36.おいやめろ
バセットの体調回復を待ってから、貴族用会議室を貸し切った。
全員が集まるのを見計らい、まずは届いたファンレターを配布する。
俺の動きを見て、シベリウスはコテンと首を傾げた。
「あれ? 先生方のは?」
確かにコラーレ兄弟の分は配ってない。
だが、あくまでもこの場での話だ。
思い出すと、笑いが込み上げてくる。
俺は大慌てで研究室を飛び出したジェズアルド先生の姿を思い出しながら、口を開いた。
「事前に渡してたんだ。速達便にした方が良さそうなの混ざってたから」
「速達便」
「うっかり毒草食べちゃったお馬鹿さんが、先生に助けを求める手紙とかがあって……」
「なんでそれをファンレターと一緒に出してくるの……?」
本当にな。
俺もそう思うよ、シベリウス。
そんなこんなで、全員分のファンレターが行き渡る。
アリオーソとバセットの前にできた山が愉快すぎるけど、もう見なかったことにする。
ちなみにバセットは彼のメンタルを刺激しそうなファンレターを抜いても普通に山だった。
……どこか影のある遊び人属性、人気すぎるだろ。
明里さんはノートを開きつつ、皆を見つつ、話し始めた。
「ファンレターだけでなく、いくつか要望が来ておりまして。そちらについて話し合っておきたいと思い、皆様をお呼びいたしました」
そんなこんなで、要望について話し合う。
各々が意見を出し合い、それを明里さんが総括する。
「分かりました。創作関連に関しては、オルフェウス殿下の毒殺未遂事件がテーマになっているのが分かってしまうのはもう仕方がないとして、ノンフィクション感は出さないようにして欲しい……こんな感じでよろしいですか?」
あの事件のIFみたいになってしまう、というより『実際にそう』なのだから仕方がない。
第三者が勝手にやっていると不敬罪になりそうな案件だが、俺を含む関係者が盛大に絡んでいるを通り越して『本家』だから問題ないだけだ。
そもそも半数は性格が違いすぎるから完全にIFで成立する。立ち位置だけを参考に全然違うキャラを当てはめました、で成立するのだ。
あまり言いたくはないが、心配になるのは孤児院出身の子爵令嬢であるセレナというか奏音ちゃんと、平民出身のラウダとコラーレ兄弟だ。
この4人に関しては特殊すぎて目立ってしまう気しかしない。
奏音ちゃんに関しては既に承諾を得ているため、聞くべきは残りの3人だ。
とりあえず、ラウダに視線を向ける。彼はくすくすと笑っていた。
「別に良いよ。大丈夫。自分で言うのもなんだけど、オレは逆に創作物感出そうな立ち位置の人間だから、アリなんじゃないかって思ってさ。お貴族サマの学園に入ってきた平民って時点で大概じゃん?」
一瞬『ラウダは本当に創作物生まれの子』なんだよな、と思ってしまったが、今の彼はそれどころじゃない。
これから文学教員が書く小説の中に、元のゲーム準拠のラウダもどきが爆誕しようとしているわけだが、そのラウダもどきより今ここにいるラウダの方が強いとかいう言語化が難しすぎる現象が起きている。
……何だこれ。
そういえば日本人の中にもメジャーリーグとか氷の上とか畳の上とか、とにかく色んな場所にちらほら『漫画とかアニメより現実の方が設定盛られてそうな人間』が何人かいたなぁ……。
日本の超人たちのことを考えていると、ジェズアルド先生が「我々も構わないぞ」と言った。
「ラウダ君の理論だと、『見分けがつかない双子の教員』というだけで創作物感がある。我々の魔法絡みの案件だけ伏せてもらえたら問題はないな」
クレメンティ先生も頷く。
「もっとも、わたしたちの場合はその魔法絡みの案件を書かれてしまった方が、さらに創作物感が出るわけだが。得体の知れない能力を持っている自覚はあるからね」
——『創作物テンプレ』をとにかく詰め合わせてきた双子は格が違う。
最近の彼らに関しては、一通り役を演じた後に生真面目なツッコミを入れてくる程度には普通の人と化しているから問題ないだけであって、本来の彼らは相当にヤバい双子だ。
見分けがつかない双子という容姿の設定から始まり、揃ってひとりの女の子に執着してみたり、医療系マッドサイエンティスト属性を持っていたり、双子だから成立する特殊能力をもっていたり……闇が深い教員でテンプレ詰め放題を始めないで欲しい。
今に始まったことではないが、制作チームは何を考えているんだ。
とりあえず、全員の同意が取れた。
明里さんはそれをサラサラとノートにまとめ、うんうんと頷く。
「学園内部ならともかく、外部に出す場合は一旦わたくしたちを通していただくことにしましょうか。小説を刊行したがっている方もいますし」
そうだ。最近毎回のように現れる癖の強い文学教師がいた。
思わず、コラーレ兄弟に視線を向ける。目を逸らされてしまった。
彼らも癖の強い文学教師の存在はちゃんと把握しているようだ。
……その代わり、クレメンティ先生は椅子から立ち上がり、1枚の紙を明里さんの前に置いた。
「こちらはなんですの?」
「教員からの要望をまとめたものだと、言いたいところなんだが……」
明里さんは紙に目を落とし——笑い出してしまった。
俺は異常事態に対して困惑する。
「ヴィ、ヴィオレッタ!?」
「……っ」
頑張って淑女を貫いているが、本当は大笑いしたかったことだろう。
不憫に思ったと思しきジェズアルド先生は、かなり言いにくそうに口を開く。
「教員複数名から要望が出てきている。『自分の講義で何かしら演じて欲しい』と……ヴィオレッタ嬢の前に置いた紙は、要望ではなく教員名と講義名を羅列したものだ」
「ん゛ん゛っ」
——おい教員共!!
とんでもない職権濫用が発生した。
倫理観が生きているコラーレ兄弟は申し訳なさそうにしている。
何も言わないが『同僚が申し訳ありません』と言いたげに、かなり気まずそうにしている。
アリオーソは椅子にだらんともたれ掛かって虚空を見つめていた。
「こちとら講義の邪魔にならねぇように、昼休みやら放課後やらを利用してんのに……」
実は以前、剣術演習の講義を見学している体でシーン再現をした時には、下でラウダとバセットが打ち合いをしていた。
本当は無人でやるつもりだったのだが、ラウダが翌々日に剣術演習の追試を受ける羽目になっていたため、急遽バセットが練習に付き合っていたのだ。
結果的にそれらしい雰囲気ができたから良かったんだけど、正直、俺は思った。
……どうして、王国魔導士団候補生が剣術演習を履修しているのかと。
それに関しては謎に魔法演習を履修しているアリオーソも同じだ。
なお、彼も魔法演習においては追試の常連である。
アリオーソに関してはオルフェウスの付き添いと見せかけ、彼と講義が分かれるタイミングは普通にある。クラス別講義なんかは確定で離れる。それは第1学年の時からずっとだ。
そもそも剣術演習と魔法演習における『クラス合同講義』が成立するのは必履修じゃないからだ。
学年を分けたり、習熟度等の条件で分けることはある。
だが、この学園に在籍する生徒全員が演習場に入るわけではない。そんなことをすれば、流石に演習場が溢れかえる。
——つまり、逃げようと思えば逃げられるわけだ。
何も分かっていなかった第1学年ならともかく、なんで第2学年と第3学年も愚かを貫いたんだ。
2人とも謎履修するのやめなよ。今年の履修はとっくの昔に確定してるから手遅れだけど。
「……」
そんな感じで、俺は全力で思考を逃した。
……何故なら『嫌な予感』しかしなかったからだ。
剣術演習も魔法演習も履修者を同じ場所に集める講義な上に、さらに言えば映えるからだ。
ようやく笑うのを耐え切った明里さんは、自分が持ってきたノートに丸をつけて語り出す。
「その……これで剣術演習絡みの天啓と魔法演習絡みの天啓が、再現可能になりましたわ……」
やっぱりかよ!
おい教員! 何してんだよ!!
「生徒の皆様からの要望も多数来ておりましたし、実際に天啓もあったので、ありがたくはありますが……何とも言えない気持ちになりますわね……」
本当にな。
職権濫用で移動劇団を呼び出さないで欲しい。
明里さんは教員リストを見つつ、パラパラとノートを捲る。
あのノートは『こんなシーンをやって欲しい』という一覧表だ。
「あら、体育教員の名前もありますわね。体育は男女別講義ですのに」
ポツリと呟く。
するとジェズアルド先生が深々とため息を吐いた。
「……。その時だけ男女合同にするそうだ」
教員〜〜!!
このゲーム、(片っ端から退職させたが)ラウダいじめに関与する教員がいたり、ミスを隠して裏庭で魔物を大繁殖させた教員がいたり、教員側に問題があるケースがそこそこ存在する。
結果的に理性が生きまくっているコラーレ兄弟が人格者に見える。
色んな意味で彼らの理性を守りたい。大切にして欲しい。
そして理性を守り通して欲しいコラーレ兄弟は、心底呆れ返った様子で口を開く。
「わたしたちも何かしら協力した方が良いのだろうか? 恋愛感情を抱かせる類の薬がうっかり誰かに掛かるだとか、誰かの心が読めるようになる薬を誤飲してしまう系のハプニングに用はあるか?」
この世界が『乙女ゲーム』なの気づいてるのか!?
どうしてそれっぽいのが言えるんだ!?
「できれば、我々は実際の講義を使うのではなく、模擬講義の類で誤魔化したいがな。……最も、2年前に休講祭りと教員入れ替わり祭りをした人間が言うことではないが」
あったなぁ、休講祭りと教員入れ替わり祭り。
彼らがそういうことをしなくなってから結構経ってるせいで、忘れかけてた。
確か本来は今でもやってるんだっけ。何なら今も全盛期なんだっけ。
そう考えたら、この人たちも結構変わったんだなって思う。
「……」
奏音ちゃんが、びっくりした様子で俺とコラーレ兄弟を交互に見ている。
ほら、その人たちのホルマリン漬けの気配はだいぶ薄まっただろ? 多分大丈夫だから。
……それはそれとして、明里さんがちょっと困っている。
「ヴィオレッタ、どうしたの?」
「いや……その、俗に言う『変な薬系』は、天啓にはないのですが……」
意外だ。天啓ってか、原作ゲームには無いのか。
いや、多分……個別ルートだとあるんだろうな。
特にコラーレ兄弟絡みだと薬品関連は大いにありそうだ。
よく考えてみると、薬の悪用を恐れる兄弟だ。
他の攻略対象が薬で変なイベントを起こせるわけがない。
——ん? 天啓には?
案の定、といったところだろうか。
明里さんはノートを広げ、全体に共有し始めた。
「リクエストは、多数……」
天啓にはない。
だが見学者たちが出してきたリクエストにはある。
……なんてことを。
明里さんはノートを見せながら、困ったように笑う。
「わたくしは悩んでおります。『天啓を授かったわけではないのですが、見学者からのリクエストがとにかく多いもの』もしくは『天啓として示されてはいますが、現時点で起こり得ないと考えられるもの』を、どう扱うかを……」
いやいやいやいや、やらなくてよくない!?
ゲームにないなら放置でよくない!? 何故か皆、揃って難しい顔してるけど!!
ここでシベリウスが顔の横に手を上げた。
「後者の具体例、今、この場で言えるかい?」
おい、しごでき。
よりによってそれを聞くな。
圧倒的に大多数から支持を受けているシーンが存在するんだよ。
オルフェウスルートのハッピーエンドで発生する、ド派手な一大イベントがあるんだよ。
明里さんはほんの少しだけ悩んだあと、俺を視界から外した。
……あ、終わった。
「セレナさんを散々いじめ倒したわたくしですが、それに痺れを切らしたオルフェウス殿下に婚約破棄される場面がありますの。
天啓では卒業記念パーティーの最中、卒業生代表挨拶を担うオルフェウス殿下がそれを行う場面がございました」
「あー、確かに……確かに、それは起きないだろうね。兄さんはそんなことしない」
「そうなのです。これは後に何かを引き起こすものではなく、完全にわたくしたちの間で完結しております。ですので、わざわざ再現をする必要はないと判断しておりますわ」
原作シーン再現は、原則的に強制イベントのみを選んでいる。
仮に個別イベントを起こす場合は平等に行う。
……何故なら、誰かに偏ると個別ルートに入ってしまうからだ。
現状、逆ハーエンドに近い展開になることを想定して動いている。何故なら現実の彼らは奏音ちゃんをバラバラにするような真似はしない、と判断しているからだ。
万が一の場合は国外逃亡予定だが、そもそも通常ルートではなく裏ルートに入っている可能性が高いし、裏の個別ルートはバッドエンドで確定だ。
だから通常ルートだろうが裏ルートだろうが、絶対に意図的なルート分岐を起こしてはいけない。
ただでさえ、バセットの裏バッドエンドリスクを抱えている状態で余計なことをしてはいけない。
俺がルート分岐のことを考えていると、シベリウスは「婚約破棄かぁ」と呟いた。
「でも、婚約破棄を見たいっていうのは分かるかも。あくまでも寸劇の中の話ではあるけど、ヴィオレッタ嬢の行動は目に余るからね。因果応報というか、分かりやすく痛い目にあってるシーンがみたいんだろうね」
それを『ざまぁ』って言うんだよ、シベリウス。
ていうか「見たい」とか言わないで。皆が乗っかっちゃうでしょ。
ただでさえ、『ざまぁ』は割と需要あるんだから。
「オレも分かる、かも……そういうの、なんかスッキリしそうだし」
「自分もっすね。一応天啓にあるなら、やるのもアリなんじゃないすか?」
ほら、よりによってラウダとバセットが乗っかっちゃったじゃないか!
ちょっと洒落にならないというか、「ざまぁしたい」を断りにくいタイプのふたりが乗っかっちゃったじゃないか!
シベリウスはうんうんと頷いて、口を開く。
「私たちは色んな意味で協力してもらってるからね。皆に貢献するのも大切なんじゃないかな?」
やめて。本当にやめて。
オルフェウス“なら”個別イベントを起こしまくっても大丈夫だとは思うけど、これに関してはそういう問題じゃないからやめて。
エンタメ的なノリで、つまり何の意味もない枠で、どう考えてもオルフェウスの出番が多い奴をやろうとしないで。
俺は祈った。
心の底から願った。
アリオーソが、ケラケラと笑い出す。
嫌な予感しかしなかった。
「最後の締めにちょうど良さそうだな。オルフェがどれだけ成長したか見れそうだし、世界滅亡を回避できたら盛大にやるか?」
……アリオーソの最悪すぎる案に、俺以外が賛成してしまったことは言うまでもない。
【Tips:ゲームにおけるコラーレ兄弟攻略】
理性が擦り切れかけているせいで難易度が跳ね上がっている攻略対象その1。
基本的に一緒にいるため、終盤まではまとめて攻略する形になる。序盤のイベントで従属魔法を使われてしまうせいで、中盤まではいきなり呼び出されるような事態が発生しがち。その際に黙って言うことを聞いておけば、まず嫌われることはない。
終盤で従属魔法を解除してもらえる……が、そこからはクレメンティとジェズアルド以外の好感度が上がるような行為をすると高確率でホルマリン漬けにされる。
つまり他の攻略対象には関係維持どころか意図的に嫌われるくらいの勢いで行く必要があり、奏音はそれが上手くできずにホルマリン漬けにされ続けた。
ちなみに好感度がきっちり同値になるように調整すれば、双子の片方ではなく両方から愛され続ける特殊ハッピーエンドに行ける。
ありとあらゆる意味でヤバいを極めているが、現実のコラーレ兄弟は理性が元気なのでヤバくない。




