82.青春体育祭
——今日は体育祭。
全校生徒が集まっている光景は、本当に圧巻だ。
……って言いたいところなんだけど、実際のところは希望者だけ集まってるらしい。
大体、全校生徒の5分の1が集まってるって聞いてる。
それでも『多いな』って感じるんだから、この学園ってすごいよね……。
わたしは参加するかどうか悩んだけれど、第1学年だし、頑張って顔を出すことにした。
学園生活は3年間あるし、今後の参考資料にもなるかなって思ったの。
でも、競技には参加しない。見てるだけ。
見てるだけで十分楽しいし、あんまり目立ちたくないんだよね。
ヴィオレッタ様の精神操作魔法暴走騒動はオルフェウスさんたちが頑張って解決してくれたし、黒幕のクロイゼル先生も捕まえたみたい。
でも、肝心のヴィオレッタ様がそこまで反省してないみたいなんだよね……あの件に関してはヴィオレッタ様も被害者だし、仕方ないのかもしれないけど。
目立っちゃうと、もっと目を付けられちゃうかも。
そう思うと、競技に参加しようとは思えなかった。
本音を言うと、とんでもなく広いグラウンドを走り回りたい気持ちもあったんだけどね。
『えっと、次の競技は……』
手元のプログラムを確認する。次は、借り物競争をするみたい。
え、借り物競争!?
市民運動会みたいな競技出てきた!
貴族の人がする『借り物』ってなんなんだろ。普通に気になる。
孤児院でもいろんな施設にいる子が集まって、小さい運動会みたいなことはしてたけど、借りるのは水筒とかペンとかだったな……あ、あとは人かな。男の子3人、とか。
種目に出る生徒が、続々と集まってる。
その中に、見覚えのある金髪の人が混ざっていた。
『バセットさんだ。やっぱり目立つなぁ……』
バセットさんが出てきた瞬間に、黄色い悲鳴が上がる。
そりゃそうか。分かりやすいもんね。長い金髪が太陽の下でキラキラと輝いてるし。
『……?』
あれ、何となく目が合ったような気がする。
多分わたしじゃないと思うけど。わたしの周り、女の子がいっぱいいるし。
ぼんやり眺めていると、カードを取ったバセットさんがこっちに走ってきた。
『来て!』
手を、引かれる。
——え、何のお題!? なんでわたしなの!?
迷惑を掛けたくないから、必死に走る。
必死に走った、けど。それでも走る速度を抑えてくれてるのは分かる。
わたし、足はあまり速くないのに。
バセットさん、すごく速かったのに。順位、落ちちゃった。
走り切った後、わたしはバセットさんが持っていたカードを覗き込んでみた。
……けど、隠されちゃった。
『お題は『聖なる力を持ってる人』……とかですか?』
そんなお題あったら困るけど!
わたし、何回走らされるの!?
『……』
返事をしてくれない。
疲れてるわけじゃなさそうだし、息が切れてる様子もない。
でも、答えてくれない。
バセットさんは、へらへらと笑う。
『良いじゃん? なんでもさ』
なんでですか、と聞きたかった。
けれど、淡い銀色の瞳がどこか切なげに見えて、聞けなかった。
『……。僕が君の手を掴める機会なんて、もう巡ってこないだろうしね』
『え?』
『さーて、カード返してこなきゃー』
そう言って、バセットさんはわたしに背を向ける。
その時。
カードの内容が、ちらりと見えた。
『気になってる、子……?』
見間違いかもしれない、けれど。
自惚れているだけなのかもしれない、けれど。
わたしはしばらく、その場所から動けなかった。
◇
「当て馬ーっ!!」
競技の邪魔にならない場所に立っていた俺は、顔を覆った。
顔を覆って、何ならその場に座り込んで叫んだ。
やっぱり当て馬だ。
これは完全な当て馬だ。
(あまりにも希望者が多すぎて)実際の体育祭の最中に寸劇をすることになった。
そんな意味の分からないことをやらされたセレナこと奏音ちゃんとバセットが、嘆く俺の側にやってきた。
「あの……だ、大丈夫ですか……?」
「完全に王太子の仮面、剝がれてるっすよ? 大丈夫っすか……?」
大丈夫じゃないです。
情緒が大丈夫じゃないです。
観客という名の体育祭参加者も割と大丈夫じゃないです。
ただ、表面上そうなってるだけかもしれないけど、これだけの人数がいる中で、諸々の騒動の中心人物になってしまったバセットが普通に受け入れられていること自体は安心できた。
……でも、俺たちの情緒は乱れに乱れていた。
「僕は当て馬キャラが苦手なんだ……! 特にずっとヒロインに寄り添っていた子がヒロインの幸せを願ってそっと離れていく系の当て馬君は悲しすぎて苦手なんだ……! 横から掻っ攫っていくヒーローを意味もなくしばきたくなるくらいには苦手なんだ……!」
「ああ……」
観客の人たちが何人か頷いてる。分かってくれる?
ありがとう。
しれっと犯人役として乱入してきた安心と実績の文学教師、クロイゼル先生も頷いてる。
全力でペンを走らせながら、頷いてる。
「当て馬……辛い……」
だって役としてのバセットってさ、ずっとセレナの側にいた存在なんだよ?
途中でマッチポンプしてセレナを苦しめることはあったけど、それでもずっとセレナの味方だったんだよ?
セレナのことが好きだったから。
純粋に『セレナ・ルバート』って名前の女の子が大好きだったから。
それなのに、最終的にはオルフェウスのところに行くセレナを笑って見送るんだろ?
もう無理なんだけど。辛いんだけど。嫌なんだけど。
はぁ……気分転換に本当の借り物競争見よう……。
俺が嘆いている裏で、本当の借り物競争の準備が行われていた。
実際は『借り人競争』要素が強いみたいなんだけど、そこは乙女ゲームってとこかな。
さっきもそうだったけど、学園系乙女ゲームなら主人公が攻略対象と一緒に走るイベントってあるあるだと思うしね。
……コラーレ兄弟が酷い目に遭ってる。4連続で借りられてる。
「うわぁ」
体育祭の実行に携わってる人間、誰だよ。
カードに『双子』を混ぜるのはあまりにも酷いと思うぞ。
双子自体は他にもいるんだろうけどさ。
あのふたりは背も高いし、何より顔が良いから目立つんだぞ?
生徒が揃いも揃って兄弟のとこ行っちゃうだろ? そんなの分かってただろ?
ついでに俺から離れて実況席付近にずっと立ってるアリオーソを連れてくのやめてくれ。
お題の『黒髪の長髪』こそいっぱいいるだろ。わざわざアリオーソを選ぶな。
その子、病み上がりなんだよ。
スノウフィラに殺されかけたばかりなんだよ。
あまりにも借りられるせいで、アリオーソは諦めて目立つとこに立つようになっちゃったし。
そうだよね、奥から引っ張り出される方がしんどいよな。
「借り物競争、か……」
去年も思ったけど、本当に懐かしい。
借り物競争が、というよりは体育祭が。
「あ、ヴィオレッタが走ってる」
そして明里さんも実況席の横にいた。かなり目立つところにいた。
そういえば明里さん、去年は選手として出場してたっけ。
去年走ったから、今年は借りて欲しいってことかな。……そうだよね、君は『青春』がしたいんだもんね。
高めの位置で結ばれた藍色の髪が、ぱたぱたと揺れている。
本当に楽しそうで、俺も嬉しいよ。
減っていく列の中に、シベリウスとラウダがいた。彼らは選手側で、今からスタートらしい。
ひたすら借りられてるアリオーソもだけど、彼らは原作だと絶対に体育祭には参加してないと思う。
だからこそ、あの子たちが青春を謳歌している姿を見ると幸せな気持ちになる。
「平和だなー……」
……って、シベリウスとラウダがこっちに走ってきた!?
「兄さん!」
シベリウスが持ってるカードに『王子』って書いてある。
おい! 二択じゃないか!!
誰だよこんなふざけたカード混ぜたの!!
ラウダが持ってる『下級生』みたいにまともなカードだけにしとけよ!!
「バセット!」
「えっ!? 自分っすか!?」
ていうかラウダはもっと近場に他の子いただろ!
わざわざバセットを迎えに来るな!!
「なんで自分なんすか!? 他にもいましたよね!?」
「知り合い以外を連れて行きたくない! おいで!!」
「い、行きます!!」
それは仕方ないか、と思いつつ走る。
シベリウスは一択だから、断るわけにはいかないし。
なんか、歓声が上がってる。分かるよ、全員顔が良いからね。
顔が良いのが集団で走ってたら、そうなるよね。
……後ろでアリオーソとコラーレ兄弟がまた走らされてるのが、すごく気になるけど。
頼むからそこは休ませてやってくれ。そんな頻繁に借りに行かないでくれ。
そして攻略対象補正なのか、普段から訓練してるからなのか。
選手も借りられる人間も攻略対象になってたシベリウスとラウダが同着になっちゃった。
そんなことになっちゃったから、競技が中断された。
色んなところがザワザワしてる。
『い、今の! 今のどっちが先!?』
『分かんない!』
実況席で、審議が始まってる。
『とりあえず適当に王子たちの方で良いんじゃない!?』
『駄目だと思うよ!? 僕らがじゃんけんで決めよう!!』
『良いのかな!? 多分駄目だよね!?』
——審議するのは良いけど、全部マイク拾ってるからな!?
それを見ながら、ラウダは苦笑している。
「オレとシベリウスがじゃんけんするのが正解なんじゃないかなぁ……」
そうだね。
少なくとも実況席の子たちじゃないと思う。
『すみません! 同着なので、じゃんけんお願いしまーす!!』
あ、実況席が気づいた。
気づいたから、シベリウスとラウダがじゃんけんし始めた。
……結局シベリウスが勝った。
『やっぱり最初に適当に決めたのが正解だったじゃん!』
『偶然そうなっただけでしょ!』
——だからマイクが声を拾ってるってば!
「ふぅ……」
本当に平和だなぁと思いつつ、俺はバセットと一緒に元いた場所に帰る。もうちょっと後に出番あるし、軽く準備運動をしておかないとな。
いつの間にか明里さんが奏音ちゃんの横にいた。疲れたのかな。
「お帰りなさい。やっぱり早いですね」
「運動神経には自信があるからね」
……オルフェウスの、ね。
この子の運動神経の良さを実感するたびに、足を潰されたのは本当に辛かっただろうなって思う。原作で精神的に参ってしまうのも納得というか、オルフェウスの場合は失ったものが本当に多すぎるんだよね。
ちょっと悲しくなっていると、奏音ちゃんが俺の向こうにいる何かを見て口を開いた。
「あ、あの。……オルフェウス殿下。多分出番です」
「え?」
今、行って帰ってきたばかりなのに?
振り返ると、ケラケラ笑うシベリウスの手を引いた下級生の女の子が、俺の元に走り寄ってきていた。
——『王子ふたり』って書かれたカードを、手にして。
「……」
俺は思わず。
思わず王太子ロールを忘れて叫んでしまった。
「誰だよカード作ったの!!」
別所でキャラ紹介的なものを書いてみました。
もし興味があれば覗いてみてください。
https://note.com/stk251215/n/n65e1a5c607a0




