21.再び自己紹介
「日下部透。享年が27……だから、精神的には29歳か? うわ、20代ラストか……」
身体は18歳。
でも、そういう問題じゃない。ちょっと悲しくなった。
横に座った明里さんは「ふふ」と笑ってから、少し不安げに口を開く。
「私は朝比奈明里。享年は21歳だから、23歳、になるかな?」
温室のコンサバトリー。
安心と実績の転生者会議の場に、周囲を警戒しつつセレナを引きずり込んだ。
「え……」
セレナは目を丸くし、拗ねたように俺を睨んできた。
「なんだ、悪役令嬢も転生者だったんですね。オルフェウスがあまりにも意味不明すぎるから、てっきり悪役令嬢はオルフェウスに変にされたキャラクターなんだとばかり」
そうして彼女は、明里さんを見る。
「それなら「転生者なんでしょ?」ってセリフは悪役令嬢に言いたかった! 明里さん、もうちょっと転生者主張してくださいよ!」
「ご、ごめんね……?」
謎すぎる怒りをぶつけた末にセレナは俺たちの顔を見て、ぺこりと軽く頭を下げた。
「月ヶ瀬奏音。18歳です。……だから享年は、16歳ですね」
「じゅ、16歳……!?」
「死んじゃいました。……えへへ、理由は聞かないでもらえると嬉しいです」
ぺろ、と少しだけ舌を出して笑う彼女を見て、俺は息を呑んだ——明里さんも大概だけど、いくらなんでも若過ぎる。
あまり触れて欲しくはなさそうだから、俺は違う話題で踏み込むことにした。
「そのー……奏音ちゃんって、呼んでも良いかな?」
「大丈夫ですよ。よろしくお願いします」
懐っこく笑ってから、奏音ちゃんはこてんと首を傾げる。
「転生者仲間ってことで、仲良くしてもらえると嬉しいです。……死にたくないので」
死にたくないので。
……これは、まさか!?
奏音ちゃんは、苦笑いしつつも親指を立てた。
「トラウマは『ホルマリン漬けエンド』と『逆ハーエンド』です!」
「前世プレイヤーだー!!」
——大当たりを、引き当てたらしい。
だがそれは彼女も同意見のようだった。
奏音ちゃんはほっと胸を撫で下ろす。
「その、好きなゲームではあったんですよ? 登場人物のビジュはとんでもなく良いし、声も良い。スチルも綺麗。音楽や世界観も好きです。
色んな意味で辛すぎて何度か心折られましたけど、登場人物が全員アレっていうのも新鮮だなって思いました。でも……」
奏音ちゃんは、おずおずと明里さんと目を合わせる。
「この世界に転生するのはちょっと違うじゃないですか〜!!」
「分かる〜!!」
通じ合ってしまった。
とはいえ仕方がない。
死亡率100%の悪役令嬢もそうだが、この物語、主人公の死亡率も恐らく50%は余裕で超えている!
——もう本気で制作チームの気持ちが分からない!!
「奏音ちゃん、2年前転生って言ってたよね? だったら……」
「あー、子爵家ですか? 最悪でしたよ、本当に。主人公に心底同情しましたもん。だから、学園入学が楽しみで楽しみで。
そして昨日、冷静に考えたら高確率で死ぬことに気づいて絶望しました……この歳で結婚しなきゃいけないことに対しては抵抗感ありましたけど、それ以上に死にたくなくて……」
「それはそうだよね……守るから、怖くなったら言ってね?」
「明里さんも頑張って生きてください。全力で協力するんで」
「ありがとう。私も死にたくなくて……一緒に生きようね……?」
可哀想すぎる主人公と悪役令嬢の同盟ができてしまった。
奏音ちゃんは明里さんと全力で通じ合った後、彼女は俺に目を向けてきた。
「その……オルフェウスはヒロインの次点で死にがちなわけですけど。だから同盟組んでたんだと思うんですけど」
「いや、俺は同郷の馴染みで同盟組んでた。死にがちなのは後で知った」
「……ってことは、前世プレイヤーってわけではないんですか?」
「そうだね。異世界転生の知識があったのと、乙女ゲームの悪役令嬢は悲惨な目に遭うっていう、ふわっとした知識を持ってたくらい。だから明里さんに色々聞きながら、オルフェウスを演じる気だった」
「演じる気だった」
「初手から完全にやらかした上に攻略対象たちが可哀想に思っちゃって。途中から開き直って『天啓を授かって世界を救うために君たちを助けました。天啓のせいで微妙に性格変わったけど気にしないでね』って設定で動いてる……」
「あははははっ」
美少女はケラケラと笑っている。
とりあえず原作を壊したことに対しては全く怒っていないらしい。
彼女は目元に浮かんだ涙を拭いながら、口を開く。
「それで、なんですね……まず開幕おかしすぎてホラーでしたもん。シベリウスが引きこもってない」
「あの子はもう諦めてもらって」
しごでき過ぎて忘れていたが、本来のシベリウスは新入生代表挨拶なんて間違いなくできるはずがない。何しろ引きこもりだからだ。
「寮のお部屋も、あたしがひとりで広々使ってます。正直男性と同室なの抵抗あったんで、助かりました」
「そういえばゲームは男女同室なんだっけ……シベリウスは高位貴族寮にいるから安心してね。俺と関係悪化してないし、入学までは普通に城にいたんだ」
「シベリウスが原型は留めてないってことは分かりました」
本当にシベリウスは諦めて欲しい。
そして奏音ちゃんは、俺を見て苦笑する。
「そしてオルフェウスも右足引きずってない上に王太子って時点で、もう性格云々を無視しても原型留めてないんですよね。
だから『少なくともこれ、どっちかが根本的におかしいな?』って判断して、念のため他の攻略対象探したんです」
「理解が早い」
「あたしがそもそも転生者なので……」
「そうだった、忘れてた」
そんなこんなで彼女は、他の攻略対象を探し回ったそうだ。
「初手でアリオーソとラウダが一緒にいるの見た時は、もうペアが意味不明すぎて来た道を引き返そうかと思いました。……頑張って突撃しましたけど」
「が、頑張ったね……」
奏音ちゃんから見れば同い年とはいえ、3年生の男子生徒2人。
しかも様子がおかしいとなれば、当然怖くもなるだろう。
だが彼女は頑張ったらしい。
「変だなとは思いました。でもアリオーソはオルフェウスと一緒にはいないけどラウダを庇うような立ち回りはしてましたし、あたしが急に行ったからラウダは軽く怯えたんです。それで思ったんです。……ここは原型あるなって」
「原型あるなって」
アリオーソも大概だが、シベリウスと比較するとギリギリ原型はある。
そしてラウダに関しては分かりやすく原型が残っている。
判断材料には丁度良かったことだろう。
「次はコラーレ兄弟です。研究室の鍵が開いていました。来た道を引き返しました」
「引き返しました!?」
「いや、いきなり中に踏み込んで何かの間違いでホルマリン漬けにされたら嫌なんで……怖すぎたんで……」
そうだった。
彼女、ホルマリン漬けエンドがトラウマだって言ってた。……そりゃ怖いか。
そういえば本来、少なくともこのタイミングでは研究室は開いていないらしい。
彼らの研究室は1年ちょっとかけて『たまに開いている』くらいまでは持ち込めた。
運が良いのか悪いのか、奏音ちゃんはその『たまに』を引き当ててしまったようだ。
「ちなみに2人ともかなり原型は留めてるよ。ラウダくらいは」
「あー、なるほど……分かりました。あとバセットが見つかりません」
「バセットは……見た目が原型留めてないっぽいからね……」
何故ならバセットは優等生のまま第2学年になったからだ。
彼はチャラ男にもならず、不良にもならず、鍛錬も学習も怠らない模範生として進級した。
恐らく奏音ちゃんはバセットを探しに下位クラスにいったのだろうが、実際の彼は上位クラスだ。
奏音ちゃんは困惑しながら、俺を指さした。
「……で、学年的なものを考えた上で、これは『オルフェウスの中身が違う』が正解だって判断しました。少なくともオルフェウスが病まなければバセットは病みませんし」
「正解だけどバセットは1回おかしくはなったんだよなぁ……」
バセットの「本能が違うと言っています!」事件を奏音ちゃんに見せてあげたい。
とりあえず奏音ちゃんがド派手な原作改変に対して怒り狂わないことには安堵した。
恐らく彼女は『原作知識を生かして死なないようにする』作戦を取ろうとしたのに、それがどう足搔いてもできない状況にされたことに対して微妙に怒っていただけだ。
……そりゃ怒るよな。怖かったよな。ごめんね。
奏音ちゃんは息を吐き出し、「良かった」と呟く。
「とりあえず、細かい事情を教えてもらえませんか? あたしも天啓設定を通した方が話を合わせやすいと思うんで。アリオーソとラウダに関しては絶対に不信感を抱かせちゃいましたし……」
「確かに。……じゃあ、ざっくりと話して行こうかな」
恐れていた、ヒロインの中身問題。
本当に転生者ではあったけれど、奏音ちゃんは誰がどう考えても優秀な協力者になりそうだ。
ひとまず俺たちは、彼女にこれまであった出来事に関する話をすることにした。




