69.名誉平民
「あの、すみません……」
背後から声を掛けられ、振り返る。
見覚えが無くはない生徒だ。ちょっと良くない意味でだけど……。
今にも泣きそうというか、不安そうな顔をしている。一体どうしたんだろう?
とりあえず俺は王太子スマイルを浮かべた。
「どうしたのかな?」
「実は……」
——話を聞いてすぐに、俺はアリオーソを捕まえに行った。
「! オルフェ!」
どうもアリオーソのところでも問題が発生しているみたいで、彼は俺の顔を見るなり飛んできた。
「お前もか? お前もなのか?」
ああ、うん。
間違いないな!
「うん。3人来たよ」
「俺は全部で6人だ。要するに今の時点で案件9人だな?」
「そうだね。……あれ? ラウダは?」
「ラウダ? 実家に呼び出されて今日は休みだ! だから、こんなことになってんだろうけどよ!!」
もうさっさと対処しようと思ってたんだけど、いないなら仕方ない。
今のうちに方針を固めておこうか。
「本人には絶対にその気はねぇんだろうが、エグいことやってるのは事実なわけで……それでも、俺個人の意見としては非があるのは『言ってきた側』だろって思ってんだよな。そんな感じで、割と不愉快なんだが……」
うん、分かる分かる。
良かった、感想一緒だったか。
「同意見。僕、流石に指摘しちゃった」
「奇遇だな、俺もだよ」
でも、言われてみるとそうだなって思えるきっかけにはなったかな。
「あの子、出会ってすぐの段階はとんでもなくビクビクしてたからね。でも、今なら何とか行ける気がするんだよね。……いい機会だし、もう一回試してみようか」
俺とアリオーソが窓際でたそがれていると、とんでもなく悲しげな顔をしたちょっと良くない意味で見覚えのある生徒がやってきた。
「あの……」
「……」
◇
「さ、様付けで名前呼ぶのやめて欲しい……?」
実家から帰ってきたラウダを捕まえるような形で、俺はアリオーソの部屋に上がり込む。
そして本日合計10名の生徒から入ったクレームをラウダに告げた。
アリオーソは深々とため息を吐き、適当な場所に腰かけた。
「厳密に言うと、『平民落ちした生徒』から受けた話だな。……結構キツいみたいなんだわ、お前に敬称付けて呼ばれるの。あと、敬語とかしこまったような態度が嫌って奴もいたな」
バセットの告発に伴う大騒動で、学園在籍生徒の一定数が平民に降った。
その子たちに関しては諸々の事情でストレートに退学処分になった子もいなくはなかったけど、爵位剥奪で戸籍的な物が大幅に変わったパターンが大多数だったみたいだ。
兄弟姉妹とかいたから、困ったことに該当者は全学年合計で50人くらいいた。
マンモス校だから、本当にヤバいことになってた。そりゃ職員が地獄見るはずだ。
……まあ、実際にはもっと居たっぽいんだけど。
どうも『これからは平民として扱われるんだ』って事実に耐えられなくて、自分から退学を選んだ生徒が結構いるらしい。
元一般人の俺からしてみれば、それもどうかと思っちゃうんだけどさ……。
それはそれとして、ラウダは困惑していた。
「えぇ……? 自分からオレのとこ来てるんだよ、あの子たち……」
「本当にな。俺らもそれは滅茶苦茶思った。思ったし、何なら全員指摘したわ」
「だよねぇ……?」
それもそのはず、今回俺たちに話を持ってきたのはことごとく『自分からラウダの側に行くことを選んだ生徒』だったからだ。
自分からラウダの近くに行っておきながら、ラウダの態度が苦痛だと言うのは流石に失礼なんじゃないかと指摘はした。
でも、一応ラウダにも話を通すことにした、というのが事の経緯だ。
……別件にも関わってくるし。ていうか主に別件の話がしたかった。本題はそっちだ。
「そもそも敬称付けて呼んでるの、オレに限った話じゃなくない……? ヴィオレッタ様とセレナ様なんかはオレ相手にも敬称付けてくるし……」
「あれは淑女教育の影響だから……淑女は美しい言葉を話さなきゃだから……」
あのふたり、特に明里さんに関しては厳密に言うと『めちゃくちゃ頑張って淑女してる』が正解なんだけど、それはもう置いておく。
ていうか、女子生徒は大体全員そんな感じだ。
淑女って大変だなっていつも思う。
貴族側の気持ちもある程度分かるだけに、色々と複雑なんだと思う。
アリオーソはでかでかとため息を吐いた。
「お前に悪気がまったくねぇのは分かってんだが、基本的に貴族にとって爵位の剥奪ってのは相当キツい案件なんだよ。しかも、今回爵位剥奪案件になったのって下位貴族ばっかだからなぁ、普段からあんま敬称付けで呼ばれてこなかった奴らなんだと思うわ」
「あ、そっか。男爵家の子なんかは身分的に下になるのはオレしかいなかったわけで」
「だな。そのー……言い方が悪くて申し訳ないんだが、そのー、あの……」
何となくアリオーソが言いたいことは分かった。
確かに、確かにそれは言いにくい。言えないレベルの話をしようとしている。
だからこそ、ラウダ側が察してしまった。
「ふふ、良いよ。気にしない。……あれでしょ? 自分より格下の人間がいると思って、それを励みにしてたってことでしょ? なのに、その格下に変わらず様付けで呼ばれたら、敬うみたいな態度取られたら、平民落ちした自分に対する嫌味言われてるみたいに感じるって話でしょ?」
「う……」
「言われてみて分かったよ。その辺、ちゃんと考えてなかった」
ラウダは「困ったね」と呟く。
「あの人たち、立場が変わって居心地が悪いんだろうなとは思ってたんだよね。だから、元から平民の生徒の近くにいたいんだろうなって思って適当に受け入れてたんだけど……まさか、それでクレーム付くとは思わなかったなぁ」
本当にな。
ラウダ側は間違いなく相当に配慮してたぞ。
急に人が増えたことに怯えつつも受け入れてたんだぞ。
……普通に、腹が立つ。
「僕らも正直、無視しようかなーとは思ったんだよ。君に話を持っていくかどうかすら悩んだんだよ。……でも、君にとってはいい機会になるかなとも思ってさ」
「ん?」
「僕のこと名前で呼んでみて?」
「オルフェウス殿下?」
「そう、それ。……僕らに対する敬称、いい加減に外さない?」
「え」
そもそもラウダが敬称を付けて呼ぶのは『平民落ちした生徒』とかそういう問題じゃない。
親しくしてる俺たちも込みだ。
この子は、誰ひとりとして敬称を外して名前を呼ばない。
俺たちに対しては敬語は使わないけど、敬称は使う。そういう子だ。
「な、なんで急に……?」
「いや、失礼軍団見てて思ったんだよね。そういえば、ラウダって今でも僕らに対する敬称外さないよねって」
ラウダの敬称問題に関しては、この子を助けた後、つまり第1学年の頃に頑張ったことがある。
あの頃のラウダは頑張ってはいたんだけど、敬語を外して喋るだけでも定期的に声が震えるような状態だった。……そして、そこが限界点だった。
敬称だけはどうしても駄目だった。
取った状態で喋るように言おうものなら黙り込んでしまうし、それどころか、何度か酷く怯えさせて泣かせかけたから諦めた。
……で、放置してて今に至る。
髪の件といい罵声の類といい、駄目なものは相変わらず駄目だ。
失礼軍団は平然とやってるけど、本当は至近距離で人に取り囲まれるのも得意じゃないと思う。リンチみたいなこともされてたみたいだし。
でもラウダは第2学年の中頃くらいからは結構堂々と振る舞えるようになってきたし、今年に入ってからは魔法で詰んでる子の手助けをするようにもなってる。
俺たちはこの子の敬称付けにすっかり慣れてしまっていたから忘れてたけど、そろそろ行けるんじゃないかって思ったんだよね。
ラウダは「んー……」と少し悩んでから、口を開く。
「実は、それ絡みで悩んでることがあるというか」
「悩んでること?」
「バセット様に『様付け』するのって、まずいのかなーって……」
「……やっぱり気づいてた?」
「そりゃ、ねぇ……そういう話が出てくるなら、やっぱどうにかした方が良いのかなって思ってる」
ぶっちゃけ失礼軍団は放置で良いと思ってる。本気で放置で良いと思う。
親のせいで平民落ちしたことについては同情するんだけど、「嫌だ」と本人に直接言わず、本人不在のタイミングを見計らって俺たちのところに来るのは普通に不愉快だ。
ただ俺たちの側に、その失礼軍団と全く同じ状況に立たされた子がいるせいで他人事じゃなかったんだよな。バセットがいなければ放置一択だったんだけど。
アリオーソは何とも言えない顔をして「そうだな」と話し始めた。
「アイツは爵位剥奪自体は全く気にしてねぇと思うんだよな。だから、失礼軍団みたいなことは思ってねぇとは思うんだが……どっちかってっと『先輩に様付けさせて申し訳ない』って感じそうなだけで」
「それなんだよねー……でも、だからといってバセット様だけ露骨に敬称外すのもなーって思ってて」
「だから、僕ら一律で外せば早い気がして」
「な、なるほど……?」
困ったことにラウダからすれば、もうバセットに敬称を付ける理由がまったくないんだよね。
今までは後輩でも男爵位があったから成立してたけど、それが成立しなくなってるというか……。
「ついでにそういう状況になってれば、失礼軍団も『オルフェウス殿下たちと同じように呼んで欲しい』って言えるだろうなって思ってさ。……そんなことすらできないなら、本当に知らない」
「結構言うね……?」
「だってそうじゃない? 僕ら経由でラウダに言うこと聞かせようとするのは果てしなくどうかと思うよ。何より君に対して『申し訳ない』って気持ちを微塵も感じないのが純粋に不愉快」
「分かるわ。どいつもこいつも『してもらって当然』みたいな態度が滲み出てたからな。腹立つ」
境遇には同情する。本当に同情する。
でも『平民なんだから察して動くのが当然だろ』的な態度は心の底から不愉快。
「……ふふ、ありがと?」
嬉しそうに笑ってから……ラウダは「えー」とか「うー」とか言い始めてしまった。
でも、昔みたいに泣きそうにはならないな。
だったら、行けるか……?
「さん付けなら許してくれる? 呼び捨ては抵抗感がえげつないというか……」
——微妙に怪しかった。
「せっかくだから完全に外そう」
「えぇー……」
さん付けを許さなかった結果、何故か深呼吸し始めちゃった。
いや、そんなに抵抗ある!? 何回深呼吸するの!? そこまで行く!?
「お、オルフェ、ウス……?」
言えた言えた。
言うだけじゃ駄目だけど、とりあえず言えた。
「よし、そのまま会話しよう。僕が行けるならアリオーソも行けるね」
「そうだな。俺も今のノリで行け。頑張れ」
「アリオーソ」
「何で俺は一切の迷いなく呼べるんだよ」
「やっぱり王太子と上位貴族の差は大きいよ……」
「それもそうか……そうだよな……」
そんな話を聞いて、ちょっと考えてしまう。
王太子が別格なのは分かるから放置でいいとして、貴族と平民問題で思い出してしまう。
ちょっと、聞いてみるか……。
「……あのさ、マドリガル家ってなんで爵位持ってないの?」
近々、爵位授与式があるし、俺も式に出席するから授与に該当する一族はもう知ってる。
渡された表に名前が混ざってたりしないかなーって思ったんだけど、やっぱり無かった。
この子の実家が営む魔法雑貨店『アルペジオ商店』は王国騎士団と王国魔導士団と密接な繋がりがある。
その時点で大概なのに、そもそも魔法雑貨店自体が代々魔力持ちだからこそできる特殊職ともいえる。
そうなってくると、もはや男爵位……どころか、国への貢献度合いを考えたら伯爵位くらいでも全然おかしくない。
知れば知るほどに、マドリガル家に爵位が無いことが納得できない。
俺の質問に対し、ラウダはきょとんとした表情になってしまった。
「断ってるから」
「へぇ……って、ん?」
「断ってるんだよね。爵位授与の話自体は毎年来てるみたいだよ」
「え?」
俺どころか、アリオーソもびっくり案件だった。
この国において、爵位授与を断る人間なんてまずあり得ない。
まさかニュースとかで話題になってた『仕事したくないから昇進断ります』的なあれか!?
……かと思いきや、ちゃんと理由はあるらしい。
「髪伸ばせっていうのもそうなんだけど、うちにはもう1つ、ご先祖様から受け継がれてることがあるんだよね」
「なるほど?」
「雑に説明したら『遡ると血筋的にめちゃくちゃヤバいのいるから、何が何でも平民に紛れて暮らせ』っていう言葉があって」
「……」
偉い。偉いぞ、ラウダのご先祖様。
そうだね、確かに貴族社会に入ってきてカオス血筋が判明しようものならヤバいね。
これまた疑惑だけでも相当にヤバいからね。ご先祖様、先見の明すごいね——そんな言葉が受け継がれてる時点で、もう疑惑じゃなくなったも同然だけどな!!
「まあ、オレみたいなのが生まれてる時点で、かなりえげつない血が入ってきてるんだろうけど……あ、これ内緒だよ? 魔力持ち系譜なせいでよく質問されるんだけど、いつも『祖先に火遊びした貴族がいるんだろ』くらいで誤魔化してるんだから。追いにくいようにって意図的に姓もコロコロ変えてるみたいだし」
「……」
「どうしたの? ……も、もしかして、ご先祖様に心当たり、あるの?」
俺もアリオーソも、ラウダから目を逸らすことしかできなかった。
心当たりは、ある。大いにある。でも、言えるはずがない。
ポヤポヤした感じで「そうなんだー」で済めば良いけど、最悪、この子を怯えさせる可能性があるからだ。
やっとここまで元気になったのに、逆戻りしたら可哀想すぎる。
ラウダは俺たちが口を閉ざしてしまったのを見て、くすくすと笑い始めた。
「そんなわけで、マドリガルは『名誉平民』なんだよ。オルフェウス殿下もアリオーソ様も困るみたいだから、もう聞かないでおくね。安心して?」
名誉平民。
とんでもないパワーワードが生まれた。
でも、俺はその部分は無視した。
もう全力で触れないことにしたし、大事なのはそこじゃないと判断した。
「敬称」
「あう……」
その後、俺たちは明里さんたちも巻き込んで、名誉平民ラウダの敬称を引っぺがす作業に勤しんだ。
【Tips:マドリガルの血筋】
原作ゲームにおいては完全に裏設定枠。
ゲーム内に遺伝子検査とかそういう概念がない関係で本編内では匂わせはしても明確な描写は入らない。そのため、ファンブックとかに書いてありそうな話。
……が、もはやゲームではない上に、色んな意味で原作より状況がエグい。関係者各位は頭を抱えている。
<約150年前>
王弟(天才)×男爵家の侍女=魔力持ちの子ども
→ お家騒動がヤバくなる気配しかないため侍女が逃走して平民に降る(カオスの始まり)
↓
王弟の血が強すぎて『魔力持ちの』平民が生まれ続ける。髪を伸ばす掟は普通に受け継がれ続ける。
途中で血筋のヤバさに気づいてしまった偉すぎる人間がいたため、「平民に紛れて暮らせ」という言葉が残る……が、この時点では割と言うこと聞かない。
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<約100年前>
伯爵家の遊び人長男(ガッツリ魔力持ち)×平民(上記の流れで生まれた魔力持ち)=当然のように魔力持ちの子ども
→ この子どもが普通に認知されて育てられた(カオスの強化)
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<約80年前>
血筋がちょっと怪しい伯爵家の子ども(ガッツリ魔力持ち)×伯爵家の庶子(ガッツリ魔力持ち)=当然のように魔力持ちの子ども
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<約60年前>
またしても血筋がちょっと怪しいけど普通に認められた伯爵家の遊び人(ガッツリ魔力持ち)×男爵家の侍女=困ったことに魔力持ちの子ども
→ お家騒動がヤバくなる気配しかしなくて150年前と同じ流れが再来
※そしてこの辺りで改めて血筋のヤバさに気づいてしまった偉すぎる人間が現れたため、「だから平民に紛れて暮らせってご先祖様も言ってるだろ! 守れよ!!」という空気になる。守り始める。
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<〜現在>
途中があまりにも強すぎて何をどうしても『魔力持ちの』子どもしか生まれないヤバい家系爆誕。
ちなみに普通に魔法が使えてしまうラウダ母は(多分どこかで貴族の血を拾ってきちゃってる)イレギュラー平民。




