29.裏バッドエンド
裏ルートは裏ルートでも、まずは純粋なリュートルートからだ。奏音ちゃんは紙にペンを走らせつつ、話し始めた。
「リュートルートの場合、ハッピーエンドの場合は革命を放り出してセレナの手を引いて国外逃亡します。バッドエンドの場合は国外逃亡という名の誘拐からの監禁です」
「うーん、鳥籠」
そして奏音ちゃんは、少し言いづらそうに明里さんを見た。
「あ、ヴィオレッタは……」
「どっちにしたって罪をなすりつけられて死ぬってのは知ってるよ。安心して」
ついでに奏音ちゃんがリュートルートのフラグを折ると決めた理由も分かった。
俺たちのためってのも大いにあるんだろうけど、ハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうが、まず確実にバルカローレ王国は滅ぶからだ。規模が違いすぎる。
「そして裏バッドエンド、なんですけど……そのー……」
「知ってた」
俺も明里さんも苦笑いするしかなかった。
明里さんは純粋なリュートルートの存在しか知らなかったみたいだけど、もはや期待すらしていなかったことだろう。
何故なら裏ルートでもヴィオレッタは元気に悪役令嬢をしていたからだ。
何なら裏ルートの方がヴィオレッタの罪が重いまである。正直、殺されるのも仕方ないと思う。
奏音ちゃんの話は、続く。
「そして『誰かが他の攻略対象を殺す』流れなのは確定です。オルフェウスはシベリウスを、アリオーソはコラーレ兄弟なんですけど、残りは全員オルフェウスを殺害します」
「え、えぇ……?」
これは俗に言う鬱ゲーだ。
言われてみれば、病み倒している攻略対象たちが他の攻略対象に手を出していないのは奇妙な気はする。
……いや、待てよ。何人かは通常ルートでも他の攻略対象に手を出してた。
確定じゃないだけで、普通に手を出してた。奇妙とかそういう問題じゃなかった。
「これは、どうしろって言うんだよ……」
要は死亡フラグが増えただけじゃないか——。
頭を抱える俺たちを見て、奏音ちゃんは苦笑する。
「でも、ほぼほぼ大丈夫だとは思いますよ」
「え? そうなのか?」
「はい。まずオルフェウスのシベリウス殺害は継承権問題なので、透さんを抜きにしても、オルフェウスが既に王太子になっている時点でないかと」
「あー……なるほどな……」
「同じくシベリウス側も無いでしょうね。今のシベリウスが自棄になって兄を殺して継承権を奪って、さらに父親も殺して無理矢理即位して『自分を虐げてきた全員を処刑台送り』みたいな行動を起こすようには見えないので」
「うわ、相当な勢いで荒れるんだな」
「シベリウスは基本的に引きこもりか大暴れの二択なので」
「振り幅なんとかしてくれ」
確かに、オルフェウスとシベリウスに関しては『どちらも原型から崩壊している時点であり得ない』と断言できるだろう。オルフェウスはともかく、シベリウスがそれをする気配がない。
そもそも継承権争いの気配そのものが微塵もなかった。
裏では色々あるんだとは思うけど、シベリウス本人と義母のリーリエさんどころか、彼女の身内や大臣の類からも反対の声は一切上がっていないと思う。
……まあ、中身が俺になってる時点で「王太子はシベリウスの方が良いだろ」って気持ちしかなかったけど、強引に辞退するのは『オルフェウス』に悪いから、俺も何も言わなかったんだけどさ。
とりあえず、次の話を聞こう。
「アリオーソもオルフェウスに後遺症が残っていない上に真相を知っている時点で無いかと。裏バッドエンドの彼は、毒薬の出所を自力で突き止めてしまうんです。そして背後事情の類は一切知らないまま、ただ正義感だけを暴走させてコラーレ兄弟を殺害するんです。諸悪の根源だから、と」
「ま、間違いでは無いんだけどさぁ……」
毒薬の出所に関しては合ってるんだよな……。
「通常ルートだと、真相判明しても理性の方が強く働くんです。でも、裏ルートだと自力で、しかも単独で答えに辿り着いてしまうから止まらなくなっちゃうんですよね。衝動的に殺人に走ってしまう感じです」
実際、アリオーソは事実を知った直後にコラーレ兄弟に突撃しかけたし、俺も薄々そう動くだろって分かっていたから止めることができた。
だけど、あの時のアリオーソは簡単に止められる状態ではあった。そもそも止めなかったとしても、手は出さなかったと思う。
そして思うところは相当にあったんじゃないかと思うけれど、それ以降のアリオーソはコラーレ兄弟と普通に接することができているし、今では協力関係にある。
——結局のところ、オルフェウスに後遺症が残ってない上に事前に正しく情報を知ることができている時点で、彼には犯行動機が無いと言い切れる。
「それで、えーと……ラウダは厳密に言うと“初手は”オルフェウスです。オルフェウスを刺し殺します。でも、最終的には大量虐殺ですね」
「まーたラウダが殺戮魔王化してる」
流石は制作陣が笑いながらルートを作ったんじゃないか疑惑がある少年。
油断すると国を滅ぼす少年は格が違う。
……って、思ったんだけど、
「ラウダを虐めていた集団の一部が冗談半分、ノリのようなものでラウダの実家に火をつけるんです。その結果、家族全員亡くなってしまうんです。でも死んだのは平民で、やらかしたのは貴族だからって雑に流されちゃうんですよ」
「それは虐殺する、仕方ない」
——うっかりノータイムでラウダの殺戮魔王化を肯定してしまった。
とりあえず彼を殺戮魔王にしてはならない。救いが無さすぎる。
そのためには何ができるか……俺は、ラウダの状況を改めて考えた。
「虐めてた馬鹿と関係者は全員学園から消したし、ついでに余計なことが起きないように圧も掛けたけど……私怨とかそういうので何か潜んでたら最悪だ。定期的にラウダの実家に監視を飛ばそう」
「その方が良いかもですね。でも第2学年以降の虐めを防いでる上に王族のシベリウスが常連客やってる時点で大丈夫な気はしますよ。下手に手を出したら自分たちが燃やされるって思うでしょうし」
……本当にラウダがトラップ過ぎて怖い。
ラウダの設定で虐殺魔王を押し付けてくるあたり、本当に制作チームのセンスが悪趣味すぎる。
そして裏バッドエンドに関しては展開が最悪すぎる。俺がプレイヤーなら2週間は寝込む。
「……」
明里さんは無言で、ただひたすらに頭を抱えていた。
そのまま彼女は、顔を上げずに口を開く。
「とりあえず、コラーレ兄弟は証拠隠滅目的でオルフェウスに手を出すのかな?」
うん、そんな気しかしない。
案の定、奏音ちゃんは苦笑して頷いた。
「確証はないのですが、多分そうだと思います。でも、そこに関しても大丈夫だと思っています。あの人たちは馬鹿じゃないので」
「そんな気はするね。あの人たちは私たちが毒薬の出所を知っていて、その上で墓まで持って行こうとしていることには気づいてると思うな。だから、今となってはラウダ以上に安全な気がする」
オルフェウス、シベリウス、アリオーソ、ラウダ、コラーレ兄弟の裏バッドエンドラインは潰し、リュートルートはそもそもフラグを立てない。これで、ほぼ安全だ。
「……」
そうして明里さんは、静かに顔を上げた。
「つまり、このままだとバセットの裏バッドエンドだけは起こり得るってことだよね?」
「……そうなります」
これだけ原作から引き離しているにも関わらず、バセットだけは病み要素の根底を変えることができていない——いや、彼の場合は変えること自体が不可能だと言い切っても良い。
奏音ちゃんは、ゆるゆると首を横に振るう。
「バセットはオルフェウスを殺害した後に自害しちゃうんですよね。それをどうにか止めたら、裏バッドエンドに行けるんだとは思います。……多分、断頭台エンドなんだとは思いますけどね。王族殺してるので」
ふう、と奏音ちゃんは息を吐いた。
「でも、バセットに関しては『どうしてオルフェウスを殺したのか』が分からないんですよ。想像がつきません。自害させちゃうと、その辺りの真相が分からないので」
少なくとも彼女は、コラーレ兄弟とバセットの裏バッドエンドに関しては見ることができていないと判断して良いだろう。
しかしコラーレ兄弟は予想が付く上に阻止できている可能性が高い。
……だからこそ、バセットが怖い。
どうしてもオルフェウスに勝てないからと、自棄になって殺してしまう線が濃厚だろうか。
しかし、そもそもバセットは越えるべき目標が駄目になってしまったことに影響されて病んでしまうキャラクターだ。
その時点で犯行動機が「勝てないから」になるとは思えない——つまり、他に何かがある。
奏音ちゃんは軽く目を伏せて、そのまま口を開く。
「裏ルートに入ると、全エンドの数が分かるんですよね。あたしが取れていないのは、コラーレ兄弟とバセットの裏バッドエンド、それから個別キャラじゃなくて共通エンドかなーって思うのですが、最後の隠しエンディングが取れてません」
要するに、結末が分からないものが3つある。
そのうち2つは対策方法さえ分からない、といったところだろうか。
「……」
どうしたものか。
悩みながら、俺は頬杖をついた。
「うーん……とりあえず、共通イベントは起こし続けた方が良いかもな。結局のところ、裏ルートだとしても基本的には共通なんだろ?」
「そうですね」
俺はアリオーソが打ち出してきたイベント再現作戦には相当に思うところがあった。
毎回奏音ちゃんは危険な目に遭うし、シベリウスは大怪我をした。
けれど奏音ちゃんが『裏ルートの個別ルートに入っている可能性がある』と判断できたのはイベント再現作戦でラウダが使った魔法が影響している。
そして『攻略対象たちに直接ゲームの強制力が働いて、彼らが己の意に反した行動をするような真似はしない』ということも分かった。……作戦自体には、間違いなく意味がある。
だから、もう再現をやめるわけにはいかないだろう。ありとあらゆる意味での破滅を回避するために、少なくとも『この先何が起きるのか』が分かる部分まではやり切った方が良い。
普通に嫌なんだけど、やるしかない……俺は奏音ちゃんに目を向ける。
「とりあえず前提条件を潰せている以上、バセット以外の裏バッドエンド案件は基本的に警戒しなくても大丈夫かな」
「いや、部外者の影響を受けやすいんで、ラウダに関しては注意しといた方が良いかもです。……本人がきっちりNG申告してきましたけど、あれはゲームだと何だかんだで国が滅ぶレベルの地雷なんですよ」
「ほ、本当に油断すると国が滅ぶな……」
「あはは……」
まあ……ラウダのことも相当に気にはなるが、彼に関しては他の攻略対象の手を借りるような真似もできると思う。彼の事情は全員共通認識だ。何かしらを秘匿する必要はない。
だから、俺たちは基本的にバセットに焦点を絞って動いても良さそうだ。
明確にバッドエンドに繋がらなかったとしても、オルフェウスやヴィオレッタの死にはつながらなかったとしても——あの可愛らしい少年を自害に追い込む状況を起こすこと自体が、嫌だ。
明里さんは奏音ちゃんと視線を交わす。
「ここからは念のため、通常ルートと裏ルートの展開を照らし合わせて再現イベントを考えた方が良いね。……諸々考えたら、次はアリオーソのイベントになると思うんだけど」
「あ……っ」
「え?」
「ご、ごめんなさい! その、えっと、今言うべきじゃないのは分かってるんですけど……あのイベント、好きなんですよね……じゃなくて、あれに関しては通常でも裏でも共通イベントです」
「わ、分かる。分かるよ。そっか……あれ、行けるんだ……嬉しいな……」
「良いですよね、あのイベント……!」
「分かるー! ……じゃなくて、とりあえず訓練場を貸切るとして。時間指定は要らないと思うから、放課後で良いとして……」
……なんか危機感皆無の推し語りが始まりそうでちょっと不安になったけど、多分大丈夫だろ。
むしろイベント再現をしている以上、ピリピリして演技に影響が出る方が良くない。
そう自分に言い聞かせながら、盛大に会話に置いて行かれながら。
俺は「アリオーソ回ということは、オルフェウス回って可能性もあるよな?」という事実に気づいて頭を抱えた。




