41.狂演としか言いようがない
『剣術演習かぁ』
受けるはずだった講義が休講になってしまったから、わたしは剣術演習の講義を見に来ていた。
……前に、アリオーソさんと話した日のことを思い出す。
あれから特訓して、少しずつだけど光の力が強くなってきた。
強くなることは分かったから、いつかはオルフェウス殿下を助けたい。
あの日の約束を、果たしたい。
そう思った。
今日の演習は第1学年の授業だから、オルフェウス殿下たちはいない。
演習場全体に、剣と剣がぶつかり合う甲高い音が響く。
——いつ見ても、「怖くないのかな」と思ってしまう。
演習場を出ればどんな怪我を負っていても治るって話だけど、それとこれとは、話が違う気がする。
怪我の度合いによっては演習場を出ること自体が難しくなるから内部での治療が必要になるって話だし、そもそも、トラウマになって剣を握れなくなる人も存在するって聞いたことがある。
当たり前だよね。
もし腕とか足とか失くなっちゃったら、後で元に戻るって分かってても、もう怖くて動けなくなっちゃうと思う。わたしだったら、きっと耐えられない。
そんな時。
演習場の一角から不穏な気配が漂った——ちょうど、わたしが居るところから見える場所だ。会話が、聞こえてきた。
『ははっ、やっぱり引きこもりだとダメダメなんですね~?』
聞こえてきたのは、嘲笑。
この講義を受講している男子生徒たちが、他の男子生徒に嫌味なことを言っているみたい。
一応は「おい、やめとけ」って、止めるような言葉も聞こえてくる。
でも、止める側もどこか楽しそうにしていた。
……不快だった。
引きこもり、という言葉に心当たりがあったわたしは、嗤われている人が誰なのかを確認した。
癖のある淡い茶色の髪。猫背で、常に俯いている——すごく、見覚えのある姿だった。
『やっぱり、シベリウスさんだ……!』
シベリウスさんが出てきているだけでも珍しいのに、ちゃんと講義を受けている。
それなのに、からかわれている。
——あの人はきっと、勇気を出してここまで来たのに!
少しずつ会話をするようになったから、知ってる。
どうしてシベリウスさんが外に出られなくなったのか、何を怖がっているのか。
『シベリウスさん!』
わたしは彼が気になって気になって仕方がなかった。無視なんてできなかった。
何も、できないのに。
わたしが間に入ったって、状況を悪化させるだけって分かってるのに。
でも、男子生徒たちはわたしのことなんて気にしなかった。
聞こえていたと思う。……それなのに。
『お兄さんに毒を盛る勇気はあっても、講義を受ける勇気がないなんて! ダッサ!』
『……』
『返事する気も無いんですか~?』
シベリウスさんは、この国の第二王子だ。
表向きの話ではあるけれど、この学校では王子だろうと平民だろうと平等に扱われる。
だから王子に対して舐めたことを言っても大丈夫……って思ってるんだろうけど、それにしたって酷い。あり得ないと思う。
俯いていたシベリウスさんが、顔を上げる。
相変わらず、淀んだ目をしていた。
なのに、どうしてだろう——その深淵を映す青に、いつもとは違う恐怖を覚えた。
『は、はは……っ、ふふっ、そっか、そうだよねぇ……?』
ゆらり、と。
前に倒れ込みそうで倒れ込まない。そんな独特の動きで、シベリウスさんは前に進む。
『嫌なものは変わらないのに、変わって欲しくないものは勝手に変わる。……世の中って、いつもそう。あははっ、あはははっ!』
だらりと垂れ下がった右手が握る剣の切っ先が、床を削る。
彼の足は、止まらない。
『えっ、あ、あの……』
『どうしたの? 怖いの? なんで? ねえ、なんで?』
『ご、ごめんなさいっ! ごめんなさい!!』
シベリウスさんは、首を傾げている。
不思議だ、意味が分からない。
……心の底から、そう思ってるみたい。
必死に謝る声が、届いていないみたい。
『や、やめて……ごめんなさい、ごめんなさい……! もう、何もしません! 何も言いませんから……お願い、信じて……信じてください……!』
ぴたり、とシベリウスさんの足が止まる。
男子生徒たちは、ほっと息を撫で下ろした。
もう一度好き放題に言い始めるんじゃないかって不安になったけれど、流石にそこまで馬鹿じゃなかったみたい。
『……。何を?』
『え……?』
……言葉が届いたわけじゃ、なかったみたいだけれど。
『何を許して欲しいの? そんな言葉に、意味はあるの? 無いよね? 「ごめんなさい」も「信じてください」も、何の意味も持たない言葉だよね?』
『あ……』
地雷を、踏み抜いた。
それを理解した男子生徒たちの顔から、血の気が引いていく。
シベリウスさんはずるずると線を描いていた剣を、綺麗に構え直して——笑った。
『あはははっ! 知らなかったんだ! 可哀想! 可哀想!』
その時。
講義を担当していた先生が駆け寄ってきた。
『おい! 止まれ!』
教師って言っても、ひとりの人間だ。
彼はシベリウスさんが向けた目に、顔を引きつらせた。
『し、シベリウス君……っ、落ち着くんだ!』
それでも。それでも生徒を守るために、彼はシベリウスさんの前に飛び出した。
これで、これで落ち着いて。
わたしは祈った。——祈りは、届かなかった。
『ぎゃあああっ!』
悲鳴が上がる。
バッサリと、身体を斜めに切られた先生が床に倒れていた。
血が広がっていく。
それを見て、生徒たちの悲鳴が響く。
悲鳴が、反響する。
気を失った先生を前に、この騒動を引き起こした男子生徒は腰を抜かして床に座り込んでいた。
『あ……あ、ぁ……』
『あーあ、君のせいだよ? 君がこんなことにしちゃったんだ。分かってる?』
『ごめんなさい……ごめんなさい……』
『反省してるんだ? そんなことないよね? 君みたいなのは、変わらないんだよ。ずっと、ずーっと、そのまんま。……可哀想に』
シベリウスさんは、弱くなんてない。
それに気づくのは、そう難しいことじゃなかった。
『ふふっ、可哀想』
血をまとった刃が、怯える男子生徒の顔を映した。
『可哀想』
シベリウスさんが、笑う。
『可哀想だから——私が、変えてあげる』
笑っている。
彼の青い瞳は、泣いているように見えた。
……おかしくなっているだけ。
本当は、こんなことをしたいわけじゃない。
そんな声が、聞こえたような気がした。
先生を助けないと。
そして、シベリウスさんを助けないと!
迷ってなんていられない!
わたしは見学席の手すりを掴んで、演習場に飛び込んだ。
『もうやめて! シベリウスさん!!』
◇
「きゃあああぁあ!?」
奏音ちゃんが、普通に落ちてきた!?
「嘘だろ!? ——大地の縛を解き、天の理に……」
俺(※シベリウスを煽った馬鹿役)は大慌てで浮遊魔法の詠唱を開始した。
でも、見学席にいたラウダの方が早かった。彼はすっと、剣先を奏音ちゃんに向ける。
「アイヴィーバインド!」
その声と共に床から生えてきた蔦が、彼女の身体を受け止めた。
すかさず、近くにいたバセットが蔦に絡め取られた奏音ちゃんを救出しに走る。
「……」
蔦をべりべり剥がしながら、彼はラウダに目を向けた。
「あの、ラウダ先輩……」
「……んー、駄目だったね」
バセットとラウダの視線の先。
そこには、ふたりの学生が互いに抱き合って身体を震わせていた。
「ご、ごめんなさい~!!」
「普通に怖かったんです、ごめんなさい!!」
彼らは杖を持って、ぷるぷる震えている。
ラウダは少し呆れたような顔をして笑った。
「うん、分かるよ。気持ちは分かる。怖かったよね、シベリウス殿下の演技」
衝撃の熱演、というよりはもはや『狂演』を決めてきたシベリウスは、倒れているアリオーソ(※被害者教師役)に手を差し出しながら見学席を見る。
「えへ?」
「ひいっ!?」
やめてやってくれ。
可愛くウインクしたとて、そのギャップが怖いんだよ。
その間にコラーレ兄弟がアリオーソの元に駆け寄り、彼の無事を確認していた。
床を含めて真っ赤になっているが、あれはシベリウスに斬られて大量出血……したように見せかけて、血糊だ。
この西洋っぽいファンタジーな世界にも、何故か血糊は存在していた。
そして明里さんは演習場内をひたすら走り回る。
シベリウスの狂演に魅せられているだけの人間は放置で良いとして、震えあがっておかしくなっている学生がいないかを確認するためだ。
「……」
俺は酷い状況と化した演習場を見回しながら、頭の中で状況を整理した。
まず、今回やっていたシーンは煽られに煽られたシベリウスが派手に発狂してしまい、教員を斬り捨ててしまうシーンだ。
シベリウスは完全に我を失っており、その姿を見たセレナは後先考えずに見学席から飛び降りてしまった。
そのまま落ちれば普通に大怪我案件だった彼女を助けたのが、無詠唱魔法を扱えるコラーレ兄弟である。
悲鳴を聞いて駆け付けたコラーレ兄弟のうち、クレメンティ先生がセレナに浮遊魔法を使い、ジェズアルド先生は我を失ったシベリウスに対して拘束魔法を掛ける。
そうしてふたりはセレナの無茶を咎めつつ、斬り捨てられた教員の手当てに……という流れなのだが、これではコラーレ兄弟の特殊能力がバレてしまう。
それを防ぐためにラウダがシベリウスに対する拘束魔法を代理発動、そして、いつの間にかラウダに魔法を教わっていた生徒……という名の固定ファンのふたりが、セレナに対して浮遊魔法を代理発動することになった。
さらに台本を見た瞬間、どう考えてもヤバくなる危険性を感じた明里さんとバセットは緊急時対応、どう考えてもヤバいモブ役を俺とアリオーソがこなすっていう、移動劇団オールスター+αでお送りする予定だったんだけど——ここでまさかの、ラウダの固定ファンの子たちがやらかしてしまった。
気持ちは分かる。本当に分かる。
……シベリウスは、ヤバかった。
彼らにも事前に台本は見せていた。
でもシベリウスはここまで比較的大人しいを通り越して、ほぼほぼセリフが無い役だったから、油断してたんだと思う。
今回は本当に第1学年の剣術演習の授業を借りている。
それなのに盛大なアクシデントを起こしてしまったせいで、固定ファンの子たちは本気で責任を感じているようだ。
「ごめんなさい……」
流石にぶっつけ本番は危ないからと、ラウダは休み時間を利用して拘束魔法と浮遊魔法を同時展開する練習をしていた。
それを見て、ラウダをサポートしたいと彼らは自ら手を挙げてきたのだ。……つまり立候補だ。
その結果がこれなら、当然落ち込むだろう。
どうしたものかと考えていると、バセットが走り寄ってきた。
「オルフェウス殿下、やっぱ自分と立ち位置変わりましょ。あなたならラウダさんの魔法、片方被れるっしょ? 同時展開じゃなきゃ、ぶっつけ本番じゃなくても大丈夫でしょうし」
「被れは、するけどさ……大丈夫? 至近距離でヤバいの来るよ?」
ヤバいの。
シベリウスは不愉快だと言わんばかりに叫ぶ。
「兄さん! 私は真面目にやってるだけだよ!?」
「分かってる! でも真面目にやった結果がヤバいんだよ!!」
オルフェウスは魔導士適性が高い。
浮遊魔法だろうが拘束魔法だろうが、バセットが言うようにぶっつけ本番でも余裕だ。
ただ、バセットにこの役をやらせるのは以前、彼がやらかしていることもあって、かなり抵抗が——
「僕たちにやらせてください!」
「えっ」
いつの間にか、やらかした子たちが俺たちの側にきていた。
責任を感じて目を赤くしているけれど、君たちこそ大丈夫!?
「聞き捨てならないな」
そして颯爽と床を踏み締めながら、本来この授業を担当している教員までもやってきた。
先生はニコリと笑い、アリオーソの肩を叩いて口を開く。
「私は斬られる役をやりたい。斬られてみたい」
「えっ」
これは駄目だ。
一分一秒でも早く、講義を正常化しなければ。
……背に腹は、代えられない。
これはもう、最速で終わらせることを優先すべきだ。
俺たちはエキストラの皆さんと共に演習場内を駆け回ってやるべきことを終え、本来の受講生であるシベリウスを置き去りにして、演習場脱出RTAをぶちかました。
【Tips:ゲームにおけるシベリウス攻略】
理性が擦り切れかけているせいで難易度が跳ね上がっている攻略対象その3。
愛情でぶん殴ると勝てる類の攻略対象。正解選択肢はかなり分かりやすく、攻略方法も極めて分かりやすい……が、その代わりに攻略対象全員の好感度管理を強いてくるヤバすぎるキャラ。
中盤まではオルフェウスルートの攻略を進める必要がある関係で、彼の好感度が高いのは『シベリウスを上回らない程度までは』許される。ただし彼以外の好感度が高いのはNG。
終盤は徹底的に避ける等の行為をとってオルフェウスの好感度を下げつつ、他の攻略対象の好感度を変わらず低い状態に保ち続ける必要がある。
序盤で利用されたこともあり、シベリウスはバセットを嫌っている。その関係で、バセットの好感度は徹底的に下げる必要がある……が、逆にバセットの好感度は上がりやすく、バセットとのエンカウント率はそこそこ高いせいで逃げられない(バセットの方からセレナに近づいてくるため)という致命的な仕様がある。
好感度管理を強いてくるだけでなく、バセットがシステム的な意味で余計な壁を作ってくる。そのため純粋な攻略難易度はシベリウスがぶっちぎりで高い。




