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待って悪役令嬢! 俺、このゲーム知らない!!  作者: 逢月 悠希
4.俺、このゲーム嫌い 〜第3学年後編〜

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55.あまりにも強すぎる『IF』

 ——君を信じなければいけなかった。


 その言葉を聞いたシベリウスさんは、深く息を吐き出した。


『あなたが私を信じられないのは、当然のことかと。……それは、分かっています。謝罪の必要はありません』


 謝罪の必要はない。

 それはある種の、突き放しだ。


 謝罪されたからには、受け入れなければならない。そう思ってるんだと思う。

 相手が、あまりにも悪すぎるんだよね。たとえ本心では許せなくても、オルフェウスさんに『許します』と言わなければいけないって考えてるんだと思う。


 ……兄弟としての絆みたいなのは、考慮されてないんだと思う。


『僕は許してもらおうとは思っていないし、受け入れてもらうつもりもない。でも、『自分が楽になりたいだけじゃないか』と言われたら、否定なんてできないな』


 オルフェウスさんは、真っ直ぐにシベリウスさんを見据える。


『けれど……僕だけは、君を突き放してはいけなかった。少し、余裕が出てきて、ようやくそれに、気づいたんだ。気づくことが、できたんだ』


 毒を盛られたオルフェウスさんが、シベリウスさんを突き放すということ。

 それはつまり、シベリウスさんを犯人だと疑っているということ。

 このふたりの場合、それは『行き過ぎた兄弟喧嘩』じゃ済まないんだ。


 ——本人たちにその気が無くても、王位継承権を争っているようにしか見えないから。


 側妃の子で、しかも『弟』のシベリウスさんが王になるには、兄を物理的に再起不能にするくらいのことをしなきゃ勝てない。

 客観的に見ると、シベリウスさんにはオルフェウスさんに毒を盛る理由があった。

 だから彼が疑われるのも仕方がないよなとも思うし、巻き込まれたくないって周りが離れていくのも分かる。


 でも、シベリウスさん本人からしてみれば、ただただ辛いだけの話なんだよね。

 最初こそどうにかしようとしたみたいなんだけど、足掻けば足掻くほどに疑われて、大切な人に婚約破棄されて。

 この国の王子であることは変わらないのに、周囲の人たちからは陰口を叩かれて、お父さんの国王様からは遠巻きにされて、尊敬していたお兄さんはどんどん離れて行って。

 しかも最後まで彼を庇ってくれてたお母さんは、オルフェウスさん側に付いてた派閥の人に暗殺されちゃったんだって聞いてる。


 ……だから王子様なのに、この学園の下位貴族や平民が使う質素な寮に放り込まれちゃったんだって話だった。


『僕が君の味方でいたら、君は苦しまずに済んだんだって……気づいてしまったんだ』


『……やめてください』


『君を、信じていれば……』


『何も……何も聞きたくない!』


 シベリウスさんは、叫ぶ。

 しばらく、沈黙が続いた。


 何も聞きたくない、というか……受け付けられないんだと思う。

 そうだよね、謝られたところで何を今さらって話だもんね。

 シベリウスさんからしてみればもう、何もかもが手遅れなんだもんね。


『ははっ、兄さんの言う通りだよ。兄さんがそうしてくれてたら、私は何も失わずに済んでたんだよ』


 開き直ったって感じかな。

 悪い意味で、シベリウスさんは堂々とし始めた。


『……そうだね』


『でも、兄さんの気持ちも分かってるんだ。だから、恨めなかったんだ。……疑って、当然だよ』


 シベリウスさんは、笑う。

 笑ってるけれど、その心の中が複雑なのは、心が悲鳴を上げ続けているのは、見たら分かる。


『だからこそ……何も聞きたくない』


 それでも、オルフェウスさんの顔を見て、何か思うところがあったのかもしれない。

 シベリウスさんは、どこか見下すような目を兄に向けた。


『分かってるかどうか分からないけど、リュートの行動は間違いなく陽動だよ。革命軍は消えたけど、リュートが逃げ回ってる時点で、今でも何かが裏で起こってるんじゃない? ……まあ、あなたに毒を盛るって手段を取ったのは、最初から私たちを仲違いさせる目的もあったんだろうけど』


『シベリウス……』


『相手の目的が達成されてる時点で……私たちが関係を修復したって、もう何の意味も無いよ』


 そうじゃない。

 そういう目的で謝りにきたんじゃないと、オルフェウスさんは首を横に振る。

 シベリウスさんからすれば、やっぱり今さら謝られたって負担にしかならないんだと思う。


 第三者のわたしからしてみれば、オルフェウスさんの気持ちもシベリウスさんの気持ちも分かる。……だから、辛い。


 そうしてシベリウスさんはわたしの顔を見る。


『なんでセレナを巻き込むかな。彼女がいれば、私が許すとでも思ったのかな』


 指摘を受けて、オルフェウスさんはぐっと手を握りしめた。


『信じてもらえないって分かった上で……一応、弁明はしようか』


『……』


『僕は、第三者の目が欲しかったんだ。僕らだけで話し合ったんじゃ、余計に拗れると思った。ただでさえ君は、悪いように言われてるんだ。ふたりきりで会ったんじゃ、ろくなことにならない……そう思ったんだ』


『うん。申し訳ないけれど、信じる気はないよ。セレナを選ぶこと自体が、凄く悪質だと思うし』


『……そうは、思うよ』


 でも100%オルフェウスさん側に付くって分かってるから、アリオーソさんやヴィオレッタ様を連れて行くのは論外だと思うんだよね。

 じゃあ、わたし以外の選択肢はないんじゃないかな。わたしなら、どちらとも接点があるからこそ、どちらかに肩入れすることはないって判断できるだろうし。


『最初から信じてもらえるとは思ってなかった。僕がやったことは、そういうことだ』


『何度も言うけれど、仕方がないって思ってる。……でも、私がいつも、そう言えるとは考えないで欲しい』


『え……?』


 シベリウスさんは、胸元の布を掴んだ。

 ……ちょっと、手が震えてる。


『兄さんは……私が学園内でどんな振る舞いをしているか、どんな様子か。聞いてるんじゃない?』


 シベリウスさんはつい最近、剣術演習の授業で荒れたばかりだ。

 結界の中とはいえ、暴走して教員に大怪我を負わせたばかりだ。


 それがオルフェウスさんの耳に届いていないとは、思えない。


 オルフェウスさんは「今のタイミングなら落ち着いてる」っていう状況をどこかで聞いてきたのかもだけど……タイミングを間違えば、酷いことになってたかもしれない。


 シベリウスさんは、どこか悲し気に笑う。


『今の私はね、変な衝動に襲われておかしくなってることの方が多い。些細なことで、自分が止められなくなるんだ』


『……』


『だから、落ち着いてる時にあなたの顔を見たくはなかった。この後、反動が出るって分かるだけにね』


 オルフェウスさんは、何も返せなかった。


 当たり前だと思う。シベリウスさんは遠回しに「あなたのせいだ」と言ってるようなものだから。


『……でも、このタイミングであなたの気持ちを聞けたのは良かったのかもしれない』


 彼はため息を吐き出して、オルフェウスさんに背を向ける。


『全部終わるまでは、話し掛けてこないで。……それまでに私が割り切れるかどうか、分からないけれど』


 そうして、彼は去っていった。

 オルフェウスさんは随分と悲しそうにしていたけれど……でも、ひとつだけ分かったことはある。


『オルフェウスさん。大丈夫、ですよ』


『……何が?』


 少し、声が震えていた。

 だからこそわたしは、あえて笑って見せた。


『シベリウスさんなりに、頑張ろうとしてるんだと思います。頑張って、前を向こうとしてるんだと思います』


 彼を救えた可能性があったのは、オルフェウスさんだけだった。

 けれど、救えなかった。だからシベリウスさんは、精神を病んでしまった。


 それでも『割り切れるかどうか』と言っていた。

 つまり割り切ることができたら、オルフェウスさんとの関係をどうにかしていく余地は残しているんだと思う。


『だから、わたしたちも頑張りましょう。わたし、これからも手伝いますから』


 ——だとすれば。

 今、やるべきことは何か。


 わたしは、目の前にいるオルフェウスさんに訴えかける。


『事実を、明らかにするために』



 ◇



 2回目。

 とりあえず、どうにかなった。


「……よし、普通に最後まで通ったね」


 さっきシベリウスがNG出したせいで俺がちょっと泣きそうになったけど……どうにかなった。

 本当に、こうならなくて良かった。こんな弟の姿を、見たくはない。


 とりあえず観客たちが散った後、シベリウスは深く息を吐き出した。


「さーて、どうかなー?」


「え?」


 この子は一体何を言い出した!?

 これには明里さんと奏音ちゃんも驚いている。

 ……何故かコラーレ兄弟はそうでもなさそうだけど。


 階段から誰かが上がってくる音がした。

 そちらに目をやると、アリオーソの姿があった。

 シベリウスはにやりと笑い、口を開く。


「収穫ありっぽいね?」


「そうだな」


 ——何の!?


 俺たちはちょっと狼狽えた。

 コラーレ兄弟はうんうんと頷いている。


「わたしたちの方も伝えておこうか。こっちは収穫無しだ」


「ありがとうございます。そうだろうとは思ってました」


 ——だから何の!?


 ここで明里さんが、ハッとして顔を上げた。


「まさか皆様、普段いらっしゃらない観客の顔でも見ていましたの!?」


 ……そうだ。


 今回は上位層の生徒だけではない。色んなクラスの生徒が交ざっていた。

 特に渡り廊下の下にいたのは、見覚えのない生徒ばかりだった。


 シベリウスはこくりと頷く。


「なんというか、前の剣術演習の講義を使ってやった寸劇の時に、気になる子がチラホラいたんだよね。その子たちを引っ張り出せないかなって思って」


 ただ単にシベリウスがヤバかったからじゃないのかって思ったけど、そういえばあの後もシベリウスだけは講義に残ったんだった。その後の様子を含めての話かもしれない。

 そうだとすれば、彼の主張に納得できなくもない。……一応。


 明里さんは、アリオーソに目を向ける。


「アリオーソ様の反応を見るに、『来ていた』ということでしょうか?」


「そうだなと言いたいところだが、ほとんどの奴は外見的な特徴しか拾えてねえんだよな。だからこの後、顔と名前の照合に走る予定だ」


 顔は覚えた。

 後は名前を照らし合わせるだけだ。


 アリオーソは俺に視線を投げる。


「つーわけで、オルフェ。俺は少なくとも1週間は学園内外で不規則な動きすると思う。その間に余計なことすんなよ」


「流石に君の身体が心配だから、大人しくしてる。色んな意味で思い知ったし。……念のため、学外に出ないだけじゃなくて、校舎と寮の往復以外しない。約束するよ」


「……マジで頼むぞ」


 彼は相当に不安げだけど、俺が『学園から出ない』とか『イレギュラーな動きをしない』って条件を守れば、顔と名前の照合をすることの優先順位が、俺の警護より上になるんだと思う。


 それは一体何なのかと、俺は考える。

 考えて……気づく。


「なるほどね。君たちの目的は何となく分かったんだけど、念のため声には出さない方が良さそうだね」


 アリオーソは頷き、シベリウスは青い瞳を細めて笑った。


「そうだね。出されると私たちが困るな。せっかく良い感じのチャンスが巡ってきたわけだし」


 俺たちの原作再現という名の寸劇は多分、『2年前のオルフェウス毒殺未遂事件が、最悪の方向に転んだ場合はどうなっていたか』を台本化したものだと思われている。


 外野から見てるだけなら、悪役令嬢ヴィオレッタやチャラ男バセットみたいな豹変っぷりがエグい役や、イレギュラー枠のセレナがいるから「創作なんだろうな」で済むんだろうけど、そうじゃない役もある。


 それこそラウダはノンフィクション気味だし、オルフェウスの役回りも大概だ。

 でも、それ以上にシベリウスの役が『IF』として、あまりにも刺激が強すぎる。


 そして剣術演習の際、俺がモブ役として言ったセリフが結構とんでもなかった。


『お兄さんに毒を盛る勇気はあっても、講義を受ける勇気がないなんて! ダッサ!』


 あの場には該当学年、つまり第1学年の履修生が在籍クラスを問わず、全員集っていた。

 ——つまり、俺たちが学園内で謎の寸劇を繰り広げていることを知らない生徒が大勢混ざっていたはずだ。


 だから何も知らないまま、とんでもないセリフを聞かされた子も多かったはずだ。

 ……変な反応をする子は、当然居ただろう。


「とりあえず全員に声掛けて、予定空けて貰えば良いのかな?」


 この場で話題を出せない以上、ここはい(・)つ(・)も(・)の(・)だろうか。

 だが、アリオーソがゆるゆると首を横に振った。


「いや……ちょっと、待って欲しい」


「え?」


 顔と名前の照合が終わるまで待って欲しいのかな、とも思った。

 けれど、そうでも無さそうだ。……珍しいことに、アリオーソの顔色が良くない。


 一体どうしたのかと聞く前に、彼の方から言葉を発した。


「変な反応してた奴に『交ざってて欲しくない奴』が混ざってたんだよな。……今、ラウダに追ってもらってる」


 ——交ざってて欲しくない奴。


「たまたまであって欲しい、とは思うんだが……」


 アリオーソは意図的に言葉を濁したが、もはや意味がない。

 この場にいなくて、名前が出なかった登場人物がいる。……それが、答えだ。


「……分かった。待ってる」


 簡潔に返しながらも、内心では焦りしかなかった。

 明里さんや奏音ちゃんに聞かずとも分かる。これは、ゲーム内で発生する展開ではない。


 だから俺は——アリオーソの照合完了の連絡が入るまで、気が気じゃなかった。

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