43.為政者として
……随分と、古い鍵に見える。
意匠が入ってる部分が錆びて、ひび割れている。
油断すると崩れ落ちてしまいそうで、持つのが怖い。
昔の地図に、古い鍵。
必然的に、この2つには関連性があると考えて良いだろう。
「地図と一緒なら、200年前の鍵なのかもね。かなり古そうだし、壊れないように丁寧に扱わないと。鍵そのものを動かさなくて良いように、紋章を紙に描き写して……」
「父さんがさ、この鍵は丁寧なアンティーク加工が施されてるだけで、作られたのは数年前くらいだって言ってた。だから紋章描き写さなくて大丈夫だと思うよ」
「へえ、なるほ……ん?」
鍵を持ったまま、声がした方向を見る。
ラウダが親指を立てていた。
「封筒の中に入ってても、中身を見なくてもヤバい鍵だっていうのは分かってたみたいで。処分するかどうか悩んでもいたみたいで。
オレが鍵見てたら「鑑定させろ」って言ってきたんだよね。だから、とりあえず手紙は見せずに鍵の鑑定だけしてもらった。ちゃんと口止めはしてるよ?」
「鑑定?」
「父さん、鑑定魔法が得意なんだよね」
尊敬してるというか、そんな人が父であることを誇りに思ってるみたいだ。
ラウダは少しだけ嬉しそうに、ちょっと照れくさそうに話す。
「それは技術と魔法を使って誤魔化してあるけど、制作時期は10年以内。国内の他の場所には持って行かず、王都内で使われてたんじゃないかなって聞いてる。
ただ、鑑定魔法使ってもそれくらいしか分かんなかったらしいんだけど……あ、金属のすり減り方を見るに、スペアキーが存在する可能性が高いって話もあったんだった」
「スペアキー?」
「厳密に言うと、これがスペア。金属のすり減り方があまりにも少ないらしいんだ。1回か2回くらいしか使われてないんじゃないかって話。よく考えたら直渡しじゃなくて手紙に入れて渡すっていう割と雑な扱いされてるし、そうだろねって思う。
どうも追跡魔法とか盗聴魔法の類が掛かってたっぽいんだけど、そっちに関しては封筒の上から母さんと姉さんが協力して解呪してたみたい。だから、安心して?」
待て! 情報量が!
情報量があまりにも多い!!
「受け取ってすぐに解呪したみたいだから、今になって怪しまれるようなことはないと思う。問題はオレが実家帰ってたのは、つまり封筒を受け取ったこと自体は革命軍に抜けてそうなことかなぁ」
……もう駄目だ。
マドリガル家を放置してはいけない。
自己判断で謎の鍵の正体を見破ったり、その鍵にかかった変な魔法を解呪したりする人たちを放置してはいけない。
多分、父方がヤバい系譜なんだろうけど、しれっと母親も魔法使ってる。
魔力があるだけの人じゃない。平民に下った貴族の女性とかだったらどうしよう。
ただでさえヤバい系譜に、ちゃんと魔法を使える人間を連れ込まないで欲しい。
ゲームの設定なのは分かるんだけど、もはやなんで彼らが平民なのか分からない。
何より学園で平民差別受けてた弊害なのかもしれないけれど、ラウダはもうちょっと危機感持って欲しい。ポヤポヤしないで欲しい。君のところは一族単位で見てもヤバいけど、君が飛び抜けてヤバいんだよ。
……でも、マドリガル家のおかげで相当に助かる情報が手に入った。
「そうなってくると、紋章はあまり当てにならないって考えた方が良さそうだね。そこのデザインだけ変えてきてる可能性はあるし」
「そうだね。それこそアリオーソ様が言ってた保管室がこれで普通に開く可能性あるくらいだし」
だったら、物理的に試すのが初手で取るべき行動かもしれない。
少なくともアリオーソかバセットなら、騎士団の保管庫に鍵を刺して回せるかどうか確認することができそうだ。
とはいえ、アリオーソは王太子の護衛騎士だ。
単独で歩き回りやすいのは、どちらかというとバセットの方だろうか?
そう考えた俺は、バセットの方に視線を向ける。
けれど、こっちを見ないで欲しかったと言わんばかりに、淡い銀の瞳は不安げに揺れていた。
バセットは、微かに肩を震わせた。
「……ごめんなさい。これに関しては自分じゃなくて、アリオーソ先輩に頼んでください」
「どうしたの?」
「……。すみません、今日は……抜けます」
「えっ!?」
逃げるように会議室を出て行ったバセットの姿を見て、コラーレ兄弟が立ち上がる。
そして、俺たちの方を見て口を開いた。
「あれは少し心配だ。……会議中にすまないが、わたしたちは彼を追い掛ける」
「無関係者の方が話しやすいこともあるだろうからな。何かあれば、共有して欲しい」
それは構わないというよりは、そうして欲しい。
けれど、俺の心は違う方向に向いていた。
——バセット、そしてラウダの立ち回りが気になりすぎる。
バセットは他の攻略対象と比べると明らかに秘匿癖が酷いし、逆にラウダが吐く情報は個別ルートで判明していないものがあまりにも多すぎる。
これはただ単にラウダが全部話してくれている、つまりシナリオ的にイレギュラーな動きをし続けているだけで、バセットはその逆、つまり本来のシナリオ通りに動いているだけなのではないだろうか?
奏音ちゃんは、バセットはオルフェウスの殺害理由を裏バッドエンドですら話さない可能性があると言っていた……ラウダが出してきた情報を考えるに、バセットの行動の裏にはとんでもない重要事案が隠れているのではないだろうか?
「……」
——為政者としての『オルフェウス』が、彼らは『危険』だと告げている。
裏バッドエンドは、攻略対象が他の攻略対象を殺害する。
誰からも殺されていないのは、アリオーソ、バセット、ラウダの3人だ。
とはいえ、アリオーソに関してはオルフェウス殺害時に間違いなく巻き添えを受ける形で死亡するだろう。
物語における立ち位置を考えても、彼に関しては深追いしなくても良いと判断できる。
なら……残りの、ふたりは?
ここまでくると、バセットのオルフェウス殺害に関しては嫉妬や劣等感による犯行ではない気がする。
オルフェウスは貴族どころではなく、王太子だ。
もし仮に、彼が王太子を殺害する計画を立てていたとする。
その場合は計画を実行していなかったとて、処刑対象となり得るだろう。
そしてラウダは、革命因子としてあまりにも危険だ。
本人が言っていたように、彼には革命に応じるだけの理由がある。
彼に関しては、どこかのタイミングで適当な罪を被せて処刑するのが妥当だろう。
「危険だから……ってか?」
王族。
国を率いる者。
——国のために、時には非情な判断をしなければならない立場にある者。
正直、リュートに関しては仕方がないと思っていた。彼は革命の中心部に立つ存在だ。
彼の処刑は、しかるべき処置だろう。こればかりは、どうしようもないだろう。
分かってる。
トゥルーエンドは、必ずしも『ハッピーエンド』ではない。
ここまで来たら、トゥルーエンドが大団円のハッピーエンドであって欲しいと願っていた。
このゲームにおける、唯一の希望であって欲しいと願っていた。
けれど、俺の想像が正しいなら。
トゥルーエンドの、代償は……。
視界に、ブライトネイビーの髪が映り込む。
「オルフェウス殿下?」
その声を聞いた瞬間に、背筋が凍るような感覚を覚えた。
伸ばされていた手を、つい、叩き落としてしまった。
「……っ!?」
黒い瞳が、丸くなっている。
当然だ。いきなりこんなことをされて、驚かないはずがない。
「ッ、ごめん……」
悪いように、穿ったように考えすぎなのかもしれない。
けれど、もうこの場ではどうにもならなかった。負の感情が、溢れて止まらなかった。
「皆、悪いんだけど、さ……後片付け、任せても良いか? 俺は……俺も、この場から、抜けさせて欲しい……」
誰かに声を掛けられた。
けれど、振り払うように背を向けて走った。
自分の部屋に帰る。
鍵を閉めて、ドアにもたれ掛かるように座り込んだ。
息が、切れる。
「なん、なんだよ……」
ずっと、思ってはいた。
最初から、考えてはいた。
それでも、絶対に『口に出さない』と決めていた。
明里さんと奏音ちゃんが好きなものだから。彼女たちの『好き』を否定したくなかったから。
——そして、彼らの存在そのものを拒絶する言葉でもあると考えていたから。
「……っ」
その禁忌の言葉が、俺の口から零れ落ちた。
「こんなゲーム、大嫌いだ……っ」




