35. 優等生たちの奇行
明里さんからオルフェウスというか実質『俺』宛のファンレターを受け取ってしまった。
「ま、まあ……オルフェウスって顔が良いもんな……」
「ふふっ、久々にそれ聞きました。透さん、ファンレターの話してる間、絶対シベリウスたちのことも『顔が良いもんな』って考えてましたよね? 初めて会った時に『顔が良いからシベリウスとアリオーソも攻略対象』って面白いこと言ってたの、忘れませんよ?」
……確かに、考えてましたけれども。
だって乙女ゲームってどう考えても顔の良さ大事じゃん。
奏音ちゃんも『登場人物のビジュが良いゲーム』だって言ってたし。ビジュ大事じゃん。
そんなこんなで、奏音ちゃんはケラケラと笑っていた。
「ずるい! あたしもそれ聞きたかった……!」
「面白かったよ? アレでかなり落ち着いたもん。……致死率100%を引き当てた絶望感が」
「俺は悪役令嬢がいきなりヒール脱いで走り出そうとしたの見て相当に焦ったけどな!」
「明里さん!?」
「だ、だって死にたくないじゃん!!」
死にたくないのは大いに分かるけど、俺目線だと色んな意味で焦ったぞ!?
色んな意味で、本当に焦った。……今にして思うと、ちょっと懐かしい。
ここまで色々あったなぁと思いつつ、俺は視界に入ってきた銀色の髪に触れる。
「まー……そうだね。ここが乙女ゲームの世界って気づいた瞬間、オルフェウスは攻略対象だなって即思ったからね。これだけ顔が良ければ、ファンレターは来るかなって。……残念ながら中身が俺っていうデバフ掛かってるわけだけど……」
ごめん、オルフェウス。
中身が俺じゃなかったら、少なくともアリオーソとかバセットくらいは来てたと思う。
ぽつり、と明里さんが呟いた。
「……。デバフにはなってないと思いますけどね」
「え? あ……あはは……ありがと?」
本当に優しいな、この子は。
「……」
「……」
でも、これは流石に照れる。
そんなことを言われてしまうと、流石に照れる。
「と……とりあえず、読むか……」
恥から逃げるような感じにはなるけれど、とりあえずファンレターを見てみることにした——全部、匿名だった。
【演技苦手なの可愛いです。上達してきても怪しくて可愛いです。殿下のことを可愛いと思ったの初めてです。可愛い。】
【ちょっとずつ良くなってて、成長を感じます。なのに、それが何故か勿体無いなって思うのは俺だけでしょうか?】
【図書館で寂しそうに医学書触ってるシーン良かったです。泣きそうでした。でもそのすぐ後でNG出したので涙は消し飛びました。】
【渡り廊下でヴィオレッタ嬢と罵り合う演技は珍しく完璧だったのでは!? そして並行してシベリウス殿下のカンペ技術も上がってきましたしね!! あのカンペ技術はもはや芸術です!!】
【大根気味だからこそ『何考えてるのか分からなくて不気味』なのが良い味出してると思います。それが殿下の魅力です。だから成長しないでください。成長しちゃダメです。】
「匿名なことに悪意しか感じない!!」
全員ちゃんと名を名乗れ!!
それか面と向かって言いにこいよ、馬鹿!!
「そうか、俺は成長じゃなくて、ひたすら大根を求められてるのか……くそ、絶対に上手くなってやる……」
悔しい。
とにかく、悔しい。
原作を再現することが大事なのであって、演技力が大事なわけじゃないってのは分かってるけど、普通に悔しい。
俺がファンレターに力を込めていると、明里さんが別の紙束を見せてきた。
「これは?」
「移動劇団に対する要望書です」
あれかな?
うるさいとか、とにかく邪魔とかかな。
そりゃそうだよな、申し訳ないな……。
明里さんはスッとノートを取り出して口を開いた。
「要望1、絵画として表現したい」
「えっ、それ系!?」
そして明里さん、ノートにまとめてきた!?
困惑しつつ、俺は相槌を返していくことにした。
「み、みんなに聞いてからだな……」
「続いて要望2、音楽として表現したい」
「それも聞いてからだな……まあ、作曲系なら聞かなくても良い気はするけど……」
「要望3、衣装係やりたい。その他、裏方希望が多数」
「裏方系はシベリウスに許可取ってからだな」
「要望4、庭木役で良いからエキストラをやらせて欲しい」
「貴族の御子息と御息女に庭木役をさせる度胸は俺にはない」
「要望5、小説として刊行する許可をくれ」
「それ、最近ずっといる文学教師だろ!? 絶対にあの教師だろ!?」
何故か、本当に何故か好意的な要望が集まっているらしい。
でもまあ、それは分からなくはない。
「うーん、講義の合間に無料で見れる息抜き娯楽として丁度いいのかもな。重圧に苦しんでそうな立場の子も多いからね」
ラウダのようなイレギュラーを除けば、ここに通ってる人間は貴族の子どもたちだ。
良い成績を残さなければならないと自分を追い込んで苦しんでいる子も多いだろう。
……在籍クラスの都合上、それこそ俺は試験の後に泣き出す子を何度も見てるし。
そんなことを考えていると、明里さんがパチパチと瞬きを繰り返した。
「透さん、もしかして見学者の顔と名前が一致してます……?」
そういえば、言ったことは無かったっけ。
俺は少し誇らしくなりながら、その質問に答える。
「そうだね、出番が無い時にざっと見てるんだけど、見学に来てる子の9割は上位クラスだよ。残りの1割は中位クラスの上位層。俺たちと同じスケジュールで動いてる子が大半だから、見に来やすいんだろうね」
「え、すごい……!」
「オルフェウスと同等の行動はできないと駄目かなって思って、毎年きっちり覚えるようにはしてるんだよ。……やっぱり、下位クラスまでは覚えきれないんだけどさ」
やってみて、分かった——オルフェウスがラウダを認識していなかったのは仕方がないことだったんだ、と。
しかも第1学年だと3学年全部覚える羽目になるから、本当に大変だったと思う。
社交の場で顔を合わせたことのある人間も多数いたとは思うけど、普通に数が多すぎる。
そしてアリオーソのような『上位貴族なのに社交の場に出てこないタイプの生徒』もそこそこいる。
ただでさえ頭を抱えるレベルで数が多いのに、その手の問題児に関しては予期せぬ追加枠だ。
第2学年以降は基本的に『その年に入学してきた子だけ』頭に入れれば良いけれど、初手は絶対にキツい。俺は心の底からオルフェウスを尊敬した。
……ただ、頑張ってみたからこそ分かったこともある。
「生徒が暴走して事件起こす系イベントが起こり続けるのは、見に来てる子たちに偏りがあるからだと思う。移動劇団の存在や俺たちの普段の振る舞いを知ってたら、常識的に考えて起きないだろってイベントが多々あるからな」
例えばセレナがヴィオレッタに虐められるのを見て、ヴィオレッタに魔物をけしかけようとしたのにセレナ“が”魔物に襲われた事件が分かりやすい。
あれは男子生徒側が『ヴィオレッタの振る舞いは全て演技』だと分かっていれば、まず起こり得ないイベントだったからだ。
あの一件はラウダの登場シーンでもあったから、ゲームの強制力の影響もあるんだろうけど、それでも全ての事件はきっちり理由が説明できる範囲で事が起こっている。
学園が広すぎる関係で俺たちが原作ゲームを再現していると知っている人間は、割と限られていると思う。
教員はともかく、俺たちと関わりがない上に教室が遠い下位クラスの生徒は全くと言って良いほどに知らない気がする。
「花壇の襲撃事件も、実際はバセットに片想いしてた子が裏でやらかしてたってのが後から発覚したしな。あの時だって、関与してたのは中位クラスと下位クラスの子だったしね」
セレナにとっての入学オリエンテーションがあった日の夜、彼女が花壇にいたタイミングで侵入者が現れ、襲いかかった事件。
あれは原作ゲームにおいてはバセットのマッチポンプだったわけだが、現実に起こったのは『嫉妬心ゆえの暴走』だった。
どうやら第1学年の女子生徒が同学年の男子生徒に依頼し、まだ想い人との関係性が浅いうちに奏音ちゃんを学園から追い出そうとしたらしい。
今にして思えば、あれは後々シベリウスとコラーレ兄弟に関連するイベントに繋がっていた。
つまり、やらなければならない案件だったと見て間違いない。
そして理由が理由だ——バセットへの片想いが影響している以上、あの時にやっていなければ予期せぬ場面で奏音ちゃんが襲われた可能性がある。
それこそ奏音ちゃんは原作プレイヤーでバセットは攻略対象のひとり。行動を共にする時間が長いのだから、後になればなるほど嫉妬心は燃え上がって大変なことになっていただろう。
……あれは当時こそ『やらなければ良かった』と思ったけれど、今となっては『やっておかないと危険だった』案件だ。
奏音ちゃんは頬杖をついて「うーん」と声を漏らす。
「言われてみれば、そうですね。悪魔召喚騒動とか裏庭魔物大繁殖騒動とかはともかく……」
見学者は普通に楽しそうにしている。
何故なら『演技だと分かっているから』だ。
そう、俺たちは普段は仲良く一緒に行動しているのに、唐突に謎の寸劇を開始する集団だ。
……よく考えてみたら、『かなりヤバい』集団だな?
俺たち全員、在籍クラスは上位クラスだから、多分『優等生たちが仲良く遊んでるなぁ』くらいで見逃がされてるんだろうけど……そろそろ偉い人に呼び出されないか心配になってきた。
それこそ教員枠扱いされてるコラーレ兄弟の首が飛ばないか本気で心配になってきた。
——あのふたりが学園から追い出されたら、色んな意味で終わる。
ちょっと不安になっていると、明里さんが分厚い紙束を差し出してきた。
「要望書のラストがこれです」
「まだあるのか? 結構厚みが……」
俺は紙束に目を落とす。
書かれていた文字列は、
——『悪役令嬢の断罪シーン』をやって欲しい。
「……は?」
【Tips:在籍クラスの話(これは完全に余談)】
学園は王国全土から生徒が通ってくるような超マンモス校なので、上から10クラス辺りまでが上位クラス扱い。
主要メンバーは全員上位クラスだという話が本編中に出ましたが、上から順に……
⑴ オルフェウスとバセット:意地と根性の最上位クラス
もはや才能という名のエリートクラス。オルフェウスは剣術演習と魔法演習で学年2番手になったとはいえ、あくまでも2番手なので座学で大ポカをしなければ平均値でどうにでもなる。各演習の1番手が愚かなのもある。
……とはいえ、努力は必要なため、彼の身体を預かった透は吐きそうになりながら主席を死守し続けている。
原作のオルフェウスは右足に麻痺があるにも関わらず、何故か履修している剣術演習の成績が影響してクラスも落ちる……と見せかけ、学園側が顔色を伺い倒して在籍クラスは同じ。
バセットは魔法演習が足を引っ張り気味だが、第3学年のオルフェウスが化け物すぎるだけで、普通に優秀なタイプ。そのため(無理をしつつ)頑張っていれば、魔法演習が足を引っ張ってもギリギリこの位置に来る。
なお、原作ゲームのバセットも同等の能力はあったが、第1学年の途中ですべてを放り投げたせいで下位クラスに大暴落していた。
⑵ シベリウス:気合いの第2クラス
シベリウスは仕事はできても勉強は苦手なため、本当に気合いで頑張って第2クラスにしがみついた。
ただし剣術はともかく魔法が足を引っ張りまくっているため、彼に関しては油断すると間違いなく第2学年で落ちる。
いくら仕事ができようが、入学生代表挨拶をしていようが、この学園には王族補正なんてものはない。慈悲もない。
原作においては中位クラスの下の方。何故なら引きこもりデバフとオルフェウスの毒殺未遂事件の黒幕疑惑という名のデバフが盛大に掛かっているから。学園がオルフェウスの顔色を伺うので、シベリウスは結構蔑ろにされていた。
⑶ アリオーソとラウダ:永遠の第3クラス
どちらも得意分野で戦えばオルフェウスに勝てるレベルのとんでもない優等生。しかしアリオーソは魔法演習、ラウダは剣術演習の成績があまりにも終わりすぎているせいで平均値が低く出てしまい、上のクラスに上がれない。しかし座学では優秀な成績を出せるため下にも落ちない。
なお、履修という名の裏技で平均値を上げることもできるはずなのだが、どちらもそれをする気がない。そんな愚かな彼らに慈悲はない。
原作ゲームにおいてはアリオーソは第10クラスまで落ちる(剣術演習の成績が大暴落&精神的にそれどころではなくなるため)、ラウダは底辺クラス維持(平民デバフが継続して上がりようがないため)
⑷ ヴィオレッタとセレナ:普通に頑張って第5クラス
ヴィオレッタはほどほどに頑張った結果。原作ゲームにおいてはオルフェウスと同じクラスになるために足掻いて、それでもどうしても届かず第3学年時のヴィオレッタは第2クラスにいた。
ただし明里は現状維持を貫いて第5クラスに在籍し続けた。(第1学年時点のヴィオレッタが第5クラスだったから)
セレナは子爵家で虐め抜かれた結果。奏音は原作ゲーム知識があったため本来のセレナよりは楽だっただろうが、間違いなく苦しんでいただろうことは確か。
全員普通に優等生なので、移動劇団は『暇を持て余した優等生たちの遊び』として扱われている。
なお、コラーレ兄弟に関しては「顔が良いそっくり双子だから、優等生たちから見たら美味しい人材なんだろうな。断りきれなかったんだろうな。きっちり仕事するなら良いや」で雑に放置されている。
……そんなこんなで、本当に『娯楽』として成立してしまっている。




