03.シナリオ大崩壊問題
俺は、頭を抱える。
「どうしよう、オルフェウスがすごく元気」
「すごく元気」
「オルフェウスが全然病んでない」
「全然病んでない」
明里さんがオウム返しを繰り返すbotみたいになってしまった。
このままだと良くない。俺は顔を上げた。
「俺、君の話を聞いて、考えたんだ。君の「物語の先が見える」っていう強みを活かすべきだって」
「ええと……」
「だから、真面目にオルフェウスやろうって考えたんだ」
そうなんですね、とは言いつつ半分くらい分かっていなさそうな顔で、明里さんは首を傾げる。
「それなら君も、先の展開が見えやすいだろうから悲劇回避の立ち回りがしやすいかなって? でも、ごめん、すごく元気に振る舞っちゃった……その辺りのことを先に知ってたら、足引きずる演技でも病み倒す演技でも何でもしたんだけど……」
そもそも悪役令嬢ヴィオレッタが「とんでもない良い子になる」というゲームシナリオ的な意味だと致命的なバグが発生している。
だからこそ俺は、ヴィオレッタの死に直結しない部分はゲームの流れに沿うようにするつもりだった。
——事情を知った以上、ヴィオレッタに悲惨な未来を歩ませるつもりは微塵もない。
俺の考えを理解したらしい明里さんは目を丸くした。
……かと思えば、あからさまに俺から目を背けてしまった。
「あの、シナリオ的な意味だとオルフェウスの件もそうなのですが、もっと致命的な事案が既に起きてまして……」
「え?」
「攻略対象のひとりが、物理的に消えてまして……」
「え? ……って、まさか!」
「リュート・ベリーニ・ラヴェルは……攻略対象、です……」
「なんで犯罪者が攻略対象に!?」
オルフェウスの記憶に残っているリュートの顔を引っ張り出す。
サラサラとした赤髪に、切れ長の金の瞳。
確かに——顔が、良い。
「まあ、流石に超高難易度の隠しキャラどころか、私もリュートルートはちゃんと攻略できてなくて……もしかするとちょっと展開違うかも、ですが……」
明里さん曰く、本来オルフェウス毒殺未遂事件の犯人が彼であることは終盤まで分からないらしい。
そこまで彼は、オルフェウスの親友を演じ続けるそうだ。
だが終盤でリュートが王族に危害を加えた逆賊であることが判明する。
そのため、彼のルートに入っていた場合は最終的にヒロインは彼と国外に駆け落ちするそうだ。
確かに逆賊が生き残るためには、国外逃亡以外の選択肢は無いだろう。
無いだろう、が。
……それで良いのか、ヒロイン。
リュートルートのヒロインに困惑しながら、俺は頭を抱えた。
「そっかー……現時点でド派手にシナリオ崩壊してんのかー……」
「申し訳ありません……」
「いやいや、君は悪くないだろ。おかげで俺はピンピンしてるしね」
右足に麻痺を負わずに済んだのは、すべて明里さんのおかげだ。
ただ、ちょっと気になることがある。
「んー……ゲームだからって言ったら、それまでなんだけど……」
行儀が悪いのは承知の上で、俺は頬杖をついた。
「リュートが犯人ってのが終盤まで分からないなら、ヴィオレッタが関与してるのも多分終盤まで分からないよね?」
「はい、そうですね」
「ならオルフェウスって結局のところ、ヴィオレッタを捨てるどころか公開処刑して他の女取るんだろ? 全然筋も通してないし、酷すぎないか?」
ヴィオレッタが嫌い。それはもう仕方がない。
そして彼女の犯行を分かっているなら、色んな意味で公開処刑したくなるのも無理はない。
でも乙女ゲームということは、オルフェウスはヴィオレッタの犯行を知る前からヒロインとやらと愛を育む形になる。
乙女ゲームにおけるこの手の展開は定番だということは分かっているが、婚約者がいながら他の女とイチャイチャするのは不誠実なのではないかと毎回思う。
しかし、明里さんは首を横に振った。
「いや……『鳥セレ』の婚約破棄案件はそうでもない、というか。オルフェウスの過去を知ると、あまり責められないです」
そして彼女は、困ったように笑う。
「オルフェウスはリュートの事件をきっかけに酷い人間不信、特に高位貴族に対して敵意を剥き出しにするようになるんです。
何ならヴィオレッタとの婚約を破棄して欲しいと国王とカデンツァ侯爵家に訴え続けてもいました。……でも、王家はともかくカデンツァ公爵家が首を縦に振らなかったんです」
「あ、筋を通す努力はしてたのか」
「だから複雑な経緯を得て子爵家の養子になった、純粋無垢なヒロインに彼は強く惹かれるんです。そして何とかヴィオレッタと距離を取りながら、ヒロインと一緒に毒殺未遂事件の真相を知るために動き始めるます。
逆に事情が事情なので、ヴィオレッタはこれでもかと真相判明を阻止します。当たり前ですけど、その時点でオルフェウスはヴィオレッタをどんどん嫌いになりますし、彼女を疑う気持ちも膨れ上がっていくんです」
「……なるほど」
「そして聖なる力を持つヒロインは中盤でより強い力に目覚めて、オルフェウスの悲劇の象徴とも言える右足を治して……」
「あーあ、俺は一気にオルフェウス責めらんなくなったわ。あーあ、あーあ」
リュートの一件は、あまりにもオルフェウスが可哀想すぎる。きっと彼に罪はない。
筋を通す努力をした上で心身に負った傷を癒すのがヒロインだというのなら、正直責めきれない。
しかもよく考えてみると、オルフェウスは今現在16歳、ゲーム本編のタイミングでも18歳。
……筋を通せ、と言うには若すぎる。
「リュートが諸悪の根源すぎんだろ……どうも家督争いにオルフェウスが巻き込まれたって話だが……」
「あー……そうですね。実は結構ややこしくて……」
ラヴェル侯爵家の、跡継ぎ問題。
上昇志向の強いリュートは、どこかぼんやりしている長男が「長男だから」という理由で家督を継ぐことがどうしても納得できなかったそうだ。
そこでラヴェル侯爵家および関係者は、リュートに家督を継がせる条件として、オルフェウスに毒を盛ることを指示した——事の背景は、200年前。
かつて、バルカローレ王家に不当に処罰された者たちがいたらしい。
彼らは素性を隠して潜伏し、時期を見て戦乱で成果を上げた。
そしてどうにか成り上がることで、王家に近しい地位につき……そうして、革命計画は実行に移された。
まず王太子筆頭候補であるオルフェウスに毒を盛り、同じく王太子候補にはなっていたが望み薄だったシベリウスを事件の黒幕に仕立て上げる。
これだけで、王家の中では疑念が疑念を呼ぶ内部抗争が巻き起こるだろう。
そしてその隙をついて、ラヴェル侯爵家が立ち上がり、革命を起こす。
それが、オルフェウス毒殺未遂事件の真相だった。
「まーじかー……」
——思っていたよりも話が壮大すぎて、俺は頭を抱えた。
「オルフェウスとシベリウスの巻き込まれっぷりがエグすぎ……」
「どうやら、良い感じに弟側に黒幕押し付けられそうな組み合わせができるのを待ってたみたいで。とにかく状況をややこしくしたいから腹違いの2人兄弟、そして第二王妃の子どもが良かったみたいで……」
「オルフェウスも大概だけど、これはシベリウスが不憫で不憫でならない……生まれた瞬間からスケープゴート確定なのやめてあげて……」
200年前の案件には同情するが、実行のタイミングが悪すぎる。
シベリウスがスケープゴートにされていたのは薄々分かっていたが、オルフェウスの巻き込まれ方も大概だ。
ついでにリュートに関しては、闇バイト的な何かに手を出した愚かだとしか言いようがない。
……ところで、
「リュートルートでも、ヴィオレッタは死ぬんだよね?」
「中途半端にネタバレを知っているのですが、とりあえずリュートにすべての罪をなすりつけられてしまうんです」
「最低かよ」
もはやリュートが馬鹿なのかずる賢いのか分からない。
キャラはともかく頭脳がブレすぎている気しかしないのは、彼が既に捕縛されているからだろうか?
俺は息を吐き、明里さんを見つめる。
「まあ、リュートが捕まったなら、このルートは潰せたな。この調子で、他も潰していこう」
「すみません、ご協力いただくような形になってしまって……」
「同郷のよしみってことで。俺も君から色々聞けて、助かってるよ」
元のシナリオから外れてしまった以上、予期せぬ何かが起きる可能性は大いにある。原作知識の有無は重要だ。
今後も明里さんの力に頼る必要があるのは間違いない。
「さて、あれは君のお迎えかな?」
遠くに馬車が止まっている。
あれはカデンツァ侯爵家のものだと、オルフェウスの記憶が教えてくれた。
「! もうこんな時間……!」
カタンと音を立てて、明里さんは立ち上がる。
転がっていたヒールを拾ってから、俺は彼女に手を差し出す。
「馬車まで送るよ、ヴィオレッタ」
「あ……ありがとうございます」
ありがたいことに、この手のマナーは身体が勝手に動いてくれる。
明里さんの方もそうなのか、はにかみながらも美しい所作で手を取ってくれた。
「気が向いたらで良いけど、また色々話せたら嬉しいな」
「はい、喜んで。……何か知りたいことがあれば、どうぞ遠慮なくお申し付けください」
知りたいこと。ヴィオレッタに関するものというよりは、ゲームに関する話。
馬車に乗り込んだ明里さんの赤紫の瞳を見て、俺は微笑む。
「ふふ、秘密のやり取りみたいだね。うん、甘えさせてもらうよ」
「分かりました。では、またお会いしましょう、オルフェウス殿下」
馬車の扉が閉まり、明里さんが——ヴィオレッタが、帰っていく。
……少し、寂しい。
静かに小さくなっていく馬車を見送っていると、いつの間にか横にやってきていたアリオーソに膝で小突かれた。
「どうした? ずいぶんとしんみりして。いつもはヴィオレッタ嬢が来るたび、疲れ果ててぐでぐでになってるのに」
それはそうだ。
そう、なのだが。
ふと上手い言い訳が思いついた俺は、それをそのまま口にする。
「うーん、毒殺未遂事件がショックだったのかもね。随分と穏やかになってたんだ」
彼女が毒殺未遂事件にショックを受けたのは間違いないし、随分と穏やかになったのも事実だ。
嘘は、一切言っていない。
しかしアリオーソは、怪訝そうに眉をひそめる。
「あんなん、演技だろうよ」
「それならそれで、いつ剥げるか気にならないかい? どこまで頑張れるのかなって?」
上手い言い訳は、この返しの方だ。
アリオーソは鮮やかなミントグリーンの瞳を丸くし、すぐにニヤリと笑う。
「それもそうだ。剥げたら教えてくれ。楽しみにしてる」
明里さんがいる限り、あの振る舞いが剥げることは絶対に無い。
彼女の振る舞いが演技ではないと周囲が認識する頃には、アリオーソも彼女を受け入れてくれるはずだ。
「うん、任せて。さーて、いつ剥げるかなぁ」
「良い性格してやがる」
「これくらい楽しめなきゃ、王太子筆頭候補とかやってられないからね」
「おー……無理すんなよ」
「平気平気。君こそ、僕のこと気にしすぎないでよ。騎士団の訓練もあるんでしょ?」
「そっちは適当で良いんだよ、適当で」
「それはどうかと思うけど……」
楽しそうに笑ってくれる大人びた少年の姿を見ていると、少し、気持ちが楽になる。
本当に、これくらい楽しめなければ王太子筆頭候補なんてやっていられない。
「じゃあね、アリオーソ。僕は部屋に戻るから」
「ん。じゃあな」
明里さんが、彼女が入ったヴィオレッタが、周囲に認められる日。
その日が来るのを楽しみにしながら、俺は自室に戻った。




