22.天啓設定の共有
俺たちは天啓設定について、事実を交えながら語ることにした。
「シベリウスたちにはちょっと違う形で伝えてるんだけど、事の発端は2年前、ヴィオレッタがオルフェウス毒殺未遂事件を目撃した瞬間から始まってるんだ」
「私、事件を見た瞬間に前世の記憶が戻って、つい、叫んじゃって……で、リュートが逮捕。オルフェウスも発見が早くて後遺症残らなかったみたいで」
「ファインプレーじゃないですか!」
それは俺も思う。
オルフェウスに後遺症を残さない——これだけで、攻略対象全員の運命が大きく変わったようなものだ。
「俺は目が覚めたらオルフェウスだったんだ。起きたら事件のこと聞かされて、リーリエさんとシベリウスに泣きながら無事を喜ばれた。だからまず、義母と義弟を疑うことすらしなかった」
「その時点でシベリウスが原型崩壊しましたね」
「シベリウスに関してはそもそも黒幕疑惑が濃厚に立たなきゃ駄目だったみたいだね。リュートが捕まったのもあるけど、俺が微塵も疑わずに仲良くしてたら疑惑は完全に消えた。そして婚約者溺愛系しごでき王子が爆誕した。……あ、ちなみにフローレンスは来年入学してくるってさ」
「わぁ」
「あとオルフェウスの記憶覗けたから、アリオーソには「今まで通り仲良くして」って言った。言っちゃ駄目だったのは後から知った。その結果、アリオーソはよく喋るイケメン兄ちゃんになった。
俺はもう、原作制作チームは「アリオーソが色々喋ると知識無双するから駄目」って理由で黙らせたんじゃないかって疑惑抱いてる。アリオーソが喋るだけでだいぶ違うから」
そこまで言うと、奏音ちゃんはくすくすと笑い始めた。
「要するに、オルフェウス、シベリウス、アリオーソまでは透さんの無自覚やらかしだったんですね?」
「原作知らなかったから……」
ターコイズブルーの瞳を細めて、奏音ちゃんは首を傾げる。
「良いと思いますよ? オルフェウスは控えめに言ってもすべてが悲惨すぎますし、同じく革命軍の陰謀に巻き込まれたシベリウスも、罪悪感に苛まれて苦しみ続けるアリオーソも不憫すぎますもん」
「お、おぉ……」
優しい。この子、優しい。
密かに感動していると、奏音ちゃんは寂しそうにポツリと呟いた。
「まあ、原作のセリフ聞きたかったですけど……すごく好きなシーンがあったんだけどな……」
「え……?」
「いえ、気にしないでください! 次はラウダですかね?」
「そうだね。ラウダに関しては学園復帰したタイミングで虐めの現場に乗り込んだ。……明里さんが」
「えっ!?」
かなり驚いた様子で、奏音ちゃんは明里さんを見た。
まあ、明里さん穏やかな人だもんな……。
すると、明里さんは少し悲しそうに笑った。
「ラウダって、割と原型残ってるでしょ?」
「? そうですね」
「……だから、今でも後悔してるんだ」
初めて、その後悔に関する話を聞いた。
明里さんは、溢すように語り始める。
「私は『オルフェウスに合わせて2ヶ月ちょっと休む』っていう原作通りの行動を取ったの。……でも、私だけでも早く戻ってたら、あの子に関してはもうちょっと良い状態で助けられたんじゃないかって思ってるんだよね」
彼女の中ではその『2ヶ月ちょっと』が重すぎる、と考えていたらしい。
その言葉を否定したかったが、否定は許さないと言わんばかりの空気だった。
——だからこそ、彼女は単身で特攻するような真似をしたのかもしれない。
俺はあえて、コラーレ兄弟の方へと話を切り替えた。
「必然的にって感じだけど、コラーレ兄弟に関しては原作より良い状態で行けてるんだよね。だから多分、ホルマリン漬けの片鱗は見せてないかな」
あのふたりに対してホルマリン漬けと言い続けるのはどうかと思うが、剥製シベリウスがどうあがいても剥製を作りそうにないのだから仕方がない。
主人公を殺害してしまう組で、病みという名の絶望的狂気を感じるのは彼らだけなのだから仕方がない。
ここで俺は、奏音ちゃんに気になっていたことを聞いてみることにした。
「俺たち揃って理解してないんだけどさ。奏音ちゃんって何であの2人が主人公をホルマリン漬けにしちゃうのか、分かる……?」
シベリウスは分からないけど分かる。変化が怖い、というのは分かる。
ついでにラウダもまあ、分かる。狂気ではなく恐怖を感じるが、分かる。
バセットも分からないとまでは言わない。というより、彼に関しては本当に悲しくなる。
——コラーレ兄弟の病み方が、本気で分からない。
「あー……」
奏音ちゃんは声を漏らし、苦笑した。
「あたしの解釈、なんですけどね。ホルマリン漬け自体は2人とも医学系だからっていう制作チームの安直判断なんだと思うんです。実際のところは剥製でも良かったと思いますよ」
「んー……まあ、剥製でも怖いんだけどさ……」
要するに『腐らずに保管できることに意味がある』と判断して良さそうだ。
俺と明里さんは、黙って奏音ちゃんの言葉を待つ。
「変な言い方をすると、セレナって他の人とは違うんです。そしてバッドエンドとはいえルートに入ってるってことは、コラーレ兄弟にとって主人公は大切な存在なんですよ」
「なるほど……?」
「他の人とは違うってことは『悪用』される可能性があるってことです。事実、セレナはオルフェウスルートだと誘拐事件に巻き込まれますし、悪用はあながち間違ってないと思います。
……でもって、『セレナ本人』にさえセレナを悪用されたくない。だったら殺すしかないわけですよ。殺したら絶対に逃げませんしね」
「……」
「ただ、遺体はそのままだと腐ります。だからホルマリン漬けにするんです。そもそも、あの2人が病んだ根本的な理由って、自分たちが目を離している間に、大切な研究成果を毒殺未遂事件に使われたことじゃないですか」
——俺は、なんなら明里さんも顔を覆った。
「それがトラウマになって、見張り続けてしまったんだと思います。……最終的にセレナの遺体を放置することになるのは理解できてなかったんじゃないでしょうか。恐らく本人たちも「飲食しなければ死ぬ」ということが分からなくなっていたんだと思うので」
……今さら、今さらだが。
本格的に攻略対象たちが病んでいる。
病みすぎている。
これは猛獣用の檻を召喚してしまうアリオーソが一番マシな気がしてきた。
比較対象たちがヤバすぎるせいで、彼がぶっちぎりで理性が残っているような気がしてきた。
本当に何なんだよ、このゲーム!
普通にヤバいはずなのに『檻に監禁されるのが一番マシ』ってどうなってんだよ!!
奏音ちゃんは、何とも言えない笑みを浮かべる。
「散々セリフ聞いたんで……多分、この解釈で間違ってないと思うんですけど……」
そういえば彼女は「研究室の扉が開いているのを見て、来た道を引き返した」と言っていた……普通に、怖いのだと思う。
「とりあえず最後に、見た目が原型留めてない人について教えてください」
「バセットはオルフェウスに後遺症が残ってなくて、首席をキープできた時点で行けると思ってた。……あの子の代表挨拶を温かく見守ってたら、追い抜きたい、というか『追い抜かなきゃいけない人間が消えた』って判断して半泣きで逃げられる事件が起きた」
「あ、合ってる……」
そう、合ってる。
あの子の本能は何も間違っていなかった。
「焦った結果が『すべてを天啓のせいにする』だったんだよな。そんな感じで、理解はできてるけど納得し切れてはいないんだろうなーって感じ。
でも打倒オルフェウス状態をキープすることはできたから、チャラ男化せずに優等生のまま頑張ってるんだ」
「なるほど、優等生であの色彩の子を探せば良いんですね。……ところで話を聞いている感じ、バセットだけ抱えてる問題解決できてないですよね……?」
「そうなんだよな……あの子、動こうにも「大丈夫っす!」しか言わないんだよなー……踏み込み過ぎて心閉ざされても困るし、どうしたものかと……」
「あー……」
「だから、今のところバセットが優等生してくれてるのを利用して、卒業した瞬間に王太子か第二王子付きの騎士として城に引き抜いて、物理的にオフィクレイドから離す計画が最有力候補。これなら変な干渉もされないだろうし」
シベリウスはそもそも引きこもり問題が起きていない、アリオーソはオルフェウスを守り続けなければならないという強迫観念が若干ではあるが薄れた、ラウダの虐めは既にガッツリ対策済み、コラーレ兄弟に関しては、これ以上病みを悪化させない流れができている。
……が、バセットに関しては本当に何もできていない。
実家で虐待を受けている問題も、本人は察しているが確定はしていない庶子問題も。
これに関しては俺たちも気になっていた。
「……相談乗るから相談乗って欲しい」
「分かりました、一緒に頑張りましょう!」
奏音ちゃんは、そう言って笑ってくれた。
頼れる仲間が増えた——それを、心の底からありがたく思う。
「でも、全員……原作シーン見れないの確定しちゃったんだなぁ」
ただ、どこか彼女は寂しそうだ。
それもそのはず、明里さんもだが、彼女も『鳥セレ』プレイヤーだ。
俺目線だとヤバすぎるゲームとはいえ、好きなシーンや好きなセリフの類は当然あっただろう。
ふたりとも生き残りたい気持ちと、生で好きなシーンを見たかった、好きなセリフを聞きたかったという気持ちが同居しているはずだ。
何とかしてあげられないだろうか。
そう思いつつも翌日、俺たちは仲間たちに事情を話す。
——すると、まさかのアリオーソからとんでもない発言が飛び出した。
「なあ、一応はヴィオレッタ嬢とセレナ嬢が言ってる案件。再現できる奴に関しては一通りやっといた方が良いんじゃね?」
……は?




