38.疑惑のトゥルーエンド
バセットを引き連れた状態でラウダを捕獲し、近くにあった空き教室に押し込んでみた。
かなり不思議そうにしている彼を見て、バセットは申し訳なさそうにしながら口を開く。
「すんません。自分がセレナ嬢の治癒の力は火傷痕に対しても効くのかって、相談してしまって……勝手に話すべき内容じゃないってのは、分かってたんすけど……」
「あ、いや。気にしなくて良いよ。火傷痕があること自体は、そんなに隠す気はなかったというか……っていうか、知られたくないならアリオーソ様と同室になること自体断ってるよ。見られちゃう可能性跳ね上がるし」
ただ、ラウダは困ったように笑ってみせた。
「セレナ様、そのー……見せた方が良い? 遠距離とかでも大丈夫? 思い出したくないから鏡に映すような真似すらしてないんだけど、絶対にグロいと思うんだよね。あんまり人に見せるようなものじゃ、ないと思ってて」
「えーと、なるべく患部か、患部近くに触れた方が良いですね。ズボン越しを想定して訓練してたので、多分、直に触れなくても発動はすると思いますが……」
これは、ラウダの方は話すことはともかく、見せること、触れられること自体にはかなり抵抗あるんだろうな……。
押せば普通に引きそうな気はするけど、可哀想だ。俺はパッと思いついた折衷案を出すことにした。
「ワイシャツ越し、とかならどう? ズボン越しが行けるなら、大丈夫なんじゃないかなって」
「オレの方は、そういうのだと助かる、けど……」
本当はワイシャツも脱いでもらった方が良い気がするんだけど、そこまで行くと間違いなく火傷痕が見える。となると、ここまでが限界点だ。
ただ、ワイシャツ越しとはいえ男子生徒の身体に触れる……というのは本当に思春期真っ最中の女の子には刺激が強すぎるような気がする。
奏音ちゃんは精神年齢で考えても18歳だ。全力で思春期してる。大丈夫かな。
「あたしの方も大丈夫ですよ」
俺が考えていることが筒抜けになっていたらしい。
奏音ちゃんはクスクスと笑っていた。
「……オレの都合に巻き込んじゃって、ごめんね」
「いえいえ! 次の目標が見えたので助かります! 広範囲に治癒の力飛ばせたら、色んな形で役立ちそうだなって思ったので!」
とかなんとか言いつつ、ラウダが上着を脱いだタイミングで奏音ちゃんから笑みが消える。
そして彼女は、緊張した面持ちでラウダの背を見た。
「あたし、入学前からオルフェウス殿下の件を知ってたんで、力の訓練自体は早めに始めてたんです。ズボンの上を想定して話をしていたのは、それが理由です。……でも、実践はしていません。上手く行かなかったら、すみません」
「ふふ、オレも治るもんだと思ってなかったし。治ったらラッキーって感じで考えとくよ」
そうか、入学してなかったんだから当たり前だけど、奏音ちゃんは明里さんがしれっとオルフェウスの運命を変えていたことを知らなかったのか。
オルフェウスの麻痺治療RTAをするつもりで訓練していた力を、こんなところで使うとは思わなかっただろう。
——ただ、ここまでの流れで俺はとんでもない違和感を覚えた。
明里さんと奏音ちゃんが気づいているのかは分からないけれど……この後、転生者会議をするのは確定だな。
「……」
奏音ちゃんが、シャツ越しに火傷痕に触れる。
瞬間、その手がぴくりと震えた。
「ごめん……服越しでも相当に酷いと思うって、先に言えば良かったね」
「だ、大丈夫です!」
奏音ちゃんは、覚悟を決めて深く息を吸った。
「——慈愛の力よ、穢れを払う聖なる灯よ。幾千、幾万の祈りを束ね、遍く命を照らし、救い導く光となれ。今ここに集いて、彼の者を包みたまえ。苦痛を鎮め、失われし時を越え、過ぎし日に刻まれた痛み、そのすべてを天へ還したまえ」
壮大な詠唱と共にふわり、と羽根のような光が舞う。
足元に純白の魔法陣が広がり、ここが空き教室であることを忘れるような光景が広がった。
「祝福の御名のもとに、我は命ず。彼の者に、慈愛の光を。彼の者に、癒しの祝福を。その身に刻まれし傷よ、今こそ光となりて、消えゆけ」
確実に、ゲームの序盤では使えない魔法。
神聖な教会にいるのではないかと錯覚させる光景に、俺は息を呑んだ。
「……セレナーデ」
静かに、魔法の名が紡がれる。
これは主人公セレナの、切り札的な魔法だと考えて間違いないと思う。
「これで……行けたと、思います」
そっと手を放し、奏音ちゃんは深く息を吐き出す。
問題なく発動できた、ということは明らかだ。
そしてラウダ本人も、異変に気づいたみたいだ。
戸惑いながらも、右腕を、天を掴むように身体の上に伸ばす。
元がどうなっていたのかは分からないけれど、その動作におかしなところは何もない。
痛みか何かに、苦しんでいる様子もない。
「……」
ラウダは少し茫然とした様子だったが、ふと何かを思い出したかのように奏音ちゃんに向き直った。
「せ、セレナ様! あなたは、大丈夫……? オレにこれやって、何かおかしくなったり、とか……」
「あたしは大丈夫ですよ。治ったなら良かったです。……というより、助かりました! 練習はしてましたけど、使えるかどうかの実験なんて、普通はできないので!」
「それは……そうだけど……」
当たり前といえば当たり前なんだけど、ラウダはちょっと泣きそうだ。
それでも、彼は笑う。
「……。ありがとう」
「どういたしまして!」
そして俺は、ラウダの火傷が『入学後に負ったもの』だという可能性に辿り着いてしまった。
奏音ちゃんが触れるだけでショックを受けるような状態なのは仕方ないにしろ、本人が「思い出すから見たくない」と言ったのがどうしても引っかかる。
確かに、大火傷を負った時のことなんて思い出したくもないだろうけど、彼の場合は——
「えっと、ね……たまたま上着とシャツ乾かしてた最中だったのと、運良くすぐに助けてくれた人がいたから、これで済んだって感じなんだけど……」
俺たちが火傷のことを気にしているのに気づいたみたいで、ラウダは困ったように、そしてほんの少しだけ怯えた様子で、笑う。
「マドリガル家って、男女問わず『髪を長く伸ばす』文化があるんだよね。だからオレも入学した時点では、アリオーソ様くらい、髪、長くて……でも、第1学年が半分過ぎた、くらいで、髪、引っ張られて……」
理解した。
その瞬間に——ゾッとした。
話すのを止めようとしたけれど、ラウダの方が自己判断で口を閉ざした。
そして困ったように笑い、言葉をこぼす。
「後は、察してほしい……ごめん……」
察するも何も、説明としては十分すぎる。
それなら、髪を触られること自体が怖くなるのも当然だ。
虐めどころか傷害罪、何なら殺人未遂レベルだ。
……アイツら、強制退学処分と強制退職処分じゃ足りなかったんじゃないか?
「……」
ただ、そんなことをラウダには言えない。
本人が思い出したくないのなら、これ以上は思い出させるべきではない。
さて、何を返すべきか。
考えていると、ここまでじっと様子を見守っていたバセットが笑みを浮かべてラウダの手を取った。
「よし! これで思いっきり腕、振り上げられますね! せっかくなんで、訓練しません? 次は追試の発生自体を回避しましょう!」
「え……う、うん。そうだね。付き合ってもらえると助かるな」
「任せて欲しいっす! ……と、いうことで、皆さん! また明日!」
……バセットが、だいぶ強引にラウダを連れ去ってくれた。
けれど、ラウダの方もだいぶ助かった様子だった。
今の流れは、強引にでも追試対策の方に持って行ってもらえた方が彼も楽だったのだろう。
そして俺は、取り残された明里さんと奏音ちゃんに話題を振る。
「大至急『恒例行事』案件だと思う。今から、行ける?」
この間。どちらも同じように考えていたんだと思う。
ふたりが頷くのを見て、俺たちは温室コンサバトリーへと向かった。
◇
席につく。
言い出したのは俺だからこそ、初手は俺が切り出すべきだろう。
「ラウダの件なんだけどさ、君たちは『詳細は何も知らなかった』と見て間違いない?」
奏音ちゃんは戸惑っていたし、明里さんは発言することさえできていなかった。
つまり、ふたりはラウダが『髪に触れられるのを怖がる』ことは知っていても、『その理由』までは知らなかったのだと思う。
「何だかんだであの子が一番原型留めてる気がするんだけど、それって火傷負わされた一件を変えられなかったからだって考えてる。間違いなくラウダの心が折れた原因だと思うんだよな」
入学後、半年経ったくらい。
俺たちが来る前の話——つまり変えようが無かった部分だ。
ただ、だからこそ。だからこそメタ的な意味で思うところがある。
精神的にはそれなりにダメージを負わされたが、今は別の方向に話を持って行くべきだ。
「これ、いくらなんでも『裏設定』にしては重すぎる案件だ。絶対にゲームのどこかでは開示されてた情報と思うんだよ」
——この件、ゲーム的な意味だとラウダが対象になったことが大問題だ。
これがコラーレ兄弟かバセットの話なら「裏バッドエンドで開示されたんだろうから仕方がない」で済んだけれど、ラウダの場合は盛大に話が変わる。
奏音ちゃんがラウダ絡みの個別エンディングをすべて回収できている時点で「理由を知らなかった」は流石におかしい。
しかもラウダの場合はバッドエンド直行事案になっている時点で、原作で開示されているべき話だ。少なくとも俺がプレイヤーなら、この伏線未回収は絶対に納得しない。
「……」
明里さんは、記憶を辿るように視線を宙へ向けたまま口を開く。
「透さんやっちゃったなー、みたいな感じでうっかり流してましたけど、よく考えたら『裏設定にしては重すぎる案件』ってラウダだけじゃないんですよね。重いというよりは、影響力的な意味合いが強いですけど」
「え?」
「ほら、『シベリウスが実はとんでもなく有能』なのと『アリオーソが実は対人関係特化』なのも、もはや裏設定で流して良いレベルじゃないかと。オルフェウスほどじゃないかもしれませんが、影響自体は相当に大きいじゃないですか。……何ならふたりとも、現在進行形で影響出てますし」
「た……確かに……」
シベリウスは一応原作でも「元は有能だった」という看板を背負ってはいるんだろうけれど度合いは分からないだろうし、アリオーソに至っては寡黙キャラになっている時点で論外だ。
でもシベリウスとアリオーソの貢献度合いは、本当にずば抜けている。
彼らの協力が無ければ、彼らが動かなければ大なり小なり変わっていた事案は多い。
そして奏音ちゃんは、顔の横にスッと手を上げた。
「コラーレ兄弟、ちょっと天然入ってますけど、不必要に病まなきゃ理性的でめちゃくちゃ普通の人ですよね。これはまだギリギリ『裏設定』で許されると思うので置いときますが……問題は特殊能力の話です。あれ、多分、裏バッドエンドでは出てきません」
「出てこない……?」
「はい。起承転結の『転』が大爆発して帰ってきたら話は変わりますが、あたしがやってた範囲だと出てきそうな流れじゃなかったです。あたしは多分、起承転結の『結』までは行けてたと思うんです。もうオルフェウスは死んでましたし、そこから先で魔法戦する気配はなかったというか」
……おや?
それだと、それだと本当に話が変わってくるぞ!?
明里さんと奏音ちゃんは何とも言えない顔をして目線を逸らしている。
「私の記憶が正しければ、通常ルートだとコラーレ兄弟とバセットの接点は明かされてません」
「大丈夫です。裏バッドエンドでも出てません。言われてみれば騎士団関係者だったな、そこで接点あったんだろうなって納得はできるのですが……」
裏ルートの存在を知る奏音ちゃんは、さらに話す。
「そしてバセットのオルフェウス殺害理由、こうなってくると裏バッドエンドでも分かんない疑惑あります……バセット、裏バッドエンドでもその辺りのことは全部隠し通したまま、さらーっと断頭台行った疑惑が、ですね……」
「えっ」
「さらに言うと、リュートの目的ってイマイチ分かんないんですよ。革命軍の関係者なのは分かるんですけど、何なら首謀者クラスなんだろなってのも分かるんですけど、革命の意図が分からないまま国外逃亡することになるんで……」
俺は、顔を覆った。
この流れだと絶対、絶対にオルフェウスもなんかある。
——絶対になんかあるんだろうけど、困ったことに『元』が分からないせいで分からない!
「な、謎が残り過ぎじゃないか? このゲーム」
制作チームが登場人物を全員病ませることに命を賭けているのは分かっていたが、そもそも『病んでいること』に意味があるような気がしてきた。
俺の言葉に対し、明里さんは静かに口を開く。
「そのー……トゥルーエンドで一気に回収されるんだろうなーって思ってたんですよね。それこそ、リュートルートのハッピーエンドがトゥルーエンドなのかなって。
そこですべての謎が解き明かされるのかなって思ってたから、それこそ理想的な結末迎えるのかなって思ってたから、ルート分岐ポイント探しを必死にやってたわけで……」
——トゥルーエンド。
すべての真相が明かされるエンディング。
奏音ちゃんも「あー……」と声を漏らしてから話し始める。
「あたしが回収できてない共通エンドがトゥルーエンドだった可能性は普通にありますね。もしかしたら、トゥルーエンドだと諸々の情報がごろごろ出てきてたのかも……」
俺たちが原作ゲームから逸れた行動をしているからこそ、隠された情報が出てきていることは確かだ。
彼らはもはやゲームのキャラクターではなく『現実』を生きているからこそ、イレギュラーが起きているのかもしれないが……
「……ひとつ、言って良いか?」
俺は嫌な可能性に、気づいてしまった。
「奏音ちゃんというか、セレナって今、リュートはともかく通常攻略対象からの好感度は間違いなく高いと思うんだよな」
「えっ、そ、そうかもですね……?」
「……仮に裏ルートに逆ハーエンド的なのがあるとしたら、バセットの裏バッドエンドよりそっち行ってる可能性ないか?」
「……」
——少なくとも、ラウダはさっきの件で限界突破した疑惑がある。
恋愛感情ではないかもしれないが、好感度的な意味では限界突破させた気がするし、あんなものを見せられたバセットが悪いように受け取るとは考え難い。
それはそれとして、残りの攻略対象。
シベリウスたちから彼女が嫌われているとは絶対に思えない。
「普通にありそうだよな? 裏ルートでリュート以外の攻略対象の好感度を上げて、個別ルート分岐をせずに進めるっていう……特殊逆ハーエンドみたいな……」
「……」
俺たちは、一斉にテーブルに肘をついて俯いた。
一斉に俯いて、一斉にため息を吐いた。
「……。ヤバくなったら、国外に逃げよう。王太子権限で船の手配は余裕でできるだろうし」
——頼むから、そんな日は来ないでくれ。
バセットの裏バッドエンドだけじゃなく疑惑のトゥルーエンドに怯えながら、俺たちは解散した。
【Tips:ゲームにおけるオルフェウス攻略】
攻略最難関と見せかけ、シナリオ中に毒殺未遂事件の真相を真面目に解き明かすような動きをする&基本的に彼から離れない選択肢を選んでいると割とコロッと行く。序盤から中盤に掛けての警戒心がヤバすぎるだけで、懐に入り込むことに成功すればどうにかなる。逆に離れようとすると嫌われる。
治癒の力でオルフェウスの足を治す展開が発生する関係で、どちらかと言うと彼の攻略にはレベリングが重要。要所要所で一定レベルを上回る必要がある。レベリングも真面目にやる必要がある。
なお、本来のオルフェウスは毒殺未遂事件の真犯人疑惑がある上に接点が皆無に等しい(=情が無い)ラウダとの相性が非常に悪い。そのためラウダの好感度が高すぎるとオルフェウスの猜疑心を刺激してしまう。
ただしラウダは好感度自体は上がりやすい傾向があるため、オルフェウスルートを狙うプレイヤーは彼から逃げ続ける羽目になる。




