31.狂気の双子
たまたま通った廊下。
そこに面した部屋の中から、ふわりと花の香りがした。
『なんだろう……?』
匂いが強い花が多いのかな。
扉は少し開いていたけれど、外まで香るなんてすごい。
香りに釣られて、わたしは部屋の中を覗いた。
中は、無骨な研究室。でも、奥は温室みたいになってる。
透明なガラスで区切られた場所には、たくさんの植物が植えられていた。
そして香りの元は、実験用のテーブルの上に並んだ色とりどりの花——どれも、見たことがない。
『綺麗な、花……』
わたしは花に見惚れてた。
だから、気づけなかった。
部屋の中から、手が伸びてきていた。
その手に掴まれて、わたしは中に引きずり込まれてしまった。
『きゃあっ!』
背後で、バタンと扉がしまる。
鍵が掛けられる音もした。
……閉じ込め、られた。
『あ……』
怖い。
そう思いながら、わたしは上を見上げる。
『クレメンティ先生と、ジェズアルド先生……?』
時々、話をしていた先生たちだ。
薬学と医学の先生らしくて、わたしの聖なる力に興味を持っていたみたい。
先生たちは双子だからよく似てるけど、ちょっとだけ違う。
ふたりの違いを見つけるのが、わたしの密かな楽しみだった。
——けれど、
『何のつもりだ!? 何故、私たちの研究室を覗いていた!!』
『お前も我々の研究成果を盗みにきたのか!!』
ふたりとも、わたしを怒鳴りあげる。
逃げたい。でも、閉じ込められてしまった。
『ち、違います! わたし、良い香りがする花だなって、綺麗な、花だなって……見惚れてた、だけで……』
涙が、滲む。
どうしよう、どうしよう、どうしよう!
『……』
クレメンティ先生はしゃがみ込んで、わたしの顔を覗き込む。
そして、容赦なく前髪を掴まれた。
『痛っ』
『……さて、どう処理する?』
震えが止まらない。
涙が、ポロポロと溢れ落ちた。
そんなわたしの額に、ジェズアルド先生が人差し指と中指を当てる。
『放置するのは危険だ。ならば、無理矢理にでも言うことを聞かせるしかあるまい』
『……そうだな』
バチリ、と強い電力を流すような痛みがわたしを襲う。
『きゃああぁ!!』
あまりの痛みに、わたしは叫ぶ。
痛みと恐怖に、涙が止まらない。でも、助けを呼ばなきゃ——そう思ったわたしの口を、クレメンティ先生が塞いだ。
『んむ……っ』
強い力で、顔を掴まれる。
滲む視界の向こうで、クレメンティ先生の口元が弧を描いたことだけが分かった。
『君が、悪いんだよ。わたしたちの大切なものを、奪いにきた……君が』
◇
「我々が扉を閉め忘れていたのが全面的に悪いと思うのだが」
それは俺も思いました、ジェズアルド先生。
「わたしたちの行為はどうあがいても犯罪だと思うのだが」
そうですね、クレメンティ先生。
——それはそれとして、この双子教師、怖すぎないか!?
流石に今回は、今回ばかりは観客を徹底的に排除した。
というより、舞台が『コラーレ兄弟の研究室』な時点で関係者以外立ち入り禁止だ。
何気に人払いは怒声の類がとにかく苦手なラウダと、もしかすると駄目なのかもしれないバセットを現場から退場させる良い口実になった。
さらにシベリウスとアリオーソの全面協力によって、誰一人としてこの場所には近寄らせなかった。
ていうかこんなもの、他の人間に見せられるか!!
両目をゴシゴシと擦りながら、奏音ちゃんが立ち上がる。
「な、泣けるか不安だったんですけど……普通に、怖かった……」
「すまないね。何故か『こう演じろ』と身体が訴えてきたんだ」
おい。
今、かなり怖いこと言ったのどっちだ。
バセットのチャラ男とアリオーソの大迫力剣幕にも驚いたが、コラーレ兄弟の狂気に満ち溢れた演技には鳥肌が立った。
……これもまた、バセットが言う『本能』なんだろうな。
一歩間違ったらこうなるって、身体は分かってるんだろうな。
「うっ、うう……っ、ごめんなさい……」
奏音ちゃんの涙が止まらない。
理由は前に聞いたから、分かってる——明里さんが国を滅ぼしまくったノリで、奏音ちゃんは何度もホルマリン漬けにされたらしいからだ。
この子、普通にコラーレ兄弟が苦手なのかもしれない。
よく頑張ったよ、もう泣かないで。
オロオロし始めたコラーレ兄弟を退かして、明里さんが魔法を発動させる。
これはヴィオレッタの感情操作魔法の出番だ。
……もはや、まともな使い方しかされていない。
その間に、俺は「本気で演じろ」と言われて頑張った結果、相手の子を大泣きさせてしまった不憫な双子に話し掛けることにした。
「そのー……この場面でジェズアルド先生が使いそうな魔法ってなんなんですか?」
かなりの痛みを与える魔法、なのは分かる。
でも当然ながら、実際には使っていないから何なのかは分からない。
「……」
俺の質問に対し、ジェズアルド先生はクレメンティ先生と視線を交わす。
ちょっと言いにくい話なんだと思う。止めようとしたけれど、素直に話してくれた。
「恐らく、だが……『支配魔法』だと思う」
「支配魔法!?」
オルフェウスの記憶を辿る。
それは発動時に魔力を制御するだけでも大変なのに、相当に長い詠唱が必要になる魔法らしい。
相手の自由を奪う、という意味合いにおいては確かに有効だ。
でも、今の短期間で発動できるとは思えない。
俺の疑問に答えるために、ふたりは口を開く。
「我々はなるべく行動を共にしているが、それは親しいから……という理由もあるにはあるが、かなり切実な理由があるのだ」
「これは周囲には秘匿している話だが、わたしたちは生まれつき魔力が多くてね。しかし、とにかく制御が苦手なんだ。どれだけ簡単なものであっても、まずまともには発動しない」
なかなかに致命的なことを言い始めた。
魔力があったとて、それでは意味が無い。
だが、とジェズアルド先生が話を続けた。
「何故かは分からないんだが、片割れが近くにいれば我々の魔力は安定するのを通り越して、奇妙なことができるようになるんだ。例えば詠唱破棄ができたり、発動までの時間を大幅に省略したり、精密な制御ができたりと、普通はできない行為が可能となる」
「だから、わたしたちは基本的に共に行動するようにしているんだ。君やラウダ君のような派手な攻防戦ができるかは怪しいが、ふたり揃っていればそれなりにはやれる筈だ」
ふたりはもしかするとオルフェウスやラウダくらいの能力を持っていたのかもしれないけれど、双子だから分割されてしまった……みたいな、テンプレ双子キャラみたいなのをイメージした方が良さそうだ。
俺は明里さんと、少し落ち着いてきたっぽい奏音ちゃんの方に目をや——
「恐らく今の場面は、それの能力を活かしてセレナ嬢が第三者に対して我々に関する話ができないように、そして、自主的に逃げるような真似ができないようにしたのだろう」
おい。
今、とんでもなく怖いこと言ったのどっちだ。
「……」
本能的な何かのせいで自分たちの行動の意図が分かるのだろうが、あまりに怖い。
様子を見るに、何なら本人たちもすごく動揺している。自分たちの本能に情緒が振り回されている。
とりあえず俺は、ひとつだけ確認しておくことにした。
「ふたり揃うと、の部分は口外しない方が良いですか?」
顔を見ただけで分かった。明里さんも奏音ちゃんも「知らない」と主張していた。
これはきっと、コラーレ兄弟の裏バッドエンド辺りで出てくる情報だったんだと思う。
コラーレ兄弟は同時に丸くしたかと思うと、何とも言えない顔で笑った。
「君たちがわたしたちに関するあれやらそれやらを黙っていてくれるのは助かるが……そうだな、この件に関してもそうして貰えるとありがたい」
「流石に非常時には容赦なく使うつもりだが、自分たちの特殊性は分かっている。引き離されれば完全に無力化されると分かっているだけに、なるべく公にはしたくない」
「とはいえ、シベリウス君たちには伝えてもらって構わないぞ」
やはり彼らは俺たちが毒殺未遂事件の毒の出所を察していることに、その上で何のアクションも起こす気がないことには気づいているらしい。
そうでなければ今回のイベント再現を手伝ってくれなかった筈だ。きっと台本を見た瞬間に逃げ出していただろうから、これに関しては確定だ。
だからこそ、俺はコラーレ兄弟の秘密についてだけ触れる。
「分かりました。教えてくださって、ありがとうございます」
実際問題として、彼らが『どうして常に一緒にいるのか』が分かったのは大きい。
ふたりとも武術の類に秀でているようには見えないからこそ、いざという時には魔法戦に持ち込むことを想定しているのだろう。ならば、揃っていなければ意味がない。
派手な攻防戦はできるかは怪しい、という話だったが、詠唱破棄で支配魔法が使えるだけでも相当に強い——ただどうしても、怖いだけで。
「……と、いうことで。今日は学園内でトレント大量発生だったね」
学園内トレント大量発生。
それが、このシーンに関連して発生する大事件だ。
このシーンで極度の恐怖心を与えられたことがトリガーとなり、セレナが持つ聖なる力が暴走してしまうそうだ。
その結果、彼女は無意識のうちに学園内の『植物が生えそうな場所』各所に木の魔物・トレントの種子を大量に生み出してしまう。
その種子が夜間に発芽・急成長して暴れ出し、校舎を壊し始めてしまう。
心当たりがあるだけに、「きっと自分のせいだ」と責任を感じたセレナは、その時点で好感度が高い攻略対象2人の協力を得る形で、騒動を止めに行くのだが……。
「わたしたちが……全面的に、悪いかと……」
「我々が何もしなければ、そんなことには……」
……俺も、そう思う。
何ならこのイベント再現をしなければセレナもとい奏音ちゃんが力を暴走させるような真似をすることは無かったような気がするし、そもそも『奏音ちゃんが力を暴走させたか』はちょっと怪しい。
怪しい……が、悪魔召喚騒動と同じく『起きない可能性に賭ける』方が怖いと判断したからやった。
奏音ちゃんが力を暴走させていなくても、生徒か教員が何故かトレントを大量に連れ込んで暴走させたり、誰かがこっくりさん的なノリでトレントを大量召喚したりしている可能性は普通にある。ていうか、間違いなく何らかの形でトレントは大量発生するし暴れる。
だからこそ、変なタイミングでトレントが大量発生する方が、怖い。
規模がデカすぎて……怖い。
「僕らはやれることをするまで、ですよ。……では、改めて配置を考えましょう、トレントが生える前に」
本来はセレナと攻略対象2人らしいが、そんなことは知らん。
校舎壊される前に終わらせる。睡眠時間のためにもさっさと終わらせる。
そうして夜、俺たちは木が生えそうな場所に張り込み……生えたトレントを秒で抹殺した。




