02.色々知ってそうな子が現れた
「げ、ゲーム……?」
ヴィオレッタが、ゆっくりと振り返る。
もう逃げそうにないと判断した俺は、彼女の細い手を離した。
「俺は日下部透、サラリーマン。歳は27歳。死因は頭部強打、だと思う……これで、言いたいこと分かる?」
「! はい……っ」
ヴィオレッタは、再び目を潤ませる。
悪役令嬢といえば、最期は悲惨すぎる末路を迎えるものだ。
……怖かったんだろうな。
「私、朝比奈明里、といいます。21歳で……死因は病死、です」
「あ、えーと……」
年下。
そして——死因は病死。
俺が何も返せなくなっていると、ヴィオレッタ改め明里さんはくすりと笑う。
「20代仲間、ですね? ……いきなり16歳になって戸惑いませんでした?」
あまり触れられたくない、というのもあるのかもしれないが、俺の顔を見てパッと話を変えてくれた。
……優しい子だ。
「分かる、16歳はエグい……オルフェウスの記憶が身体に残ってなかったら、普通に詰んだ……」
「うふふふ」
よほど安心したみたいで、明里さんは気が抜けたように笑ってくれた。可愛い。
「改めて……もう一回、座って欲しい。マジで何も分かってなくて困ってるんだ」
同郷であることが判明した。
その時点で大丈夫だと思ってくれたみたいで、彼女は素直に椅子に座った。
俺も椅子に座り、息を吐く。
「君は悪役令嬢なのかな。その時点で、この世界は乙女ゲームってことで間違いない? 一応、全然関係ないファンタジー世界、もしくはRPGっていう可能性も追ってたんだけどさ」
明里さんは、おもむろに頷く。
「そうです。ここは『鳥籠のセレナーデ ~君に捧げる愛の誓約~』の世界です。通称は『鳥セレ』で、今は本編が始まる2年前、ですね」
……となると、本編のオルフェウスとヴィオレッタは18歳だ。
良い情報を貰った。
「なるほどね。なら、重大イベントの類は2年後までない、と……それこそヴィオレッタが酷い目に遭うのも2年後、だよな? それまでに対策を……」
「いや、オルフェウスはもう起きてます……ほら、毒殺未遂事件……」
「そうだ、起きてた」
何となく、オルフェウスがリュートの事件を引きずり倒した状態で本編に突入することは察した。
だが、その時点で理解できてしまったことがある……まあ、最初から「そうだろう」とは思ってたけど。
そして俺は、自分自身を指差した。
「とりあえずオルフェウスは攻略対象確定。しかもパッケージのセンター決めてるタイプと見た」
「ですね、合ってます。人気キャラですよ、オルフェウス」
「この子は頑張り屋さんみたいだから、人気なのも納得かな。……その、オルフェウスルートのヴィオレッタは……」
「卒業記念パーティーの時に大勢の前で婚約破棄されて、色々あって処刑されます。民衆の前で首が飛びます」
「わぁ」
婚約破棄からの死亡エンド。
よく聞く悪役令嬢案件の王道パターンではあるが、酷い。
つまり明里さんは、処刑エンドに怯えて「婚約破棄してくれ」と頼みにきたのだろう。
——それなら、ヒロインをオルフェウスルート以外に導けば解決するのでは?
「俺の勘が正ければシベリウスとアリオーソも攻略対象だろ。あの子たちも顔が良いから」
「顔が良いから」
「乙女ゲーならなおさら大事だろ、顔の良さ……ってことで、ヴィオレッタの命的な意味だとシベリウスとかアリオーソのルート行かせたら良いのか?」
「いえ……シベリウスルート、アリオーソルート、どちらもヴィオレッタは滅多刺しにされて殺されます」
「なんで……?」
「とにかくどのルートに行っても、ヴィオレッタは死ぬんです……」
「なんでぇ……?」
攻略対象が3人ってことはないだろうから、残念ながらまだいるな。
ヒロインがどの対象に行っても悪役令嬢は詰みというのは、あんまりすぎる。
「んー……とりあえず、一旦別の話を挟もうか」
とにかく話を変えよう。
ちょうど、気になっていることがある。
「実は本来の身体の持ち主がどうなったのか、気になってるんだ。何か……分かる?」
「元の、オルフェウスってことですよね?」
「そう。……俺、目が覚めたらこの身体、のパターンだったんだ。だからオルフェウスが毒を盛られて瀕死になってる時に身体を乗っ取ったんじゃないかって、
俺が、この子をどこかに追いやってしまったんじゃないかって。それが気になって気になって仕方がないんだ」
明里さんは、眉尻を下げた。
「それは、分からない、ですが……」
「……だよね」
でも、と彼女は真っ直ぐに俺の目を見た。
「少なくとも私の方は違うと思います、とだけ。私は普通に動いてる真っ最中に、唐突に前世を思い出した形なので……だからタイミングが悪かっただけで、透さんもそうなんじゃないでしょうか?」
そして明里さんは、心底申し訳なさそうに、俯きがちに口を開く。
「……。すみません、私は結果的にこうなっただけで……意図してあなたを助けたわけではないんです」
溢すように、弱々しく。
言葉を紡ぐ。
「私、事件現場を見た瞬間にここが前世でプレイしていたゲームの世界、しかも自分が悪役令嬢であることを思い出して……それで……」
ごめんなさい、と彼女は口にした。
しかし、それの何が悪いのか。
「なるほどな? 思い出したショックで叫んだんだのか」
「一応、ヴィオレッタが第一発見者なのは原作通りなのですが……あなたのためとかでは、なくて……申し訳ありません……」
「いやいや、それは叫ぶってか、人のこと気にしてる余裕なんか絶対にないだろ。ていうか結果的に人間助けてるわけだし、君は良い仕事したと思うよ」
そもそも時系列的に、明里さんが助けたのは“オルフェウス”だ。
オルフェウスからしてみれば、ファインプレーこの上ないだろうと思う。
「むしろ事件の詳細が気になるな。話してくれないか?」
「あっ! はい!」
そうして、明里さんはオルフェウスの毒殺未遂事件について語ってくれた。
どうやら本来、事件現場を目撃したヴィオレッタはリュートと結託することを選ぶらしい。
彼女はリュートが犯人だと分かった上で逃がし、自分はほんの少しだけ発見時刻を遅らせる——婚約者の身体に、意図して僅かな後遺症を残させるために。
「先ほどの透さんの動きで理解しましたが、後遺症はなかったみたいですね。良かった……でも、本来のオルフェウスには麻痺が残ってしまって、右足を引きずるようになるんです」
「発見が遅れた結果が右足の麻痺か。後遺症がその程度で済むって、ヴィオレッタは毒のことをよく知ってたんだな」
「ゲームなので……」
「そうだった、ごめん。……続けて?」
後遺症に苦しむオルフェウスを、ヴィオレッタは婚約者として献身的に支える。
その姿を周囲に見せつけることで、既成事実に限りなく近い何かを作る。
……なるほど、見事すぎる“悪役令嬢”だ。
「今の時点でヴィオレッタはオルフェウスに嫌われてたみたいだからね。ちょうど良かったわけか」
「そうですそうです」
一緒にいる大義名分も作れるし、他の人間に対する牽制にもなる。
嫌われていようが関係ない。ありとあらゆる意味で、逃げ道を断ってしまえば良い。
そんなことをされれば、本来のオルフェウスはどんな気持ちだったのだろうか。
きっと彼は、相当に闇を抱えた人間だったに違いない。
「ん?」
そうだ。
そうなってくると、非常にマズい。
「あ、え……ちょっと……それは……」
「どうされましたか?」
心配させたくなかった。
だってなんか、めっちゃ、めっちゃ良い人たちだったから!
そんな人たち泣かせたくないじゃん!
俺は、ここに至るまでの自分の行いを思い出して頭を抱える。
「どうしよう、俺、完全にオルフェウスのキャラ崩壊させた気がする……」
しっかり病まなきゃいけなかったのに、めちゃくちゃ元気に振る舞ってしまった……。




