言われて、俺は改めて明里さんが着ている淡い青紫色のドレスに目を落とす——艶やかなシルク生地でできたそれは、俺が贈ったものだ。
……よく似合ってる。
「こちらこそ、着て来てくれて嬉しいよ」
「頂いたものなんですから、ちゃんと着ますよ。すごく、素敵なドレスでしたし」
原作のヴィオレッタは結構派手で露出があるデザインの物を好むって話だった。
だけど、申し訳ないけど、その逆を行くドレスを選ばせてもらった。明里さんの好みではないし。
明里さんの動きに合わせて、髪に刺しているかんざしの飾りがしゃらりと音を立てた。
普段は降ろしてる髪をまとめ上げてる姿も含めて……可愛い、というよりは『綺麗』だな。
「去年はそこまで気が回らなくて、ごめんね」
去年、シベリウスがフローレンスにドレスを贈ったと聞いた時は、かなり焦った。
——俺はやってないぞ、と。
だから今年こそはやると誓って、数か月前にクラスの女の子を何人か捕まえて、流行りのドレスについて聞かせてもらった。
めちゃくちゃキャーキャー言われた。
……とんでもなく、恥ずかしかった。
俺が羞恥心に頭をしばかれていると、明里さんは目を伏せてぽつりと、申し訳なさそうに呟く。
「その、去年、というか……多分、この世界基準だと、結構、イレギュラーだと思います……」
「あれ!? そ、そうなの……?」
「はい……」
「え、でも去年、シベリウスは……」
「えっと……フローレンスは去年がちょっと早めのデビュタントでしたから……つまり、デビュタントの子は例外、というか……」
「……」
「ま、まあ……シベリウスはしれっと今年もドレス贈ったみたいなので……! だ、大丈夫です!」
ヤバい。
やらかした。
こういう舞踏会の類で婚約者にドレス贈るのってメジャーだと思ってたから、普通にやっちゃった。
そりゃクラスメイトもキャーキャー言うはずだよ!
急に王太子が全身全霊で婚約者が大好きですって惚気てきたようなものだからな!!
「……。ごめん、恥ずかしい思いさせたね」
「い、いえ! そんなことないです! 本当に、嬉しいです。……嘘じゃ、ないです」
明里さんがモジモジしてる。
晒すような真似をして申し訳ないなと思うと同時、なんというか……必死に選んだものを着てくれていること自体は、素直に、嬉しい。
ドレスは流行りのデザインに沿った形で、品のあるシンプルなシルエットのもの。
でも凝った装飾を入れて、華やかに見えるようにした。公爵令嬢に恥をかかせるわけにはいかないというか。
青紫はオルフェウスの目の色だし、銀刺繍は髪の色。
そういうのが良いよってクラスの子に教えてもらったんだけど……こっちに関しては、派手に、やられた気がする。
さっき見たフローレンスは別にシベリウスの色彩を纏ってなかった。なんか、結構黄色かった。ひまわりって感じだった——『そういうルール』じゃないっぽいことに、今さら気づいた。
「……」
そして俺は、自分が着ている礼装に目を落とす。
俺は俺で赤紫と藍色って感じで、ヴィオレッタの色彩になるように衣装を選んでもらったんだけど、これは……。
「俺、独占欲剥き出みたいなことやってんなー……君の身体で恥ずかしいことやってごめんな、オルフェウス……」
「こんなとこで虚空に話し掛けないでください……」
——要するに俺は、婚約者に自分の色を纏わせた挙句、自分自身も婚約者の色を纏って全身で『愛』をアピールしたということだ。
恥ずかしい。
本当に、恥ずかしい。
恥ずかしいから、話を変えよう。
「あっ、え、えっと……ほら、そうだ! お、女の子のドレスって重くないの?」
変える話題が酷すぎる!!
明里さんは目を丸くした後、ふふ、と笑った。
「どう考えてもキロ単位だと思うんですけど、ありがたいことにファンタジーしてます」
気を遣わせてすみませんと思いつつ、普通に気になる話だ。
「お、そこはファンタジー補正入るんだな」
「はい。普段着てる服より軽いレベルですね。絶対にありえないのに」
「ダンス踊ったりしなきゃだもんね……良かったね……」
「本当に。転生モノとかだと補正入らないって話も聞くので、入ってくれて良かったです……」
キロ単位の布をまとってくるくる回るのは、絶対にしんどい。
俺はファンタジー補正の偉大さを知った。
「そういえば、鳥セレって社交の場というか、舞踏会的なイベントってあるの?」
「……。無くは……無い、というか……」
「オッケー、察した」
多分オルフェウスルートで1回か2回あるか無いかだな!
似非ヨーロッパ物なら社交イベントって定番だと思ってたんだけどな!
本当にヤバい乙女ゲームだな、この世界!!
「なんというか、平和にデビュタント・ボールできてることを喜ぶべきなのか……」
現実逃避はこれくらいにしないとな。
……でも、
「も、戻りたくない……」
「うふふ」
別に王太子としての挨拶とかは良い。あれくらいは普通にやれる。
営業マンを舐めるなってことで、個別の挨拶とかも行ける——問題はダンスを踊って欲しいと言ってくるご令嬢の扱いだ。
今年はだいぶしつこいのが何人かいたし、どうしようかな……。
「……ん?」
背後からコツ、と足音が聞こえた。
振り返ると、アリオーソがそこに立っていた。
多分、近くにはいたんだろうけどね。
バルコニーの扉の向こう側、とかかな。
無音で近づいて驚かせないように、足音はわざと立てたんだと思う。
「殿下」
彼は、優雅に微笑む。
「そろそろお戻りください。まもなく舞踏のお時間となります」
「……うん、分かった」
「皆様が独占欲剥き出しの王太子殿下をお待ちですので」
おいこら。
「周りに人がいないのを良いことに中途半端に弄ってくるのやめろ」
「ふふっ」
「腹立つくらい上品に笑うな」
アリオーソ、本当に切り替え完璧なんだよな。
普段から品はあるんだけど、そっちに振り切れると見事、というか。
舞踏会用のきらびやかな礼装じゃなくて王国騎士団の正装姿なのに、普通に華やかに見えるし。
色んな意味で絶対に引く手数多だろうに、アリオーソだってダンスに誘われまくっていただろうに、なんでこんなところにいるんだか。
「君は君で誰かと踊れよ。絶対に声掛けられまくってるだろ」
否定はされない。
やっぱり誘われてる。
……が、
「私は独占欲剥き出しの王太子殿下の護衛中ですので。そのような時間はございません」
「俺を言い訳にするな」
「早くお戻りくださいませ。私の後ろでラウダ殿が爆笑しております」
「かしこまれば良いと思うな。……って、連れてきたの、ラウダなのか?」
別にラウダでも支障は無いけど、バセットが来るって聞いてたんだけどな?
質問を投げかけると、アリオーソは少し悲し気に微笑んだ。
「私が声を掛ける前に、ふと、思い出したのです。……彼はこのような社交の場に、一度も出たことがない、と。悲しませたくはないので、ラウダ殿に代役をお願いしました」
「オフィクレイド絶対に許さない」
もういないけどな。
でも、その配慮は妥当だと思う。
バセットの性格的にこういう場は苦手かもしれないけれど、それでも、本音を言えば一度くらいは参加してみたかったかもしれないし。
……もしそうだとすれば、この場に連れて来るだけで辛い思いをさせてしまうだろうから。
少し肌寒い風が、俺たちの間を通り抜ける。
明里さんが身に着けている髪飾りが、しゃらしゃらと微かに音を立てた。
それを見て、アリオーソがくすりと笑う。
「失礼ながら、独占欲剥き出しの王太子殿下。その独占欲の矛先となっているご令嬢に、きちんとお伝えしましたか?」
「その呼び名やめろ! 学園戻ったら絶対にしばくからな!!」
「ふふっ」
あらあら、上品な笑い方。
もう『貴公子』としか言いようがないな。
腹立つなー。
……でも俺、明里さんに何か言い忘れてるっけ?
「お伝えしましたか……って」
振り返って、明里さんの姿を見つめてみる。
赤紫の瞳が、俺を不思議そうに見つめ返してきた。
ああ、そうか。
確かに言ってない、な。
少し、周囲を確認する。
そして俺は、口を開いた。
「明里さん。そのドレス、似合ってるよ。……綺麗だね」
「……!」
暗がりでも分かるくらいに、明里さんの顔が真っ赤に染まった。
そういう俺も恥ずかしい。顔が、熱い。めちゃくちゃ熱い。
「も、戻ろうか……」
「はい……」
明里さんの手を引いて、会場に戻る。
このまま手を離さずに帰って、流れるように一曲目を踊ってしまおう。
もう『独占欲剥き出しの王太子殿下』で良い。
今日はそれを貫いてやる。
最後まで独占欲剥き出しでいてやる。
……それはそれとして。
「アリオーソ、君も一曲は誰かと踊れ。命令だ」
貴公子しながら散々弄り倒してきたアリオーソは許さない。
俺の悪意を正面から受けた彼は胸に手を当て、柔和な笑みを浮かべた。
「ご命令なさらずとも、私は既にルバート子爵令嬢と約束しておりますので」
「……」
「これでも侯爵家の端くれです。一曲は誰かと踊らなければならないと理解しております」
来てるのは知ってたけど、奏音ちゃんで誤魔化すな!
絶対に面倒なことにならない相手を選んで誤魔化すな!!
「私のことは構わず、その独占欲を大いに見せつけてきてくださいませ」
「学園帰ったら本当にしばくからな!? 許さないからな!?」
「ふふっ」
5時間後。
俺は本当にアリオーソをしばいた。
この世界のデビュタントは14~16歳くらいです。フローレンスは14歳スタートでした。
ちなみにフローレンスのドレスがひまわりって感じだったのはヴィオレッタ(明里)が青系のドレスを着るという情報をシベリウスが持っていたからです。そしてシベリウス本人もフローレンスに合わせてシンプルな黄色の意匠が入った礼装を着ていました。ほんのりひまわりって感じでした。
アイザック国王はデビュタント・ボール中、息子たちが一切独占欲を隠してくれない事実にずっと困惑していました。




