71.地下室探索実況
マドリガル家提供の優秀すぎる通信機能付き宝石。
俺用に渡されたそれは、今、貴族用会議室の真ん中に置かれていた。
集まったのは俺、明里さん、奏音ちゃん、シベリウス、ラウダ。
コラーレ兄弟の師匠の家跡地に行ったのが土地勘のあるコラーレ兄弟たちと、サポートのアリオーソ。
念のため、その近場で待機しているのがバセットだ。
一応、通信そのものは俺とアリオーソが繋げている形になるんだけど、俺の身体から離している関係で明里さんたちにも聞こえる形になっている。
バセットとの通信はラウダ任せにしてるけど、まあ……こっちは出番がないと信じたい。
そんなわけで、
『鍵は本当に開いた。地下に向かう階段があるな……お、思ってたより、思ってたより、狭そうだな……暗い……』
——ホラー実況みたいなのが始まった。
『じめじめしてるな。じめじめしてる。あと暗い。狭い。暗い。狭い。暗い。狭い』
いきなりアリオーソの語彙力が死んだ!
既に面白過ぎる状況になっているんだけど、本人は頑張ってる。笑ってはいけない。
「あ、あのね、アリオーソ。駄目だと思ったら帰っておいでね。君は騎士だから分かってるだろ? 戦略を立て直すことも大事なことなんだから」
『まあ、先生方連れてるし、無謀なことをする気は……ひえっ!?』
『わたしだ。クレメンティだ、アリオーソ君。怖くない』
「~~ッ!!」
急に『絶対に笑い声を出してはいけないホラー実況』が始まった。
シベリウスは天井見てるし、ラウダは逆に机に突っ伏した。
どっちも肩が振るえてる。笑い声を出さないようにめちゃくちゃ頑張ってる。
そういう俺は腕をつねっている。
笑ってはいけない。いくらなんでも可哀想だから。
そして明里さんと奏音ちゃんは笑うというより悶えてる。
両手で顔を覆ってちょっと不審な動きをしている。
……仕方ないな、アリオーソはあのふたりの推しだ。
オタクが推しのギャップに狂いそうになってるだけだろうから、放置しよう。
コツ、コツという足音が反響してる。
誰かに聞こえるんじゃないかと焦ったけど、宝石を持ってるのがアリオーソだから、『アリオーソに聞こえる音はこっちにも届く』と判断しても良さそうだ。
そのまま、少し待つ。
時計を見る。
「アリオーソ。今、突入から10分経過したよ。そっちはどんな感じかな?」
俺は10分置きに経過時間を伝える役割を担っている。
ラウダの方はラウダの方でバセットに異変が起きていないかの確認を定期的にしているけど、あっちは特に問題なさそうだ。
バセットだけは『笑い声を出してはいけないホラー実況』強いられてないし、あの子だけは滅茶苦茶冷静に任務を全うしてるんだと思う。……各地の温度差がヤバい。
余計なことを考えてたら、アリオーソの応答があった。
『廊下みたいなとこに降りたとこだ。部屋がいくつかあるから、順番に回っていくことになるな。今は部屋の数を確認中だ』
「分かった。あまりにも部屋数が多いようなら日を改めて突入、とかそういうのも考えなよ」
『いや、一度で終わりにしたい。もう来たくない』
「っ、安全性、重視で、ね……!」
『お前笑ってんだろ!』
……ごめん。
『と、とりあえず、部屋数はそこまで無い。全部で5部屋だな。人の気配もしねぇし、ざっと見て回ろうと思う』
キィ、と扉が開く音が聞こえた。
『階段から見て、一番奥の部屋が寝室だな。三段ベッドが2つ置いてある。比較的じめじめしてねぇ場所だから、そういう使い方をしてるんだと思う。人が使ってる痕跡は普通にある。たまたま今はいねぇだけで、定期的に誰かしら寝泊まりしてるんだろうな』
「寝室ってことは、何かしら私物の持ち込みとかはある?」
『無いな。不特定多数の人間が使ってると見た。革命第二派が6人しかいねぇってことは無いだろうから、基本的には引き入れてた下位貴族の屋敷にいたんだろうな』
「そうなると、下位貴族の屋敷の下とかに、どこかに繋がる場所がありそうな気はするけど……」
要は『アリの巣』方式だ。
オフィクレイド男爵家を含め、一斉捜査で摘発された下位貴族の大半は、王家に屋敷を持っていた。そこが全部繋がっている可能性がある。
地盤沈下が心配になるけど、そこは『ゲームなので』理論で押し切る。あまり細かすぎることを気にしてはいけない。
アリオーソは「そうだなぁ」と呟いてから、口を開く。
『あったにはあった。だが、見つかったものは全部完全に塞がれていたんだ。そうなってくると、もう道を開けようがないから追跡不能っていう大問題が発生していたな』
「あー……先回りされてたか……」
『いや、残ってた痕跡的に一斉捜査時点では既にって感じだったな。……バセットがその場にいねぇってのは分かってるから言うが、オフィクレイドに王太子殺害を指示した時点で塞いでたのは確定だと判断している』
「……。トカゲのしっぽ切りってことだね。上手く行けばラッキー、みたいな」
『そういうことだな』
向こう側で、アリオーソが軽く息を吐いたのが分かった。
『さて、会議室っぽい何かって感じのとこ見つけたぞ。使っている痕跡はあるが、残念だが何も残ってねぇな……って、ん?』
ガラガラ、と何かを動かす音がした。
一体何なのか、と思ったが、アリオーソがその場を離れる方が早かった。
「ど、どうしたの!?」
『気にすんな、念のため離れただけだ』
もう一度、何かを動かす音が響く。
『床石に違和感があって、引っぺがしたんだ。そこに、下に行く隠し階段を見つけた。安全性とかその辺を考えたら、他の場所を見て回ってから行くべきだと思ってね』
「……うん、分かった。君の判断に任せるよ」
隠し階段の先に行くのは別日にしてって言いたいとこだけど、アリオーソが嫌がっているとかそういう問題を抜きにしても、『誰かしらが使った痕跡』がある場所に何度も突入する方が危険な気がする。ここはアリオーソたちの判断に任せよう。
『ま、他の場所に関しては念のため調べるだけって感じになるだろうな』
隠し階段があるのなら、大事なのはその先だろっていう判断は納得だ。
アリオーソが暗い場所、狭い場所が苦手なのは分かったけど……可哀想にな、すごく手慣れてる。
『最後の部屋。んー、倉庫だな……念のため、一通り漁ってから下に行くとして……ぎゃっ!?』
『すまない、ジェズアルドだ。背後に立ってすまない』
こんな感じのやりとりしてるけど、作業自体はめちゃくちゃスムーズにこなしてる。
能力は伏せてるって話だったけど、事情を知ってる人間から単独潜入の類をやらされまくってるんだろうな。苦手なのに、断れないんだろうな。本当に、可哀想にな……。
◇
「おわぁっ!?」
「す、すまない。ジェズアルドだ。横に移動していた。本当に、すまない……」
「こちらこそ、毎回こんなんで申し訳ありません……」
——何回目かな、これ。
「……」
オルフェウスが知らなかった辺り、普段の騎士団任務でこうなってるとは思えない。
俺に正直に理由を言ってくれたことを含めて……多分、今のアリオーソは『精神的にちょっと余裕が無い』んだと思う。
間違いなくバセット騒動の影響だろうな。まだ立ち直りきれてないんだろうな。
つまり、これは全部俺が悪いな。本当に申し訳ない、ごめんな……。
俺は何度か「帰っておいで」と言いたくなった。
でも、言ったとてアリオーソは聞かなかったと思うから、どうにかこうにか耐えた。
そんなこんなで、さらに降りてもらった(ていうか勝手に降りた)地下。
これはB2階、とでも言えば良いのかな。
ここも廊下みたいになってて、ぴちょん、ぴちょん、と水音が響いている。
部屋の中は結界が張ってあるみたいだけど、廊下部分は剥き出しになってるっぽくて、水が滴りまくってる。
湿度がすごいみたいだ。水滴が首かどこかに落ちたっぽくて、アリオーソは何回か変な声出してた。
……もう本当に帰ってきてくれって思った。
代われるものなら代わってあげたい。どうして俺は王太子なんだ。
『クレメンティだ。色々見つけたから、内容を頭の中に叩き込んでいこうと思う。持ち帰るのが一番早いのは分かっているが、この方針で構わないか?』
情緒が怪しいアリオーソの代わりに、クレメンティ先生が話し掛けてきた。
どうもB2階では大なり小なり情報が見つかったらしい。頭の中に叩き込めるくらいだから、そう多くはないのかもだけど……。
「それが良いと思います。持ち帰らせるための罠かもしれませんし」
『分かった。なら、この方針で行こうと思う』
そうしてしばらく、探索が続く。
とりあえず宝石は持ち主の手元に戻ってるみたいだけど、念のため声は出さずに進めているみたいだ。
まあ、アリオーソの隠密魔法が軽率に解ける可能性あるしな……可哀想なことになってるし……。
カサカサ、と紙が動くような音が聞こえてくる。
結構、色々置いてあるっぽいな。
時間経過を伝えるのが申し訳なくなるくらい、集中しているのが分かる。
「……」
彼らの探索が続く中、ふと考える。
ゲームにおけるバルカローレ王国って『王都以外』の描写ってあるんだろうか。
革命とかそこら辺って、むしろ辺境の地から発生しそうな気はするんだよな。
リュートは身分制度の廃止を目的にしてるっぽいし。
とはいえ、描写が無いって言われても納得できなくはない。ここは王都自体が異様に広い国だからだ。
そんな感じだからあからさまに文化が違うとこもあるみたいだし、港もある。
そして、貧困的な意味だとスラム街っぽいとこもある。
ひょっとしたら、そういうとこから革命関係者が出てくるのかもだけど……そうだな、奏音ちゃんに革命の規模とか聞いといた方が良いかも。警戒箇所が増えるし。
アリオーソがまた地下へ行く扉か何かを見つけたんだろうか。
さっきと同じように、ガラガラ、と重い物を動かす音がする。
——その直後、
『っ、うわ!?』
空間全体に響き渡るような大きな音と共に、アリオーソの声が聞こえた。
音に関しては、動かしていた床石か何かを思わず手放してしまったんだと思う。
つまり、それをやってしまうくらいの緊急事態だ!
「アリオーソ!?」
聞こえてくる音からして、そのまま倒れたんだと思う。
でも、意識はありそうだ。
『すまん……っ、多分、やられた。……申し訳ないが、撤退させて欲しい』
「当たり前だ! 帰ってこい!!」
段々と、向こう側から荒れた呼吸音が聞こえてくる。
コラーレ兄弟の声も微かに拾っている。
「ラウダ! バセットを向かわせてくれ!」
「わ、分かった!」
状況が見えないから分からないけれど、普通に脱出できるのかが怪しい状況かもしれない。
待機させといて良かった、と思いつつ、ラウダに指示を出す。
『バセットは絶対に駄目だ! アイツは冗談抜きで死ぬ可能性がある!!』
……けど、その前にアリオーソに止められた。
叫んでしまったせいで、さらに呼吸が乱れたらしい。
酷く弱々しい声で、彼は続きを口にした。
『来させるな、を通り越して……っ、俺たちに接触させるのも駄目だ……持ち場、離れて、今すぐ学園、に、戻れ、って……っ』
そう判断した理由を聞きたいけれど、これ以上無理をさせると、バセット以前にアリオーソが危険に晒される可能性が高い。
ラウダは何かしら言いたそうにしていたけれど、ぐっと堪えて宝石を握りしめる。
「バセット。今すぐ、こっちに戻ってきて。アリオーソたちには絶対に接触しないで」
俺の指示を待たずに、撤退指示を出した。
それを、咎めるつもりは一切無い。
『クレメンティだ。……オルフェウス君、聞こえるかな?』
「はい、聞こえてます」
『どうやら、かなり厄介な罠を仕掛けられていたようでね。……アリオーソ君に関しては、今夜はわたしたちの実家に連れ帰る。それほど重くは無いのかもしれないが、かなり派手に吸っていたから近場で応急処置をした方が良さそうだ。悪いが、事情は明日にでも聞いてくれ』
吸っていた、ということは毒ガスの類だろうか?
様子を知りたい。けれど、何もできない。ここは彼らに任せるしかない。
「……。分かりました」
そのまま、通信は途絶えた。
……会議室に取り残された俺たちは、彼らの無事を祈ることしかできなかった。




