83.侯爵家と公爵家
放課後の演習場。そこに現れたのは、端正な黒髪の男性ふたり。
王国騎士団の頂点に立つバルトロさんと、その補佐官のサヴィーノさんだ。
存在は知ってたし記憶には鮮明に残ってるけど、実際に会うのはかなり久々だ。
どっちも騎士団にいるか、国王のアイザックさんか側妃のリーリエさんの側にいるかの二択だしな。
サラサラとした黒髪をなびかせている彼らはアリオーソのお父さんとお兄さんだ。
ふたりはアリオーソを連れて演習場全体をぐるりと歩き回りながら、かなり強めの隠密魔法を掛けた。
アリオーソほどじゃないみたいだけど、お父さんとお兄さんも普通に隠密魔法が使えるらしい。
彼らが行う作業の場に居合わせることを許してもらえたから、俺は明里さんと一緒にその光景を眺めていた。
「……」
そしてアリオーソは、ちょっと離れた場所で別の魔法を詠唱し始めた。
あの子の単独作業ってことは対人強化魔法だろうな。
さっきまでも使ってたみたいだけど違う種類を使い始めたみたいで、演習場全体に魔法陣が広がっていた。
足元の魔法陣を確認した後、バルトロさんとサヴィーノさんは演習場の中心にいるラウダと奏音ちゃんの側に駆け寄る。
「ラウダ君。早速やってみようか」
「大丈夫、完全に隠蔽できているから。リチェルカータの隠密魔法を舐めないで」
「セレナさんもよろしく頼むよ」
彼らの来校目的は『学園結界問題の解決』だった。
表向きは点検調査らしいけど、実際のところは微妙に違う——今回やるのは、『結界の張り直し』だ。
どうも結界がヤバいって話がアリオーソ経由で伝わってたらしい。
その上で家庭内会議が行われたっぽいんだけど……なんというか。
やっぱり彼らが行き着く結論は俺と同じだったみたいだ。
——ラウダに張らせるのが一番早くね?
男たちだけでなく、彼らを若干尻に引いているリチェルカータ夫人も含めて満場一致でそうなったらしい。……まあ、うん。分かる。
とはいえ、ラウダは王家の落胤かつ王弟の先祖返り。
本気で結界を張らせれば、一体何が起こるか分からない。
長きにわたって王家に使えているリチェルカータの一族は、当然『ラウダがヤバい』ことを理解している。
そして流石はアリオーソの身内というべきか。彼、というかマドリガル家の血筋が公になってしまうと、非常によろしくないということにも気づいていた。
そんなこんなでラウダを目立たせないために、隠密魔法が使えるバルトロさんとサヴィーノさんが現れてしまった、というのが事の成り行きだ。
魔法を展開し終えたアリオーソがお父さんとお兄さんの近くに戻ってきた結果、リチェルカータ侯爵家の男性陣が集まってラウダと奏音ちゃんを囲むような状況になってしまった。
揃いも揃ってデカいんだけど、ふたりとも大丈夫かな。怖がってないかな。
少なくとも表面的には大丈夫みたいで、ラウダはレイピアを構えて、詠唱を開始した。
奏音ちゃんはラウダが構えているレイピアに向かって、力を注いでいるらしい。
「ラウダは分かるんだけど、奏音ちゃん、何してんだろ……」
気にしてても仕方がないから、俺は気を紛らわすことにした。
隣で異常な光景を呆然と見つめている明里さんに、さらっと話しかけてみる。
「そういえばさ、リチェルカータ侯爵家は隠密魔法の力を引き継ぐと黒髪になるらしいよ。だから、一族は代々王家に仕えることが多いんだってさ」
オルフェウスの記憶を探ると、アリオーソのお父さんとお兄さんが王族の近くにいるのは昔からみたいだからな。
彼らは王国騎士団における重要ポストを兼任しつつ、王家の側近としても活躍しているらしい。
「そうなんですね……隠密……」
「細かいことは聞いてないけど、俗に言う『王家の影』を兼任してるんだろうね。表にも立てて裏でも暗躍できるんだから、そりゃ重宝するよねって思ったよ」
どうも裏設定だったみたいで明里さんは知らなかったみたいなんだけど、多分、思うことは一緒だと思う。というわけで、俺はそれを口にした。
「なんか、シノビ感あるよな」
「シノビっぽいですね」
そう、シノビ。
ジャパニーズ・王家の影。
「だから黒髪なんですかね?」
「なるほど?」
「違うかもですけど……」
あり得るんだよなぁ。
すっごい安直な感じで髪色決められてそうなんだよなぁ。
髪色と能力以外はあんまりシノビ感ないんだけど、普通にあり得るんだよなぁ。
「どうもリチェルカータ家は王家に仕えに仕えて貢献しまくって、その功績で侯爵になったみたいなんだよね。武力的な意味と、オルフェウスは知らなかったっぽいんだけど、シノビ的な意味で、だと思う。この話はゲーム描写、あったりなかったりって感じ?」
そう聞けば、明里さんはコクリと頷く。
「王家に仕えに仕えまくってる一族って情報はゲームでも出てました。戦争があった時代は武力で貢献してたって話があったんで、てっきりそっちだけなのかと……あと、ついでに補足しておくと、ヴィオレッタの記憶が侯爵家はリチェルカータを含めて5つって言ってます。ゲーム内描写があるのは2つだけですし、1つは消えちゃいましたけど」
「ラヴェル侯爵家なー……困ったもんだよなー……」
「ラヴェル侯爵家は王国魔導士団のトップやってたので、消えた後は相当ややこしい事態になったみたいですね。魔導士団に関してはジルベスター侯爵家ってとこが引き継いだというか押し付けられたって聞いてはいますが、ゲームだと出てこない家なんですよね」
「ゲーム内に一切描写が無い家には触れたくないんだよな……」
「分かります……ちなみに魔導士団。関係者を多く輩出してるレガート公爵家が取るって案もあったらしいんですけど、家のパワーバランス的にジルベスター侯爵家になったらしいですよ」
似非ヨーロッパ世界観の話って侯爵家辺りが乱立してるイメージだけど、この国は公爵家と侯爵家の数がかなり控えめだ。それ以下は割と多いんだけどね。
そして、俺は思う。
「リチェルカータ侯爵家との爵位合わせでレガートじゃなくてジルベスターになったって話だけど、いっそリチェルカータを合わせに行けば良いんじゃないかって思うんだよね」
「リチェルカータを合わせに行く? 爵位上げる感じですか?」
「そうそう。リチェルカータは『公』って字を使う方の公爵で良い気がするんだよ。公爵家1つ増やしても良いと思うんだよ。公爵家ってヴィオレッタの実家のカデンツァと、シベリウスが婿入りする予定のレガートの2つしかないし」
……というのも最近、リチェルカータ侯爵家はあまりにも働き過ぎている。
アリオーソが定期的に教えてくれてるんだけど、革命第二派の捜査は国王に話を通した上で、彼らが単独で進めているらしい。……本当に王家の影やってる。
そんな感じでアホほど忙しい状態だというのに、結界のことがどうしても気になってしまったらしく、わざわざ解決しにきてくれた。
そもそもリチェルカータを頼ることを決めたのは俺だ——つまり、彼らの労働環境を真っ黒にしたのは俺だ。
本当に申し訳ない。
大真面目に申し訳ない。
「諸々が無事に終わったら議題に上げてみようかなって思ってるんだよね。爵位の昇格、陞爵って言うんだったか? ここまで原作崩壊してたら、爵位が少々変わっても大丈夫かなって」
諸々が無事に終わったら、の時点で爵位を上げるだけの理由は付くと思う。
課長昇進とかのノリで爵位昇格できるのかは謎だけど、頼むからできてくれ。
あの疲労感を隠しきれていない顔を見てしまうと申し訳なさ過ぎて辛い。何かしら報われて欲しい。
結界を張る作業はまだ終わらないみたいだから、俺は明里さんを通じて情報収集をすることにした。
「せっかくだから聞いとくんだけどさ、カデンツァ公爵家ってどんな感じ?」
カデンツァ公爵家は原作ヴィオレッタを甘やかしに甘やかしてややこしいことにしてくれた元凶みたいなものだから、正直、あまり良い印象はない。
高位貴族を敵視するようになった原作オルフェウスが、ヴィオレッタとの婚約破棄をスムーズにできなかった理由のひとつでもあるしね。
明里さんは「んー」と声を漏らしてから、口を開く。
「カデンツァ公爵家は権力に固着しているところはありますね。立ち位置的には王家寄りですが、貴族の頂点に立とうという意思がとんでもなく強いです。そんな感じなので、カデンツァが王妃の排出を長らくできていなかったことを気にしていたのでしょうね。
その……今となっては通らなくて本当に良かったのですが、そういう事情もあって王太子筆頭候補との婚約解消を認めてくれませんでした」
「あー、そんなこともあったね……」
明里さんは初対面の時に、婚約解消がどうこう言ってたな。
そこでGoサイン出てたら、この子とまともに会話することなくすべてが終わってた疑惑あるから、こうなって良かったというか、なんというか……。
俺がちょっと失礼なことを考えていたら、明里さんはくすくす笑っていた。
「あれに関しては公爵家どころか王家にも『ヴィオレッタは凄惨な事件現場を見たショックでおかしくなっているだけだ』くらいで処理されてたんだと思います。……実際、あれ以降何かしら問題が起きたかと言われると、そんなことはありませんしね」
「なるほどね」
「それでもカデンツァ公爵はとにかく娘に甘いので、半年くらい訴え続けたら話が変わっていたかもですが」
「……」
「してません! してませんよ!?」
分かってるよ。
ちょっと弄りたくなっただけだよ。
「権力に固着、は仕方ないだろうね。貴族ってそういうものだろうし。娘に甘い以外の問題ってある?」
「そうですね、目立たない程度に怠惰なくらいでしょうか」
「目立たない程度に怠惰」
いきなり変な問題が出てきたなぁ!?
「いや、仕事はするんですよ? 私もカデンツァ公爵家がどんな感じなのか気になったので、仕事を手伝いに行って、近くで様子を見てました」
どうも明里さんは明里さんでカデンツァ公爵家の内情を探りたくなったみたいだ。
そりゃそうだろうね、彼女は原作プレイヤーだ。まともな家なのかどうかは知りたいよね。
「公爵は娘が自発的に「手伝いをしたい」と言ったことに対して涙しながら、流れるように手抜きして仕事を8割終わらせてました。そして残りの2割を終える前に、「娘とのお茶会が大切だ」と言いながら盛大にサボってました」
「えっ」
「屋敷にゴーストライター的な人がいたので、多分その人が終わらせました。……あ、最後はちゃんと確認してから提出してましたよ?」
「うーん、目立たない程度に怠惰」
つまりカデンツァ公爵は娘を可愛がりに可愛がった上に、ワガママの片鱗が見えても放置したんだな?
「目立つ問題はありませんが、役に立つかと言われると……」
「役には立つかもだけど、何かしら頼んでもサラッと怠惰される可能性もあるわけか……」
思ってたよりはかなりマシだったけど、リスキーな公爵家だった。
上手く仕事をサボれる、というか手抜きできるって意味では優秀なんだろうけどね。
「俺目線だとレガート公爵家もあまり良い印象は無いんだよな。リスクマネジメント的な意味だと仕方ないとはいえ、親しくしてたはずのシベリウスを容赦なく切り捨てるわけだし。だから、あまり頼りたくはないというか……」
レガート公爵家はオルフェウスの記憶を見た感じだと、可もなく不可もなくって感じではあるんだけどね。今、宰相を排出してるのがあの家だったな。
ただ、原作シベリウスの件があるだけに、雲行き怪しくなったら容赦なく裏切りそうで怖いんだよな……頼れるかって言われたら、ちょっとな……。
「……で、頼るって意味だと、もうこの世に存在しないけどオフィクレイド男爵家は論外だし」
「ですね」
バセットを悲しませた罪は重い。
もういないけど。
「ルバート子爵家も絶対使い物にならないし」
「何ならグレーっぽいですしね」
セレナの実家と言う名の搾取系義両親も信用できるはずがない。
そもそも下位貴族なのも引っかかるし。革命第二派案件は下位貴族を頼りたくない。
「ジルベスター侯爵家もそうだけど、他の貴族はゲーム知識が生きないから不安しかないし」
「ですね……」
「王家は権力的には一番強いとはいえ、革命起きたら真っ先に滅びに行くポジションだから、下手に動かせないしな……王家動かしたら確実に革命第二派刺激するし……」
攻略対象の関係者的な意味で残るのは、助けてはくれそうだけど色んな意味で巻き込みたくないマドリガル家と、助けてはくれるかもだけどよく分からないコラーレ家と、間違いなく助けてくれそうだけど全力でそっとしておきたいヴィルレー家だ。
そもそも革命案件を平民に頼るのは違うんだよなぁ。
巻き込んで一方的に酷い目に遭うのは彼らだし……。
——その結果、どうなるか。
「そうなると、やっぱりこうにしかならないというか」
俺はゆっくりと、過労が滲み出まくってるバルトロさんとサヴィーノさんを見る。
明里さんも共通見解っぽいけど、俺視点、信用できて使えるのはマジでリチェルカータしかいなかったんです。……本当にすみません。
「仕方ないですよ……こればかりは、もう……」
「ちゃんと国のためではあるしね……」
とんでもない犠牲者を出す羽目になったけど、あの地下空間から出た情報を元にして、革命第二派の調査や関係者の捕縛は前を向いて進んでいるらしい。
進度は微々たるものらしいけど、前を向いているだけ素晴らしいことだと思う。簡単にどうにかなるレベルの話じゃないことは、最初から分かっている。
……でも、進まなければ進まないほどに、彼らの仕事は終わらないんだよなぁ。
本当にすみませんって思いながら、俺は明里さんと一緒に作業の様子を見守り続けた。




