23.冗談だと言ってくれ
……アリオーソは、一体何を言っているんだ?
俺どころか明里さんと奏音ちゃんにも怪訝な目を向けられた彼は「だってよぉ」と飄々とした様子で話し始める。
「いや、ヴィオレッタ嬢が天啓で見た困難の話が妙に雑だったのが気になったんだ。シンプルに国が攻め込まれるだの、スタンピードだの、古代兵器の誤動作だの……何か色々あるらしいが、いくつかパターンがあるって言ってたろ?」
確かに、明里さんはそう言った。
だが、それはヒロインであるセレナが進むルートが分からなかったからだ。
ルート分岐によって、最終的な展開が大きく変わってしまうからだ。
どうしたものかと思っていると、特に気にすることなくアリオーソは話を続ける。
「何となく感じたんだが、オルフェたちが言う天啓って『こういう問題が起こります』はあっても『問題解決のためにこう動きなさい』ってのは無かったんじゃねぇの?」
「!?」
「そうじゃねぇと結論が『鍛錬を求めているのだろうと解釈しています』にはならねぇだろうよ」
やはり、ゲームの攻略対象だと侮ってはいけない。
今となっては「その通りです」としか言いようがないからだ。
実際のところは、ハッピーエンドに向けて動く方法は分かっている。
だがその通りにすれば明里さんの死が確定してしまうし、さらに言えば奏音ちゃんは問答無用で誰かと結婚することを強いられてしまう。
何より、既にゲームのシナリオからは掛け離れている。
この先どうなるかは、もはや未知数だ。
「……あのな、俺は思ったんだよ」
ふう、とアリオーソは息を吐く。
「お前らが見た天啓って、厳密に言えば『今年起きる出来事』、それもかなり『断片的な情報』だけだったんじゃないか? 天啓って名前の未来視だったんじゃねぇの?」
「え……」
どきり、と心臓が跳ねた。
そしてここで黙ってしまった時点で、答え合わせをしてしまったようなものだ。
「ははっ、やっぱりか。ヴィオレッタ嬢がオルフェを助けたのも、お前には『2年後に何が起きるか』が分かってたからだろ? 妙にふわっとした話し方をしてたが、ヴィオレッタ嬢は「オルフェを助けに行け」とは言われてないんじゃないか?」
「……そう、ですわね」
明里さんが、静かにそう返す。
するとアリオーソは、困ったように笑った。
「別に責めちゃいねぇよ。むしろ、ヴィオレッタ嬢にはこれでもかと礼を言わねぇとな。結果的に俺たちの運命、全員分変えてもらったようなもんなんだから」
オルフェウスの右足に後遺症が残るかどうか。
そしてリュートが捕まっているかどうか。
——それによって、アリオーソたちの未来は大きく変わる。
「……」
かなり言いづらい話をしたいのだろうか。
コラーレ兄弟が、視界の片隅で顔を見合わせている。
そちらに視線をやると、2人は意を結したように話し始めた。
「わたしたちのためを思ってくれたのだろうね。君たちはあの場では言わずにいてくれていたが、君たちが見た本当の天啓内容は、『オルフェウス君が右足に麻痺を残し、独裁王と化す可能性を秘めた状態』での未来、だったんじゃないかと」
「だからこそ、我々を含む全員が即座に『もしそうなっていたら』を予想できたのではないかと考えたのだ。それこそ、シベリウス君が出してきた話はどう足掻いても本人とは結びつかない部類の話だ。あれが瞬時に出てくるのは妙だと思う」
言われてみれば、そうかもしれない。
特にシベリウスに関しては本人が思い至らなくてもおかしくはないレベルの話をしていた。
それなのに彼は……真っ先に、誰よりも早く、その未来について口にしていた。
ふたりは、話を続ける。
「間違いなく、わたしたちには……そうだね。言わば、『そうなる可能性』という名の因子があったのだろう。未来が変わったとて、その因子の存在自体は変わらない。そうでなければ、ひとりくらいはすぐに思い至らない人間が出るだろう」
「我々も思いついてはいたさ。……とてもではないが、あの場では言えるような話ではなかったが」
彼らの行く末は『狂気』だ。まず口には出せないだろう。
そして——これはもう、隠しようがない。
もはやボロが出るかどうかを気にしていられる状況ではない。
だから俺は、覚悟を決めた。
「うん、そうだね。ここまできちゃったら否定できないから、全部認める」
「……」
「そういうことだよ。僕が麻痺を負った結果、皆が想像した通りの状況に陥った未来。僕たちには、それが分かっていた」
そして、アリオーソの顔を見る。
「でも、それがどうして『天啓の内容を一通りこなす』になるのかな?」
疑問点は、そこだ。
先ほどのアリオーソの発言の意図が分からない。
彼はやれやれと肩をすくめて俺から視線を外し、首を動かす。
「これは、結果的に完全に未来を覆しちまったヴィオレッタ嬢に聞くべきだな」
そうして、真剣な眼差しを向けた。
「ヴィオレッタ嬢。お前は天啓で見た姿から完全にかけ離れちまった俺たちの行く末、分かってんのか? 俺の想像が正しければ、もはや一切分からなくなっちまってんじゃないかって思うんだが」
「そ、それは……っ」
明里さんは、言葉を詰まらせる。
彼女は、何なら奏音ちゃんも『本来のゲームシナリオから逸れた展開』は全く分からない。
この先で何が起こるのかは、全く分からない。
「何度も言うが、責めてるわけじゃない。だが今となっちゃ、この先に何が待ち受けているかが全く分からねぇわけだ。そこだけ切り取っちまうと、放置すんのは割とリスキーだと思うぜ」
アリオーソ目線だと、もはや天啓は意味を失ったように見えているのだろう。
それは分からなくもないし、そもそも間違っていない。
俺がアリオーソの若葉色の瞳を見上げると、彼はニヤリと笑った。
「あえて天啓の内容を再現して、未来予測に役立てたいってことかい?」
「そういうことだな」
天啓の内容——ゲーム展開の、再現。
それは俺が、最初にやろうとした行為だ。
だからこそ、分かる。
それをすれば、明里さんと奏音ちゃんの強みが、最大限に活かせる。
「まー、今となっちゃ完全再現は難しいどころか、もはや不可能って言い切って良い状態だがな。結局のところ、ただ寸劇をやってみるだけにはなるだろうよ。
だが、試す価値はあるんじゃないか? 多分お前らには『これをした結果、こういうことが起こる』みたいなのが分かってんだろ? 物にもよるが、別に寸劇やって失うもんはねぇだろ」
要するに『今さら意味は無いかもしれないが、試しにやってみよう』という話だ。
しかし明里さんは、ゆるゆると首を横に振るった。
「皆様に辛いことを、させてしまいますわ。……例えば」
彼女は扇を取り出しながら、奏音ちゃんに目を向ける。
ふたりの間で、何やら無言のやり取りが発生したようだ。
奏音ちゃんは瞳をキラキラと輝かせ、小さく頷く。
すると明里さんは勢いよく、閉じたままの扇を奏音ちゃんの顔目掛けて振りかぶった。
……え!?
「……」
そして、寸で止めた。
しかし『本来は』そのまま殴っていたのだろうと判断するのは、想像に容易い話だった。
そして明里さんは——『ヴィオレッタ』は、意地の悪い笑みを浮かべる。
『あらあらあら! 申し訳ありません、小虫が飛んでいるのだとばかり! まさか、こんなところにルバート様がいらっしゃるだなんて。紛らわしくて困りますわ〜?』
迫真の、演技。
これには全員が引いた……奏音ちゃん、以外は。
「わぁ……! 悪役令嬢ヴィオレッタだぁ……!」
「ちゃんとできてましたか?」
「完璧です! 格好良かったです!!」
とんでもなく嬉しそうだ。顔を赤らめて喜んでいる。
でも、このままだと奏音ちゃんが罵られて喜ぶヤバい子になってしまう。
……そうなる前に、明里さんは軽く咳払いして皆の方を向いた。
「要は……こういうことをひたすらやってもらうことに、なるのですが……」
原作を知っているのもあるのだろうが……演技が、上手すぎる。
そして俺よりも先に、アリオーソが口を開いた。
「そのー……これの後、何が起こるんだよ。多分世界崩壊レベルじゃねぇんだろうけど、事件が起こるんだろ?」
「そうですわね。セレナ様に好意を寄せていたがゆえに、わたくしの態度を良しと思わない男子生徒がおりますの。その方が事故を装って、わたくしに魔物をけしかけようとするのです」
「なるほどな? そんな馬鹿が出てくるわけか」
「はい。ですがその方は魔物を制御しきれずに逃してしまうのです。結果、わたくしではなくセレナ様と、たまたま近くにいたラウダ様が襲われることに」
「オレぇ!?」
……可哀想に。
ただでさえラウダは明里さんの迫真の演技に怯えていたというのに、唐突に明後日の方向からしばかれてしまった。
だが、今の話である程度正気に戻ったらしい。
彼はアリオーソを見て、力なく笑ってみせる。
「確かに、事前に知ってたら対処できるね。オレとセレナ様が囮役をして、他の人たちは魔物連れ込んでくる男子生徒を確保すれば良いってことでしょ?」
「そういうことだ。勿論、ヴィオレッタ嬢とセレナ嬢が揉めなければ出てこない可能性は大いにある。だがその結果、そいつは違うタイミングで現れる可能性があるわけだ」
まあ……言わんとすることは、一応は分かる。
何故ならほぼ確定で『何かあれば校内に魔物を連れ込んでくる可能性があるヤバい生徒』は既に存在しているからだ。確かにそれは怖すぎる。
「何も起きないなら何も起きないで良い。さっきも言ったが、もうこれは、単なる寸劇に過ぎない。……だが、やるだけやってみるのはありだろ。引っ張られて何か出てきたらラッキーって奴だ」
いや、俺的には普通に嫌だ。不確実な時点で、やりたくない。恥ずかしい。
何とか回避しないと……って思ってたら、シベリウスが「なるほどねぇ」と興味深そうに頷いた。
え、やるの?
これ、まさかやる流れになるの?
「私は基本的に引きこもってるだろうから、あんまり出番が無さそうだね。その間は裏方でもしてようか、面白そうだし。出番が来たら頑張るね」
なんでそんなにやる気なの!?
そしてバセットは自分自身の髪を弄りながら、首を傾げている。
「自分は羽目外したら良いんすよね? 髪型どうしたら良いっすか? こんな短髪じゃないって本能が言ってるんすけど、今から伸ばすのも厳しいですし……どうしましょ? 不自然な感じにはなりそうっすけど、カツラとか……?」
君は形から入るの!? そして君の本能はどうしてそんなに優秀なの!?
でもさっき、クレメンティ先生が『そうなる可能性という名の因子』とかいう便利すぎる発言してたな……これは本当に全員、大なり小なり『どう動けば良いのか』が分かってると判断して良さそうだ。
バセットだけじゃなく、全員変な本能を持っているものだと判断しよう。その方が早い。
さらっと優秀な仮説を生み出してきたコラーレ兄弟は顔を見合わせ、同時にポケットの中に入っていた鍵を回し始めた。
「とりあえず、研究室を閉めるか」
「だな。開いているのは、おかしい」
やっと時々鍵が開くようになったのに!?
そうだ、ラウダが心配だ。
3年間虐められ続けた体を演じなければならないラウダが心配だ。
ひとりだけノンフィクションっぽくなるラウダが心配だ。止めないと。
俺は黙って、ラウダに視線を向ける。
ほら、嫌だって言って良いんだよ。
「オルフェウス殿下に新しく買ってもらったけど、元々着てた古い制服まだ置いてるよ。あれボロボロだし、そっち着たらそれっぽくなるかな?」
「嘘でしょ!? 君は普通に心配なんだけど!?」
……うっかり声に出てしまった。
でも、ラウダはただ苦笑を返してきた。
「大丈夫。不安じゃないかって言ったら嘘になるんだけど、ヤバくなってきたら監督に言って休憩入れてもらうから。……良いよね? 監督のセレナ様?」
いきなり奏音ちゃんが監督就任してしまった。
でも嬉しそうだ。ラウダに向けて親指を立て、大きく頷いてみせた彼女はとんでもなく嬉しそうだ。
そうして奏音ちゃんは「そうだ!」と愛らしい笑みを浮かべて両手を叩く。
「ヴィオレッタ様! 皆さんが分かりやすいように台本! 台本書きましょう! 各場面ごとに!」
「そうですわね! 再現可能な場所を考えないといけませんし!」
どうしよう! 明里さんもめちゃくちゃ乗り気だ!
アリオーソは言い出しっぺだから乗り気じゃないわけがない。
そうして、俺は気づいた。
「あれ、僕……多数決的な意味で、負けてない?」
本気で、やりたくない。
やりたくない、が。この状況でそれが言えるはずがなく。
——数日後。
奏音ちゃんと明里さんが生み出した台本という名の黒歴史生成の書を渡された俺は、絶望のあまり、その場に膝をついた。




