67.後悔はともかく
「……あなた、馬鹿なんですか?」
バセットが目に涙を浮かべている。
「馬鹿、なんですか?」
これは俺が悪い。
俺が悪いけど、反省も後悔もしていない。
「馬鹿、なん……で……すか……っ、……」
あー……泣かせた。完全に泣かせた。
ごめん。ごめんってバセット。でも反省も後悔もしてないよ。
「バセット」
俺は庇護欲に殺されそうになって、立ち上がった。
でもコラーレ兄弟がバセットを俺に襲われないように庇う感じになってる。「お前は来るな」と言わんばかりにこっち見てる。
「……」
なんでだよ。
俺は何もして……なくはないな。したな。
仕方ないから、座った。
そして俺は、心底呆れたような顔をして、こっちを見ているアリオーソの存在に気づいた。
「つまり、お前たちは『オルフェはあの後、雨の日にバセットとふたりきりになると、何故か殺される』ことまでしか分かってなかったと」
「うん……」
「なのに、お前は自主的に雨の日にバセットとふたりきりになったと」
「うん……」
それが分かった瞬間にバセットが泣いた。
本当にごめん。でも反省も後悔もしてない。
「……っ」
「えっ」
おい、マジか。
アリオーソまでちょっと泣きそうになってる。
「……。俺を、殺す気か」
「ごめん……」
こっちは耐えてるけど、確かに……冷静に考えたら、相当に悪いことした。
流石にこっちは罪悪感で苦しい。アリオーソの気持ちは度外視してた。ごめん。
「……」
空気が終わった。ヤバい、終わった。
バセットは完全に泣いてるし、アリオーソは油断したら決壊しそうな状態になってる。
あとシベリウスは黙ってるけど結構怒ってる。
持ってきたペンをひたすらカチカチして耐えてる。
そんな状態だから、「もうオレが行くしかないな」的な判断をしてくれたっぽいラウダが話し始めた。
「えーと……うん、天啓通りに行ったらオレは国を滅ぼしたんだろなって自覚はあるんだよね。だからこそ、天啓を覆すことの重要性は分かるんだよ。……でも、ここから先のことはよく分かってないんだね?
それこそ、あなたが殺される原因が分かっていない、つまり回避手段不明な状態で愚かをぶちかましたくらいには何も分かってないってことだね?」
「はい……」
そのまとめ方はやめてくれラウダ。
騎士団員たちの涙腺が終わる。あとシベリウスも違う方向性で終わる。
……とりあえず、話の方向性をちょっと変えよう。
「分かってる危機的状況は片っ端から回避したんだけど、明らかに回避できてない問題が残ってるというか……だから多分、この後は革命が起きるんじゃないかなって考えてる。革命第二派案件かなって」
「でも、いつそれが起きるか分からない、と」
「うん……」
ラウダは頭を抱えた。
頼む、静かにならないでくれ。聞こえてくる音ですごく俺が苦しい。
「……」
高速でペンをカチカチしていたシベリウスが、色んな感情が入り混じってそうな目を俺に向けた。
カチカチ音が止まった。でも、それはそれで怖い。
「……。そうだね、想定より早く起こるんじゃないかな?」
「早く?」
「革命第二派からすれば、今回の一斉摘発で隠れ蓑もパトロンも、下手すると戦力も失ったようなものだよ? さっさと動かないと捕まるリスク高くなるじゃないか」
そこまで言って、シベリウスは深呼吸した。情緒を安定させてるっぽい。
本当にすみません……。
「逆に遅くなる可能性ってないかな?」
「そっちもあり得るけどね。……追加戦力の当てがあるなら、だけど」
シベリウスは、ラウダとコラーレ兄弟を見る。
革命第二派は間違いなく彼らを当てにしていた——見事に、裏切られた。
裏切らずに乗っかった人間もいたかもしれないけど、少数派って可能性は大いにある。
そもそもメタ的な話だけど、バランスブレイカーである彼らを引き込めなかった時点でゲームシナリオは大崩壊も良いところだ。しかも、どっちも情報漏洩しまくってるし。
「なるほどね。もう戦力追加の当てがないなら、さっさと動いてしまおうっていう発想か」
「そういうこと。リュートの狙いが身分制度の廃止なら、上位貴族が乗っかってくるとは思えない。正直に言わせてもらえば、侯爵家のリュートが動いたこと自体が謎だしね」
バセットは『下位貴族に抜き打ちの一斉捜査を仕掛けろ』って言った。
社会的な権威と財力に恵まれた上位貴族が、身分制度の廃止を求めるとは思えないからだ。
もしかすると困窮している一族もいるのかもしれないけれど、下位貴族に狙いを絞った方が確実だ。実際、そうだったわけだし。
「もうリュートの個人的な思想みたいなのが関わってそうだね。ただ、どっちにしたって、革命第一派より犠牲者が出そうというか……」
「革命第一派なら王家に狙い定めてただろうけど、第二派の場合は想定される理念的に、王家以外も巻き込まれるの確定だしね。それこそ、アリオーソとヴィオレッタ嬢は確実に巻き込まれるわけで」
アリオーソは必死に泣くの耐えてるからそれどころじゃないんだけど、明里さんが露骨に嫌な顔した。
そうだね……あからさまに死亡フラグだもんね……。
「わたくし、死にたくありませんわ……」
切実な言葉が漏れちゃった。めっちゃ本音が出ちゃった。
そんなこともあって、天啓組を代表して奏音ちゃんが話してくれた。
「あたし、実はリュートって人の話も多少は見えているんですけど……あまり当てにならないんですよね。オルフェウス殿下たちが学園を卒業して、しばらくして……唐突にお城が燃えます」
その雑すぎる説明にシベリウスが軽く咽せた。
「もうちょっと細かく分からなかったのかな? 天啓仕事して?」
「本当にそう思います……」
……確かに、主にしばらくの部分を聞かせてくれって思う。
でも、リュートルートって確か革命放り出してヴィオレッタに色々押し付けてヒロインと亡命って流れだしな。だからゲーム的には細かい部分はどうでも良い判定だったんだろうな。
RPGとかならともかく、これ、乙女ゲームだし……描写するにしたって推定トゥルーで明かすことありきだったんだろうし……。
「とりあえず、とりあえず初手は王城か……まあ、そうだよね。革命起こすなら王城から行くよね。犠牲者とか分かる? どれくらい兵士的なの出てくるかとか」
「分かりません!」
「酷いなー……」
遠回しに奏音ちゃんは『天啓のことは諦めてくれ』と訴える。
実際問題、分からないんだからどうしようもない。許してくれ。
「あっ」
ここでふと思いついたと言わんばかりに、明里さんがシベリウスを見た。
「この先の話なのですけれど、王城にオルフェウス殿下とシベリウス殿下が絶対に行かなければならない行事ごと、何がございますの? 王城を襲撃するのであれば、両殿下がいらっしゃる時だと思いますので」
そうか!
その手の行事をリストアップすれば良いのか!
「そうだね……主に式典かな。この先だと、建国祭と国王と王太子の生誕祭は確定だね」
明里さんはシベリウスに聞いてたけど、流石の俺でも分かるから答えようと思う。
去年も一昨年も、護衛を大量に引き連れて何度か王城行ってたし……。
「あと、騎士叙任式と魔導士叙任式は確定かな。毎年誰かしらいるし……該当者がいれば、褒賞授与式の類があるよね……って、うわ……」
俺は頭を抱えた。
困った。これだとしたら、本当に、困る。
「王城が燃えるタイミング、『立太子の儀』だった可能性ないかな……?」
——そう、ゲーム本編におけるオルフェウスは『王太子』ではない。
そしてメタ的に考えると、革命が起きるのはオルフェウスにとって大事な日なのは確定だと思う。何故ならこのゲーム、本当に性格が悪いからだ。
ここまでゲームの展開を変えに変えてきたんだ。
完全に無関係とは思いにくい。これには流石のシベリウスも顔を覆った。
「今までの天啓再現の流れを考えたら、本来起こらない流れを再現してたことを考えたら、その可能性はかなり高い気がする……もしそれだとしたら、とっくの昔に終わってるよ……立太子の儀を再現するとか不可能だし……」
どうしよう、これ。
立太子の儀とか、俺たちが普段やってる寸劇の域を余裕で超えてるんだけど……。
「……」
いつの間にか顔を上げていたアリオーソは深く息を吐き出して、奏音ちゃんを見る。
「なあ、革命とは別で、天啓って確か世界が滅ぶパターンが複数あるんだったよな?」
「え、は、はい……」
「つまり革命が起こらないパターンもあるんだよな? それこそ、オルフェが独裁王化する未来やラウダが国を滅ぼす未来なら、革命って起きてないよな?」
「そうですね……?」
……何故だろうか、嫌な予感がする。
「だよな。そうじゃねぇと、やってきたことの辻褄が合わなくなるもんな? だったら革命が起きるまで、『天啓再現』は続けるべきだよな?」
「えっ!? いや、あの……」
「もしかしたら、それやってたら革命が起きねぇかもしれないだろ? 起きるんだろうが、起きねぇかもしれないだろ? ……まあ、起きるんだろうけどよ!」
おい、とんでもない暴論が出てきたぞ!?
要するに高確率で意味がない通常ルートの原作再現をしろって言ってるぞ!!
「その、良いんですか……? もう多分、意味はないですけど……」
流石の奏音ちゃんも『裏ルートから通常ルートの展開に強引に軌道修正して続きを演じていくこと』に意味を見出せないらしい。意味がないって言っちゃってるし。
すると、アリオーソは鼻で笑って俺を睨んだ。
「やれるもんはやったら良いんだよ、オルフェが嫌がってるしな」
おい!
嫌がらせかよ!! 純粋な嫌がらせ目的かよ!!
明里さんがちょっと考えてる。この流れを止めて欲しい。
止めて欲しいけど……何か、もう期待できないや。裏切られる未来しか見えない。
「実を言うと、わたくしたちは現実で起こっている状況を見ながら、起こり得るもの、状況に近いものを選んで再現していたのです。ですのでここから革命が起きない流れに持っていくには、間に天啓とは関係のない話を盛るしかありませんの。そうでなければ、話が繋がらないのです」
落ち着いて? 明里さん、落ち着いて?
流石に黙っていられなくなった俺は、首を突っ込むことにした。
「い、いや、話……繋げなくて、良くない?」
もうこの際、やる流れになるのは仕方がない。
やる流れになるのは諦める。諦めるとして、もうここから先はIFルートみたいなので良くないかな?
裏ルート特有展開いくつかあったよね?
すっごい後味悪い感じの絶望展開が複数系であったよね?
特にバセットどうするんだよバセット。
オルフェウスとアリオーソに喧嘩売ったどころかラウダともひと悶着あったぞあの子。どうするんだよ。
「ほら……は、話が重くなりすぎて収拾がつかなくなったから、途中から話を変えましたで良いんじゃないかな?」
俺はどうにかこうにか誤魔化しにかかった。
被害は最小限にしたい。余計なことはしたくない。
バセットを慰めていたコラーレ兄弟が、鞄から分厚い紙束を取り出してテーブルの上に置いた。
「そ……それは?」
クレメンティ先生は俺……じゃなくて、明里さんの顔を見て微笑む。
「わたしがここに来る前に、クロイゼル先生から預かってきたものだ。……分かるかい? 何故か最近は確定で現れる文学教師だ」
「……」
「最後の天啓再現がなかなかに重かったからね。派手にやってしまった上に、少々不謹慎な感じになってしまったから、君たちが困っているんじゃないかと思ったらしいぞ。だから、軌道修正するための展開をいくつか考えたから使って欲しい、と」
文学教師何やってんだよ!!
さては社畜期間中に発狂して奇行に走ったな!?
嫌になって現実逃避で意味の分からない産物を生み出したな!?
もはや、俺が発狂しそうだった。
そっちに気を取られていたけれど、ふと、ジェズアルド先生の視線に気づいた。
てっきり文学教師クロイゼル先生案件かと思ったけど、どこか呆れかえったような表情を見るに違うらしい。そして彼は、静かに口を開く。
「良いか、オルフェウス君。君の判断がバセット君を救った。それは分かる」
そうですね。
反省も後悔もしてないです。それが何か?
「……その開き直ったような態度が、ずっと気になっている」
アンバーの鋭い瞳が、俺を射抜いた。
思わず、背筋が伸びる。
「さっきからずっと『反省も後悔もしていません』という顔をしているが、後悔はともかく反省はしてもらわないと困るぞ」
「え……」
「バセット君のことはともかく、他の子たち……特に、アリオーソ君の気持ちになって考えたことはあるか? 彼に関しては精神的なものだけでなく、立場的なものもあるのだぞ」
悪いことしたとは思ってるよ。
でも、あれが最善手だったじゃないか。ああするしかなかったじゃないか。
……いや?
今にして思うと、一言二言くらい相談して動いても問題なかったな?
よく考えたら「バセットの話を聞きたいから時間が欲しい」くらい言う時間はあったな?
それでも駄目というか、問答無用で捕まりそうなら逃げる、で良かったんじゃないかな?
……あれ?
俺、そこそこ酷いことやってないか?
「はぁ……やっと気づいたようだな。上手く行ったのは結果論であって、後から『あのまま主君が殺されていたかもしれない』と聞かされた従者の気持ちを理解した方が良い。……彼に限らず、だがな。我々も正直、相当に思うところがあるぞ」
「……すみません」
確かに、後悔はともかく反省すべき案件だった。
バセットを、信じてはいた。この子なら大丈夫だと信じていた。
この子は身体を張ってでも、最優先で守るべきだと思った。
あの時の俺は、そう考えてしまった。
結果が結果だから、内心、何も間違っていなかったと思っていた。
だからこそ『バセットに殺されること覚悟で動いた』という話を平然としてしまった。
……それを聞かされた側の気持ちを、考えていなかった。
ジェズアルド先生は、軽く息を吐き出す。
「だから天啓再現は続けるぞ」
「どうしてですか……」
着地点が明らかにおかしいし、この間、クレメンティ先生から明里さんに紙束授与式のようなものが行われていた。
でも、指摘する気はない。
そんなことよりも、気にすべきことがある。
俺はアリオーソに目を向ける。
彼は拗ねたように、指に髪を巻きつけていた。
「つーか、さぁ……」
アリオーソは、ぼやく。
「オルフェの成長を見るために、世界滅亡を回避できたら『悪役令嬢の婚約破棄』をやろうぜって話したじゃねぇか」
言ってたね。
俺以外は全員賛成するっていう地獄が起きた、あの時の話だね。
「お前はさ、嫌がっちゃいたけどさ」
アリオーソ側に「嫌がっちゃいた」という認識がある。
だから「はい、嫌です」で押し切れそうではあった。
でも、アリオーソの声が震えてた。
ギリギリ泣いてはないけど、初めて聞くレベルで震えてた。
「やるんだったら婚約破棄できる流れ、作んねぇと駄目だろ。……作れよ、馬鹿」
……そうだよね。
よく考えたらこの子、自分が見てないとこで親友が毒盛られてたんだもんね。
それが、深い心の傷になってる子なんだもんね。
それなのに、自分が見てないとこで親友が刺し殺されてたかもしれないって、親友自身がそれを分かって動いていたって事実を後から知らされて、ゾッとしただろうね。
その複雑な思いを嫌がらせ一発で晴らそうとしてくれてるんだから、相当に譲歩してくれてると思う。
いや……本人の中では『嫌がらせ』なんだろうけど、実際のところは『生存確認』なんだろうな。
世界滅亡を回避した先で、『悪役令嬢の婚約破棄』を演じるって名前の、生存確認。
本当は、後者は何だって良いんだと思う。
ただ『オルフェウスが生きている』っていう状況を分かりやすく実感できれば。
……それで、良いんだと思う。
「分かった。……やろっか」
嫌とかやりたくないとか、軽く言うのは簡単だ。
でも、俺がこの子を酷く傷つけたのは間違いない。
「……」
「……ごめん、アリオーソ」
言葉は返ってこなかった。
その理由は彼の目を見るだけで分かるから、追求しなかった。




