20.嫌だ
主人公セレナ・ルバートが存在していることが確定した。
——その瞬間に、明里さんは『あること』を危惧したらしい。
完全に恒例化してしまった、温室のコンサバトリーを利用した転生者会議。
もはや人払いをしなくても人が来なくなっているが、それでもアリオーソたちは働いてくれている。本当に、ごめん。
明里さんから事情を聞いた俺は、深くため息を吐いた。
「そっかぁ、ヒロインが転生者パターンもあるのか……」
……セレナも転生者だったら、どうしよう。
「モブ転生パターンは無さそうなんですけどね。ヒロイン転生者パターンは普通にあり得るというか。……まあ、このゲームでヒロイン無双って、ちょっと難しいんですけど」
「どういうこと?」
「死にたくないなら、絶対にひとりを選ばないといけないんですよ。絶対に誰かと結婚しなきゃいけないんです」
「なるほどな」
このゲームには、俗に言う『逆ハーエンド』は存在しないらしい。
当たり前だ。病み散らかした攻略対象たちがヒロインを共有できるはずがない。
「話聞いてる感じだと、ハッピーエンドになろうが、他の誰かに少しでもうつつを抜かそうものなら相手かヒロインを殺しそうな攻略対象しかいないからな。
何なら攻略対象たちがヒロインの身体をバラバラにして、それぞれが好きなパーツを持っていく方が納得できるくらいだし……」
「逆ハーエンドですね」
「あるんかい」
……あった。
もう『逆ハーエンド』と認めていいのか怪しい奴が、あった。
嫌だ、このゲーム怖すぎる。
ここまでくると明里さんが何を思ってこのゲームを買おうと思ったのか気になって気になって仕方がなくなってきた。
でもジャケ買いじゃないパターンが怖いから触れたくない。そういう性癖ですって答えられるのが嫌すぎて触れたくない。
ひとまず俺は、思考を目の前の現実に戻す。
「死にたくないなら絶対にひとり……そっか、選ばないとバラバラ殺人エンドに行くか、好感度が足らなくて危機回避ができなくて全滅エンドなのか」
「ですね……」
「ん? だったら仮にヒロインが転生者でも協力し合えるんじゃ?」
ヒロインが転生者の場合は自分がヒロインだと自覚して、ゲームの中だからと好き放題に振る舞うケースや、全力で逆ハーエンドを目指して悪役令嬢を追い落とすような真似をする展開が漫画やアニメだととにかく多いらしい。
要は『敵が悪役令嬢ではなく、ヒロインになる』という話だ。
ただでさえ軽率に死ぬ悪役令嬢の死亡率を跳ね上げてくるのが転生者ヒロインだ。
——が、このゲームだと話が変わる。
このゲームは通常攻略者7人のうち、5人がバッドエンド突入でヒロインを殺害してくる。
その時点で生存確率は7分の2。しかも逆ハーエンドと全滅エンドを含めれば、間違いなくまだまだある。
ヒロインという立場であっても、死にたくないなら絶対にバッドエンドに行ってはいけない『狂気のサバイバルゲーム』を強いられるゲームだからだ。
……それならむしろ、俺たちはヒロインと協力できるのでは?
しかし明里さんは深く、これでもかと深く息を吐き出した。
「ここで『透さんと同じ、ゲーム知識がないタイプの転生者が来た場合』を想定してください」
「あっ」
「さらに『乙女ゲーム慣れしてる、初見でもある程度やれちゃうタイプの転生者が来た場合』を想定してください」
「うわ……」
「私だったら、とりあえず攻略対象全員と仲良くしようとすると思います。後のことは後で考えるとして、わざわざ敵を作る必要はないと判断するので……でも残念ながら。残念ながらこのゲームでそういう動きをすると、もれなく逆ハーになります」
「……俺も、そういう動きをした自信がある。ていうか既に前科がある。シベリウスとアリオーソはそのノリでキャラ崩壊させてるわけだから。そうか、2年前だったからセーフだっただけで、今のタイミングでアレをやったとしたら……」
「バラバラに……された、かと……」
「……」
——駄目かもしれない。
高確率でヒロインは目も当てられないような惨い姿にされるし、場合によっては本当に世界が滅亡する。
そしてヴィオレッタのポジションは分かりやすすぎる『悪役令嬢』だ。
その手の知識があるヒロインなら、初手で悪役令嬢を敵だと仮定した動きをしてくるかもしれない。
……それは、まずい。
「ヴィオレッタへの対応も気になるのですが、攻略対象たちへの振る舞いも気になるんですよね。それこそ故意で逆ハーエンド狙ってくるかもしれませんし」
ひと通り攻略対象たちは光落ちさせて回ったが、もしかすると地雷を踏み抜いて再び病ませるような事態が勃発するかもしれない。
「それだと、殺戮魔王ラウダの地雷を踏み抜かれるのが怖いな……」
全員大なり小なりヤバいが、ここは一旦、犠牲者の数とヴィオレッタの生存率的な意味で考える。
毒殺とか処刑の類は事前に分かっていれば最悪国外逃亡で回避できても、殺戮は回避できない気がする。それこそ真っ先に港を落とされたら終わる。
そもそもラウダは賢い。彼なら国外逃亡を防ぐために初手で学園ではなく港を落としてくると思う。……本当に、終わる。
「ラウダはパッと見だと一番攻略しやすく見えますしね。でも、私は何度も国を終わらせました。ラウダルートに入るのは簡単なのですが、絶対に起こしてはいけないイベントを起こすのも簡単なんですよね。だから、全てを投げ出したくなるくらいには国を終わらせました」
「しかも攻略難関キャラかよ! 攻略しやすいバセット辺りが殺戮魔王エンド持っててくれよ!」
最初からずっと思ってるけど、何なんだあの子。
なんであの子が一番ヤバい案件抱えてるんだよ。制作チームは本当に何を考えてるんだよ。
いや、絶対にラウダルートに関しては笑いながら作っただろ!
手を叩いて笑いながら国が崩壊する最悪なプログラム作っただろ!
——プレイヤーの心をどん底に叩き落とすことに愉悦を感じながら作っただろ!!
俺が登場人物たちに対する不信感は抱かない代わりに制作チームに対する不信感をこれでもかと募らせていると、明里さんはただただ苦笑した。
「透さんがオルフェウスに入ってくれたのが不幸中の幸いなんですけどね。アリオーソさんが言ってた通り、影響力が強過ぎる上にバッドエンドで独裁王と化すので……最終的な終着点は、下手するとラウダよりヤバいので……」
「まあ、本格的に世界大戦規模になりかねないからな……」
これ、セレナに中途半端な転生者が入っていたらマジでどうしよう。
……俺は、頭を抱えた。
「転生者とかじゃなければ、適当に誘導掛けるんだけどな……」
セレナが誰かを好いてくれたら、それが一番早い。
キューピッドにでもなんでもなってやる。俺の立ち位置ならその手の動きは無理なくできるはずだから。
何なら、今の攻略対象たちなら無理矢理に恋を成就させなくても大丈夫な気がする。
状況判断で動いても手遅れにはならないような気がする。
少々放置したとしても、少なくとも逆ハーエンドにはいかないと思うから。
——そう、思っていた。
「……。オルフェウスに惚れるように口説く、とかですか?」
耳を疑うような、言葉が聞こえた。
「え……?」
俺はゆっくりと、顔を上げる。視線を、上げる。
どこか悲しそうに、眉尻を下げてこちらを見ている明里さんがいた。
「うふふ、確かに……確かにそれが、一番、早いかも……ですね」
「明里さん?」
赤紫の瞳が、潤む。
そして彼女は、俺から目を逸らして俯くように、弱々しく首を横に振るった。
「……それは、最終手段にして欲しいです。正直……嫌、です」
「どうして……」
「ごめんなさい。私のために頑張ってくださってるのに……ワガママ、ですよね。こんなの」
少しの、間。
明里さんは、作り笑いを浮かべて椅子から立ち上がった。
「さあ、そろそろ人払いさせっぱなしなのも、どうかと思います! 次の講義も始まりますし、外に行きましょう?」
「明里さん……」
「……。ごめんなさい。今の話は、忘れてください」
明里さんは、逃げるようにコンサバトリーを出て行ってしまった。
「なんで……」
オルフェウスとして、セレナを口説く。
最初から、そんな手段を取る気はなかった。考えてすらなかった。
なのに、彼女の方から「嫌だ」と言われてしまった。
その理由を、聞かせてはもらえなかった。
そもそも俺だって、その手段を取るのは嫌だった。
……それすら、言わせてもらえなかった。
◇
何とも言えない感情を抱いていようが、容赦なく時は経つ。
第1学年の時、『俺』は数ヶ月しか学園にいなかったから、第2学年としての1年間は新鮮な気持ちで過ごすことができた。
ヨーロッパをモチーフにしたような、ハイファンタジーテイストな世界。
それなのに、バルカローレ王国には日本と同じように四季があった。
この学園には体育祭や文化祭といった、よく知る学校行事もあった。
それだけじゃなくて講義を履修している全生徒参加型の剣術と魔法の実技演習大会や、チームを編成して学園内にある模擬ダンジョン踏破速度を競うような大会もあって、面白かった。
攻略対象という名の仲間たちも、どんどん成長していった。
あの日のことは忘れたと言わんばかりに振る舞う明里さん曰く、「全員ゲームよりも強くなっている」という話だった。
ヒロインの行動が読めない以上はどのイベントが起きるかは分からないが、きっと突破できるはずだ。そう信じた。
そして明里さんが望むなら、と。
——俺も、あの日のことは忘れることにした。
学校外からあの手この手で干渉してくるシベリウスが相変わらず『しごでき』だったり、アリオーソに若干過保護されながらも楽しく雑談したり、ついにラウダに魔法実技で成績を抜かれてしまったり、興味本位でコラーレ兄弟の薬学と医学の講義を履修して絶望したり、バセットが学校行事の度に何かしら決闘を申し込んできたり。
とにかく色々あったが、なんだかんだで首席をキープしたまま、俺は第3学年に上がった。
そうして、入学式が終わった後。
「いやー、やっぱりあの子、しごできなんだよな……」
「うふふ」
シベリウスの代表挨拶に対する感想を言い合いながら、俺は明里さんとふたりで誰もいない廊下を歩いていた。
他の仲間たちは、いない。
各々、別の用事で校内のいたるところに散らばっていた。
その時——ふと、背後に気配を感じた。
「……っ!?」
慌てて振り返る。
そこにはほんの少しだけ癖のある淡いローズブラウンの髪と、丸いターコイズブルーの瞳を持つ、小柄で可愛らしい少女が立っていた。
ひと目で、分かった。
彼女がセレナ・ルバート——『鳥籠のセレナーデ』の、主人公だと。
どくん、と心臓が跳ねた。
彼女に心を惹かれたわけではない。
間違いなく、彼女は『転生者』だと察してしまったからだ。
……恐れていた事態が、起きてしまうかもしれない。
そんな俺の気持ちなど知らないと言わんばかりに、彼女はこちらに歩み寄ってくる。
咄嗟に、明里さんを背に隠した。彼女を害されるわけには、いかない。
「……」
胸元くらいまである彼女の髪が、その動きに合わせて揺れる。
その愛らしい姿に、恐怖心にも似た不快な感情が湧き上がってくる。
セレナは軽く首を傾げて、口を開いた。
「ねえ」
鈴が転がるような、綺麗な声。
彼女はどこか怒っているような、それでいて不安そうな。
——そんな、独特の表情を浮かべていた。
「……」
俺も明里さんも、何も言葉を返せない。
すると“セレナ”は、静かにターコイズブルーの瞳を細めた。
「あなたも、転生者なんでしょ?」
間違いない、彼女は全てを確信した上で目の前に現れた。
顔が見えずとも、分かる。明里さんが、怯えている。
俺はその手を、後ろ手で握った。
どうするべきか。
誤魔化すか、肯定するか——。
「ちゃんと答えて?」
セレナは、悩む俺たち——じゃなくて、明らかに『俺』を見ていた。
「転生者なんでしょ? ……オルフェウス殿下?」
「えっ」
……ん?




