79.性格が終わってる令嬢
アリオーソのスノウフィラアレルギー症状の山は4日目だったらしい。
3日目夜の時点で大概だったけど、4日目の昼前くらいに容態が急変したみたいだ。
後から聞いたんだけど、俺が講義受けてる裏で大騒ぎになってたみたいだ。
俺は、事態が落ち着くまで教えてもらえなかった……こういう時、主従関係って厄介だな。
この世界基準だと従者の健康よりも王太子の予定が優先されるのは当たり前のことなんだって分かってるし、誰かを責めるのも違うって分かってるから言わなかったけど。
不幸中の幸いだったのは、アリオーソのお父さんは予定を早めて昼に来てくれたっぽいことかな。そこだけは本当に良かったと思う。
そして1週間後、実家に回収されていた彼が帰ってきた。
……要するに、学園に戻れるくらいに体調が回復するまでに『1週間』を要した。
本当に申し訳ない。
苦しめて、本当にごめん。
そんなこんなで、彼が戻ってきたタイミングで彼とラウダ、シベリウスを巻き込んだ転生者会議を行うことになった。
——貴族用会議室で。
「コンサバトリーに入れなくもない数だけど、今後、このメンバーで集まる時は貴族用会議室使うよ。……良いね?」
アリオーソが『オルフェウス』に守られるのが嫌なのは分かってる。仕方ないとは言ってくれたけれど、中身が俺とはいえ、外側がオルフェウスなんだから大なり小なり抵抗感はあると思う。
それは分かってるんだけど、あのコンサバトリーにはスノウフィラが植えてある。
絶対に駄目だ。行かせてたまるか。
「その気遣いは、ありがたいよ」
「え?」
……とはいえ、アリオーソ本人もあの空間に入れられるのは嫌だったみたいだ。
「正直な、しばらくスノウフィラには近づきたくねぇんだよ。……本音を言わせてもらえば、流石にあの時は『怖い』って思ったくらいだ。そういう事情もあって、薬も大量に持たされてるし」
そう言って彼は、懐からポーチのようなものを取り出す。
何が入っているのか聞くつもりはないけれど、お守りにしている部分もあるんだろうな。
「露骨に庇われるとかそういうのは嫌なんだろうなとは思うんだけど、この件に関しては全力で庇うよ。一回重い症状出してるから、しばらくは症状が出やすい可能性もあるし」
「……情けねぇけど、全力で甘える」
精神的な不安とか、その手の話をちゃんと家でできてるっぽいな。
この子は立場上めちゃくちゃ厳しく育てられてはいるとはいえ、間違いなく親からの愛情はあったわけで。アリオーソ本人に愛されている自覚があるレベルなわけで。
そういうことになるのも納得だな。しばらくは親御さんが時々様子を見にくるって聞いてるし。
あと、革命第二派案件もきっちり動いてくれることが確定している。
リチェルカータ侯爵家としては大切な子どもがメタ張りで潰されかけて、怒らないはずがないってところかな。
こっちの事情もしっかり汲んでくれてて、信頼できる人間だけを選んだ少数精鋭であの地下空間に突入してくれたらしい。今は出てきた情報の精査中って話だった。
「もう大丈夫だから帰ってきたんだとは思うけど、体調悪くなったら言ってね。革命第二派案件は調査中ってことで、今日は開き直ってすべてをさらけ出す会議だし。別日でも全然できるんだから」
この会議メンバーからはコラーレ兄弟とバセットを外させてもらってるんだけど、よく考えるとあの三人は高位貴族寮では暮らしてない。
メンバー構成に恵まれたかな。
時間帯にさえ気をつければ、彼らに気づかれることはなさそうだ。
さっそく、ということで明里さんは苦笑しつつも軽く手を上げた。
「じゃあ、私も開き直って淑女やめるね。透さんから聞いてると思うけど、朝比奈明里です。年上とかそういうのも気にせずに、普通に明里って呼んでもらって大丈夫。基本的には天啓の話と一致してて、前世の記憶が戻ったのはオルフェウスが毒盛られて苦しんでるタイミングだよ」
——本当に開き直って敬語使うことすらやめちゃった。
まあ、明里さん目線だと全員年下だもんな。そりゃこうもなるか。
そして奏音ちゃんも、ちょっと緊張した様子で口を開く。
「月ヶ瀬奏音です。あたしは、誰も『セレナ』を知らないのを良いことに素で生きてたので、何も変わらないと思います。あたしも『奏音』で大丈夫です。実際はアリオーソ様とラウダ様と同い年でした、えへへ」
奏音ちゃんの「えへへ」に精神的なダメージを負いつつ、ラウダは必死にそれを隠して、深呼吸してから苦笑する。
「そのー、オレたちに敬称付けなくて良いし、敬語外して貰ってもいいよ? ほら、オレたちって小説の登場人物なんでしょ? あなたたち全員、裏では呼び捨てしてるんじゃないかなって思うんだよね」
「!?」
さーて、いきなり理解が早すぎる登場人物が発動したぞ。
明里さんと奏音ちゃんが「信じられないようなものを見ました」的な目でこっち見てるよ。
分かる分かる。俺もびっくりしたからね。
ラウダのぶっ飛び発言を聞いて、明里さんは苦笑する。
「じゃあ、甘えさせてもらおうかな……って言いたいところだけど、『小説のキャラクター』としてのあなたたちと、今、私の目の前にいる『現実として目の前で生きているあなたたち』の区別がつきにくくなるから、私はさん付け……いや、君付けで呼ばせてもらうね。あんまりその機会は無かったんだけど、そういう風に呼び分けてたし」
確かに、対面で呼び捨てでは呼んでいないかもしれない。
明里さんは1回だけ『アリオーソさん』って呼んでたことがあったような気がするけど、それくらいだ。本当に聞いたことがない。
明里さんの顔を見上げたあと、奏音ちゃんはなんかオロオロし始めた。
「えっと……あ、あたしは……あたしは、さん付けで呼ばせてもらえるとありがたいのですが、その……」
ん?
奏音ちゃんはもごもごと口を動かして、俯いてしまった。
その様子を見て、ラウダが奏音ちゃんに合わせて腰を落とす。
「気持ちは大いに分かるから、話しやすい形で良いと思うよ。オレだって結構苦戦してたでしょ?」
「はい……ありがとうございます……」
結構苦戦してた、で察した——これ、逆ラウダ現象だ。
敬称は外す、というか変えることはできても、敬語を外すのに抵抗があるんだと思う。
ラウダとアリオーソは同い年、シベリウスは年下になるんだけど、精神的なストップが掛かるんだろうな。その理由に踏み込むのは……今は、やめといた方が良いかな。
パンパン、とシベリウスが手を叩いた。
「話を変えていこっか。改めて確認しとくね。全員、透と同じ『平民っぽい何か』ってことで合ってる? 透から前に聞いた感じ、身分制度って概念はバルカローレと比べるとすごく薄いっぽいのは分かってるんだけど」
社会的に偉いとかそういうフワッとした嫌な概念はあるにはあるんだけど、この世界ほど厳格じゃないって話は俺がしてる。シベリウスの問いに対して、明里さんはこくりと頷いた。
「うん、そうだね。合ってるよ。上司と部下、みたいな職務上の役割はあるけど、それはこの世界と変わらないって認識で大丈夫。あとは何かしらの社会的な立ち位置みたいなのがあるくらい。透さんは会社員で、奏音ちゃんは学生。私は病人って感じで」
「明里は開き直りすぎじゃないかな……?」
——本当に、そう思う。
「この際だから言っとこうかなって。私、人生の9割は入院してたし、死因は当然のように病死だから」
そう言って、明里さんは俺の顔を見る。
これ、俺に対する共有目的でもあったんだな。詳細は知らなかったんだけど、やっぱりそんな感じだったか……。
いきなり壮絶なカミングアウトが炸裂したけど、明里さんがこれを言った理由はちゃんとあるみたいだ。
「そんな感じだからさ。私、世間知らずな自覚があるんだよね。色々勉強はしてたんだけど、社会ってものをろくに知らずに育っちゃったから。……だから、変なこと言ってたら止めて欲しいんだ」
なるほどな、と思った。
俺的にはそこまで気にならなかったけど、明里さん的にはずっと気になってた部分なのかもしれない。
そういえば、シベリウスは気にしてたしな。
……同時に『性格がヤバいよりは何億倍もマシ』とも言ってたけど。
明里さんは、一通り話してからシベリウスとアリオーソの方に視線を向けた。
「私が余計なこと言ったから、空気が終わっちゃったね。こうなるのは分かってたから、初手で言ったんだけどね。……じゃあ、気分を変えてもらうために私が絶望した話をしようか。気がついたら性格が終わってる令嬢になってたっていう話なんだけど」
「ぶっ!?」
ピンポイントに狙い撃ちされたふたりが、噴き出した。
「え、嘘……君から見ても、やっぱりそう思うの? ヴィオレッタの『性格が終わってる』って」
「読者に終わってるって言われるヴィオレッタ嬢、すげぇな」
俺も思うよ。逆に気になるし、原作のヴィオレッタ。
明里さんが演じてる、役としての『ヴィオレッタ』っていくらかマイルドになってるだろうしさ。
原作再現してても限界はあるというか、何というか再現しきれない性格の悪さってあると思うし。
「悪役としてはさ、突き抜けてて良い味出してると思うよ。でも、客観的に見てると、やってることは本当に最悪なんだよね。原作のヴィオレッタはとにかく死にまくるんだけど、それも納得だなって思うくらいには」
「死んで当然みたいな言い方しちゃった」
「この世界で生きてて、ヴィオレッタとして生活してて、心の底から思うの。『なんであんなことできたんだろ』って……元から思ってはいたけど、本当に『ヤバいなヴィオレッタ』って思うの。ヴィオレッタがやってること、陰湿な後輩虐めと狂気じみたストーカー行為だし。
特に精神操作魔法悪用してセレナを孤立させてくるの怖すぎる。あんな使い方しようって思ったこと、一度も無いし。あれは誰かを助けるため、強いて言えば正当防衛のために使うものであって、気に入らない誰かを貶めるために使うとか嫌すぎる。最低が過ぎる」
「ヴィオレッタ嬢の顔でヴィオレッタ嬢の暴言吐いてるの、面白過ぎんだろ!」
「だって、そうじゃない!? 最低じゃない!?」
「そうかもしれない、というか納得だけどよ……!」
確かに明里さんは、精神操作魔法を人のためにしか使わない。
前にフラッシュバックを起こして怯えていたバセットに対しても使ってたけど、家を背負ってるのに試験で悲惨な点数取っちゃって、そのショックで過呼吸を起こしたご令嬢に対して使ったって話を聞いたことがあるし。あの時は純粋に「優しいな」って思ったんだけどさ。
しかもそのご令嬢、明里さんに助けてもらったことをきっかけに努力して、次の試験で巻き返してみせたらしいし。最終成績はめちゃくちゃ良かったらしいし。
うん……シベリウスの発言に、頷くしかない。
『世間知らず気味な方が、性格がヤバいよりは何億倍もマシ』だな。
明里さんは少し困ったように、何とも言えない表情をして笑う。
「性格が終わってる令嬢になっちゃった絶望から立ち直ってからは、良い方に考える余力もできたんだよ? ほら、私は前世が前世だったから、健康な身体で走り回れることはすごく嬉しいし、美味しく物を食べれるのも楽しい。でも、ねぇ……? 他になんか選択肢は無かったのかなって……ねぇ……?」
「ははは……」
「まあ、今となっては透さんや、皆と会えたから、ヴィオレッタになって良かったって気持ちはあるんだけどさ。最初は、ねぇ……? 原作のヴィオレッタはとにかく死ぬし……」
そうだろうね。
間違いなく君は、適当なモブか何かに転生してた方が楽だったと思う。
それは間違いないと思う。
『絶望』っていう嫌なワンクッションを挟まずに済んだだろうし。
今は前向きに「ヴィオレッタになって良かった」って思えてるなら良かったけど、ストレートに「他になんか無かったのかな」って言いたくなるのも当然だと思うよ……。
……俺は改めて、性格が終わってる令嬢に転生してしまった明里さんの境遇に同情してしまった。
完全に別件ですが、編集しながら昨日(10月25日)は『性格が終わってるメイド』を連呼する短編小説を書いていたので笑っちゃいました。
私、『性格が終わってる』っていう表現が好きなのかもしれません……嫌だな……。




