64.守りたいもの
「明里さん? どうして君は空を飛んだのかな?」
「ごめんなさい……」
「まあ……俺も派手に飛んだから、人のこと言えないんだけどさ……」
涼しい風が吹く。
俺と明里さんは、ふたり並んで仲間たちを見ていた。
「若いなー」
「ですねー」
この世界にもドッジボール的な概念はあるらしい。
シベリウスとアリオーソとラウダが、魔力を固めて投げ合っている。
若いなーって思うし、仲良いなーって思うんだけど……。
「あのさ……あれ、死人出ないのか気になるんだけど。デスゲーム?」
「奏音ちゃんひっくり返ってるから、重傷負うのはやめて欲しいですね……」
冷静になって考えてみると、あの遊びは普通に怖い。
当たった瞬間に死ぬんじゃないかって不安になる。殺戮魔王混ざってるし。
ドッジボールという名のデスゲームをしないで欲しい。
「んっ!?」
そして俺は気づいた。
黒い影がとんでもない勢いで視界の片隅を駆け抜けていったことに気づいて、立ち上がった。
「シベリウス! 遊ぶ前にレランド片付けなさい!!」
「えー!?」
「ちゃんと片付けなさい!!」
吹っ飛びまくった俺たちも悪いんだけど、奏音ちゃんがひっくり返った原因を生み出した暴れ馬が自由自在に走り回っている。
デスドッジボールも怖いけど、屈強な騎士団員たちを次々と病院に送りまくる暴れ馬が好き放題に走り回っているのはもっと怖い。
シベリウスは仕方ないなぁと言わんばかりにレランドの方を見た。
「レランドー! おいでー!!」
そんな雑な呼び方で……おい暴れ馬、何で行くんだよ。
何でスリスリしてんだよ。めちゃくちゃ素直に収納されるのかよ。
そしてシベリウスはなんで急にアホ全開になってんだよ。可愛いな。
「ギャップ男子って奴かな……」
「シベリウスですか?」
「しごできしてる時とそうじゃない時の差が激しすぎる」
明里さんは目を丸くしつつ、「ふふっ」と笑ってシベリウスたちに優しい眼差しを向けていた。
「そもそも原作と違いすぎるので、私はもはや何も気にしてません。……しごできモードオフの時は年相応な感じがしますし、怪我しなきゃ良いんじゃないかなって」
「……それもそっか」
ていうか彼は彼でバセットの件で有能さを発揮し過ぎて疲れてるのかもしれない。
ピクニックの発案者でもあるし、周りの状況をしっかり見ているのは分かってる。
自分が一番動きやすいはずだから、と考えてくれたんだろうな。
そして、デスドッジボール集団から少し離れた場所に目をやると、奏音ちゃんがレジャーシートの上で丸まって寝ている様子が見えた。
彼女は暴れ馬に吹っ飛ばされて動かなくなった人間を片っ端から救助してた。
疲れた、というか純粋に魔力切れなんだと思う。
この世界の概念だと魔力切れ=体力切れ、みたいな感じらしいし。
あまり寝れてないんじゃないかって話もあったから、寝かせといてあげようっていう話になった。
バセットは彼女が寝ているレジャーシートに座って、シベリウスたちを見ている。
拘留中に体調を崩して酷く体力が落ちてしまっているから参加できないし、そもそも正直に言うとテンション任せにはしゃぎ回るような遊びは得意ではない、という話ではあったけど……どちらも嘘ではないんだろうけど、彼の場合は気を遣ってくれているんだと思う。
——あんなの飛んできたら、奏音ちゃん死ぬかもしれないからな。
その気遣いに甘えさせて欲しい。
シベリウスたちの運動神経なら大丈夫だとは思うけど、万が一、そっちにボール飛んできたら助けてくれ。
「……」
平和だ。すごく。
このまま続いて欲しいなって、思うくらい。
「平和が続かないの、確定なんだよなぁ……」
「えっ」
「俺、このゲーム嫌い」
「あぁ……」
……明里さんが察してくれた。
そうだよ、明里さん。
まだリュート案件が片付いてないんだよ。
一斉捜査で革命第二派関係者は何人か捕まえたみたいなんだけど、首謀者は捕まってないんだよ。
分かっちゃいたけど、捕まる気配すらないんだよ。
「そうでしたね。全員生還状態でここまで来ましたけど、最大の問題が解決してないですもんね。むしろここからが本番、というか」
「そうなんだよね」
俺は膝を抱え込んで、息を吐き出した。
「……バセットがさ、俺に対して「何で『嫌な奴』でいてくれないんですか?」って言ったんだよね」
「嫌な奴って……」
「あはは、結構キツかったんだよね。それはもう、俺が招いた結果なのは確定だったから」
「え、でも、それは……!」
「最終的には救えたから良かったけど……本当に、ごめんってなった」
バセットに嫌われていればよかった。
何度も、そんな考えがよぎった。
これで良かったんだって、これが正解だったって思いながらも、どうしたってよぎった。
殺されたかったわけじゃない。でも、俺のせいであの子を追い詰めたっていう事実が辛かった。
「でさ、そんなこと考えてたせいかな。……メタ推理が、進んだよ」
あの時のバセットの言葉のことをずっと考えていたせいだと思う。
俺の中で、ある仮定が生まれた。
「攻略対象全員の好感度を上げるんじゃなくて『ラウダルートを回避した後、オルフェウスの好感度を上げまくること』がバセットの裏バッドエンドと推定トゥルーに行く条件なんじゃないかな。……奏音ちゃん、絶対そんなことやってないと思うし」
「え……」
「そんなことやったら当然、セレナのことが好きなバセットからすればオルフェウスは『嫌な奴』認定されると思うよ。どこにも分岐せずに最後まで行ってる時点で、バセットの好感度はそこそこ高くなってる状態だと思うから。
バセット目線だと実質裏切られたようなものだから、セレナのことも決して良くは思ってないだろうね。だから多分、最後のイベント内容が変わったんじゃないかなって思ってて。……例えば、ヴィオレッタに襲われた時に助けに入るのがバセットじゃなくてオルフェウスになる、とか」
『嫌な奴』になれなかった俺は、ひとりで考えていた。
原作ゲームの条件で、オルフェウスがバセットに徹底的に嫌われるには、親からの命令を素直に遂行するような状態に持っていくには、どうしたら良いのかを。
その答えが、これだ。
——彼が大切にしているセレナを、横から掻っ攫ってやれば良い。
「裏バッドエンドだと、このままオルフェウスが殺される展開だと思う。そしてバセットがセレナに告白することもなく、そのまま素直に断頭台送りになるんじゃないかなーって」
「惨い……っ」
「本当にな……これを想像する俺も大概だけどな……」
でも、あの段階から分岐を発生させるとしたら、これしか思い浮かばなかった。
発想が酷すぎて制作チームに精神乗っ取られたかもしれないって、ひとりで発狂しそうになった。
「……で、バセットの裏バッドエンドを回収した後に周回する、とかで推定トゥルーが解放されるんじゃないかなって俺は考えてる。オルフェウスの生死分岐的な感じで」
「つまり、オルフェウスが殺されちゃ駄目なんですか?」
「うん。あくまでも仮説なんだけど、その後に起こり得る展開を考えたら、オルフェウスには最後の方まで生きててもらった方が良い。……まあ、無難に殺害失敗するパターンだろうな。殺害直前で良い感じにストップ掛かるんだろ。アリオーソが乱入するとか」
「そう、でしょうね……」
「それでオフィクレイドは連座処刑確定だ。その後の調査で手紙がどっかから出てくるとかじゃないかな。そこからある程度の真実が見えるし」
そう、プレイヤーを寝込ませそうなレベルで最悪だった手紙の数々だ。
あの手紙の存在だけでもオフィクレイドが革命に関与していたことは推察できるし、どうせ屋敷の中からも色々出てきたんだろうし、それでバセットの背後事情とか裏バッドエンドの真相は余裕で分かる。
「うぅ……でも、確かにそうですね。バセットの推定トゥルー案件って、あの騒動で出てきた情報で間違いないでしょうから」
明里さんは嘆きながらも、おもむろに頷いた。
申し訳ないなと思いつつ、俺は楽しそうに走り回っているラウダに視線をやって、そのまま口を開く。
「しかもさ、オルフェウス目線だとまた殺されかけたわけだから、間違いなく荒れるだろうね。そして平民スカウトの情報がどこかから出てくれば、ラウダを殺す方向に持って行くのは時間の問題だ。……嫌な話だけど、あの子の家族ごと行けばリュートの手紙が出てくるし」
「……」
「しかも原作だとラウダ虐めてた人間は学園内に残ってる。大火傷の証言は簡単に出てくるだろうし、それだけであの子が貴族を憎んでたって裏付けが取れる。つまりラウダを何らかの形で処分する理由はいくらでも偽装できる。作りたい放題だよ。……そもそもラウダを殺すより、あの子が革命軍堕ちする方が早い可能性もあるけどね。それならそれで情報出るし」
——バセットとラウダの共通点は、とんでもなく革命第二派に近い位置にいたことだ。
ラウダが自主的に情報を吐いたからおかしくなっただけで、本来は出てくる順番が逆だったんだと思う。俺の仮説通りだとすれば、あの子たちの話は綺麗に繋がる。
明里さんは無邪気に遊んでいる黒髪の少年を光の無い目で見つめ始めた。
「そうなってくると、アリオーソはオルフェウスを守るために殺人鬼になっててもおかしくないですね。元々は親しかった騎士団員辺りを手にかけて、絶望しているところをセレナに見られて。全部を吐いて自害ってところでしょうか」
「だろうね……」
本当に楽しそうだな、あの子たち。
ちょっと幼さが出てきてて可愛いな。……辛いな。
もう革命とかどうでも良いから、ずっとアレやってて欲しい。
俺は若干闇堕ちしそうになりながらシベリウスを見た。
「ここからは割と強引な仮説だけど、オルフェウスが荒れに荒れたことを理由に、シベリウスが兄を見限って革命軍側に付く可能性があるなって思ってて。そこで有能性を発揮してくれたら、十分に彼の能力は描写できる。イベント内であの子の慧眼はある程度透けてたから、急な感じもしないし」
「裏ルートだと、オルフェウスとシベリウスは割と険悪な感じですもんね」
「そうそう。この流れだと和解する前にオルフェウスが暴走してるし、もう駄目だなー、これ以上犠牲者を出さないために、兄さんを中心に回ってるこの国ごと終わらせるしかないんだろうなーってなる可能性が……」
「う゛……」
ここまでの話を聞いて、明里さんは両手で顔を覆って呻いた。
……本当にごめん、まだ続くよ。
「革命軍がどこかのタイミングでコラーレ兄弟を引きずり込めていれば、彼らの能力についても描写できる……というか、コラーレ兄弟も裏バッドエンドは謎残しエンドで、証拠隠滅と思いきや革命関与な可能性があるんだよ。元から革命誘われてる上に、本編前の時点でよりによってバセットとガッツリ接点あるから、変な情報流れてそうというか」
奏音ちゃんはコラーレ兄弟の裏バッドエンドを回収できていない。内容を分かっていない。
そうなってくると、悪い意味で無限の可能性がある——明里さんは、また嘆いた。
「ありそうなのが、嫌……」
気持ちは大いに分かる。本当にさぁ……考えれば考えるほど、嫌になる。
「オルフェウスも何かしら推定トゥルー案件持ってると思うんだけど、分からないから置いとくとして……で、最後にリュートの推定トゥルー案件を出すなら、革命勃発かなーって……」
「……」
「リュートが本当に身分制を廃止したいなら、王家は滅ぼしたいだろうね。だから革命軍側に行っていたとしても、間違いなくシベリウスは殺害すると思う。この時点で生き残ったとしても、ラウダとコラーレ兄弟。
でもこの3人は能力的にバランスブレイカーでもあるから、メタ的に考えたら何らかの理由で死んでると思う。さっきも言った通り、ラウダは革命前に殺せる可能性あるしね。……あ、オルフェウスも生きてるかも。どうせ最後は死ぬんだろうけど」
……雑に処理してごめんね、オルフェウス。
「ここまで行って、リュートは初めてセレナに自らの目的を語る。それか、何かしらの手段でセレナがリュートの目的を知る。……ただ、あくまでも俺の予想だけど、ここまで来たらリュートも死ぬんじゃないかな。実は最後まで生き残ってたオルフェウスと刺し違える的な方向で」
「あぁ……」
強引な部分もあったけど、『ゲームなので』で片付く範疇だろう。
そしてこの展開に持ち込めば、明里さんと奏音ちゃんが困っていた「ゲーム内で描写が無かった」案件すべての情報開示が可能だ。
「推定トゥルー、逆ハーとかそういうのですらなくて……攻略対象が全員死ぬタイプのエンドだと思う……」
——俺、このゲーム本当に嫌い。
明里さんは、もう万物が嫌になったと言わんばかりに淀んだ赤紫の目で虚空を見つめていた。
「奏音ちゃんに引っ張られてる可能性ありますけど、バセットの件で私は大概に心が折れています。好きだったはずのゲームにドン引きしています。あそこまでやりますか……?」
分かる、分かるよ。
あそこまでやりますか、は至極当然の意見だと思う。
「バセットって、もう確定死だったからな。あれは確定死だったもんな……」
「申し訳ないのですが、私、透さんが法令作ってたこと知らなかったんで、本気で絶望しましたもん……」
「俺も完全に忘れてたから絶望したけどな……この2年間、法令の出番無かったし……」
シベリウスのしごできモードが発動しなければ、マジで終わった。
バセットは俺に感謝してたけど、今回の件は99%シベリウスの功績だと思う。
言わなくても、あの子はちゃんとシベリウスにも感謝伝えまくってるんだろうけどさ。
そんなことを考えながら、もう一度バセットに視線を向ける。
俺が見ていることに気づいた彼は少し恥ずかしそうに笑いながら、控えめに手を振ってくれた。
とりあえず、俺も手を振り返す。可愛いな。……死なせずに済んで、本当に良かった。
「バセット、透さんにすごく懐きましたよね」
「ぶっちゃけ庇護欲で狂いそう」
「庇護欲で狂いそう!?」
そういやラウダもそうだけど、バセットも声優豪華枠だったな。
多分、プレイヤーを庇護欲でぶん殴った後に色々突きつけて絶望させる要員だったんだろうな。
……頼むから俺に制作チームを蹴り飛ばす権利をくれ。絶対に許さない。
俺が製作チームを呪っているのを見て、明里さんは、くすりと小さく笑う。
「庇護欲……透さんは割と最初からそうですけどね。そこを前提に動いているというか」
まあ、否定はしない。できない。
俺が1回病んだ原因でもあるし。……あの時は本当にありがとう。
「明里さんを救いたいって思ったのがすべての始まりだからね。今もそれは変わらないし、君のことも守りたいと変わらず思ってるよ」
「ふぇ……!?」
「あっ!?」
やばい!
変なこと言った!!
「た、他意が無いのは分かってます! 大丈夫です!」
明里さんは顔を真っ赤にして、勢いよく立ち上がった。
「えっと、その、余ってるお弁当の具材、ちょっとコラーレ兄弟の研究室前に置きに行きませんか?」
ヴィルレー夫人がびっくりするくらいお弁当を盛り盛りにしてくれた関係で、バセットが持ってきたお弁当は余りに余っている。
その関係で明里さんと奏音ちゃんが作ってくれた美味しいクッキーも余ってる。……申し訳ない。
まとめて最後に分け合う予定だったけど、いくらか社畜教員に届けに行くのはありだな。
バセットの許可が取れたら、明里さんと一緒に届けに行こう。
……って、いつの間にか距離取られちゃった。
気まずかったよね、ごめんね。
「明里さん……」
俺が彼女を、明里さんを『守りたい』と思っているのは事実だ。
ただ、彼女に対して抱く感情と、他の子たちを守りたいと思う気持ちは少し方向性が違う。
……流石にもう、その理由には気づいている。
気づいてはいるけど、表に出してはいけない。
定期的にやらかしてるけど、結局のところ俺は、オルフェウスの身体を間借りしている人間だ。
——人の身体に入り込んでいるだけの、不安定な存在でしかない。
「……」
俺は小さく首を横に振って、彼女を追いかける。
「ドアの前にご飯……ごんぎつねかな?」
「ごんぎつねは死亡フラグですよ!」
「あのふたりは猟銃持ってないからセーフだろ!」
本当に、こんな日々がずっと続けば良いのに。
他愛のない会話をしながら、俺たちはバセットのところに向かった。




