75.黙って、受け入れる
「シベリウスとアリオーソは、なんで俺への対応変えなかったの? そこまで分かってるなら……」
「私たちが警戒してないと思った?」
「すみません」
本当にごめんなさい。
君たち、仕事できるからね。
そりゃ、ちょっとでもおかしいって思ったら警戒から入るよね……。
俺のアホ発言に盛大にため息を吐いた後、シベリウスはアリオーソと顔を見合わせる。
「アリオーソって、透が目覚めてすぐには顔出さなかったでしょ? あれ、身辺調査受けてたのもあるんだけど、一番は私が相談してたから。『兄さんがおかしい』っていう話をして、今後の対応について話し合ってたから」
「え、てっきり、怒られてるのかと……」
……主に、その粗暴な態度とか。
俺はアリオーソに対し、だいぶ失礼なことを言った。
その結果、アリオーソは若干不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「俺の態度については、ある程度はお目こぼし貰ってんだよ。そうじゃねぇとオルフェがやりにくいだろうからって。やるべき時はきっちり切り替えてるから、何も言われてねぇよ。むしろ切り替えが完璧だって方向で褒められてるくらいだ」
「それは俺も思ってた」
開き直って褒めてみた。
実際問題、式典の類に出た時のアリオーソの切り替えっぷりはすごい。
「……。現実逃避したいのは分かるが、話を戻すぞ」
「はい……」
シベリウスはこほんと咳払いした後、話を続ける。
「アリオーソの前でも変だったって話が出たし、その後、私が行った時も変だったからね。……あの時は普通に喜んじゃったけど、冷静に考えたら妙すぎたからね」
「そうだね……ごめんね……」
「あれはあれで、本当に嬉しかったんだけどね。何なら、透の立場だと兄さん以上に疑って掛かっててもおかしくなかったはずだよ」
言われてみると、そうかもしれない。
いきなり知らない世界に飛ばされて、しかも身体は毒殺されかけてたって話だった。
その時点で、俺は万物に対して疑心暗鬼になっててもおかしくなかったと思う。
……ならなかったんだけど。
ならなかった結果、違う方向性で不信感持たれたわけだけど。
「それで、最初は兄さんの身体に『悪魔的な何か』が入り込んだんじゃないかって話になったんだ。誰かがなんか変な黒魔術的なので兄さんの身体を乗っ取ったんじゃないかって」
シベリウスの話を聞いて、アリオーソはおもむろに頷く。
「だな。裏で色々試してみたが、効果は無かったな」
——何を試したのか気になりすぎるけど、また話が脱線するから触れないでおこう。
「その次は、兄さんが操られてるんじゃないか疑惑。これに関してはアリオーソが全力で張り込んで違うことを証明した」
「えっ」
「ちなみに、つい最近も張り込んだぞ。ほら、お前が勝手に絶望して会議から逃げ出した翌日だ。あの後、立ち直り切れてなくてヴィオレッタ嬢と屋上で密会してたろ? あの時、俺は扉の向こうで張り込んでたぞ。気づいてなかったみたいだけどよ」
「う、嘘だろ……」
「だからさっき、お前が嘘吐いてたら俺たちは秒で見抜けてた。お前の世界とこの世界の名乗りのルールが違うせいで自信はねぇけど、俺はヴィオレッタ嬢とセレナ嬢の元の名前も分かってる。
ついでにお前がオルフェって名前の虚空に話し掛ける癖があるのも知ってる。奇行でしかねぇから、マジで気をつけろよ」
「忘れて欲しい……」
アリオーソが『隠密魔法で上を取れる』って断言してきた理由が分かった。既に取られてた。
……でも、オルフェウスに話し掛ける癖があるのを暴露するのはやめて。
流石に恥ずかしい。その奇行の話は、本当に忘れて欲しい。
一連の話を聞いて、シベリウスはわざとらしく肩を竦めてみせた。
「それでね、私たちは分かったんだ。多分、兄さんの中にいるのは悪気なく事故みたいな感じで入り込んじゃった『平民っぽい何か』だって」
「平民っぽい何か」
「兄さんの真似してどうにか王族の振る舞いをしようとはしてるけど、ベースは平民でも貴族でも王族でもない価値観の『何か』なんだろうなって思って。
強いて言えば平民が近いんだろうけど、多分、そもそも論としてその手の身分制度がほぼほぼ存在しないとこから来たんだろうなって」
「天才……?」
「ふふっ、褒めて褒めて?」
「天才だと思ってるよ、仕事できるし……」
そう返せば、再びシベリウスはアリオーソと目を合わせた。
「私はある程度仕事ができないと駄目でしょ? 王太子の中身が『平民っぽい何か』なんだから」
「えっ」
「俺も頑張ってんだぜ? お前が頼ってくれてんのは分かってたから、頼れる人間で居続けようと思ったんだ。最近はマジでゴミだけどよ。
……。悪い、正直に言うが、本当に余裕が無い。開き直って言うが、もうしばらくゴミでいさせてくれ……」
これ、もしかしなくても俺がアレすぎて、シベリウスとアリオーソを変な方向に導いた奴か?
中身が変わったのを見抜かれた結果、『頼れるしごでき』と『頼れる兄貴分』を生み出したのか? 申し訳なさすぎる奴か?
「迷惑かけて、ごめん……」
「私は良いんだけどね。私は後に国王を支える存在になるはずだから、仕事ができるのは大事なことだと思ってるし、ついでに、この手の立ち回りが向いてる人間なんだろなって判断する良いきっかけになったよ。
アリオーソは……その、しばらく兄貴分として振る舞えなくても気にしないであげて。元から兄貴分寄りだけど、そういう気質ではあるんだけど、定期的に無理してたのは私目線だと透けてたし」
俺は、兄貴分として振る舞ってくれていたアリオーソを相当に頼りにしていた。
何なら俺たちが『原作を壊す』と決めた瞬間に彼を味方に引き込むことを決めた。
その後も、何かと頼りに頼った——というか、もはや彼に甘えてたわけで。
「……」
改めて、アリオーソを見る。
普通に会話してくれるけど、体調はどう見たって良くないんだよな。
これに関しても、俺がアリオーソを謎の地下室に行かせるって即断したせいだし。
「そもそも余裕が無くなるのは当然だと思ってる。最近は特に、甘えすぎて傷つけまくってるし……」
そう言えば、アリオーソは深々とため息を吐いた。
「今回の件に関してはマジで気にすんな。バセットの件は普通に狂いそうだったけどな。アレに関しては絶対に許さねぇけどな」
「ごめん……」
「オルフェどころか透まで死なせそうになった俺の身にもなれ。原作通りになるぞ」
——酷い脅し文句が生まれてしまった。
多分、この世で俺だけだよ。
物語の登場人物に『原作通りになるぞ』って脅されるの。
「君、話を聞いた感じだとすごい勢いで死ぬんだよ。やめて、原作通りにならないで」
「ははっ、だろうな。身体的に、というよりは精神的に持たねぇんだろ?」
「自覚してるのやめて……」
やっぱり全自動自害遂行機が透けている。本人に自覚がある。
アリオーソは軽く呼吸を整えた後、おもむろに口を開く。
「透が俺たちのことを第一に考えて動いてんのは分かってる。それで救われてんのも事実だ。だから、無理矢理その身体から追い出そうとか、そういうのは考えてない。安心しろ」
「……」
安心、して良いんだろうか。
正直「それは違う」って言いたいとこだけど、さっきからずっと嗚咽を殺して泣いてるラウダを傷つけると分かってて言える言葉じゃない。
「俺たちは、『お前』を否定する気はないんだよ」
そしてアリオーソは、話を続けた。
「さっきシベリウスが言った通りで、リュートに依存してたオルフェのままなら、俺たちはきっと、原作通りになっていたはずだ。……オルフェが耐えきれたとは思えないからな。
毒殺未遂事件をきっかけに疑心暗鬼を拗らせて暴走するって聞かされた時は、納得でしかなかった」
ふ、と息を吐いて、彼は少し俯く。
「俺がオルフェと過ごした16年間は少なくとも、俺にとっては大事なものだよ。色々思うとこはあったが、それでもアイツは俺にとって親友だし、最高の主人だと思ってる」
「……」
少し間が開いた後、アリオーソは改めて鮮やかな黄緑色の目を俺に向けた。
「もし透がいなくて、原作通りになっていたとしても。それでも俺は、黙って自分の運命を受け入れただろうな」
黙って自分の運命を受け入れる。
それだけの覚悟が、この子にはあった。
間違いなく、シベリウスの方もそうだと思う。
彼らにその手の想いがあるのなら、やっぱり俺はここから出ていくべきだと思う。
それを口にしたくもなった。けれど、ラウダの存在が俺を止める。
アリオーソはもう一度呼吸を整えてから、再び話し始めた。
「だからといって、お前に対して『勝手な真似をしやがって』とは思ってない。むしろ、俺たちだってお前に救われたと思ってる。俺たちがラウダの、さっきの言葉を一切否定しなかったのが証明だって思ってくれ。……お前と過ごした2年間だって、大事なものなんだよ」
彼は、どこか困ったように、笑う。
「助けて貰っておきながら、問答無用で『ありがとな、じゃあな』なんて言えねぇよ。そもそもお前、ちゃっかりオルフェのことまで考えてるしな。原作を知らねぇ異世界人の癖に、主席キープしてんじゃねぇよ。
オルフェに身体を返す時のこと考えてんだろうが……王太子の顔に泥を塗らないために、必死に努力しまくってんだろ。そんなの、俺たちには分かってんだよ」
「はは……」
ちょっと、泣きそうだ。
流石に、ここは耐えきりたい。年上だって思われてるみたいだし。
シベリウスは俺の手を取って、自分の頬に持っていく。
血の通った、確かな温かさを感じる。
「私たちはさ、選べないんだ。兄さんに帰って来て欲しいって気持ちは当然ある。このまま失いたくないよ。でも、透に消えて欲しくないっていう思いだって強いんだ」
俺を見上げる綺麗な青の瞳は、微かに潤んでいた。
「それでも、きっと最後には、どちらかを失うことにはなるんだって思ってる」
だから、とシベリウスは笑った。
「その身体に最後に残るのが兄さんでも、透でも。……私たちは、黙ってその結果を受け入れる。それだけは、覚えておいて」
「……っ」
やばい。これは、やばい。
普通に、泣きそう。16歳と18歳に泣かされる。
俺は深呼吸してから、涙腺に落ち着けと言い聞かせてから、笑い返す。
「……ありがとね」
——黙って、その結果を受け入れる。
この子たちが悩みに悩んで、最後に出した結論。
俺がこの世界にやってきたせいで、彼らに残酷な二択を強いてしまった。
けれど、そのこと自体に罪悪感を抱くのは彼らの思いに反することだ。
この先、どうなるかは分からない。
けれど、彼らの決意に背くような真似はしたくない。そう思——
「透、俺らの前で泣きたくなさそうだしラウダの涙も止まんねぇみたいだから、話変えてやるよ」
「え」
「シベリウス、ラウダ。透の実年齢当てゲームしようぜ」
……いや、なんでだよ。




