84.報酬と化す殺戮魔王
継続して作業を見守っていると、キィン、という甲高い音が鳴り響いた。
上を見上げると、真新しい結界が広がっている。
「おー……何重になってるんだろうな……」
結界そのものは透明なんだけど、これでもかと重なってるから、光の反射でとんでもない枚数になっているのは分かる。……綺麗だ。
「……」
そして結界を張り終えたラウダは少しだけ考えながら、俺の方を見た。
「オルフェウス殿下。結界に向かって魔法を使っていただけますか?」
あ、敬語だ。敬称付きで敬語だ。
学園外の人がいるから、かしこまった口調で話すべきだと判断したんだな。
俺は剣を取り出して、はたと気づく。
「あのさ……なんとなく力が湧き上がる感覚があるんだけど、全力出して大丈夫?」
なんか強くなった感がある。
なんでだろうと思って辺りを見回したところ、アリオーソが継続して魔法を使っていることに気づいた。
「え、僕にも対人強化入ってる? 本当に平気?」
「ふふ、勝負ですよ。オルフェウス殿下?」
まあ、ラウダはアリオーソのサポートが入った状態で結界貼ったんだろうし……なら、よしとするか。
「——北天に輝く銀の光よ、遍く生命を凍てつかせる白き大地の力よ。我が呼び声に応え、此処に集え」
参考資料にするなら前に結界を終わらせた魔法が良いだろうと思って、詠唱に入る。
「永久に砕けぬ氷晶よ、玲瓏たる音を奏でよ。その響きを刃となし、その煌めきを鉾とせよ」
でも対人強化入ってるから、前よりもヤバくなる気配がすごい。
力が湧き上がってくる感覚がすごい。これ、本当に大丈夫か?
「汝、凍てつく白銀の牙となりて、我が仇なす敵を穿て!」
オルフェウスって天才なんだぞ!?
もう知らないからな!?
やらかしても知らないからな!?
「フロストランス!」
剣先を結界に向けて、容赦なく氷塊を飛ばす。
やっぱり、明らかに前より火力が出てる。それでも、結界に辿り着く前に青白い雷撃を受けて砕け散——え、雷撃?
「よし、勝った」
「あの、ラウダさん? 派手なアレンジ入ってません?」
今回は結界にすら行けなかった。
嬉しそうにニコニコしてるけど、とんでもない結界が張られてしまった。
「結界そのものも強度も上げています。ですが、そもそも結界にカウンター効果を付与してしまえば良いと判断しました。自分が自宅付近に張っている結界も、近い効果を入れているものなので」
「あー……死なない程度にこんがり焼けるやつ……」
あれは悪意判定で問答無用で雷撃を落とす仕様みたいだけど、今回は結界を破壊しそうなものをピンポイントで落とす仕様みたいだ。
そうじゃなければ、俺が死なない程度にこんがり焼かれてそうだし……。
「……。ラウダが雷撃当てたらどうなるの?」
「やってみたくはありますが……」
呟き、ラウダはバルトロさんとサヴィーノさんを見上げる。
彼らはおもむろに頷いて見せた。
「問題ない。聖なる力で肩こりは治った」
「私も腰痛が消えた」
奏音ちゃんがよく分からないことに使われてる!?
いや、切実なんだけどね。彼らにとってはめちゃくちゃ大事なことなんだけどね。
困惑していると、奏音ちゃんは俺を見てにこりと笑った。
「あたしが力を注いだら、結界が展開された瞬間に聖なる力が広範囲展開される可能性があるって聞いて、試しにやってみたんです」
「その結果が肩こり腰痛の解消、と……」
奏音ちゃんはこくりと頷く。
「今回は実験目的なので手を抜いていますが、本気を出せば、もっと大惨事でも行けると思います」
「……す、すごいな」
「聖なる力は結界魔法と相性が良いみたいです。もっと練習しておきます!」
どちらも基本的には誰かを守る、助ける魔法だから……ってことかな。納得だ。
そういえば、この場所にも似たような力があったはずだ。
「演習場の治癒効果と似たような感じかな?」
「ですね。歴史書で見た話なのですが、どうも『聖女の力』を結界でこの空間に閉じ込めてるみたいです。範囲が広くないのと、条件付きなので永続発動できるみたいですね」
確かに演習場は広いけど、先が見えないほどって訳じゃない。
そしてこの場所の治癒効果は『演習場内で負った怪我』にしか発動しない。
仮に発動するなら、結界外で疲労を溜めまくったバルトロさんとサヴィーノさんは演習場を出入りしたら元気になるし。
そんなこと絶対に口には出せないけど。そもそも演習場の治癒効果は物理的な負傷にしか効果ないし。
疲労感は残るし、治りはするけど負傷が酷い場合はすぐには動けないらしいし。
「なるほどな。ということは、結界が壊れると……」
「多分、全部逃げちゃいます……」
「わあ……」
前にラウダが穴開けてたけど、小さい穴だったしすぐに塞いでたから大丈夫ってところかな。
結界完全破壊したら演習場の優秀過ぎる効果、死んでたってことか……ヤバいな……。
この会話をしている間にラウダが本気を出すことが確定したっぽいから、奏音ちゃんは俺の側にやってきた。巻き込まれたら嫌だもんね。
それどころかバルトロさんたちも離れてきた。ついでにアリオーソはしれっと対人強化魔法を解除した。……そうだね、それが良いと思う。
「……」
改めてレイピアを構え直して、ラウダは息を吸う。
「——万象を統べる天上の王よ、雷霆を司る偉大なる御身よ。其の怒りを此処に示し、轟く雷鳴をもって天地を震わせ、深き雲海に眠りし真なる力を呼び覚ませ。愚かなる地上のすべてを焼き尽くし、其の威光をもって万物の悉くを平伏させよ」
あ、壮大。
すごく、壮大。何が来るのか分かんないけど、絶対にヤバいやつ。
結界の強度が上がってることもあって、中で地響きが反響してる。
そして本当に雷鳴が轟いてる。『雷鳴が轟いてる』以外の表現が浮かばないレベルで轟いてる。
広範囲展開された魔法陣は青白く輝いて、俺たちに影響は無いんだけど、地面に電流が走りまくってる。もう眩しい。目が痛くなるレベル。
「こ、これは……」
そしてもはや、結界との勝負というか、リチェルカータ家の隠密魔法との勝負が始まっちゃった。
リチェルカータ家の皆様が、ラウダの規模デカすぎ魔法を頑張って周囲から観測されないように頑張ってらっしゃる。
そして、ヤバいと判断したアリオーソは、継続して隠密魔法を使いながら、そこは継続したまま、バルトロさんたちに対人強化魔法を全力でぶつけ始めちゃった。
うーん、ラウダの方は間違いなく「やって良いよ」って言われてるんだろうけど、本当にやって良かったのか俺は不安になってるよ。……これ、ちゃんと誤魔化しきれてる?
「雷帝の威光よ、我が声に応えよ。神の御名を連ね、天上の権能を此処に集え。等しき裁きの光をもって閉ざされし深淵の罪を暴き、穢れに満ちた旧き世界を灰燼へと帰せ。其の灰の上に、無垢なる大地を再び創造せよ」
うーん、あまりにも。あまりにも、壮大。
厨二病患者も真っ青になりそうな詠唱が怖いよ。「あ、終わるな」って感じするし。
——そうだ。この子、殺戮魔王だもんな。
こんなの使えるなら、そりゃ殺戮魔王の自覚くらいあるよな。
国滅ぼす自信くらいあって当然だよな。
……いや、なんだよ、国滅ぼす自信って。
「今こそ、審判の時。決して逃れ得ぬ天罰を、抗い得ぬ神威を、天地の果てに至るまで知らしめよ。万象の理を砕き、世界に終焉を刻め。天は裂け、大地は崩れ、万雷はすべてを呑み込まん……遍く生を、無へと還せ」
バルトロさんは苦笑しながら、小さく呟いた。
「騎士団は、余裕で終わるな……」
すみません。
騎士団どころか『国』が終わるんです。
ラウダはすっと、レイピアの切っ先を結界へと向けた。
「ラグナヴォルト」
あ、結界負ける。
これは、絶対に結界の方が負ける。
……って思ったんだけど、殺戮魔王の威厳増し増しになってたラウダは、途中で自発的に魔法を消しちゃった。
そして俺たちの方を振り返る。
「……。すみません、ありがとうございました」
そう言って、バルトロさんにペコリと頭を下げた。
多分、これは発動できるかどうかを見たかったんだな。
まあ分かる。「もしかしたらできるかも? 試してみたいな」って思っても、この規模の魔法を何の対策もなく発動させたら色んな意味で大事故だし。発動させなかったとて、この感じだと詠唱してるだけで大惨事だし。
だから、発動できちゃうことを理解した瞬間にやめることにしたんだろうな。……結界を、壊す前に。
「……」
サヴィーノさんは早歩きでラウダのところに行って、何かを耳打ちした。
おい、何言った。ラウダは首を横に振ってるし。何言ったんだ。
そして、かなり疲れた様子のアリオーソが、俺の側にやってきた。
「恐らく、養子縁組の打診かと。正式なものではなく、雑談レベルの話ではありますが……実は兄とラウダ殿の間では、何度か話が出ておりますので」
あ、この子も敬語だ。
いつ見ても切り替え上手だな。
……って、こら!
「勝手に恐ろしい打診をしないで欲しい」
知らないところでリチェルカータ家とラウダが交流してるのは良いとして、その打診は勘弁してくれ。
冗談半分だろうし、絶対にラウダが頷かないのは分かってるから良いんだけど、何かの間違いで同意取れたら怖すぎるからやめてくれ。
養子縁組は認めない。絶対に認めない。
実質そう返した俺を見て、アリオーソは苦笑する。
「とはいえ、彼が国外に出ていく可能性は潰しておくべきですね。アルペジオ商会が国内にある限りは大丈夫だとは思いますが」
「……そうだね」
うーん、本当は爵位授与が一番手っ取り早いんだけどな。
それやるとヤバいからな。落胤を残した王弟の罪があまりにもデカすぎる。
でも、現実問題としてラウダは絶対にどうにかするべきだな。
国を滅ぼすような真似はしないかもしれないけど、このままだとあの子の身が危なくなると思う。それはいくらなんでも可哀想だ。
このゲームってハッピーエンドに行った場合は攻略対象と結婚したら終わりっぽいし、制作チームは絶対に深く考えずに殺戮魔王を生み出したんだと思う。……でも、この世界はその先も続いて行くわけで。
「あ……『後ろ盾』なら、アリか?」
既に交流してるならラウダも怯えずに済むだろうし。
リチェルカータだけは信用できるし、国内のパワーバランス的に考えても良いんじゃないかな?
王弟のシベリウスはレガート公爵家に入る。その上で、王国魔導士団をレガートに託す。ジルベスター侯爵家には申し訳ないけど、押し付けられて困ってるっぽいし。最悪何かしら別のもの渡せば、魔導士団取り上げられても納得してもらえるんじゃないかな。……頼む、納得してくれ。
カデンツァ公爵家は王妃を出して、さらに『まるで信用できないルバート子爵家』からセレナって名前の奏音ちゃんを掻っさらってもらおう。
奏音ちゃんは能力的に『国にとってはかなりの重要人物』って言っても過言じゃないから、権力に固着するカデンツァ的には嬉しいんじゃないかな。
……そうすれば、ラウダは実家ごとリチェルカータ公爵家に託しても文句ないだろ。
まあ、結界魔法はともかく『雷撃魔法で本気を出さないでいてもらう』っていう条件は付くけど。
じゃなきゃ物理的なパワーバランスが大崩壊するから絶対に反対されるし。
「よし。何が何でも陞爵させてやる」
「えっ」
ラウダ本人の意思ガン無視で報酬みたいな扱いして悪いけど、リチェルカータが彼を欲しがってるならちょうど良い。多分、これなら誰も損はしないし。
全部革命第二派案件が終わってからの話にはなるだろうけど、この一族にはそれくらいの旨味があっても良いと思う。
メタ的な理由でリチェルカータをブラック環境に落としてしまった罪悪感を変な方向性で拭いつつ、俺は念のためラウダをサヴィーノさんから引き離しに向かった。
ちなみにラウダとリチェルカータ侯爵家の接点ができたのはスノウフィラ騒動の時です。
実質アリオーソと同室だったので、なんやかんやあって関わりを持つようになりました。
完全に別件ですが、明里を見ていて『性格が終わっている悪役令嬢に転生した上で、全力で悪役令嬢ムーブをする転生者の話』を書きたくなってしまったので書きました。
もしよろしければ、こちらもお願いします……。
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