81.悲劇さえもエンターテイメント
しばらく放置してみたら、急に正気に戻ったみたいな勢いで帰ってきてくれた。
「……」
なんか申し訳なさそうにしてるけど、別に気にしてない。むしろ微笑ましかったし。
しかも奏音ちゃんとラウダはともかく、残りの3人は切実of切実って感じだったし……。
ちょっと気まずそうにしつつ、シベリウスは俺たちを見た。
「そ、その、改めて……別の観点から行こうか。何かノベルゲームっていう話が聞こえてはきたんだけど、要するに、原作のストーリーって言えば良いのかな? 全員、どこまで見てるのか聞いても良い? 透に関しては『どこまで話を聞いてるか』かな」
これに関しては『天啓』って言い張って話題に出した通りなんだけど、確かに改めて言葉にするのは大事な気がする。
俺たちは顔を見合わせて、とりあえず『分かってない順』で話すことにした。
「知っての通り、何も知らない状態スタート。恋愛を主題にしたノベルゲームの存在を知ってただけ。どこまで話を聞いてるかって言われても、もはや君たちと大して変わらないな。君たちに話してない部分って言われると、そうだね……ラウダにコモモをあげたら喜ぶこととか?」
「なんでオレの好物!? あ、そうか。オレにコモモを渡すか渡さないか的な選択肢が出てくるわけか。なるほどね、オレにコモモを渡したら俺と仲良くなれる的な」
「本当に理解力がありすぎて面白過ぎるんだけど」
実際のところはもっと分かってるんだけど、余計なことは言えない。
バッドエンドに行ったらどうなるかが透けるのは、独裁王と殺戮魔王だけで十分だ。
でも、そこを言わずに進めるとラウダの好物を晒すくらいしかできなかった。
俺が余計なことを聞かれる前にと、明里さんが続いてくれた。
「私は奏音ちゃんが来るまでは、9割くらいって思ってたの。奏音ちゃんが来て、実際のところは5割も見れてなかったって判明したの。違和感あったかもだから、そういう風に伝えとくね」
シベリウスは「なるほどね」と頷く。
「明里が存在を知らなかったIF展開みたいなのがあったのかな? 何かの条件違いみたいな」
「原作やったことあるの!?」
分かる、分かるよ、明里さん。
チーム攻略対象、意味わかんないでしょ。
こんな感じで、理解力が突き抜けてて変なこと言い出すから。
「えーと、IF展開……オルフェウスに盛られる毒の種類が変わるみたいなんだよね、遅延性か即効性かって感じで。私は遅延性パターンしか知らなかったの」
「あー……だから天啓の話をしてた時、よく分からないことになってたんだね。ラウダの『なんで犯人が分からないの?』って質問がキラーパス過ぎたわけだね。あの時、なんか急に自信無さげになったもんね」
「うん……」
本当に。
本当にそうだったんですよ、しごできシベリウス君。
勝手に納得してうんうん頷いてるけど、俺たちはその理解力に納得できないよ。
「そりゃ遅延性で毒盛られてたら兄さんの視点だとリュートが犯人だって確信できないし、明里も即効性パターンを知らないなら、そこは濁すしかないもんね。
そして遅延性パターンだと、多分リュートがわざと犯行現場に戻って、そこでヴィオレッタと出くわす形になるんでしょ? そうじゃなきゃ王城引っ搔き回せないし」
「合ってる……」
やっぱりこの子たち、原作やってんじゃないのかな?
俺よりメタ視点に立ててるんだけど。強すぎない?
そうなってくると、の理屈でアリオーソは奏音ちゃんに目線をやった。
「奏音はオルフェが即効性の毒を盛られたIF展開をある程度知ってるわけか」
「ですね。ただ、これもすべてでは無いです。8割くらいだと思います」
「そして今はその、奏音ですら分からない2割の部分に突入してるわけか。そのせいで天啓という名の原作知識が微塵も役に立たない問題が発生してるんだな?
IF展開じゃない方、通常展開で進んでれば最後まで原作知識が生かせたが、IF展開の方で進んじまってるからどうにもならなくなってる、と」
「そ、そうですね……」
「なるほどな、『天啓』ってのが妙にふわっとしてた根本的な理由も納得した。原作が恋愛モノだっていうなら、セレナが誰と親しくなるかで展開が変わっちまうわけか。
それこそ、断罪婚約破棄が起こるのはオルフェを相手に選んだ場合だけじゃねぇの? 相手がオルフェ以外なら、そんな大っぴらにやる必要ねぇだろうしな」
「はい……」
「まー、IF展開に行っちまってたなら、そもそも透と明里の状況じゃお手上げだし、多分、奏音も入学してすぐの時点じゃ分かんなかったんじゃねぇの? 俺ら全員、原作とは全然違ったわけだしよ」
アリオーソは、ケラケラと笑う。
「ははっ、初手で俺とラウダに突撃してきた意味はそれか。オルフェは足引きずってねぇ上に元気だし、シベリウスはもはや論外のレベルでめっちゃ元気だし、他の奴らがどうなってるか見たかったわけか。
そういう俺もオルフェの横にいねぇし、よりによってラウダの側にいるしで恐怖案件だったろうがな。原作基準で考えたら、他の人間はあってもラウダだけは絶対にありえねぇからな」
「そ、そうですね……」
「へぇ? 面白いな。俺、ラウダ以外はどこかしらで接点がある形になってんのか。先生方に直接お世話になったことはないが、騎士団の医療班に所属してるって話だったしな。意図的にそうなってんのか? ……そういや、オルフェが独裁王になる展開だと俺は殺人鬼にされるって話だったな。要は知り合い殺せってか? 多分、意図的にそういう感じになってんな? 性格悪いゲームだなー……」
「……」
奏音ちゃん、こっち見ないで。
この子たちおかしいから。
理解力がバグってるから。本当にバグってるから。
奏音ちゃんが困ってるから、俺は間に入ることにした。
「さらに補足入れとくよ。ラウダのキラーパスが入った会議の時、俺たちの視点だと『セレナ・ルバート』が本当に存在するかどうかが不明確だった。さっさと判明させときたかったけど、
王太子と公爵令嬢って身分で子爵家の養子を探し回るわけにはいかなかったし、誰かしら走らせてトラブルになるのも避けたかったんだよね」
「あー……お前ら、さては1年前に博打打ったな……?」
「うん……バセットが知ってて良かった……」
まあ、ゲーム設定を考えたら、バセットがセレナを知ってるのは当たり前ではあったんだろうけど。
あれに関してはむしろ、『バセットが知らない』っていう現象が発生したら警戒案件だったな。
「存在確認した後もセレナの中身が分からなかったから、入学するまでは動けなかったんだよね。前世知識なんてものはない普通の子って可能性もあったし、前世があったとしても、結果的に奏音ちゃんが良い子だったから良かったんだけど……まあ……」
俺は濁した。全力で濁した。
ストレートに『性格が悪い奴だったら終わり』なんて言えなかった。
言わなかった結果、シベリウスが良い笑顔で親指を立てた。
「そうだね! セレナの中身がヴィオレッタ嬢だったら終わってたね!」
特定人物の名前を出すな!
とはいえ、まあ……話聞いてる感じだと、確実に終わってたろうな。
変な感じに革命第二派に貢献する感じになって、おしまいになっただろうな……。
「……」
ふいに明里さんは少しきょろきょろと辺りを見回した後、俺の方を見て「ところで」と呟いた。
「どうしてバセット君と先生方はいないんですか? 状況的に何となく理由は分かるんですけど、一応……」
そういえば、明里さんと奏音ちゃんには話してなかったっけ。
「多分、その何となくで合ってるよ。バセットはしばらくそっとしといた方が良いだろうし、あの子だけ放置するのも可哀想だから、申し訳ないけど先生方も一緒に放置。まあ、俺の中身に関してはオルフェウスじゃないって察されてると思うけど……察されてる状態で放置しようって話になって」
もうバセットには新しい暮らしに慣れてもらうことを優先してほしい。
俺たちの事情とか原作ゲームとか、その辺はもう後回しだ。刺激が強すぎる。
そして俺たちが話してるのを見ていたラウダが、会話が終わるのを見計らって話し掛けてきた。
「じゃあ、オレからの提案というか、相談」
彼はテーブルの上に、さっきまで奏音ちゃんと話しながら書いていたメモ帳を置いた。
色々、書き込まれている。
事件の内容もそうだけど、主人公に関する記載が多いな。
性格や年齢、交友関係。
そして主人公が事件を追うに至った、悲しい過去。
奏音ちゃんと話してた内容も書いてはあったけど、設定部分が細かく書かれている印象を受けた。
ラウダはペン先でトントン、と主人公の設定について記載している部分を叩く。
「ねえ、物語に出てくる登場人物ってさ、普通の人間じゃ面白くないって思わない?」
「え……?」
「日常生活を描くような物語でも、基本的には登場人物に『設定』っていうものを作り込むと思うんだ。特に主人公以外は、確実って言い切っても良いんじゃない? 主人公もほぼ確実のレベルだと思うけどね。……こんな風に、さ」
するりと、主人公が背負う過去にペン先を動かす。
「作中で登場人物が取る行動や考え方。その背景にある事情。この手の設定は作り込まれてれば作り込まれてるほどに面白いし、深みが出るでしょ? 説得力が増すから、物語に引き込まれる。だからこそ物語を紡ぐ人は、この辺りのことにこだわる印象があるよ」
そしてラウダは不敵な笑みを浮かべ、わざとらしく両手を広げてみせた。
「——それこそ、『悲劇さえもエンターテイメント』だって俺は思うんだよ」
「……!」
ぞくりと、背筋が凍り付くような感覚がした。
そうだ。この子が……ラウダが酷い虐めに遭ったという経緯も、今もトラウマを抱えて生きているという事実も、そもそも『乙女ゲームの設定』が根底にあるからだ。
何も、考えていなかった。
悲劇さえも、エンターテイメント——それは、ラウダにも当てはまる話だった。
「あのさ」
ラウダは軽く息を吐き出して、笑う。
「一応言っとくけど、オレは大丈夫だよ。そりゃ辛かったけど、あれがあったからこそ、今があるんだって思えてるから。全部、あなたたちのおかげだよ。……まあ、今でも駄目なこと多いし、迷惑かけてばっかなんだけどさ」
でもね、と彼は話を続けた。
「オレの私情とかその辺は抜きにして、あなたたちの受け取り方とかも無視して、すっごい客観的に話すけど。オレの辛い期間って1年未満で済んでるんだよね。だから、こんな感じで開き直ってるんだけどさ」
ラウダの黒い瞳が、俺たちを映す。
その黒が、ほんの少し揺らぐ。それでも彼は、迷いなく言葉を紡いだ。
「あえて、言い方を一切選ばずに言うよ。オレたちの身近にさ、エンターテイメントのために17年も費やされた子がいるよね?」
……それは。
「しかも、透が法令通してなかったら絶対に助けられなかったと思うし、そんなの本人が一番よく分かってるはずだよ。……あまり言いたくないけど、『登場人物の死』も物語の世界では立派なエンターテイメントだよね?」
彼が、『誰』のことを言っているのか。
そんなの、聞かなくても分かる。
愛されたくて、もがき続けた17年間。
苦しんで苦しんで、それでも最期に待ち受けているのは、逃れようがない死。
「……」
あの子の運命は、創作物においては可哀想な子で済まされてしまう。
可哀想に、で終わってしまう。それ以上でも、それ以下でもない。
「オレは大丈夫とはいえ、大なり小なり気持ちは分かるからね。だからこそ、どこかでこの話をしたかったんだよね。ちょうど良かったよ」
テーブルの上のメモ帳とペンを拾い上げ、ポケットにしまいながら。
ラウダは、ほんの少しだけ辛そうに笑った。
「オレからの提案って名前の、相談。透たちがオレたちに関する知識を持っていたこと、そもそも別人の記憶を持つことに関する『設定』を組みたい。今さら隠す方が無茶だからね……そして、それを最後まで貫きたい」
オレたちに関する知識を持っていたこと。
そもそも別人の記憶を持つこと。
後者はこの際、どうでもいい。
問題は、前者だ。
「理解した。そうだよな……原作っていう概念は、ここだけの話にした方が良いよな」
「うん、オレはそう考えてる」
原作の存在を伏せるために、それに対して整合性が取れる設定をこの場で作って、話を合わせておきたい。
「だってさ。バセットの苦しみのすべてが物語の登場人物だったからで片づけられるのって、あまりにも残酷すぎると思わない?」
……これは、俗に言う『墓まで持っていく話』だ。
ラウダはサラッと受け入れているけれど、バセットにそれができるとは思えない。
その指摘通り、あの子が苦痛に耐え続けた期間は、あまりにも長すぎる。
自分の辛い人生のすべてが、誰かを楽しませるためのエンターテインメントだった。
——こんなことを知ってしまえば、バセットはどう思うだろうか。もはや、想像すらできない。
そして、もしかするとこれは、オルフェウスにも当てはまる可能性なのかもしれない。
自分自身の苦しみが物語の設定だと分かっているから、その事実が受け入れられないから、表に出てこなくなっている可能性は十分にあり得る。
「早い方が良いね。この場で話を合わせてしまおう」
俺は軽く息を吐き、日下部透として生きていた頃のことを思い出す。
異世界転生モノ。……古い作品も多いけれど、有名どころはそれなりに知ってる。
「『前世』って概念はそのままでいいと思うんだ。俺たち全員、元いた世界で死んだ後、急に違う身体に入り込んでしまった。性格が変わってしまったのは、そもそも別人だから。でも前世の記憶があるなんて信じてもらえるとは思えないし、元の人物のフリをして生きていた」
転生は転生でも、ゲームの人物になってしまうタイプの話なら大体こうなるはず。
それこそ、明里さんが気にしていた悪役令嬢転生の話なんかは確定でこれだと判断してしまって良いと思う。俺も微妙には知識あるけど、そんな感じっぽいし。
……後は、この後の設定を組めればどうにかなる。
「俺たちが違う身体に入り込んだ後、色んなことがあって世界が滅んだ。滅んだ後、違う身体に入り込んだ瞬間まで時が戻った。今は、それをひたすら繰り返している真っ最中……とか」
転生モノの定番に、タイムリープ要素を加える。
これだけだと穴だらけだろうから、ここに色々付け足していけば良いんじゃないかな。
明里さんは「タイムリープ……」と呟いた後、うんうんと頷いた。
「最初は私だけだったことにしましょう。ヴィオレッタもどきだけ出現させましょう。そうじゃないと、独裁王オルフェウスの世界線が分からないので。そうですね……ひたすら頑張ったけど、私の首は幾度となく飛んだことにしましょう。さよならーって」
「言い方」
言い方が果てしなく酷いけど、実際それに近い状況ではあるんだよな。
……俺は原作知識的な意味だと役立たずだしな。
そして、話を整理していたっぽいシベリウスが参加してきた。
「なるほどね? じゃあ明里が頑張ってたら、ちょっと遅れて透が現れたってことにしたら? 透は早い段階で居てくれないと私がアレになるから。私のアレ化に関しては明里だけじゃどうにもならないし、神的な何かが温情をくれた的な感じで」
アレって言うな。
原作の自分のことをアレって言うな。
いや、まあ……アレではあるんだけどさ、剥製製造機だしな……とか考えてたら、アリオーソが笑った。
「透の影響がねぇと、俺も早々にアレになりそうだ。神的な何かの温情を貰おうぜ」
だからアレって言うな。
酷い参戦の仕方をするな、アリオーソ。
「そういや透も明里も、何を思ったか早々に俺を巻き込んできたからな。あれは繰り返し続けて得た知識を天啓ってことにして、重要人物をしれっと抱え込みに行ったってことにすれば良いんじゃね?」
「割と合ってるから説得力がすごい」
アリオーソを早々に巻き込んだのは君が俺から離れなかったからだけどな!
でも、何も言ってないのに割と合ってるんだよな。面白いくらいに。
そして奏音ちゃんがすっと手を上げた。
「あたしは逆になかなか来なかったことにしましょう。むしろ今回から急にセレナの中身が変わったことにしましょう。その方が透さんたちが天啓に振り回されてる感が出ると思うので。
そうだ、あたしだけは本当に天啓持ってきたことにしましょう。『もう最後のチャンスです。これで失敗したら世界は本当に滅びます』っていう一言だけ」
「絶対に負けられない戦いが始まってしまった」
——いや、絶対に負けられない戦いしてるのは最初からか。
そうして俺たちは、ああでもないこうでもないと言いながら『設定』を一通り考え、解散した。




