60.諦観の告発者
「——おれのこと、さっさとしょっぴいてもらえませんか?」
バセットが発したのは、耳を疑うような言葉。
聞き間違いであって欲しいと願った。けれど当然、そんなことは無かった。
「そんな真似……っ!」
「そんな真似って言っても、無理ですよ。逃げようがありません」
逃げようがないというよりは、諦めている。
それでも何とか足掻けよと掴み掛かりそうだった俺を制止して、シベリウスが口を開く。
「王太子殺害未遂、しかも毒薬、さらに革命加担……もう、どうしようもないからね。でも、この場で兄さんが手紙全部燃やすっていう手はあるけど?」
今、この場にいる人間で一番地位が高いのはオルフェウスだ。
オルフェウス、というより俺が直々に証拠隠滅するというのは正直ちょっと考えた。
まさかシベリウスの口から出るとは思わなかったけど……。
けれど、その選択肢の問題はバセットも分かっているみたいだ。
彼はゆるゆると、首を横に振った。
「それが原因で革命が起ころうものなら、オルフェウス殿下すら立場が怪しくなります。だから、余計なことはしないでください。そんなの、おれは望んでません」
「……本格的に逃げる気がないんだね?」
「ありません」
バセットは一切迷わずに、そう言い切った。
そして彼は息を吐き出し、小さく笑う。
「聞く気があるなら、聞いてくれるっていうなら。おれが知ってること、全部喋りましょうか? 文字として残ってない情報も、いくらか入ってきてるんで」
「……良いの?」
「良いですよ。まあ、おれ目線だとオフィクレイドはリュートさんの良い隠れ蓑にされてるだけだと思うんで、どこまで本当かは分かりませんが。……だから、話半分に受け止めて貰えたら」
バセットはズボンのポケットに入れていた小さな袋を取り出して、シベリウスに渡す。
シベリウスが中を見ると、騎士団員に配布されているピアス型の通信機能付き宝石が入っていた。
「情報源はそれです。定期的に父親から連絡が来てて、話を聞いてました。その上で、おれの推測込みで話しますね」
そして彼は、ぽつぽつと話し始める。
「どこまで把握されてるのか分からないので、前提事項から。オルフェウス殿下の毒殺未遂事件があったと思いますが、あれは未遂前提だったそうです」
「未遂前提?」
「もう言い方は選びませんが、オルフェウス殿下が死ぬか死なないか分からないって状態だと、王宮内は荒れると思うんですよ。犯人捜しだけでも相当なのに、国中の医者を集めたり、万が一のための話し合いをしたり。
まあ、そんな感じでめちゃくちゃに荒れまくってくれれば、裏で何かしらしたい人間側からすれば、思い切り時間稼げますし、隙だらけになるでしょう? そういうことらしいです。毒殺失敗ってわけじゃなく、狙い通りだったらしいですよ」
バセットは自分自身を嗤うように、口元を歪めた。
「ふふ、凄いですね、天啓。おれは父親経由でその手の案件を知ってたんで、最近の内容には内心怯えに怯えてましたよ。……特に前回のやつは本当にキツかったですね。渡り廊下でシベリウス殿下のセリフを聞いた瞬間にはゾッとしました。……もう、耐えられなかったです。逃げ出してしまったくらいには」
シベリウスは『リュートが毒を盛った理由は、仲違い目的だったんじゃないか』ってセリフを言っていた。
確かにこれは、バセットのようにある程度事情を知っていれば、大なり小なり反応してしまうだろう。シベリウスの狙いは的中していた、ということになる。
バセットは、話を続ける。
「そもそも『革命』ってひとくくりにされてますけど……あれ、同時に2種類動いてたんですよね。『ラヴェル侯爵家』が主導だったのは変わらないのですが、200年のいざこざで純粋に王家を滅ぼそうとしてた案件と、それとは別路線の案件が動いていたんです。とりあえず前者は『革命第一派』、後者は『革命第二派』とでも呼びましょうか」
革命は2種類あった。
それだけで、シベリウスたちの視点でもバセットの話の説得力が跳ね上がる。
これは明里さん、シベリウス、アリオーソと話し合ったタイミングで出た話そのものだ。
「革命第一派の首謀者が当主。それは変わりません。でも、革命第二派の首謀者はリュートさんです。どっちにしてもオルフェウス殿下に毒盛った方が楽になるのは変わらないんで、
リュートさんは革命第一派に従う振りをしつつ、事前に何人か賛同者を用意した上で、リュートさん自身があえて1回捕まることで『革命は防げた』と国に誤認識させるのが狙いだったみたいです」
俺目線だと大体分かってはいるけれど……一応、聞いてみようか。
「そこまでして、彼は何がしたかったのかな? リュートは替え玉まで使って逃げ延びてるわけだけど」
バセットは少し考えて、呟く。
「恐らく、『身分制度の廃止』でしょうね。その手の案件なら平民辺りに貴族の被害者もいるでしょうし、替え玉役をやってくれる人間がいてもおかしくない、というか……えっと、その、すみません」
バセットは明らかにラウダを気にしていた。
つい最近、酷いシーンを演じていたのもあるんだろうけど、ラウダが貴族に酷い目に遭わされた平民だという事実は変わらない。気になってしまうのは、当然だと思う。
その辺りのことを分かった上で、ラウダは軽く微笑んだ上で口を開いた。
「オレは平気だし、まあ……本当にいると思うよ、そういう人。自分は死んでも良いから国を変えてくれって言うようなお馬鹿がいたって、何も不思議じゃない」
「……」
「あえて言おうか。その人たちの気持ちがまったく分からないかって言われたら、嘘になるね。いくらなんでも『替え玉になってくれ』って言われたら首を横に振るけどさ」
流石にこの場ではそこまで言わないことにしたみたいだけど、ラウダは革命的な意味だと結構怪しい位置にいたし、その自覚が本人にもあった。
それどころか、ちょっと前に彼は『革命側に回っていたかもしれない』という自己申告までしてくれている。今のはそんな彼だからこそ、言える言葉だった。
バセットはもう一度「すみません」と口にした後、話を続ける。
「おれの予想が正しければ、革命第二派はプライドが高くて豪遊しちゃってる下位貴族と、平民の優秀どころを選んで声掛けて回ってたみたいです。後者に関しては戦力拡大狙いでしょうが、前者は本当に隠れ蓑だと思います。
父親が言うに、どうも『優秀なあなたが、王族と上位貴族に虐げられる生活なんておかしいだろう?』みたいな言い回しで声掛けてきたっぽいんで。……だから、下位貴族に絞ってるんだと思います。勧誘しやすいですし、そもそもの目的が目的なので」
「……」
これは「自分たちは金を持っているぞ」と見栄を張って着飾ってみたり、大規模な催し物をしたりする貴族、と見て間違いないだろう。でも、身の丈に合わない生活をしていれば、当然破産する。
破産寸前なのに、それでも豪遊することをやめられない。プライドが高いからこそ、その事実を受け入れられない。
リュートたちはそういった存在を狙って手を差し伸べ、自尊心を助長させるような形で言葉巧みに取り込んでいったんだと思う。
「最初からある程度は抱え込んでたと思うんですけど、多分、下位貴族の抱え込みに関しては、ここ1年くらいで勢いを加速させているんじゃないでしょうか。……オフィクレイドに関しては、おれに手紙が届き始めた時期だと思いますよ」
彼は、気づいていたのかもしれない。
両親は下心ありきで自分に接触してきたんじゃないか、と。
いつ、そう思ったのかは分からない。
でも内容といい、やっていることといい——あまりにも、惨い。
そしてバセットは、アリオーソの顔を見上げる。
「リュートさんに限らず、革命第二派の関係者って全然捕まらないですよね? それ、下級貴族の家を転々としてるからだと思います。だから下級貴族を全部まとめて、抜き打ちで一斉捜査した方が良いかもしれません。それこそ、一時期はオフィクレイドにいたこともあるみたいなので」
「……分かった。親父に話、通しとく」
「お願いします」
もはや、業務連絡のようなものだった。
バセットが淡々と語るその声には、もはや感情がなかった。
すべてを諦めきった彼は、静かに目を伏せる。
「おれが分かってるのは、これだけですね。オフィクレイドに調査入れたら色々出ると思うので、そこで裏付けだけ取っといてください。……あとは、できるだけ早く、もし許されるなら、楽に……」
——殺して欲しい。
その続きが出てくることは無かった。
流石のバセットも、言えなかったみたいだ。
でも、そうにしかならない。
俺だけじゃない。ずっと黙り込んでいる明里さんや奏音ちゃんも気づいていた。
革命関与だけなら、まだどうにかできたかもしれない。
けれど、オフィクレイド男爵家は王太子オルフェウスの殺害を計画し、それどころか実行させようとした。
相手が、悪すぎる。
これが上位貴族なら、まだ誤魔化しが効いたかもしれない。
けれど、彼らが殺害を企てたのはこの国の王太子だ。
オフィクレイド男爵家は殺人未遂罪どころか、国家転覆罪に問われるだろう。
これは確実に、一族連座での処刑となる。俺の意思は、絶対に考慮されない。
どちらにしたって、バセットはもう助からない。
助けることが、できない。
「……」
しんと、部屋の中が静まり返る。
重々しい空気の中、シベリウスが動いた。
「良いかな、バセット」
彼は手紙の束を手に取り、それを俺に手渡した。
「この手紙は全部、君が自分の意思で兄さんに渡した。あえて具体的な殺害方法の指示が出てくるまで動かずに待機して、何かが届くのを待っていた。そして毒薬が届いたから、即座に動いた」
「え……?」
「今の君の証言、手紙という名の物的証拠。しかも君が提案してくれた抜き打ち一斉捜査は間違いなく『黒』が出る。……これだけあれば、間違いなく該当する。絶対に、君を守る方向に持っていけるはずだ」
シベリウスの青い瞳が、俺の顔を映した。
「第1条。本令は、重大なる犯罪の告発、阻止、解明及び被害者の救助、その他、これらに準ずる行為を行った者を保護し、犯罪の早期発見及び被害の防止を図ることを目的とする」
彼はさらさらと。
まるで水を流すかのように、それを語った。
「第2条。前条に定める行為を行った者について、その身分、爵位、所属、家柄その他の社会的地位を理由として、不利益な取り扱いをしてはならない」
……そうだ。あったじゃないか。
もはやゲームシナリオの強制力としか思えなかった、確定死が定められているとしか思えなかった少年を救う手段が。
「不利益に取り扱ってはならないんだよね? なら、連座処刑は『論外』だよね?」
シベリウスは、困ったように笑った。
「兄さん。自分で作った法令のこと、忘れて貰っちゃ困るよ」
——告発者庇護令。
それは2年前、王太子になったばかりの俺が生み出した法令だ。
きっかけは「平民だから」という理由で、学園内で不当な扱いを受け続けたラウダや、毒の出所が分かった瞬間に問答無用で死刑にされそうなコラーレ兄弟を救いたいという、かなり私的な物だった。
法務卿とかその辺の人たちを捕まえてあれやらこれやら話した結果、最終的に全15条まで膨れ上がった。
爵位が上の人間に対する正当防衛的な案件も盛り込んだけど、俺が挙げた表向きの理由は『毒殺未遂事件を見たのがたまたま公爵令嬢であるヴィオレッタだからどうにかなったけど、他の人間だった場合は侯爵令息のリュートを告発することはできなかったんじゃないか』だった。
——だから必然的に、『告発行為』に強い法令になっている。
完全な無罪にはできないかもしれないけれど、それでも。
それでもこの法令が適用されれば、間違いなく連座処刑は防げるはずだ。
「……」
バセットは、俯いていた。
俯いて、布団のシーツを握りしめていた。
「すみません。それ、断ってもいいですか?」
シベリウスの提案を突き返したその声は、か細く震えている。
「えっ!? どうして……っ」
「……ごめんなさい」
これ以上は何も言いたくないと言わんばかりに、彼はゆるゆると首を横に振った。




