54.よく信じたよね
相変わらず居心地の悪さは感じるけれど、教室にいることに少しずつ慣れてきた。
一通り講義を終えて教室を出ると、何故かオルフェウスさんが教室の外にいた。
『……』
壁にもたれ掛かって、少し俯いて床を見ている。
顔を上げないことで、ちょっとでも気配を消そうとしているのかもしれない。
通りすがりの人たちに滅茶苦茶見られてるし、無駄だと思う。
気配に関しては絶対に諦めた方が良いと思う。
端正な顔立ちでしかも割と背も高い方だから、遠目に見てもちょっと目立つんだよね。
もはや王子とかそういう問題じゃないというか。威厳とかいう話じゃないというか。
……ところで多分、あの人ってわたしに用があってきてるよね?
『オルフェウスさん?』
違ったら申し訳ないなと思いつつ、話し掛けてみる。
どこかぼんやりとしていた彼は、ハッとした様子で顔を上げた。
『セレナ。都合が良ければで構わないんだが……もし良かったら、今から僕と一緒に来てくれないかな?』
やっぱり、わたしに用があったみたい。
それも、結構大切な用事なんだと思う。
ここで「できません」なんて言おうものなら、頭を下げられそうだ。
だからわたしはすぐに頷いた。王子様に頭を下げさせるわけにはいかない。
『ありがとう。急に来ておきながら……すまない』
『いえいえ!』
この人、わたしが足を直して以来、ちょっと態度が変わっちゃったんだよな。
信頼してくれたからってことは分かるし、周りの人たちみたいな悪い変化じゃないから気にしてない。オルフェウスさんに関しては、これが本来の姿なんだろうし。
……ただ、来たのは何故か彼ひとりだ。
『えっと、アリオーソさんと……その……』
『君の想像通りだ。ヴィオレッタを抑えて貰ってる』
『ああ……』
アリオーソさんは、ヴィオレッタ様対策に駆り出されてるみたい。
あの人、本当に大変だな……。
でも、アリオーソさんの感覚としては今までと違うんじゃないかな。
理由が『ただ嫌だから、逃げたいから抑え込んどけ』じゃなくなってるわけだし。
オルフェウスさんには言わないけど、わたしとしては後がちょっと怖いんだよな。
バセットさんに「気をつけろ」って注意されたばかりだし、ボロボロにされてたラウダさんの件もあるし。
それでもオルフェウスさんだけはヴィオレッタ様とその取り巻きの人たちの被害に遭うことはないだろうから、そこに関しては安心だけど……。
心の奥底で考えてることを口に出さないように気を付けつつ、私はオルフェウスさんについて行く。
向かった先は、渡り廊下。
そこにいた人物を見て、わたしは息を呑んだ。
わたしが何かを言うよりも先に、オルフェウスさんが叫ぶ。
『シベリウス!』
『!?』
シベリウスさんは、びくりと肩を震わせた。
普通に進級が危うくなってきてたこともあって、シベリウスさんは割と部屋から出てくるようになってた。最近は落ち着いてる時間も増えてきたし。
でも、やっぱり彼の側には誰もいなかった。
剣術演習の授業の時に暴走して、教員を斬ってしまった事件もかなり話題になっちゃったしね。
だから、彼の傍には誰も寄り付かなかった。
教室にも居づらいんだろうけど、彼は渡り廊下でひとり、ぼんやりしてることが多い。
ルームメイトってこともあって、わたしの方から何度か話し掛けに行ったこともある。
……ぼんやりし過ぎて、時間の感覚おかしくなってることも多かったから。
多分、オルフェウスさんはその様子を見てたんだと思う。
わたしの行動って目立つだろうから、学年が違ってても目についたんだろな。
『……っ』
シベリウスさんは口から声にならない声を漏らして、後退りする。
怖がっている、というよりは警戒している感じかな。……その半々、な気もするな。
そして、この場から離れたがっているようにも見える。
わたしの方から何か言った方が良いのかなとも思ったけど、オルフェウスさんの行動の意図は何となく分かる。だから、今は黙っていよう。
『何の、用ですか……兄上』
……色々ありはしたけれど、この国の王子だっていう自負はあるのかな。
シベリウスさんはぐっと手を握りしめて、その場に踏みとどまった。
それを見て、オルフェウスさんは悲し気に笑う。
『……。すまない、逃げずにいてくれて……ありがとう』
初手で、謝罪から入った。しかもその次は、感謝の言葉だ。
これにはわたしもだけど、シベリウスさんは酷く驚いていた。
『どうして……いえ、どういうおつもりですか?』
シベリウスさんの声が震えている。
それでも、青い瞳を真っ直ぐにオルフェウスさんに向けている。
相変わらず淀んでいるけれど、逃げてはいけないという意識はあるみたいだ。
『純粋に、君に謝罪しにきた。素直に信じては貰えないだろうけど……先に信じなかったのは、僕の方だから』
シベリウスさんは、オルフェウスさんの右足を見る。
噂には聞いていたんだろうし、何なら私に事情を聞いてもきた。
——それは彼にとって、自分が苦しんできた全ての元凶とも言えるものだから。
『……』
オルフェウスさんの言葉を聞いて、シベリウスさんは深呼吸を繰り返す。
精神を、安定させているんだと思う。
落ち着いてはきたけれど……彼はまだまだ、不安定だ。
オルフェウスさんは、それを静かに待った。
そうしてシベリウスさんは、口を開く。
『謝罪、ですか。何のことですか?』
『え……』
『まさかとは思いますが、毒殺未遂事件絡みの話ですか?』
『……。そうだよ』
信じられないと言わんばかりのシベリウスさんの顔をオルフェウスさんは真っ直ぐに見据える。
絞り出すように、言葉を、吐き出す。
『君は、利用されただけなんだって。……今なら、ちゃんと分かるから』
『……』
『だからこそ僕は、君を信じなければならなかったのに……』
『いや、本当にね。兄さん、本当になんで私のこと信じたんだろうねって心の底から思ってる』
『僕だけは……って、えっ!? こら! シベリウス!!』
◇
「ごめん、つい……」
——シベリウスが盛大に余計なことを言った。
当たり前だけど、カットだ。やり直しだ。
これには流石の観客もざわざわし始めたし、奏音ちゃんも普通に驚いている。
揃いも揃ってまさかシベリウスがやらかすとは思わなかったんだと思う。
「ずっと思ってはいるんだよね。定期的に考えちゃうし」
もはや開き直ったシベリウスは、平然と話を続けてきた。
「あの日、兄さんにあんな風に言ってもらって、普通に接してもらって。……部屋に帰ってからも、ボロボロ泣いたよ。今でも覚えてるし。だから並び立てるように頑張ろうって、長所を伸ばそうって思えたわけだし」
「あー、うん……そっか、うん……」
唐突に、変なカミングアウトが入った。
人前だろうがお構いなしだ。これは一周回って俺が恥ずかしくなった。
観客は相変わらずざわざわしていた。
……主に『言われてみれば』って方向性で。
確かにそうかもしれないけれど、うっかり信じちゃったものは仕方ないじゃないか!!
観客の前ってこともあって、俺は弁明という名の理由説明をする。
「いや、だって。そういうことする子は目覚めたばかりの僕を見てあんな顔しない。もっと残念そうな顔する。なんで生きてんのって顔する。君は違った。そんな子を疑えない」
「私を信じる根拠が謎なんだよね」
「だから、逆に疑う根拠が無いのに疑えないというか」
「いやー……私が逆の立場なら疑ったけどなぁ……」
「……。そうでもなくない? 君、結構……いや……」
「お馬鹿だとでも言いたいの? お馬鹿なのは認めるよ」
「認めてどうするんだ!」
——どうして重苦しいシーンを演じている真っ最中に、コント漫才みたいなことをしなきゃいけないんだ!
観客に紛れてる明里さんとコラーレ兄弟が笑ってるぞ!!
「はあ……」
それにしても。
それにしても、重い。
どうも通常ルートならオルフェウスとシベリウスってもっとマシどころか、手を取り合って笑い合うくらいの流れになるらしい。
でも、裏ルートはどうにも険悪な感じになるみたいだ。
どっちかの個別ルートに入ってたら殺し合いになるし、個別ルートに入っていなかったとしても、オルフェウスの足を治すイベントを起こしていたとしても、それでもこうなるらしい。主にシベリウス側が駄目らしい。
……まあ、そうだよな。
シベリウス視点だと、毒殺未遂の原因が家督争いで、その裏でラヴェル侯爵家が革命を起こす気だったところまでは分かってる。
原因は分かっているはずなのに、それなのにオルフェウスから疑われ続けるんだもんな。
奏音ちゃんから理由聞いたけど、オルフェウスは『本当に原因は革命だったのか、やっぱりシベリウスが王位継承権欲しさにやったんじゃないのか』的な疑い方もするっぽいし。
オルフェウス側からしてみれば結構真っ当な判断だと思うんだけど、シベリウスからしてみれば理不尽この上ない。
しかも、そうやって疑われ続けた結果が悲惨すぎるわけだしな。
今さら謝られたところでって話だよな。何ひとつとして取り返せないわけだし。
台本という文字列で並んでるのを見て、改めて「うわ……」ってなった。この後がまた重いし。
通常ルートでもそうだけど、このゲームにおけるシベリウスって絶望的なレベルで被害者なんだよな。この子に関しては割と本格的に救いがないというか。
そりゃ精神的におかしくもなるよな。この子がぶっちぎりで病んでるけど、そうにしかならないよなって改めて思った。
そして、俺たちの会話を聞いていた観客たちも気づいた。
——シベリウスは、本当に狂気に陥っていた可能性があるのではないかと。
観客たちの様子を見て、シベリウスはにこにこ笑う。
「私たち、こうならなくて良かったねー」
「いきなりどうしたの」
「そう思わない?」
「全力でそう思ってるけどね」
ていうか、そもそもこの原作再現自体が「そうなっていたかもしれない」のメドレーリレーだからな。
観客からしてみれば良い娯楽でもあるんだろうけど、そろそろ「よくこんなことできるな」って思ってる子もいると思う。今日のは相当にヤバいし。正直「本当にやるの?」って思ったし。
……前回のバセットとラウダのイベントもそうだけど、この回も巡り巡ってバセットの案件に関わるらしいから、やるしかなかったんだけどさ。
ということで、俺も一緒になって観客たちの顔色を伺う。
一応、『仮の物語』として楽しんではいそうだから良いんだけど……ってところで、俺はあることに気づいた。
「なんか今日、いつもよりお客さん多くない?」
ここは2階の渡り廊下だ。
渡り廊下の端と端に溢れかえってる感じなんだけど、下から見上げてる子も一定数いる。
どの渡り廊下でイベントが発生するのかはランダムって話だったから、何故かシベリウスが出してきた『下級クラス寄りの渡り廊下』という要望を通した。
そして今は放課後だから、珍しいものを見にきたって子が多いんだと思う。
……それこそ、移動劇団の寸劇を初めて見た子も多かったんじゃないかな。
見慣れない生徒が多いから、だろうか。
シベリウスは、どこか真剣な眼差しを観客に向けている。
「シベリウス?」
「!」
声を掛ければ、結構集中していたらしい彼は、ぴくりと肩を動かした。
そして俺を見た後、奏音ちゃんに視線を向ける。
「……。ごめん。私が止めちゃったんだけど……もう1回、やらせてもらえるかな?」
「は、はい! やりましょう!」




