74.物語の中の話
ラウダが叫んだ後、しんとした静寂が続いた。
言った言葉が言った言葉だ。これは俺の方からシベリウスとアリオーソにフォローを入れた方が良いかもしれない。
そう思ったんだけど、アリオーソが小さく笑い始めて、俺はそっちに気を取られてしまった。
「言うなぁ……『言わせる要員』だったとはいえ、なかなかに派手なこと言うじゃねぇか」
「い、言わせる要員……?」
『俺』じゃなくて『オルフェウス』に暴言吐かせる要員ってことか!?
なんでそんな人員配備したんだよ!!
泣き出したラウダをベッドに座らせながら、シベリウスが苦笑する。
「透は気づいてないかもだけど、世界救済の関係者って、私とアリオーソ以外は兄さんの中身が透でも何も困らないんだよ。……透が入ってくる前の、『本来の兄さん』を知らないんだから」
「え……」
言われてみれば、そうかもしれない。
平民のラウダとコラーレ兄弟はまるで接点が無かったし、男爵子息だったバセットも社交の場に出てこなかった時点で同様だ。
彼らは一方的に『オルフェウス』のことを知っているだけで、会話をしたこともなければ、オルフェウスの内面に触れる機会はなかったんだ。
だから、とシベリウスはラウダを見下ろしながら口を開く。
「ラウダにはさ、結構前から事情を話してたんだ。私たちだけじゃ意見が偏るし、別の方向性から物事を捉えられる立場の人が欲しくて。悪いけど、透が問答無用でさっきみたいなこと言うのは余裕で見えてたし」
「……」
「そういうこと言われた時。確実に透に寄った発言ができる存在って大事だと思わない?」
どうしてラウダが混ざっているのかは気になっていたけれど、そういうことかと腑に落ちた。
……同時に、彼らの気遣いに胸が痛くなった。
シベリウスは、話を続ける。
「ヴィオレッタ嬢やセレナ嬢も透と同じってわけじゃないんだろうけど、置かれてる境遇はかなり近いでしょ? でも、ぶっちゃけあのふたりはどうでも良い。セレナ嬢は元を知らないし、何ならヴィオレッタ嬢は一生あのままでいて欲しい。……ちょっと世間知らず気味なのが気になるけど、性格がヤバいよりは何億倍もマシ」
シベリウスもなかなかの暴言を吐いてくれたけど、まあ、納得ではあるかな。
元のヴィオレッタって相当にアレだったみたいだし、それこそ、負の感情を一切見せないオルフェウスの限界ラインを突破してる希少な存在なわけで。
「あのふたりに関しては、セレナ嬢が言ってた話が正解なのかな? 天啓じゃなくて、前世の記憶がある。だから、何故か私たちのことを知ってるってだけで」
そして彼は、ジトッとした目を俺に向けてきた。
「……もうさ、何が来ても受け入れる自信あるから、事情きっちり話してくれない?」
「う……」
「じゃないと、意味もなくラウダをさらに泣かせるよ?」
「なんでそうなるんだよ! やめてくれ!」
「嘘は禁止ね。嘘吐いてるなって判断した瞬間、ラウダをさらに泣かせるから」
「わ、分かった! 分かったから!」
とんでもない脅し文句が炸裂した。
でもシベリウス、俺にその手の案件が効くこと気づいてるんだろな……。
明里さんたちには申し訳ないけど……ごめん、勝手に話す……。
「ええと……まず、大前提。俺が天啓を授かったっていうのは大嘘。ただ、ヴィオレッタたちの前世と同じ世界から来てるってだけで、俺は何も知らない」
「そんな気はしたよ。透だけ話を誤魔化す率がとんでもなく高かったし、やけに話を合わせようとするし。……どうせヴィオレッタ嬢と顔合わせるまで、私たちのこともよく分かってなかったんじゃないの?」
「うん……」
だから、無意識に君たちの運命変えました。
とんでもないレベルで変えました。
ただ、最近ジェズアルド先生に怒られたばかりだけど、これだけは断言できる。
反省も後悔もしてないよ。これに関しては曲げる気は一切無いよ。
「続けて?」
「分かった……」
これ言って良いのか相当に悩むんだけど、嘘言ったらラウダが泣かされるから言うしかないな……。
「そうだね。この世界は、俺たちの世界だと『物語の中の話』だって思ってもらえたら」
シベリウスは目を丸くした後、うんうんと頷いた。
「小説か何かって感じかな。それをヴィオレッタ嬢とセレナ嬢は前世で読んでいた、と」
「そして俺は読んでなかったわけで……ただ、その手の物語が存在することは分かってたから、ヴィオレッタとセレナに前世の記憶があることは、すぐに分かったし、事情を聞いて判断することはできたんだよね」
乙女ゲームって概念が存在しないのは分かってたから、そこはちょっと違う形で表現する。
シベリウスの理解が早すぎるけど、まあ……兄の中で魂が同居してるって話を受け入れてる時点でそうなるよね……。
「で? なんやかんやあって、小説の中だと世界が崩壊するから、透たちは頑張って走り回ってた、と。……いや、厳密に言うと『国が崩壊する』のレベルなのかな? 放置したら世界単位になりそうってだけで」
「そう、合ってる」
うーん、とシベリウスは首を傾げる。
「小説は展開違いの奴が何種類かあるってことかな? 展開違いを含めて、小説の内容がヴィオレッタ嬢とセレナ嬢の頭にある程度入ってるって判断して良い?」
え、理解するの早くない?
「す、すごいね……俺はヴィオレッタからあれこれ聞かされた時はもう、ずっと混乱してたのに……この際だからぶっちゃけるけど、コンサバトリーでずっと頭抱えてるのに……」
「そうだろうね。よりによって王太子に入り込んだ上に、世界が破滅する可能性がある知らない物語の中に入り込んでるって言われたら、透からすれば絶望案件でしかないだろうしね」
そう、本当は君が剥製製造機になってたとか、そういう話ね。
転生者会議って、結構絶望案件多いんだからな。
あの場所で俺が何回心折られそうになったと思ってるんだ!
そんなことを考えていると、シベリウスは「多分なんだけど」と楽しそうに笑い始めた。
「これさ、『前世知識がある人』は当然強いんだけど、『物語の登場人物』と『本当に何も知らない人』にも格差起きてるんだよ。透って絶望的に演技下手だったし」
「なんで絶望的に演技下手なことをこのタイミングで指摘されるかな!?」
思わず、叫んでしまった。
その結果、泣いてるラウダの頭を後ろから撫でまわすっていう地雷原タップダンスをぶちかましていたアリオーソがケラケラと笑い出した。
「これに関しては、マジで本能とか可能性の因子的な話なんだと思うぜ? 寸劇っつーか、もはや原作再現とでも言えば良いのか? ぶっちゃけ、俺らはすげーしっくりくるんだよ。呼吸してるのと同じレベルで、当たり前みたいにやれる。裏付け取ってるんだが、ラウダやバセット、先生方も似たような感じだってよ」
彼は、そのまま話を続ける。
「それこそ『本当はこうなってなきゃ駄目だったんだろうな』って俺は考えてた。天啓通りにやってるって話ではあったが、それにしたって妙だった。原作の話があるって言われて、腑に落ちた。俺らの元が創作物だっていうなら、そりゃそっちに引っ張られるだろうよ。そういう風に生み出されてんだから」
「そ、そんなことに……」
だからこその、あの精度か。
彼らがNGを出すことがほぼほぼ無かった理由が理解できた。
そしてシベリウスも口を開く。
「私がヴィオレッタ嬢とセレナ嬢が『同じじゃないけど近い』って言ったのは、それが理由。いくら前世から元の登場人物とか原作知識の類を持ってきてたとしても、あの精度でやれるとは思えないし。魂的な部分に染みついてるんだと思うよ」
……そう言われると、納得してしまった。
「ああ、なるほど……俺はそもそもが違うというか。魂的な部分に本能も因子もなければ原作知識もないから、ゼロからやらなきゃいけないってことなんだね……」
「そうそう、透だけ酷い目に遭ってるのを見て、私とアリオーソは内心不憫に思ってたよ、『セレナ』が入学した場面を再現してた辺りから」
「最初からかよ」
ずるい。
酷い。
悲しい。
あとアリオーソはラウダの地雷原タップダンスやめてくれ。
それこそ原作を変えたから大丈夫なのかもだけど、めちゃくちゃ心臓に悪い。
原作だと国が滅ぶんだぞ。本来のラウダは髪に触られたら何やかんやあって殺戮魔王になるんだぞ。
その地雷原タップダンス男は「本能と言えば」と言って苦笑した。
「正直な、一目でオルフェの中身が違うことを見抜いたバセットは天才だと思った」
そうだね。
諸々を考慮して考えたら、バセットは謎の最速記録叩き出したってことになるからね。
「内心ずっと『合ってるんだよなぁ』って思ってた。よく誤魔化しきれたよね」
「もう誤魔化せてねぇと思うけどな」
「うん……」
俺、あの子に対してやらかしまくったしな……。
元を知らないとかそういうのは関係なく、流石のバセットも気づいてると思う。
気づいちゃった気はするけど、やっぱり問題なのはシベリウスとアリオーソの方だ。
「シベリウスとアリオーソは、なんで俺への対応変えなかったの? そこまで分かってるなら……」
「私たちが警戒してないと思った?」
「すみません」
シベリウスにめちゃくちゃ食い気味に言い放たれてしまった。
……それはそうだよね。本当にごめん。




