80.悪役令嬢ヴィオレッタ
——性格が終わってる悪役令嬢。
読者、というかプレイヤー目線でそう称されてしまうアレな令嬢の話で少し盛り上がった後、シベリウスは悩みつつも明里さんに問いかけた。
「ねえ、明里。ヴィオレッタが『死んで当然』みたいなことを言うってことは、そう判断できる理由があるんだよね? 原作のヴィオレッタ嬢、一体何してたの?
天啓再現っていう名の原作再現見てる感じ、酷いには酷いけど、そこまで言われるレベルには見えないというか……」
「……!」
やっぱりこの子は仕事ができるというかなんというか。
見事に確信をつくような発言をしたシベリウスに対し、明里さんは、少し緊張が入り混じった面持ちで口を開く。
「原作のヴィオレッタってさ、本当はオルフェウスをすぐに助けないの。リュートと結託して、生活に支障が出るけど、ギリギリ王太子筆頭候補ではいられる程度の後遺症が残るレベルまで放置するんだ。自分から逃げないように、まとわりつきやすいようにっていう、ただそれだけの理由で」
「えっ!?」
「原作再現してたら異常性は分かると思うけど、背後事情がこれなの……そりゃ、まあ、死ぬ、というか殺されるよねって……」
婚約者であるオルフェウスへの執着心ゆえに、ヴィオレッタはオルフェウスを含め、多数の人間の人生をめちゃくちゃに壊す。
明里さんは『ゲームなので』と言っていたけれど、改めて考えると、ヴィオレッタの行動はあまりにも自分勝手で、シベリウスたちどころか、最悪の場合は国を巻き込む大騒動に繋がる行為だ。
しかもこの件に主人公のセレナがオルフェウスたちと事件の詳細を暴くことがなければ、完全犯罪となっていたはずだ。
完全犯罪と化す上に、革命第二派にとっては強い追い風となるだろう——そのことを含めて、あまりにも非道な行為としか言いようがない。
シベリウスもアリオーソも、怒り、というよりは不快感の類を露わにしてみせる。
「今の状況だとぼんやりとしかイメージできないけど……真相を知ったら、私は暴走しちゃうかもね。あまりにも酷いよ、それは」
「だな。俺も手が滑るかもしれん……流石に、抑えきる自信がねぇというか……」
不快感こそ見せるが、それだけだ。
殺人衝動の類をむき出しにするような様子はない。
むしろ、結果的にヴィオレッタの行為を阻止した明里さんに対して感謝しているようにも見える。
「……」
今の彼らは『本来訪れていた未来の真相』に対する不快感があまりにも強く表に出ているだけだ。
……それは、当たり前のことだと思う。
だからこそ明里さんは、素直に告げる。
「ヴィオレッタの立場になって思うの。なんで毒で苦しんでる人間放置して、毒盛った人間と手を取り合ってるんだろって。その後に起きる問題もそう。……なんで、笑っていられるんだろうなって」
元は、あくまでも物語の中の出来事。
だけど俺たちにとっては、現実の話でもある。
だからこそ、ヴィオレッタの行動は「理解できないこと」だと言い切れる。
怖くなって逃げ出してしまうとかならともかく、好きな人間に毒盛られてるの見て冷静に取引なんてできるかよ。
ヴィオレッタは悪役令嬢とはいえ、なかなか派手なことやってるよね。
そして奏音ちゃんは困ったような表情を浮かべつつ、補足を入れる。
「以前のバセットさんの話を思い出して欲しいのですが……『オルフェウスの毒殺事件』は未遂想定だっただけでなく、さらに『事件現場をヴィオレッタに見せること』を前提としていたみたいです。だからヴィオレッタが王族専用個室に来るタイミングで症状が出るように毒を飲ませたというか。
ほら、ヴィオレッタを騒がせとけば、さらに王城内を引っ掻き回せるじゃないですか。余裕がないのに容赦なく乱入してきて、ひたすら大騒ぎする公爵令嬢が現れるわけです。控えめに言っても最悪でしょう? もう、邪魔で邪魔で仕方がないでしょう?」
「……」
シベリウスが両手で顔を覆ってしまった。
アリオーソも深々とため息を吐いてしまった。
ああ、そっか。
この子たちは元のヴィオレッタを知ってるもんね……元のヴィオレッタなら、本当にやりかねないって分かるんだね……。
ふたりが変なショック状態に陥ってるのを見てしまったラウダが、代わりに話に入ってきた。
「つまり革命第二派の視点に立って考えると、明里の介入をきっかけに開幕大誤算って感じになったわけだね。引っ掻き回すどころか後遺症残すのにも失敗してるわけで。しかも多分、オルフェウスが目覚めるまでの期間も短くなってる気がするし」
そんな気がするな……?
推測交じりで申し訳ないけど、これは俺が応えることにした。
「原作ってセレナが入学してからの話みたいだからね。実はそれより前の話はあまり描写が無いみたいなんだ。でも、そういう感じになってそうな気はするな。元は派手に後遺症が残るレベルの案件なわけだし。ちなみに俺という名のオルフェウスは3日で目覚めたっぽいよ。それでも検査ラッシュだったけど」
「王太子筆頭候補なんだから、検査ラッシュは当たり前だと思う」
検査ラッシュに加えて軟禁2か月とかいう変な目に遭ったのが俺なんだけどね。
指摘されて気づいたけど、原作のオルフェウスってどうなってたんだろうな。
最終的には二度と動かないって結論が出るんだろうけど軽いリハビリの類はやってそうな気もするし、そうなってくると第1学年どころか、第2学年に上がってもなかなか戻ってこれないとか、そういう感じになってそうな気はする。
バセットが首席で入学しておきながらチャラ男化して底辺クラス落ちしてる時点で第2学年の早い段階でオルフェウスは駄目になってるわけだし、しかも既に病んでたラウダはともかく、コラーレ兄弟はオルフェウスの異常な様子を見て余計に病み散らかすわけだし。
ラウダは少し悩みつつ、口を開く。
「あえて、話を変えるね。今後に影響出るかもしれないし。原作の媒体の話なんだけどさ」
「ん?」
「透は説明のしやすさを優先して小説って言ったでしょ? でも、なんかちょっと違うんじゃない? なんだろう……どちらかというと、すごろくとかチェスみたいな、ボードゲームみたいな感じに近い気がするんだよね」
おっと? 面白い着眼点だな?
原作ヴィオレッタを知ってるふたりがショック状態から帰ってくるまでの間に、ラウダにノベルゲームっていうものを教えてみるか。
「小説っていうのもあながち間違いじゃないんだけどさ。厳密に言うと、プレイヤーの選択で画面……というか、板に表示される文章が変わっていく『ノベルゲーム』っていう特殊な媒体なんだ」
「ノベルゲーム?」
「ほら、すごろくで1の出目が出た場合と6の出目が出た場合で、マスに書いてある内容って変わるだろ? 6なら1回休み、みたいな感じで。それと同じで、例えば、学園内でたまたま出会ったラウダに『話し掛ける』か『話し掛けない』かを選べるって感じだと思う。プレイヤーは表示される選択肢を選んでいって、その組み合わせで最後の結末が変わる。……そんな感じだね」
「なるほどね? つまり選ぶ選択肢を間違えまくったら、オレが暴走して国が滅ぶ結末に行っちゃうわけか。バッドエンドって奴だね」
「合ってるけど、君も君で大概に開き直ってるよね!?」
盛大に開き直れるくらいには国を滅ぼす気がないみたいだから、いいんだけどさ!
それはそれとして、ラウダが何か一生懸命メモ取り始めちゃった。
勝手に色々書き始めちゃった。
「ノベルゲームってやつ、特許権とかあるのかな……?」
「この世界にも特許権って概念あるんだね」
え、特許権を気にするってことは、ノベルゲーム、開発する気なのか?
「もはや世界が違うから関係ないだろうし、俺たちが生きてた世界でも、恋愛だけじゃなくて推理モノとかホラーモノみたいに亜種はいっぱいあったから大丈夫だとは思う。でも、着手する前に、早い段階でお父さんに聞いときなよ。もしかしたら近いものはあるかもしれないから」
「分かった!」
やばい。
アルペジオ商会がノベルゲームを取り扱い始めるかもしれない。
原理については聞いてないんだけど、この子の実家は電話っぽい何かを開発してる商会だ。
ここでさらに新しい技術を爆誕させてくるかもしれない。
知識無双みたいなことやらかした。この子が商人の息子なの忘れてた。
そして俺は、思った以上に帰ってきてくれないシベリウスとアリオーソ、そして「来てくれてありがとう」とエンドレスで感謝され続けて困ってる明里さん……と、
「恋愛じゃなくて推理系なら手に取りやすいかも? 奏音、前世的なノリで何か良いネタ持ってない?」
「えっと、何でしたっけ? 青酸カリを指ですくって舐めて……」
「青酸カリ? それ、毒の類じゃなかったっけ? 舐めたら死なない……? あ、そうか。舐めるか舐めないかを分岐にすれば良いのか」
「そうですね! だったら窓触ったら爆発するようにしましょう」
「分かった。あとカーペット踏んだら落とし穴に落とそう」
なんか唐突にとんでもない理不尽ゲーを生み出しそうなラウダと奏音ちゃんを、ひとりで眺めることにした。……そのうち、帰ってきてね。




