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待って悪役令嬢! 俺、このゲーム知らない!!  作者: 逢月 悠希
3.どうしてこうなった 〜第3学年前編〜

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26.温かい眼差し

 お昼休み。

 わたしはヴィオレッタ様に庭園へと呼び出された。


 ——なのに、誰もいない。


 ヴィオレッタ様は、どこにいるんだろう……?

 場所は間違っていないはず。間違ってないと信じたい。


 ……遅れてしまえば、また叩かれてしまうから。


『……っ』


 わたしは、腫れた右頬を撫でる。

 痛い。そしてヴィオレッタ様の言葉が、頭を離れない。


『あらあらあら! 申し訳ありません、小虫が飛んでいるのだとばかり! まさか、こんなところにルバート様がいらっしゃるだなんて。紛らわしくて困りますわ〜?』


 さっきの講義は、学年合同の講義だった。

 だから3年生のヴィオレッタ様と同じ教室で授業を受けることになった。


 そして講義と講義の間の休み時間に叩かれて、昼休みにここに来るようにと言われた。


 ……誰も、助けてくれなかった。


 本当は来たくなかった。

 けれど、行かないとどうなるか分からない。

 そんな葛藤に襲われた。……辛い。苦しい。


 カツン、と後ろから足音が響いた。


『あら? わたくしの話をちゃんと聞いていたのですね? お耳は正常なようで、何よりですわ』


『ヴィ、ヴィオレッタ様……』


 高位貴族の女性たちが、彼女を囲んでいる。

 わたし、また罵られるんだ——そう、思っていた。


 自然と、身体が縮こまってしまう。

 それを見て、ヴィオレッタ様たちはクスクスと笑った。


 そんな時。

 コツ、コツと杖の音が響いた。


『くだらないことを。そんな女を構って、何が楽しいんだ?』


 この声……オルフェウス殿下だ。


 目の前のドブネズミの存在なんて、どうでも良い。

 そう言わんばかりに、ヴィオレッタ様は勢いよく彼へと視線を向ける。


『! オルフェウス殿下!』


『……』


 オルフェウス殿下のことを、心の底から愛している。

 ヴィオレッタ様は、それを一切隠さない。本当に好きなんだな、と思った。


 けれど、聞かなくても分かる。その感情は一方通行だ。

 オルフェウス殿下は、ただ自分の婚約者に冷え切った眼差しを向けるだけだった。


『時間の無駄だ。早く教室に戻れ、目障りだ』


『で、殿下……!』


『貴様と話す気はない』


『どうして……っ?』


『さっさと失せろ』


 淡々とした声。

 何を言っても無駄だと思ったのか、ヴィオレッタ様は取り巻きの人間を連れて去っていく。


 ——オルフェウス殿下のおかげで、わたしは助かったんだ!


『お……オルフェウス殿下!』


 わたしは思わず、彼の側へと駆け寄る。

 けれど、オルフェウス殿下はわたしにも冷たい目を向けた。


『キ……キサマ、ガ、え、えーっと……』



 ◇



「あははははっ!」


 奏音ちゃんが、笑い出してしまった——俺は、顔を覆った。

 一通り演じ切って校舎まで戻っていた明里さんが、苦笑いしながら戻ってくる。


「途中までは……途中までは、良かったのに……」


「ごめん、本当に……ごめん……」


 俺は明里さんにもだけど、またしてもご協力頂いたエキストラのご令嬢たちに謝る作業を始めた。

 ご令嬢たちは、怒るどころか柔らかく微笑んでいる。温かな眼差しを俺に向けている。

 それこそ「演技下手で可愛いなぁ、次は頑張ってね! 応援してる!」くらいの緩いノリで俺を見ている。


「……」


 ごめん、オルフェウス。

 君にも本気で申し訳ないと思ってる。


 君ならセリフ忘れて大ポカぶちかますような真似はしないだろって思ってる。

 少なくともご令嬢たちに幼(・)子(・)を(・)見(・)守(・)る(・)よ(・)う(・)な(・)視線を向けられる異常事態を起こしたりしないだろうって思ってる。


 それにしても、と。

 俺は(現実逃避を兼ねて)シベリウスに視線を向けた。


「君、人材確保上手だよね……」


 ……というのも、奏音ちゃんの頬の話だ。

 今、彼女の頬は本当に真っ赤に、痛々しく腫れている。


 でも当然、明里さんは彼女を叩いてはいない。今回も寸止めだ。

 そのトリックはシベリウスがどこかからメイク係を捕まえてきたからだ。


 何故か、本当に何故か。

 特殊メイクの類を得意とする謎のご令息が学園内にいた——。


「私が、というよりは彼が自分から名乗り出てくれたんだよ。ありがたい話だよね」


 後方に「えへへ」と少し照れ臭そうに笑う少年がいる。

 きっとご実家が何かをやっているんだろうな。でもその技術は一体何に使うんだろうな。

 ヨーロッパっぽい何(・)か(・)としか言いようがない乙女ゲームの世界で、どうやって生かすんだろうな、その技術。ありがたいんだけどね。


 そんなこんなで、シベリウスはエキストラのご令嬢だけでなく、裏方までどこかから捕まえてきてしまった。

 まだ出番はないが、もう既にエキストラのご令息まで捕まえていそうな気配だ。


 見学者は少し増えてしまっているけれど、あまり大事にはなっていない。

 ……多分、シベリウスは見学者が増えすぎないように調整する人員も用意している。


 本当にしごできだ。しごできが過ぎる。

 何なんだこの弟。まだ第1学年だぞ。ピッカピカの1年生だぞ。


「そんなことよりも、兄さん。カンペ持っててあげるから、次こそ成功させてよね」


「はい……」


 ——そうして俺は、再び演者に戻った。


 今回のシーンは、教室でヴィオレッタがセレナを扇で思いきり叩いた上に庭園に呼び出し、複数の令嬢と一緒に罵ろうとしたのをオルフェウスが止める。


 オルフェウスは聖なる力を持つセレナに興味を示しているけれど、この時点では全く心を開いていないせいで近寄ってきた彼女を邪険に扱う……という、セレナがただひたすらに可哀想な場面だ。


 もはや救いが無さすぎて辛いんだけど、この場面はセレナがラウダと一緒に魔物に襲われる場面に繋がっている。そのせいで、どうしても外せなかった。


「カットー! オッケーです!」


「はー……良かったー……」


 奏音ちゃんの可愛らしい声を聞いて、俺は肩を撫で下ろす。

 ……これでも微妙に慣れてはきたみたいで、ちょっとだけNG率が減ってきた。


 俺はチラリと、物陰で座り込んでじっとしているラウダに視線を向けた。

 今回は変な場所で魔物が暴れ出したら困る、という理由でこの場には仲間たち全員が居たわけではない。


 人材管理をしているシベリウスと彼が例外なだけで、他のメンバーはいない。

 俺は明里さんと一緒に、ラウダの元へと向かった。


「演技終わったよ。もう大丈夫」


「あ、えっと……ご、ごめん……」


 顔を真っ青にして怯えている。

 ……ごめん、一発で決められなくて。何回かNG出して。


 明里さんは彼に、そっと手を差し伸べた。


「お気になさらないでくださいまし。でも、わたくしの担当箇所ってこんなのばかりですのよ? 無理をせずに、離れていた方が良いのではなくって?」


「ッ、あははは……」


 この一連のシーンはヴィオレッタがセレナに暴言どころか暴力を振るう場面もあり、さらにオルフェウスもキツい物言いをするシーンだ。


 どう考えてもラウダにとっては辛い光景だというのに、自分の登場シーンに関わっているからなのか、それとも彼なりにトラウマを克服しようと頑張っているのか。

 ラウダは距離こそ取っていたものの、最後まで逃げずにこの場に残っていた。無理しやがって。


 だが、彼のおかげでひとつ、分かったことがある。

 ——単独で成立するシーンに関しては、やってもやらなくても影響は無いらしい。


 具体的に言うと、ラウダが虐めを受けるシーンはここに来るまですべてカットしている。

 彼はひとつだけNG条件を出してきたものの、その手の案件に関してはすべて受け入れる覚悟でいた。……が、俺を含めた全員が反対した関係でやっていない。


 何故ならそれらのシーンは全てセレナが「虐められている人がいる」と認識するだけで、他のシーンに大きく影響するものではないからだ。

 それこそセレナが『ラウダ・マドリガル』という人間を認識するのは、この後のシーンが初となる。


 ただ彼が傷つく場面を見たくないという理由も大いにあったけれど、シベリウスの案件を前提として考えるに、少なくともラウダとセレナの出会いのシーン以外はどうにかなるのではないかという検証を含めて飛ばした。

 その結果、ラウダが常に俺たちの近くにいるからかもだけど、今のところ予期せぬタイミングでラウダが誰かに襲われる事態にはなっていない。


 これは事前にとことん隙のない状況を作ってしまえばイベントの発生を阻止できる、もしくはゲームシナリオの進行に密接に関わるイベント以外は阻止できることの証明だ。


 ……いや、確実にイベントがあるはずのリュートがいなくても支障が出ていないことを考えると、前者だと判断できるか?


「……っ」


 それはそれとして、ラウダはちょっと休ませた方が良いかもしれない。

 頑張り屋さんは好きだけど、無理をするのは良くないよ。


「ラウダ、君は夜に襲撃があること前提で少し休憩してなよ。まあ、念のため誰かしら近くに置いといてね」


「う、うん……」


 隙を作ってラウダが虐められたら可哀想だ。

 とことん隙がない状況を作ればセーフ、という可能性を信じ続けるために、俺は渡り廊下でこっちを見ていたアリオーソを手招きした。

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