50.最悪なランダム関数を組むな
バセットが最難関すぎる。
最後の壁すぎる。
ぶっちゃけ、ぶっちゃけ俺は、奏音ちゃんがコラーレ兄弟を攻略し損ねているのは『恐怖心で心が折れたから』なんじゃないかと内心思っていた。
まだ18歳どころか当時16歳の女の子なわけだし、そういう事態が発生しても仕方がない。
でもバセットはその条件には当てはまらない。だから、純粋に難しいんだと思う。
彼に関してはもう、とにかく死ぬらしい。何をどうしても死ぬらしい。
「通常ルートだと攻略簡単って聞いてるのにな……裏ルートで反動出てるのかな、バッドエンドしかないのに……」
裏で反動は普通にありそうで困る。
裏ルートだと、一番まともだと信じてたアリオーソが理性サヨナラ全自動自害遂行機になってるしな。
やめてくれ騎士団員ども。
命を大切にしてくれ。
そして奏音ちゃんはどうにかこうにか思い出している。
オルフェウス死亡までの流れを頑張って思い出している。
……というのも、
「とりあえず殺害イベントが起こりやすいのは図書室ですかね。薄々察してるかもですが、図書室はオルフェウスとエンカウントしやすい場所なので、当然殺害現場になりやすいというか。
次点は確か3階の空き教室と正門前、次に裏庭と屋上、あとは自教室と中庭ってケースもありました。そしてレア枠がオルフェウスの部屋です。基本刺殺ですが、最後だけ毒殺です。共通項は雨の日です」
「雨の日に1人で動くなってことだけは分かったよ」
殺害箇所が複数形なのはやめてくれ。
そんな色んなところでオルフェウスを殺さないでくれ。
——ていうか『部屋で毒殺』に関しては遂行したバセットがすごいな!?
「他はともかく、部屋で毒殺の回避が難しすぎるんだよなー……どうしたもんかなー……」
制作チームに最悪過ぎるランダム関数を組まれたせいで、対策難易度が一気に跳ね上がった。
雨が降るたびにシベリウスかアリオーソの部屋に転がり込むという手はあるけど、流石に怪しまれる気がする。雨降らないでって祈りたいけど、そういう問題じゃない。
もしかすると雷撃使いの殺戮魔王なら天候くらいはあっさり変えられるかもしれないけど、そういう問題でもない。雨を降らせなければ良いって話じゃない。
……それにしても、殺害現場を事前判断できないってのがキツいな。
それだと、やりたくはないし怒られそうだけど、俺を囮にして張り込むっていう最終手段が使えない。
何なら、原作でもセレナがバセットのオルフェウス殺害場所および殺害方法を知るのは翌日になるらしい。
「オルフェウスを殺害して、『もう逃げられない』と判断したバセットがセレナに犯行について語って、最期にセレナに告白して死ぬと」
「はい……」
勘弁して欲しい。
バセット(どこか影のある遊び人ver.)がそんなことする未来を見たくない。
遊び人が本当に好きな子にだけ想いを告げて死ぬとかマジで悲しすぎるから嫌だ。
「とりあえず殺害タイミングは分かるの? それすらランダムってことは……」
「それはないですね! このイベントの後、みたいなのはあります」
……良かった。
「やっぱり予定通り、原作再現しながら対策考えよう。一応、雨の日はひとりで動かないようにはするけど。明里さんも気をつけてくれよ?」
このゲームにおいて、悪役令嬢は流れ作業で殺される。
死亡フラグから逃げ回らなければいけないのは俺だけじゃない。
なんなら優先度は彼女の方が圧倒的に高い。
それを指摘すれば、明里さんは何とも言えない顔をして笑う。
「私も気をつけはしますが、透さんはなるべくアリオーソと一緒に行動するようにしましょうね。彼はびっくりするくらい捕まえやすいですし」
「そうだな。それならラウダもついてくるだろうし」
「確定で3人以上になるのは大きいですね!」
同学年、しかも隣接クラスに他の攻略対象がいて助かった。
頼れる彼らが裏ルート死亡率100%疑惑の全自動自害遂行機と最後まで油断できない殺戮魔王っていうのはかなり引っかかるけど、大丈夫だと信じたい。
悪いけど、俺たちとバセットの死亡フラグ回避のために協力してくれ。
そして学年や立場は違うけど、フラグ回避済みのシベリウスとコラーレ兄弟が残ってるし……って考えたところで、俺は気づいた。
「いっそ、バセットをシベリウスかコラーレ兄弟に引き取ってもらうのはどうだ? ラウダみたいな感じでさ」
むしろバセット“を”単独行動させなければ良いのでは?
今のバセットはかなりの不安定さを見せてるし、行けるんじゃ?
……って思ったんだけど、奏音ちゃんに首を横に振られてしまった。
「透さん、忘れちゃ駄目ですよ? さっきコラーレ兄弟に一昨日の件について教えてもらったじゃないですか。何かひたすら『体調悪かっただけっす!』を連呼されて逃げられたって」
「……」
そうだった。
引き取ってもらうとか、そういう問題じゃなかった。
まあ、そうだよな。バセットがあの後、コラーレ兄弟にあれこれ吐き出してくれてたら。
あの子が、そういうタイプの素直な子だったら。
——俺たちは今、こんなに悩んでない!
「うーん、バセットなら確実に実家絡みだと思うし、話しても仕方ないって思ってんのかな……」
実家絡み。
つまり、かなりデリケートな問題。
前々からそうだけど、転生者である俺たちだけで完結させるべき案件だ。……これがかなり厳しい。
明里さんは、困ったと言わんばかりに目を細める。
「そういえばアリオーソの実家が首突っ込んで、親からの態度が悪化したって話がありましたよね?」
「なるほどな。下手に首突っ込まれたくないって奴か……」
昔、そんな事件があったとアリオーソが教えてくれた。
バセットがリチェルカータ家に相談したわけではないが、リチェルカータ家が独自に動いた結果、状況が悪化したのは事実だ。
……もしかすると『話せば余計に酷くなる』と怯えているのかもしれない。
「でも、物理的に引き離されてる上にバセットは実家に帰ってないよな? だったら大丈夫って考えても良くないか?」
「……確かに、そんな気はしますね」
先日のラウダの件もそうだが、天啓問題について話し合って以降、攻略対象たちは何故か外出時に報告を上げてくるようになった。
その報告を信用するなら、バセットは実家には一度も帰っていない。
「これはアリオーソの報告なんだけど、どうも今年は騎士団にも顔出してないみたいなんだよね。……よく考えたら、あの子は騎士団に行ったら身内と顔合わせる可能性あったんだよな。一昨日は申し訳ないこと言ったなって思ってる」
少なくとも『騎士団に顔を出していない』という情報は事実と見ていい。
これはアリオーソがサラッと実の兄から聞き出してきてくれた情報だからだ。
近況報告的なノリで連絡してみたところ、良い感じに彼のお兄さんが「バセットは元気か」と話を振ってくれたようだ。そこから芋づる式に情報を引きずり出してくれたらしい。
「学園内で訓練をしてるっぽくはあるんだけどさ。王国騎士団か王国魔導士団に所属している生徒は、定期的に所属先に顔を出す義務があるらしいんだよね」
「バセットはそれを放り出してる、と……」
「……怖すぎないか?」
「はい……」
俺の護衛任務があるアリオーソは仕方ないとしても、その手の任務を持っているわけでもなく、何より生真面目な性格をしているバセットが長期間、所属している組織を放置するとは思えない。
俺と明里さんは奏音ちゃんを見る。
奏音ちゃんは、深々とため息を吐き出した。
「ゲームだと、バセットはスタート時点で騎士団辞めてるので……」
「うっわ、そうだった……」
——前提事項が終わってた。
知らないところで辞めてる可能性も考えたけど、それならそれでアリオーソのお兄さんが情報漏洩をしてくれそうだ。情報漏洩 to 情報漏洩が発生しそうだ。
どうしたものかと思っていたら、奏音ちゃんは「ただ」と口にした。
「バセット絡みで結構大きい違いがあるんですよ。あたしがイベント取り逃してるだけかもしれませんが、多分取り逃してないと思います」
「えっ?」
「裏ルートだと、バセットの『庶子確定イベント』が発生しません」
バセットの庶子確定イベント。
それは彼が下位クラスの男子生徒に絡まれて「お前にそっくりな庭師が今、うちにいるぞ」、「お前、本当に庶子だったんだな」とか何とか言われる趣味が悪すぎる最悪なイベントだ。
……それが、存在しない。
ただ、これを素直に喜んで良いものなのかは気になってしまう。
明里さんも同じことを考えていたみたいで、彼女は眉尻を下げた。
「裏ルートだと攻略対象全員の初期レベルが高いって話があったじゃないですか? そんな感じで、『イベント外』もしくは『ゲーム本編開始前』に発生してる可能性はありますよね?」
「だな……」
脳裏を過るのは、バセットが入学早々に「本当にオルフェウス殿下ですか!?」と俺たちの前にすっ飛んできた事件だ。
ただ、あの時点の彼は、自分を『庶子疑惑のある三男』と言っていた。
バセットのその後の振る舞いといい、ゲームとは異なる姿を演じられるとは思えない。
……だとすれば、第2学年に入ってから問題が起きている可能性はある。
「見てないとこで起きてる可能性はあるんだけど、バセットって下位クラスの生徒との接点は無さそうなんだよな」
「真逆のクラスにいますもんね……最上位クラスですもんね……」
これに関してもゲームと大きく異なる案件だ。
そうなってくると真っ先に疑うべきは、やっぱり——。
「親が手紙かなんかで、バセットに変なこと言ってる可能性はあるな」
バセットはゲームと現実を比較するとそこそこ変化が大きい部類の攻略対象だ。
優等生のまま第2学年に上がっているし、見た目も大きく異なる。何もかもが違うと言えそうだ。
でもオフィクレイド男爵家の存在については、通常ルート、裏ルート、そして現実において全く変化が無い。そこだけは共通項として残る。
だからどうしたって、バセットの場合は全部がそこに行きついてしまう。……結局、どうしようもない場所に行き着いてしまう。
学園内にいても手紙のやりとりは可能だ。検閲の類もない。
わざわざ実家に帰らずとも、手紙を使えば余裕で連絡が取れる。
「仮にそうなら、連絡無視して逃げ切ってくれてたら良いんだけどなぁ。バセットも家族のことなんか嫌いだろうに。期待もしてないだろうに」
俺だったら嫌いな相手から届いた手紙なんて読まないどころか開かずに捨てる。
バセットの場合は通信機能付き宝石を用いた騎士団員としての連絡手段もあるけど、俺なら家族だって分かった瞬間に通信を切る。
バセットが親に愛されたがってるのは分かるけど、学園入学後は諦めてそうというか……それこそ、アリオーソが言ってた俺の粗探ししなくなってるし。
しかもゲームだと愛を求めてチャラ男になるわけだしな。少なくともゲームのバセットは割り切ってそうというか。
明里さんも俺に同意して、うんうんと頷いてくれた。
「そうですね。ありとあらゆる手段で虐待してく——」
「いっそ、親を嫌いになれたら。期待せずにいられたら。本当に楽なんでしょうけどね」
……奏音ちゃんが、小さく呟いた。
言葉を途中で切られてしまった明里さんは、目を丸くして彼女を見ている。
口に出すつもりはなかったみたいで、奏音ちゃんは手で口を覆って苦笑いしていた。
「ごめんなさい。気にしないでください」
「えっと……」
「触れないでもらえると、ありがたいです。……すみません。あたしが口を滑らせたのが悪いんですけど」
その笑い方が、酷く痛々しく感じて——俺たちはそれ以上踏み込めないまま、夜の温室放火事件に備えて解散した。




