39.脱走させて欲しい
暦的な理由で、連休。
俺はしれっと単独外出チャレンジをしようとしたが、見事に失敗した。
——というか、油断してると年中無休24時間営業を始めるタイプの護衛少年が強すぎた。
俺は護衛少年ことアリオーソの部屋に引き摺り込まれ、部屋の真ん中に置いてあるテーブルに突っ伏した。
「ねえ、アリオーソ」
駄目だと分かっているけれど、要望を訴える。
「学園の外に行きたい」
「護衛が足りねぇ。そんなに行きたいなら呼ぶか?」
「出ないから呼ばないで欲しい……」
そろそろ、外に出たい。
ある程度、自由な感じで外に出たい。
王太子だから無理なのは分かってる。
状況的に許されないのも分かってる。
でも27年間一般市民として生きてきたせいで、護衛されっぱなしなのはだいぶ苦痛だ。
立場が違うとはいえシベリウスは割と軽率に脱走しまくってるのに、俺側に引っ付いてるアリオーソがあまりにも強すぎる。
ていうかシベリウス側の護衛に問題がありすぎる。何よりシベリウスに問題がありすぎる。
「護衛がいてもいいんだけど、君だけにするとかできないの? 君だけなら全然良いんだけど」
「そうはいかねぇだろ、相変わらずリュートの馬鹿がどっか徘徊してんだから」
「まあ、そうなんだけどね……」
アリオーソの部屋を見回す。ここにラウダはいない。
随分と唐突だと思ったが、彼は実家に顔を出すことにしたようだ。
……そして、唐突と思うこと自体がおかしいと気づくまでには、そう長くは掛からなかった。
「ラウダっていつ帰ってくるんだっけ?」
「明日の夜だな。なんか欲しいものがあるなら、連絡しとけ」
「いや、それはないかな。せっかく帰省したんだから、のびのび過ごしてたら良いなーって思っただけだよ」
マドリガル家の髪を伸ばす文化という名の、事実上の『掟』。
第1学年の頃は生傷が絶えなかったからって理由もあるだろうけど、根本的な理由は髪の方だと思う。
ラウダ自身は、何も悪くない。
しかし、結果的に実家の掟を破る形になってしまった。
それでも、火傷痕が消えたことが背を押してくれたんだと思う。
何かしら言われることは覚悟の上で、それでも勇気を出して帰る。
——その結論が、出せたんだと思う。
そして学園外に出ているのは、ラウダだけではない。
「ラウダにバセットが付き添ってるんだっけ?」
「だな」
あまりこういう考え方はしたくないけれど、ラウダは平民だ。
護衛の類も必要ないし、普通に外に出ることはできる。
なのに、何故かバセットが一緒に出たらしい。
バセットは貴族は貴族でも下級貴族、しかも騎士団員だから、割と好きに動ける。
……妙な話だ。
ふたりとも自由に動ける立場なのに、何故ペアで動いているのだろう。
学園外でラウダが誰かしらに手を出される可能性や、バセットが実家の人間と出くわす可能性を考えると、ありがたくはあるけど……。
そんなことを考えていると、アリオーソが自身の長い髪を指に巻き付け始めた。
「なあ、微妙に怖ぇ話して良いか? バセットがラウダに付いてった理由がそれなんだけどよ」
「え……? うん、良いけど……」
頷くと、彼は何とも言えない顔をして、自身の髪を眺めつつ口を開く。
「知ってると思うが、リチェルカータって髪に文化みたいなもんがあるんだよ。対象は長男ってか、後継ぎ。健康に成長して後を継ぐために、最低でも後を継ぐまでは髪を伸ばすって奴な。
……まあ、俺は親父と兄貴が風に髪なびかせて剣振り回してる姿に憧れたから、一緒になって伸ばしてるんだけどよ」
普通に似合っている上に丁寧に手入れされているせいで気にならなかったが、よく考えてみると、アリオーソが髪を伸ばしているのは意外かもしれない。
彼は効率的かつ合理的に動きたがるように見えるし、騎士にとってあの長い髪は邪魔にしかならないだろう。
……というのは建前で、正直「憧れから伸ばした」という理由がとんでもなく可愛いなと思ったのは秘密だ。
「……」
ジトッとした目を向けられてしまった。
可愛いって思ったのバレた? ごめんって。許して。
「はぁ……」
盛大にため息を吐かれた。
そんなこんなで、話は続く。
「この文化ってよ、元を辿ると王家の方に行くんだ。オルフェから数えると、10代くらい前の話になるか? まあ、とにかく王家が男女問わず髪伸ばしてた時期があるはずだ」
念のため、オルフェウスの記憶を覗き込む。
……確かに、あるな。理由込みで、分かる。
「魔除け目的だったね。あの時期なら」
「だな。そのタイミングで王家からリチェルカータに降嫁が起きたから、その文化がうちに流れて、今も微妙に変化した上で生きてんだよな」
「なるほどね」
10代前となると、短めに見積もっても大体250年前くらいだろうか。
彼らの長髪は、そこそこ歴史あるものらしい。
「……で、その後。王家の方は魔除けに追加する形で魔力は髪に宿る、つまり『髪を切ると魔力が無くなる、優秀な魔導士になれなくなる』ってジンクスが生まれるんだ。確か7代前くらいだったと思うぞ」
「あー、うん。あったあった。王族に魔導士適性持ちがあまりにも生まれないからって、変なジンクスに縋り付き始めた時期」
「それ、まだ微妙に生きてるらしいぜ? シベリウスがぼやいてたよ。散々「髪を伸ばせ」って派閥の人間に言われたって。魔導士適性があればワンチャン後継者争い勝てるって思われたんだろうな。……だから、アイツは容赦なく切ってたらしい。そんなの知るかって」
「あはは……ありがたいといえば、ありがたいけどね……」
——シベリウスの魔導士適性は、なかなかに低い。
魔力が無いというよりは、センスが無さすぎる。
だから派閥にあれこれ言われ続けたんだろうけど、オルフェウスと後継者争いをする気が微塵もないシベリウスからしてみれば、もう迷惑この上なかったんだろうな。
髪を伸ばさないだけで、オルフェウス側の派閥の信用を取れるなら俺でもそうするな……ってところまで考えて、俺は嫌なことに気づいた。
「……。か、髪を伸ばす、文化……」
ちょっと、いや、かなり——余計な事実が、見えた。
俺はゆっくりと、目線をアリオーソに移す。
彼が言いたいことを、察してしまった。
「そのシベリウスがさ……前に、『マドリガル家は全員魔力持ち』って言ってたよね……?」
「そのシベリウス曰く、なんだが……」
……シベリウスのしごできっぷりが、余計な事実に根拠を与えてきた。
「マドリガルの魔力案件はだいぶ昔かららしいぞ。シベリウスが気になって聞いたことがあるらしいんだ。そしたら『どっかの貴族が昔やらかしてくれたんだろうな』って、『結果的にありがたいから助かってる』って、店主ってかラウダの父親が、笑いながら話してたらしいんだが……」
平民の魔力持ち自体は、ごく稀にいる。
……だが、本当にごく稀だ。
コラーレ兄弟の案件だけでも希少すぎるというのに、恐ろしいことにマドリガル家は一族単位で魔力持ちらしい。
たまたま遺伝が続いたんだろうけど、そのレベルだと少なくとも1回は優れた魔導士適性持ちがガッツリ絡んでいるはずだ。下手すりゃ何回か関わってる。
アリオーソは、話を続ける。
「なんか、ラウダのとこって『魔除けのため』と『魔力を保持し続けるため』って目的で男女問わず問答無用で髪伸ばすらしいんだわ。その時点でリチェルカータよりキツいし、俺がアイツの立場でも帰れなくなったと思う。……むしろ、よく勇気出したなって思った。普通に尊敬した」
マドリガル家は魔法雑貨の店を営んでいる。
取引先はそこそこ多く、しれっと王国騎士団と王国魔導士団が関与していた事実には驚いた。
そんな雑貨店を続けていくためには、少なくとも誰かしらには魔力が無いといけない。
魔力持ちがいなければ、店の存続に関わってくる——当然、掟を厳守する流れにはなるだろう。
「ラウダとは、ちょっと前に髪伸ばす文化の話になったんだ。珍しい文化なだけに、普通に食いついてきたぜ? ……ただ、内容が微妙に、しかも嫌すぎるところが違ったことに対しては恐怖しかなかった。せめてリチェルカータ式であって欲しかった」
「……」
「バセットが付いてったのは俺と同じこと考えたからだな。『こういう理由で付いて行ってます』って連絡入った。……酷なもの見せる羽目になりそうだから、事後報告じゃなきゃ変わってやったんだけどな」
確かにラウダは掟破りだし、家によっては門前払いになる気はする。
だけど、何となくそうはならない気がする。何だかんだで円満な感じに落ち着くと思う。
——バセットの、目の前で。
ラウダはバセットの事情をふんわりと知っているし、早めに解散にする流れにはなるとは思う。
でも、何となくバセットは陰に隠れてラウダを追う気がする。それだと、結局は同じだ。
「うーん……確かにアリオーソが行ってた方が、安心だったかも……」
「まあ、オルフェが脱走した可能性があるから、俺が残って正解だったわけだが」
「……」
ごめんなさい。
脱走しようとして、ごめんなさい。
アリオーソは何とも言えない顔をして、笑う。
そして、即座に目が死ぬ。
「話を戻すかね。……ほら、ラウダが得意な魔法って雷撃系と結界魔法だろ? 確かいたよな? その組み合わせがめちゃくちゃ得意な王弟殿下が」
……オルフェウスの記憶が「5代前の国王の弟がそうです」って言ってる。
そもそも、雷を攻撃として扱える魔導士が結構珍しい。
軽く電気を流すくらいのことはできても、銃弾のように遠くに飛ばせる人間はそうそういない。何なら天才オルフェウスにもできない。
「違うと、信じたいんだけどなー……」
そして、そこから導き出される答えをアリオーソが口にした。
「多分マドリガル家、王家の落胤だと思う」
「……」
何なら、さらっと違う貴族の血も入ってると思う。
落胤が落胤を重ねてる気しかしない。もうそっちは考えない。
どこの落胤だろうと、1度でも王族が噛んでる時点でヤバい。
「まあ、何も捻らずに考えたら、ラウダは王弟殿下の先祖返りだろうね……」
「だな。だからアイツが何かの間違いで革命軍の類に捕獲されたらマジでヤバい。仮に違ったとて変な根拠があるせいで、確実に担ぎ上げられる。……王家の血筋疑惑は、マジでヤバい」
——唐突に、ラウダの殺戮魔王化が革命軍の影響疑惑が出てきた。
勝手に動き回ってるリュートのせいで、革命軍のせいで、ラウダが『下手な貴族より放置するとヤバい平民』になったような気がする。
少なくとも、家族を殺されて国を滅ぼす裏バッドエンドに関しては革命軍に唆されてる気しかしない。
……助けてくれ。
「そういえば、バセットはマドリガル家の文化について話してる時に居合わせてたからね……」
「しかもリチェルカータの長髪文化、だいぶ昔に話してんだよな。王家から入ってきたって部分込みで。アイツ、それをきっちり覚えてた上で、ヤバいって思っ……おっと?」
アリオーソが自身の耳に触れる。
噂をすれば、マドリガル家提供の宝石が反応したらしい。
俺の方は反応がない。ひとまず、アリオーソの方だけだ。
「わり、ちょっと応答してくるわ」
そう言って、彼は部屋の奥に行き……一言二言話したかと思えば、即座に帰ってきた。
「えっ?」
「嫌な話が来たぞー……」
……この流れで「嫌な話」だから、もう察してしまう。勘弁してくれ。
俺はさっきまでとは違う意味で、脱走したくなった。




