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待って悪役令嬢! 俺、このゲーム知らない!!  作者: 逢月 悠希
4.俺、このゲーム嫌い 〜第3学年後編〜

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53.制作チームに人の心が無さすぎる

 お昼休み。

 どこでご飯を食べようかなと思っていると、ちょっと離れたところからバセットさんが手招きしてる。


『セレナちゃん、セレナちゃん』


 何だか、周りを気にしてる様子だ。

 どうしたんだろう?


 素直にバセットさんの方に行くと、彼はわたしの手を引いて小走りで駆けだした。


 一体どこに連れて行く気!?

 ……って思ってたら、彼の方から話し掛けてきた。


『大丈夫大丈夫。僕、君に対して変なことする気は無いからさ』


 そうじゃなくて。

 そっちに関しては、最初から心配してないです。


『信じてます』


『いや……僕みたいなのは、信じない方が良いけどなぁ……』


 そうは言うけど、ちょっと嬉しそうに見える。

 でも、この人は軽薄そうに見えるけど、案外そうでもないというか……。


 連れてこられたのは、人気のない旧校舎だった。

 バセットさんはわたしの手を離して、きょろきょろと辺りを見回した。


『どうしたんですか?』


『いやー、流石にこの動きは君の醜聞に繋がりそうというか。あまり見られるべきじゃないというか……場所があんま良くないというか。君、僕とは違って上位クラスだしねぇ』


 バセットさんは、またわたしを手招きする。

 ちょっと距離を取って付いてきて欲しいみたい。


 そうして、旧校舎は旧校舎でも、耐久性に問題がありそうな階段までやってきた。

 ……下位クラスに在籍してる生徒は基本的に旧校舎を使うっていうのは前に聞いたけど、流石にこの階段は使ってなさそう。そもそもこの辺りに来なさそう。


『こんなとこまで引っ張ってごめんよ。見つけたからには放置できないなーって思って。これは明らかにやられ過ぎ? というか。ほっといたら死ぬなーってか』


 バセットさんは階段裏に視線を落とす。

 暗に近づいてきてと言っているように感じたから、そっと傍に寄った。


『やられ過ぎ? ……って、ラウダさん!!』


 ぐったりと床に横たわる身体を見て、悲鳴を上げそうになった。

 頭を切ったみたいで出血が酷いし、見るからに骨に異常が出てる。


 わたしはすぐに彼の傍に座り込んで、魔法を使った。

 ……意識は無いけど息はあるから、早く治療すれば何とかなりそう。


『この人が平民特待生ってのは知ってたけど、まー、よく逃げ出さないよねぇ』


 バセットさんが話し掛けてきた。

 でも、申し訳ないけれど返事をしている余裕はない。


 そんなことは彼も分かってるみたいで、へらへらと適当に喋っていた。

 ……気を紛らわそうとしてくれてたのかな。


『セレナちゃん、大丈夫そ?』


『そうですね、早めに呼んでいただけたので……』


 治療が終わるタイミングを見計らって、改めて彼はわたしに話し掛けてきた。

 振り返ると、バセットさんは真面目な表情でわたしを見据えていた。


『多分なんだけど、この人……ヴィオレッタ嬢の取り巻きにやられてる。君も気をつけた方が良いよ』


『取り、巻き……?』


 バセットさんが頷く。


『そ。最近、ヴィオレッタ嬢の様子がおかしいんだよね。何か焦ってる、というか。……だからか知らないんだけど、彼女の取り巻きが変な動きしてる。……そうじゃなきゃ、ここまでやらない』


『……』


『多分、下位クラスの人間が金詰まれてやったんじゃないかな? ……『半殺しにしてやれ』とか『再起不能にしてやれ』とか言われたんじゃないかなって思ってる』


 つまりラウダさんは、その取り巻きの被害者だってことだ。

 どうして、彼が被害に遭うのか——それは、きっと。


『君が悪いわけじゃないと思うけどなー』


『……』


『悪いことする方が悪いんだよ。……僕みたいにさ』


 バセットさんは、そう言って自罰的に笑った。


 この人は、わたしが知らないところでこれでもかと悪いことをしていた。

 学園内に変な人を手引きしたり、化学室に爆弾をセットしたり、魔物を暴れさせたり。

 その目的は、わたしが酷い目に遭うこと。それをバセットさんが助ける流れに意味が合ったって話だった。……要するに、自作自演って奴だ。今、思い出しても、酷すぎる。


 そうだって知った時は相当に怒ったし、怒られた彼も反省してるみたい。

 ……なんでそういうことをしたのかっていう疑問には、未だに答えてもらってないけれど。


『あの、バセットさ——』


『オルフェウス殿下の足治したの、君っしょ?』


 言葉を阻まれた。

 今回も、私の疑問には答えるつもりはないってことかな。


 ……でも、今は先に彼の質問に答えるべきだ。


『はい……そう、ですけど……』


 本当は隠すべきなんだろうけど、バセットさんはわたしの治癒の力が強くなってることを知ってる。

 だから、隠さなかった。わたし以外にできることじゃないっていうのは事実だから。


『……そうだね』


 バセットさんは軽く目を細めて、少し重々しい声を出した。


『間違いなく、君は相当に憎まれてる。本当に気をつけな』


『!? ど、どうして……』


『ヴィオレッタ嬢は間違いなく、オルフェウス殿下の足が悪い状態の方が、都合良かった筈だから』


 ——足が悪い状態の方が良かった。


 それを言われて思い出すのは、オルフェウスさんの足を治す直前。

 彼はヴィオレッタ様から逃げ回って、息を切らしていた。

 片足が動かない状態で逃げるのだから、当然疲れると思う。……と、いうことは。


『両足が動くなら、ヴィオレッタ様から逃げ回ることが……』


『できちゃうねー? 困っちゃうねー?』


 バセットさんは、茶化すように笑う。

 ……真面目な話してるのに、ふざけないで欲しい。


 その気持ちが伝わっちゃったのか、バセットさんは変わらずへらへらと笑っていた。


『空気が重苦しくなるのも嫌っしょ? 君、変に責任感じそうだしさぁ』


 それは否定、できないけど。


『……』


 何とも言えない時間が流れる。

 バセットさんは、意識のないラウダさんの頬を突き始めた。


『あの、バセットさん。……その人、先輩ですよ?』


『知ってる知ってる。でも早く起きて欲しいし。殴るわけにもいかないじゃん?』


『そう、ですけど……』


『ところでセレナちゃん。君から見たら僕も先輩だけど、もっと気楽に——』


 バチリ、と。

 青白い電流が流れた。


『痛って!? えっ、何!? 攻撃された!?』


 バセットさん、咄嗟に距離を取ったみたいだけど、右手を押さえてる。

 軽い火傷くらいはしてそう。まだ余力はあるし、治療しなきゃ。


『バセットさん、右手貸してください』


『あー、うん。ありがと……で、先輩? こっちは救助した側なんだけど?』


『……』


『先輩ほっといたら死んでたんだよぉ? お礼言われるならともかく、攻撃するのは酷くないかなぁ?』


 これに関してはバセットさんの言い分の方が正しいとは思う。

 でも、ボロボロにされてたラウダさんからしてみれば、目覚めた時点で近くにいた人間に攻撃したくなる気持ちも分からなくはないなって思う。……バセットさん、なかなか失礼なことしてたし。


『……っ』


 ラウダさんは立ち上がろうとして、崩れるように座り込んでしまった。


『あの……ラウダさん、貧血の類だと思います。すごく酷い傷だったので、すぐには動けないと思います』


 あのレベルの傷だと、治ってすぐには動けない。

 今回は出血があったし、傷を塞ぐことを最優先して使う魔法を選んだ。

 だから貧血とか倦怠感の類が治るまでには、どうしてもタイムラグがある。……申し訳ないけど、半日くらいは駄目かも。


『先輩? こんなとこじゃ休めないっしょ? どっか行こっか?』


 バセットさんが、ラウダさんに手を伸ばす。

 そうしてもらえると助かるかも。このままじゃこの人、ここから動けないし。


 ……でも、ラウダさんはその手を叩き落としてしまった。


『痛って! なんで攻撃すんのさ!!』


 ラウダさんの顔を見る。

 彼は、嫌悪感に満ちた目をバセットさんに向けていた。


『……オレ、ち(・)ょ(・)う(・)ど(・)い(・)い(・)ですからね』


『は?』


『あなたはオレを助ける体で、その子に気に入られたいだけなんじゃないですか?』


『んな……っ! そんなんじゃ……!!』


 流石にそれは酷い!!

 間に入ろうとしたけれど、彼は取り付く島もなく吐き捨てた。


『庶民なんて、掃いて捨てるほどいる。いたるところに、転がってる。……オレを罰するなら、罰せばいいんですよ。代わりは、いくらでもいるんですから』


 そうだ、バセットさんは貴族だ。


 そういう話になっちゃうと、生徒の中にラウダさんの味方はいない。

 わたしは元々孤児だから許されてるだけだ。いや……本当はわたしのことも、彼は心のどこかで疑ってるのかもしれない。


『貴族……貴族、ねぇ……』


 バセットさんは、ふっと息を吐く。

 その横顔には、どこか痛みが滲んでいた。


『セレナちゃん、あとお願い~。ちょっと時間経ったら様子見にくるから~!』


『あっ、バセットさん!』


 ひらひらと手を振って、彼は旧校舎を後にする。

 バセットさん……ラウダさんに、気を遣ったんだと思う。

 何だかんだで、思いやりのある人ではあるから。


『きっと、あの人は違うんだって思ってる。……分かってる。ちゃんと、分かってるんだよ』


 酷く、震えた声がした。

 振り返ると、ラウダさんが体育座りをして、顔を埋めて震えていた。


『でも……オレはもう、嫌なんだ……貴族って存在を何よりも大切にする社会が……オレたちをゴミ屑同然に扱うこの国のことが……もう、嫌なんだよ……っ』



 ◇



 ——観客が、お通夜状態になっていた。


 仕方ない。

 この学園の生徒、ラウダ以外は全(・)員(・)貴(・)族(・)だ。


 色んなとこから「ごめんなさい……ごめんなさい……」って聞こえてくる。

 でも今回に関しては俺もラウダも、何ならバセットも一緒になって「見ない方が良いんじゃないか」って、ちゃんと言ったぞ!?


 そして本能だか可能性の因子だか知らないけど、俺以外は何故か見事に泣きの演技を決めてくる。

 当たり前のように、息をするように泣いてみせたラウダは顔を上げて涙を拭った後、病んでる人たちに向かってひらひらと手を振って笑った。


「あの、本当に嫌になってたら、こんな演技してないんで……」


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 でも、見学者たちは変わらず闇堕ちしてる。

 どうにも戻って来てくれる気配がない彼らを見て、ラウダは狼狽え始めた。


「い、今はもう、大丈夫、なんで……」


 ……あ、ラウダが『無自覚に』追撃した。

 実際そうなんだけど、ラウダは“今”は大丈夫なだけで“昔”は全然大丈夫じゃなかった。

 

 そして、ラウダだけはノンフィクション気味なのは皆、分かってる。……ということは、


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


「大丈夫、ですってば……」


 ——どうしよう。


 でも王太子がフォローに入るのもどうかと思う。余計な圧が掛かりそう。

 こっそりと横にやってきた明里さんが、俺にぽそりと囁いた。


「これが恐らく、ラウダの声帯が豪華な理由なんですけど」


「胸が……痛くなるからだな……」


「はい……」


 確かに、ラウダの声優に金掛けるのはちょっと分かる。あまりにも痛々し過ぎて辛い。

 このシーンって通常ルートならもうちょっとマシな展開らしいんだけど、目の前で裏ルートバージョンをやられた結果がこれだ。破壊力が、ヤバい。


 そして仮にラウダルートに入ってたら、このイベントの後。

 つまり今日の夜に実家炎上イベントが来るらしい。

 この流れで貴族に家族を焼き殺されたら、そりゃラウダも殺戮魔王になる。説得力がありすぎる。


 イベントのコンボ最悪かよ。

 プレイヤーの心をバッキバキにしに来てる。

 制作チームに人の心が無さすぎる。


 しかもこのシーン、バセットがとんでもなくブースト掛けてきてる。

 人の心を機敏に察知しまくるチャラ男、キツい。チャラ男ならチャラ男らしく空気読まずに遊んでて欲しい。影のある遊び人属性、本当に良くない。


 これでラウダルート回避しても、推定トゥルーに行かない限りはバセットが確定で死ぬんだろ?

 どっちにしたって立ち直れる気がしない。制作チームに人の心が無さすぎる。 


 俺も一緒になってお通夜になりかけてたら、明里さんに背中をぺしぺし叩かれた。


「そして現状なんですけどね。いっそ放置で良いのでは?」


「え?」


「平民を大事にする生徒出てきそうなんで」


「……た、確かに」


 言われてみれば、そんな気はする。

 ラウダが貴族生徒の心をバッキバキに折った結果、平民を大事にする生徒が出てきてもおかしくはない。思いやりの心を持った生徒が出てくる可能性は普通にある。


 流石に全員そうはならないだろうけど、ひとりでもふたりでも良い。

 ぜひ平民を大切にして欲しい。ゴミ屑扱いしないで欲しい。

 領地経営の類に携わる子も多そうだし、良いきっかけになったかもしれない。


 観客たちを見ながら、こそこそと奏音ちゃんとチャラ男を解除したバセットもやってきた。

 明里さんは「放置で良いのでは?」って言い放ったけど、ちょっと離れてたこともあって、会話が聞こえてなかったふたりは普通に目の前の光景を気にしていた。


「あたし、ちょっと心配になってきたんですけど……これ、収拾つきますかね?」


「……。最悪、ラウダを置き去りにして帰ろう」


「それは酷くないっすか……?」


「だったら君、ここで残ってラウダ待ってみる?」


「嫌っす……」


 そんなこんなでしばらく見守ってみたが、落ち着かなかった。

 仕方がないから、俺たちは闇堕ち観客の中からラウダを回収して立ち去ることにした。


 このままラウダを放置すると、彼はこれでもかと追撃する。ていうか、今日に関してはラ(・)ウ(・)ダ(・)が(・)存(・)在(・)す(・)る(・)だ(・)け(・)で(・)駄目かもしれない。

 だから『逆に観客を置き去りにした方が良い』と判断した。


 ——そして、その日の夜。


 虐めという名の殺人未遂をやらかしてた奴らは第1学年の時点で全員間引きしているし、ラウダの実家周りの警備は万全にした。さらに、ラウダ本人が実家に結界を張っている。


 まさか『今日、ラウダの実家が燃えるかもしれません』なんて誰にも言えないから、あとは祈るしかない。ここまでやって駄目なら「もう潔く散ろう」と俺たちは覚悟を決めた。


 ……翌朝。


 ラウダには本当に申し訳ないが、明里さんに『不吉な夢を見たから一応連絡してみて欲しい』という嘘をでっち上げてもらった。

 即座に彼は両親およびお姉さんの安否を確認し、胸を撫で下ろす。


「問題無さそう。もう、びっくりさせないでよ……」


「……申し訳ありません。昨日の天啓再現のせいかもしれません」


 久しぶりにすべてを天啓のせいにしつつ、俺は明里さん、そして奏音ちゃんと視線を交わす。

 これはもう、ラウダの裏バッドエンドは無事に回避できたってことだ。


 あとは『情報が不足しすぎてる』っていう最大の問題を抱えてるバセットだけだ。

 ラウダを回避した後、彼の分岐ポイントは結構早い段階で来るらしい。


 まあ、チャラ男バセットはラウダイベントで大活躍だったもんな。そりゃ来るよな。分かるよ。

 

 そして、俺は分かったよ。

 バセットのヴィオレッタの殺害動機は余裕で分かったよ。

 ヴィオレッタに関しては『セレナに危害を加えられる前に殺す』っていう判断を下すんだろ。ただセレナのために手を汚すんだろ。

 胸が痛すぎるんだけど。やっぱ制作チームに人の心が無さすぎる。


 ……でも、オルフェウスが何で殺されるのかが相変わらず分からない。


 オルフェウスに関しては本格的に何もしてないだろ!

 ヴィオレッタの暴走理由にはなってるけど、本人は何も悪くないだろ!!


 歩いていく皆の背を眺めながら、深く息を吐き出す。


「さーて……足掻くか―……」


 ——そうして、俺が絶対に死んではいけない戦いが始まった。


俺が絶対に死んではいけない戦いはバセット云々じゃなく、最初から始まってるんだよなぁ。

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