62.息抜きの時間
バセットの件から、1ヶ月くらい経った。
俺たちは学園内にいても、講義には出ていない——というか、講義がない。
王国騎士団および王国魔導士団総出で一斉に抜き打ち捜査を行った結果、革命第二派に関与していた家がかなり出てきたようだ。
そうなると当然、生徒の中に関係者が混ざっていることもあるわけで……中には爵位剥奪処分になった生徒が出てくるわけで……退学や休学までは行かなかったとしても、諸々の処理が必要になったわけで……。
「コラーレ兄弟、息してるかな……」
俺はベッドに寝転がりながら、唐突に社畜化したコラーレ兄弟に心の底から同情した。
あの件の翌日、バセットの身柄を然るべき場所に引き渡した後、彼らにも報告をした。
その時は良かったんだけど、ちょっとしてから『しばらくは学園に囚われて世界救済どころじゃないと思う。許してくれ』と何とも言えない報告をされた。……案の定、彼らは囚われた。
1回だけ通信機能付き宝石で、あまりにも語彙力が終わりすぎた泣き言を言われた。
語彙力が終わりすぎていて怪しいけど、多分あれは泣き言だと思う。もはや鳴き言だったけど。
仕方ないな、流石にこの手の案件の情報漏洩は一切できないもんな。
なんで俺に泣き言を言ってきたのかは分からないけど、言う先としては結構的確だった。
何故なら、元ブラック気味の職場に勤めていた俺には、彼らの気持ちが大いに分かるからだ。
急な仕事に振り回されて酷い目に遭うことだってある。あれは辛い。
特に予定がすべて狂うのは相当に辛い。旅行キャンセル案件になったことあるし。
教職員が内部処理で心身ともに疲弊して講義ができないだけで、外部的なものは爆速で落ち着いている。
だから、もうだいぶ前から学園内なら好きに移動できる権利は得ている。
それでも、俺はほぼほぼ部屋にいた。
「俺が動き回ったら、あの子が本当に死ぬからな……」
——アリオーソが、ぶっ倒れたからだ。
対人強化魔法を扱えることが発覚した、年中無休の24時間護衛少年。
あの子はその希少な能力のせいか、抜き打ち一斉捜査の時には俺の護衛任務を一時的に外されていた。
そして1週間ちょっと前、学園に戻ってくると同時に、部屋に入ると同時に崩れ落ちたらしい。
……単なる過労というよりはオフィクレイド男爵家の斬首刑が執行されたタイミングでもあったから、張り詰めていたものが完全に切れたんだろうな。
「そりゃ、なぁ……」
バセット本人に関する事案はリチェルカータ侯爵家が主になって動いていた。
つまり、アリオーソはここにも関与していた。
唯一の救いはバセットは告発者庇護令の対象として即座に認められたから、彼の処遇が決まること自体はかなり早かったことなんだけど……あれだけ万物に巻き込まれてたら、その辺は関係無しに普通にぶっ倒れると思う。
過労もあるけど、心労がえげつなかったんだと思う。
ぶっ倒れたタイミングでお見舞いに行った時は元気そうに振る舞ってたけど、色々とボロボロなのは見たら普通に分かったし……。
「……」
そんなこんなで、俺は部屋にこもっていた。
アリオーソにとどめを刺さない的な意味もあるけど、俺自身もそこそこ気が滅入っている。
バセットの件もそうだけど、奏音ちゃんの件も気になって気になって仕方がなかった。
明里さんから、事情はちょっと聞いている。
バセット騒動の時、奏音ちゃんが黙りに黙ってたのは手紙を見つけた時に彼の境遇をガッツリ知ってしまったせいで、連想ゲーム方式でショック状態に陥ってたからみたいだ。
……というのも、
「母親の彼氏に突き飛ばされて、そのまま窓から転落死……か」
俗に言う『殺す気は無かった』って奴だと思う。
どうも暴力の類も痣の類が服で隠れる場所を狙ってたみたいだから、それは間違いないと思う。
……腸が煮えくり返るレベルで、嫌な話だけど。
そんな状況だったってのに、奏音ちゃん自身は「自分が死んだせいで、母親も逮捕されたんだろうな」ってことを一番気にしてたらしい。それを聞いた時はまた涙が止まらなくなったし……思い出しながら、泣きそう。
そして『鳥セレ』に関しては昔、母親が買ってくれた携帯ゲーム機用のソフトをバイト代で買って、近所の森林公園で遊んでいたみたいだ。
家から放り出されてばかりだったから、公園内に秘密基地みたいな感じのとこを作ってたらしい。
そこで癒しを求めてというか、話を聞いた感じだと実際のところは愛を求めて乙女ゲームばっかやったみたいだ。ゲーム内でも良いから、作り物でも良いから、とにかく誰かに愛して欲しかったみたいで……これ駄目だ、本当に泣く。
そんなこんなで、奏音ちゃんもだいぶ沈んでるっぽい。
軽く顔を合わせることは何度かしたんだけど、その度にどう見たって無理してるというか、無理させてるのは分かってたから、それ以上踏み込んでない。どうしても、踏み込めなかった。
さらに言えば、当然バセットとはあれ以来会ってないし……気になることしかなくて、逆に動く気になれない。
コンコン、とドアがノックされた。
「兄さーん」
侍女さんかな。
食事持ってきてくれたのかな。
困ったな、食欲が無い。
……申し訳ないけど、断るか。
「兄さーん!」
……って、あれ? 違う?
侍女さんじゃない? 兄さんって言った?
「兄さーん! 開けないとレランドでここ蹴破るよー!!」
「!?」
——俺は爆速でベッドから飛び上がって、扉の鍵を開けた。
「良かったー! 蹴破らずに済んで!」
シベリウスはニッコニコだ。
元気そうで何より。
「ごめん、ボーっとしてた……」
久しぶりに弟の顔見ると、俺もちょっと元気出た。
とりあえず中に入ってもらって、紅茶を出した。
紅茶を飲みながら、シベリウスはご機嫌そうに足を軽く揺らしている。
「兄さん、紅茶淹れるの上手だよね。美味しい」
「良かった」
「紅茶淹れるの上手い王太子って、前代未聞な気がする」
おいやめろ。
「紅茶が趣味な王太子とか、普通にいそうな気がするけどね」
「そっかー」
紅茶は姉さんの趣味だったし、寮の中に設備があったのを良いことに軽く練習したら、美味しく淹れれるようになった。
それくらいには、知識あったというか……そんなことを、シベリウスに言えるわけがないけど……。
相変わらずニッコニコしてるシベリウスは部屋の中を見回して「ねぇ」と話しかけてきた。
「明後日って時間ある?」
「あ、有り余ってるけど……」
「だよねー」
紅茶を一口飲んで、彼は笑う。
「裏庭にピクニック行こうよ。学園の外には出ないからOKだし、久しぶりにレランドを収納魔法の外で走らせたいんだよね。もうしばらくしたら講義も再開するし、その前に皆で息抜きしない?」
息抜き。
大事なこと、だとは思う。
でも……
「皆、集まるかな」
正直、講義に出れるかどうかすら不安な子もいる。
ピクニックで誘い出せるだろうか。
そんなことを考えていると、シベリウスは親指を立てた。
「大丈夫大丈夫。流石に先生方のとこには行ってないんだけど、『行かないとレランドで蹴り飛ばすよ』って言ったら皆頷いてくれたから」
「きょ、脅迫かな?」
何をやってるんだ何を!
この子はたまにヤバいこと言い出すし、ヤバいことをする。
……とはいえ、彼なりに考えて動いてくれたんだろな。
「王太子権限は必要そう?」
このままじゃ駄目なのは分かってる。
それは俺に限った話じゃない。講義再開までに、どうにかしたい。
俺に協力できることがあれば、なんだってするさ。
「……!」
多分、意図を理解してもらえるとは思ってなかったのかな。
シベリウスは目を丸くした後、嬉しそうに笑った。
「大丈夫! レランドだけで全員行けた!」
「レランド強いなぁ……」
流石は暴れ馬。格が違う。
「そうだね……ピクニックに必要な物は用意できそう?」
「大丈夫っぽい」
「だ、大丈夫っぽい……?」
侍女さん任せってことかな?
それならそれで良いんだけど……。
「時間とか待ち合わせ場所とか決めてる?」
「まだなんだよね。この後考えて、皆に連絡しようかなって思ってた」
これ、ほっといたら全部シベリウス任せになってたな。
聞いといて良かった。俺も計画を立てることくらいは協力したい。
「なら、今のうちに決めちゃおうか」
そんな感じで、俺たちは軽く打ち合わせを始めた。
別に行事を詰め込む必要はないし、そんな細々と話し合う必要はない。
自然の中でご飯を食べて、馬を走らせつつ、のんびりして帰る。
それくらいがちょうど良いと思う。……息抜き目的だし。
「じゃあ、明後日。楽しみにしてる」
予定が立つと、ちょっと前向きになれるな。
単純だなぁと思いつつ、俺は最近サボっていた机に向かう習慣を取り戻すことにした。
◇
——この世界って『私服』って概念あるのか?
身支度をしながら、俺は唐突に不安になった。
このゲーム、制服(体操服込み)以外の差分が登場しないんじゃないか?
原作を知れば知るほどに、『デート』という概念が死んでそうなゲームだなって思うし。
そもそも裏ルートだと学園の外に出たら分岐するから論外だし。
オルフェウスとシベリウス、それからヴィオレッタという名の明里さんはいい。
この辺は身体が私服の存在を覚えてる。普段着的なノリで高そうな服着てる。
……リュートが脱獄した後は概念がバイバイしたけど。
全員『部屋着』の概念は含めないとして、問題はアリオーソ辺りからだ。
まずアリオーソは『制服』と『お忍び服』以外を持ってるのかな?
よく考えたら、あの子がオルフェウスの前に出てくる時は確定で騎士団用か学園用かの違いしかない制服姿だ。お忍び服は護衛任務の延長でしかないから含まないぞ?
そしてラウダとバセット、そして奏音ちゃんは本格的に制服以外は見たことがない。
当然のことながらコラーレ兄弟は仕事着以外見たことない。
……え? 大丈夫か?
制服で行った方が良いのか? ピクニックに?
遠足みたいなノリで、計画段階で服装指定すべきだったか?
俺はだいぶ不安になりながら、待ち合わせ場所に向かう。
選んだのは結局、動きやすいことを重視した軽装だ。制服じゃない。
そして、何故か微妙に勇気を出して坂を登る。
緑色が眩しい芝生の上に、ひと足先に来たっぽいアリオーソとラウダが寝転がっていた。
分かる。それ、気持ちいいよな。天気も良いし、やりたくなるよな。
気配に気づいて起き上がった彼らの服装を、俺はまじまじと見つめる。
「よ、良かった。制服じゃない」
ふたりとも普通に「私服です!」って感じの服着てた。
俺と同じ、動きやすさ重視の軽装だった。良かった。
……ラウダがすごく怪訝そうな顔してこっち見てる。
「制服で来ると思ってたの……?」
「いや、制服姿以外をほぼほぼ見たことないから……」
「あー、確かに。言われてみれば……」
なにせ俺が実質学園内に監禁されてる。
彼らと一緒に街へ遊びに行く青春イベントなんてものは存在しない。
「私服、シベリウスとヴィオレッタのしか見たことないんだよ」
「あれ? アリオーソ様は?」
「基本的に騎士団の制服か学生服着てる姿しか見たことないんだよね。部屋着とお忍び服は除くとして」
「えっ!?」
ラウダがバッとアリオーソを見た。
そりゃそうだ。付き合い長いんだから。
アリオーソは何とも言えない顔をして笑っている。
「そりゃ、登城すんのに私服の類は着れないだろ、俺の場合は護衛騎士っていう役職込みの付き合いだしよ。略式制服なら、下手な服よりかえって動きやすいくらいだし」
ラウダは割と普通なんだけど、アリオーソはちょっと痩せた気がする。
社畜してた上に療養してたんだろうから、当然か。
気にしてるかもしれないからそこには触れずに、俺は笑ってみせた。
「……って感じで、僕はアリオーソの私服を見たことないんだよね。赤ちゃんの頃とか、そこまで行くと記憶に無いから話が変わってくるけど」
「赤ちゃんの頃……あ、そっか。誕生日一緒なんだっけ」
オルフェウスが生まれて、その大体1時間後に産まれたのがアリオーソらしい。
産まれたタイミングがタイミングだから同じ乳母に育てられたらしく、乳兄弟でもあったみたいだ。
だから、仲が良いのも納得というか……改めて、考えてしまう。
この子たちは、16年間も一緒にいたんだなって。
「……」
アリオーソが、じっと俺を見ている。
何か顔に出ていたか? 誤魔化した方が……って思ってたら、ちょっと空気が変わった。
どうも、明里さんと奏音ちゃんが来たみたいだ。
「お待たせして申し訳ありません。皆様、お元気でしたか?」
明里さん、何か小さなバスケット持ってるな。
お弁当かなんか入れてきたのかな? それにしては小さい気がするけど。
「私服だ……」
「し、私服!? 当然のことでは!?」
「ヴィオレッタ様、諦めてください。オレたちが普段制服しか着ないせいで、オルフェウス殿下は変になってます」
明里さんもだけど、奏音ちゃんも私服だ。
彼女はルート分岐対策で外に出れないから、明里さんがどうにかこうにか対応したのかな。
久々にちゃんと会えて嬉しいなと思いつつ、俺は明里さんの質問に答えることにした。
「元気だよ。そして気にする必要はないんじゃないかな? まだ待ち合わせ時間前だし」
俺がそう返せば、明里さんはおずおずとアリオーソを見る。
「アリオーソ様が倒れた、と聞いておりますが?」
「誰だよ、俺の話を広めた奴は」
……だいぶ嫌そうだ。
ちなみに発信源は君の横にいるラウダだよ。分かってそうだけど。
「その、大丈夫ですの……?」
「全快だよ。まー、流石に2、3日は駄目だったけどな。ラウダが居て助かったというか」
うん、分かる。一人暮らしで体調崩すと大変を通り越して絶望だもんな。
本当に良かったと思う。アリオーソがオルフェウスに頼る気がしないし……。
そして俺は、それとなく奏音ちゃんに視線を向ける。
俺が見ていることに気づいたみたいで、彼女はターコイズブルーの瞳を細めた。
「ご心配をおかけしました。……もう、大丈夫です」
……申し訳ないけど、その感じは信用できないな。
俺がじっと見ていると、奏音ちゃんは「ふふ」と小さく笑い声を漏らした。
「……。嘘です。まだちょっと引きずってます。でも、あか……ヴィ、ヴィオレッタ様と一緒にお菓子作れるくらいには落ち着きましたから」
『ちょっと』じゃないような気はするけど……何かしらできて、部屋から出てこれるようになったなら、多少は信じても良いのかもな。
この子が明里さんと一緒に暮らしてくれてて、良かった。
少なくとも今は、絶対に誰かといた方が良い。
そういえば『セレナ』も家庭環境には相当に難があるんだよな。
転生タイミングが恵まれなくて、ルバート子爵家でも酷い目に遭ってるらしい。
奏音ちゃん、どう足掻いても家族関係で……駄目だ、泣く。違うこと考えよう。
「お菓子? 何か作ったの?」
「はい、クッキー作りました! 持ってきたので、良かったら食べてください!」
あからさまな空元気やめてくれー……。
でもこれは「元気です!」っていう自己暗示込みだな。
踏み込まない方が良いんだろうから、とりあえずお礼だけ言っとくか。
「ありがとう。……うん、楽しみだな」
楽しみ、というのは嘘じゃない。
手作りクッキーなんて、なかなか食べれる物じゃないからな。
明里さんたちが、俺たちの近くに座った。
そうして軽く談笑していると、ザク、ザク、と芝生を踏む足音が聞こえてきた。
心地よい風と共に、シベリウスが坂道を登ってきたみたいだ。
「お待たせ。諸々広げようか」
彼の少し後から、追いかけるようにやってきた子がいた。
シベリウスが気を遣って、一緒に来る流れにしたんだと思う。
見覚えのある短い金色の髪が、風に揺れて控えめに揺れている。
「バセット……」
たった1ヶ月、離れていただけだ。
それなのに、ずいぶん長く会えていなかったように感じる。
少しやつれた様子が気になる。
でも、俺は言いたい言葉をぐっと堪えて……笑う。
「おかえり」
泣きそうだ。俺もだけど、バセットも。
彼がここに戻ってこれて、本当に良かった。
「ただいま、ですね……ありがとうございます」
バセットは淡い銀の瞳を細めて、笑い返してくれた。




