68.文学教師何やってんだ
ひとりで動かないように、気をつけている——つもりだった。
なのに何故か、何故かわたしはひとりになっていた。
周りにいた人たちが、示し合わせたかのように一斉にいなくなる。
全部、わたしを油断させるための罠だった。
それに気づいた瞬間、安全な場所を探すためにわたしは全力で走った。
『はあ……っ、はあ……っ』
理由は、分かってる。
ヴィオレッタ様の力が、強すぎるんだ。
『精神操作魔法って、どうやって対処したら良いの……!?』
物陰に隠れて、荒れた呼吸を整える。
最近はもう、ずっとこんな状況だ。……今日は、特に酷いけど。
——わたしに敵意を剥き出しにして、襲いかかってくる人が出始めた。
軽いものなら、最初からだった。
でも、一部の人たちには何故か効いてなかった。
仲良くなってから理由を聞いたんだけど、オルフェウスさんとラウダさんは純粋にヴィオレッタ様より魔導士としての素質が高いから、シベリウスさんとアリオーソさんと先生たちは精神操作魔法に強い耐性があるみたい。
そして、バセットさんは気合いで耐えてる……とか、なんか変なこと言ってたな。
この人だけ、変なこと言ってたな。……え? 大丈夫?
『……。バセットさん、本当に何もかかってないのかな?』
ちょっと、いや、だいぶ不安になってきた。
つい最近、オルフェウスさんとアリオーソさんに噛みついてたし。
あれ、何か変な影響受けたとかじゃないのかな……?
コツコツと、足音が響いた。
聞き慣れない声が、廊下に響く。
『セレナ様ー! どこに隠れてらっしゃるのー? うふふふふ』
精神操作魔法の影響を受けてるっぽい人だ。
ひとりにされただけじゃなくて、敵が増えてる……!
『……っ』
わたしは口を手で覆った。
し、心臓が口から飛び出そう。
お願い。
早く、早くいなくなって……!
——その時。
ヒョイ、と首元を掴まれて、そのまま抱えられた。
『ふぇ……?』
やけに目線が高くなった。
ゆっくりと、横を見る。
『あ、アリオーソ、様……?』
『……』
なんか、ちょっと不機嫌そう。
不機嫌そうだけど、わたしに敵意持ってるとかじゃなさそう。
そのまま彼は、わたしを脇に抱えて走ってくれた。
『すみません! ありがとうございます!』
『……。厄介なことになってるな』
『本当に、どうしたものかと……』
呆れているというか、何というか。
色んなところに飛び乗りながら、アリオーソさんは一気に3階の空き教室まで滑り込んでくれた。
そこには、オルフェウスさんがいた。
『ヴィオレッタが暴走してるみたいだ……申し訳ない……』
『いえ……』
あなたのせいじゃない、と言いたかったんだけど、そういうわけでもないというか、何か事情を知っているのかもしれない。オルフェウスさんは首を横に振った。
『……困ったことが起きてるんだよね』
『困ったこと?』
そして心の底から申し訳ないと言わんばかりに、彼はわたしの顔を見て深く息を吐き出す。
『流石に、ヴィオレッタはここまで愚かじゃない。何かしら変なことに巻き込まれているんだと思う』
『え?』
『この学園、地下室に魔法の増幅装置が置いてあるそうだ。本来は魔力量の割に使える魔法が弱すぎる人間に『強い魔法』を使う感覚を覚えさせる用途で使うらしい。だが、感覚だけでなく、本当に発動してしまうことがあるみたいで、暴走する危険性があるから使用禁止の命令が降りているそうだ』
『まさか、ヴィオレッタ様は……』
『ああ。恐らく触れてしまったのだろうな。いや、触れさせられたのかもしれない』
オルフェウスさんはわたしから目を逸らして、くしゃりと前髪を掴んだ。
『もはや学園内は大惨事だ。ここまで被害が拡大する前に、僕が動いて、どうにかしていれば……っ!』
オルフェウスさん、普通にショック受けてるみたい。
バセットさんに結構派手に言われてたからっていうのもありそう……。
わたしが巻き込まれてるっていうのもあるんだろうけど、感情が高ぶった生徒同士で殴り合いになってるとこ見たことあるし……辛いよね。
仲は良くないんだろうけど、自分の婚約者が起こしたトラブルなんだし。
『……っ』
あれ? アリオーソさん……?
『あの、大丈夫、ですか……?』
アリオーソさん、何かに耐えてるみたいに見える。
わたしが近づくと、彼は軽く距離を取ってしまった。
そして、少し苦しそうに笑った。
『今のところは……ってところか? 油断すると持っていかれそうになるタイミングがあってな。背に腹は代えられなかったが、お前に近づきすぎたかもしれない』
『そんな……っ』
『……まあ、まだなんとかなる範囲だ。気にするな』
つまり、わたしに接触する時間が長ければ長いほど、ヴィオレッタ様の魔法の影響が強く出るってことだ。
足が治ったばかりのオルフェウスさんはまだまだ機敏な動きはできないから、アリオーソさんが代わりに来てくれたんだろうけど……申し訳ないこと、しちゃった。
『……』
黙り込んでしまった彼は、わたしに向かってボロボロになってしまったバングルを投げる。
これ、見覚えがある……!
『これ、バセットさんが着けてたバングル……!』
バセットさんが左手首に着けてるバングルだ。
派手な見た目の彼が着けるにはシンプルなデザインだから、すごく印象に残ってた。
これが、どうしてここに……?
アリオーソさんの代わりに、オルフェウスさんが口を開いた。
『この前のあれは、彼が心の底から思っていたことなんだろうね。それは間違いないって考えている。……だが、妙だなと感じたんだ』
『ええと……?』
『僕に対して嫌悪感があるなら、大切な君を置いていくはずが無いだろう? 恐らく彼は、君を守ろうとしたんだと思う。本当は連れて行きたかったはずだよ。……君に何かしてしまいそうで、怖かったんじゃないかな』
オルフェウスさんは、青紫色の瞳を悲しげに細めた。
『ヴィオレッタの精神操作魔法は、あの時点で既に暴走していた。彼は長い時間、君に触れた状態だったからね。精神操作魔法対策のバングルが、負けてしまったんだと思う』
『嘘……』
バセットさんに助けてもらった。
だから、彼は巻き込まれてしまった。
あの人は気合いで精神操作魔法に抗ってるって言ってたけど、嘘だ。
本当はずっと、壊れかけたバングルを身につけて戦ってくれてたんだ!
『バセットさん……』
彼が身につけていたバングルは、酷くヒビ割れていた。
よく見ると入っていた細かな装飾まで台無しになってしまっている。
持ち主は、どこに行ってしまったんだろう……。
申し訳なくて申し訳なくて、涙が出そうになってしまった。
『大丈夫。どうにかしてみせる』
そう言って、オルフェウスさんは困ったように笑う。
『僕は彼に『下の人間がどんな目に遭ってるか、一瞬でも考えたことある?』って言われて何も言い返せなかったんだよね』
何も言い返せなかった。
——つまり、図星だった。
『オルフェウスさん……』
『そんなんじゃ、君の隣に立ち続ける資格なんてないからね』
◇
——なんだこれ、ゾンビ映画かな?
ヴィオレッタがゾンビを無限増殖させた感じになってるな?
アリオーソはゾンビになりかけてるし、少なくともバセットは確定でゾンビだな?
文学教師が提供してきた台本を、本当に使ってみた。
何気に一番綺麗に繋がりそうな展開だったんだけど、この台本は『リアリティがありすぎる』という大問題が発生している。……逆にフェイク感が出るってことで、使ってみたけど。
まず、オルフェウスとラウダにヴィオレッタの精神操作魔法は本当に効かない。理由は魔導士としての能力が高すぎるから。
これはまだ良い。これに関しては魔法演習の成績を見れば予想可能だ。
学園の歴史を盛大に塗り替えそうなツートップに精神操作魔法が入るはずがないと考えるのは妥当だ。
そしてバセットは、変に言い寄ってくる人間対策で本当に精神操作魔法対策のバングルを使っていた。
これもとりあえず、良しとする。可哀想な話だけどバセットが質の悪い変なのに好かれるのは分かってるから、対策必須なんだと思う。
……まあ、手首じゃなくて二の腕に着けてるみたいだから、普通におかしいんだけどな。
外からは見えないはずだからな。バングルのデザイン全然違うしな。
問題はシベリウスもアリオーソもコラーレ兄弟も、誰ひとりとして公にしていないにも関わらず本当に精神操作魔法耐性持ちだったことと、学園内に使用禁止の魔法の増幅装置が本当に存在したことだ。
俺たちに拍手喝采を送ってきていた文学教師クロイゼルは、存在が観測された瞬間にコラーレ兄弟に職員室へとドナドナされた——当たり前だ。色んな意味で問題しかない。
全部偶然って可能性もなくはないけど、情報の出所どこだよ。この学園の情報セキュリティ的な奴は一体どうなってんだよ。
見学者たちが去っていくのを見て、俺はアリオーソを見上げる。
「先生たちはなー……職員情報としては開示してたらしいぜ、精神操作魔法耐性。生徒が暴走した時対策で、魔法耐性は申告する必要があるらしいんだわ。俺らの耐性は偶然当てただけかもしれねぇけど、先生たちの耐性と増幅装置はやっちまってんだろうな……」
「あーあ……」
大いにしょっぴかれてしまえ、文学教師クロイゼル。
それは駄目だわ。それは冗談抜きでよろしくない。
俺が呆れ散らかしている間に、明里さんと奏音ちゃんが打ち合わせをしている。
ああ、そうか。次は地下室に行くって話だったね。
とりあえず演習用の備品入れに魔法増幅装置があるって設定にした。
台本には本物の増幅装置がどこにあるのかがしれっと書いてあったけど、全力で見なかったことにした。……奇行によって生み出された産物は、本当によろしくない。
「ヴィオレッタ。どうする? 今日のうちに全部やりきるかい?」
天啓も何も関係ないゾンビ映画。
見学者たちは去っていったけど、やるってなったら不思議と戻ってくるんだよね。
やるのかなーって思ったけど、明里さんはゆるゆると首を横に振った。
「バセット様が剣術演習の先生に呼ばれて、どこかに行ってしまいました。ですので、別日かな、と」
「なるほどね、了解」
これは原作再現ではないから、ちょっとゆるゆる仕様で行く。
原作再現だった場合はこれ、オルフェウスは転びながらも地下室まで走る流れだったと思う。
足は動くようになってるけど、2年間動かなかったものを完璧に使いこなせるようになるかって言われたら難しいからね。
でも、今回は天啓再現じゃない。
移動した先で、そのまま演じる流れで行けるはずだ。転ばずに済む。助かる。
「次は精神操作魔法にやられたバセットと、そんなバセットを助けに行ったオルフェウスが一騎打ち、そこに駆けつけたシベリウスが、精神操作魔法にちょっと引っ張られながらも増幅装置を破壊……だったかな?」
「そうなりますわね。そして耐久戦をしているアリオーソ様と先生方を見て、諸々を察したラウダ様が残った精神操作魔法をすべて打ち消して、全員で黒幕のところに殴り込む、という感じです……まあ、その黒幕はドナドナされていったクロイゼル先生だったわけですが」
「しれっとエキストラ役に自分を組み込んでるの、笑うしかないよね」
「ですね」
そんなこんなで問題がありすぎる台本の良いところは、一通り登場人物が出てくるから協力戦になるところだ。これならほどほどに関係性を改善できる。
関係性を改善しながらもなんやかんやで協力していく流れになるんだけど、そんな状況になっててもヴィオレッタは態度を改めないから、結局最後は婚約破棄って感じなんだよね。
悪役令嬢婚約破棄イベントをやりたいなら、オルフェウスルート準拠で行く感じにはなる。
でも純粋なオルフェウスルートで攻略対象処刑祭になったら困るから、良い感じに誤魔化してラストは無難なハッピーエンドっぽい流れに持って行く予定だ。
せっかくだから、ちょいちょい原作シーンを挟んでヤバい案件を可能な限り処理できたら良いかなーとは考えてる。……今のこの状況でも起きるのかどうか分かんないけど。
俺たちがこっそり話をしていると、バセットが戻ってきた。
なんだかそわそわしているから、俺は彼のところに向かうことにした。
「……」
「どうしたの?」
彼は眉尻を下げて、俺とアリオーソを交互に見ている。
……本当にどうしたんだろうか?
アリオーソの方も気づいたみたいだ。
ちょっと様子がおかしい。でも、何となく悪い感じではない。
少し待っていると、バセットはちょっと言いづらそうに口を開いた。
「その……学年違うのに申し訳ないのですが、剣術演習の追試対策に付き合っていただけませんか? 魔法演習も、なんですけど……そっちは一旦置いといて……」
「えっ!?」
「すみません……」
バセットが追試、だと……?
『使えるものが多い代わりにどれも微妙』っていう器用貧乏型の魔法はともかく、剣術でも引っかかっただと……?
俺たちが困惑していると、バセットは苦笑する。
「おれ、純粋に試験受けれてなかったんですよ。……でも、しばらく剣振ってなくて。試験内容的に、誰かしらに相手頼めるなら頼めって先生に言われたんです」
「あっ、なるほどね。それなら納得した」
講義自体はしばらく休止状態だったんだけど、バセットの場合は引きこもっていた1週間の間か、勾留中に試験があった可能性がある。
第2学年の子に声を掛けるのは抵抗があったんだろうな。試験を受けることができなかった理由とか聞かれたら、流石に嫌だろうし……。
「良いよ。あと、試験内容が分かってるなら、魔法演習も付き合うよ」
「俺も付き合うぞ。ま、しばらくやってないなら、怪我しねぇ範囲でな」
「ありがとうございます!」
そういえばこの子、実技演習大会には出るのかな。
復帰タイミング的に代表選抜には間に合いそうなんだよね。
この子、戦う機会があったら頑張るって言ってたし、辞退とかせずに出てきて欲しいな。
そんなことを考えつつ、演習場へと向かう。
一通り追試内容をやりきった後、試しに俺とバセットが2人がかりでアリオーソに挑んでみた。
……瞬殺された。
息が切れる。
床に座り込んで、同じく息を切らしているバセットに話しかけた。
「バセット。成績的なのはどうなの?」
代表選出の可能性はあるのかな?
辞退とか言い出さないかな?
「何回か講義休んじゃった上に追試になっちゃったので、分かりません……」
でも、少なくとも『辞退』の可能性は無さそうだ。
ちょっと悔しそうにしてる。代表になったらなったで、素直に出てきそうだ。
それに安堵していると、バセットは深々とため息を吐いた。
「……まあ、第2学年が公開処刑になるのは確定ですが」
——その後、実技演習大会は無事に開催された。
第1学年代表はシベリウス、第3学年代表はアリオーソが選ばれた中、問題の第2学年代表には結局バセットが選出された。
第2学年の2番手だった子は、シベリウスを前に立つバセットに向かって全力で声を張り上げる。
「君に勝てないっていうのが確定した瞬間は『悔しい』って思ったけど、今となっては『ごめん』って気持ちしかない! 終わったらジュース奢る!! 流石に申し訳なさすぎる!!」
……酷い。
「そ、それは流石に無くないっすか!? あなた、自分のことを『生贄になった可哀想な奴』くらいに思ってません!? 自分のこと何だと思ってんすか!?」
「何言ってんだよ! 実際に生贄みたいなものじゃないか! ていうか、今年の第2学年代表生徒は明らかに生贄だよ!! 生贄押し付けてごめん!! 頑張れ!!」
「自分にも生贄の自覚は大いにありますが、生贄だとは思ってますが、外から言われると流石の自分も傷つくっすよ!? そんな生贄生贄言わないでください!!」
……色んな意味で、酷い。
そんなこんなで生贄——じゃなくて、バセットは『公開処刑』という名の10分間耐久戦を成し遂げた。当然アリオーソ相手にも全く同じことをやる羽目になってた。
でもアレとアレを相手にして一切逃げず、しかも真正面から立ち向かい続けた彼は普通に漢だし、その上で10分も持ったのが凄いという謎の拍手喝采が発生した。
そして「相手がアレとアレでは第2学年があまりにも不憫すぎる」ということで、第2学年だけ10人選出という万物がおかしすぎるエキシビションマッチも行われた。
——それでも第2学年は大敗した。
【Tips:実技演習大会の魔法部門の方】
結界を壊しかねないため、学年1番手のラウダと2番手のオルフェウスが共に辞退。
その結果、繰り上がりで第3学年代表になった伯爵家のモブくんが優勝。モブくんはなんとも言えない顔をしてトロフィーを受け取った。
なお、昨年度の優勝者は第2学年代表のラウダ。
しかし同学年2番手のオルフェウスがあまりにも強すぎた(他学年の1番手が到底及ばない実力を持っていた)ため、エキシビションマッチでこのふたりの組み合わせで戦っている。通称『魔王戦』。
なお、両者気づいていなかったが、魔王戦の時点で結界は相当に怪しかった。とんでもなく怪しかった。
そのため、辞退の申し出に学園関係者はほっと胸を撫で下ろしたという。




